キューピッドは料理動画

雪玉 円記

文字の大きさ
上 下
36 / 59

menu.6 寄せ鍋の香りは心ほぐしの香り(1)

しおりを挟む
 日光が傾き街が宵に染まり始める頃合い。
 台所で昆布と鰹節、煮干しの入った鍋の面倒を見ている奏太。
 作業台で野菜を刻んでいるゆーご――本名、東条とうじょう裕吾ゆうご
 そして、しらたきを一口大に結ぶ作業に勤しんでいるまっちゃん――本名、松田嘉一まつだよしかず
『奏汰のcookin'ちゃんねる』メイン出演者が勢揃いで鍋の準備をしている場面を、修一は置きっぱなしになっている動画撮影用リングライトの位置からじっと見つめていた。
 その姿には、先ほどまでとはベクトルの違う熱量が籠もっている。
(……やり辛ぇ……)
 ぎゅっ、としらたきを千切れない程度に、それでも八つ当たりのように縛り上げながら、嘉一は心中で嘆く。
 その原因である人物はリングライトの横で爛々とこちらを見つめているし、原因を連れ込んだ戦犯は鼻歌を歌いながら出汁を抽出している。
 どうしてこうなった、と嘉一はため息をつきながら次の白滝を縛りあげる。ぎゅっと。



 裕吾と嘉一は、病院からの帰宅後、奏太によって修一と引き合わせられた後のクレープ会にも参加させられていた。
 二人ともたまたま今日は在宅で作業をしていたから良かったものの、予定が入っている日だったらどうするつもりだったんだ、と嘉一に怒鳴られる奏太だったが、逆に挑発的な笑みを返す。
「ハァ? 俺がリーダーなんだから三人分のスケジュール把握してて当然だろーがバカかよ」
 ちなみに、奏太は多少雑に扱ってもいいと認定した人物には口調が雑になる。動画内ないし修一相手には、かなり分厚く猫を被っているのだ。
 嘉一は嘉一ですぐに心の導火線に火がつくタイプなので、この奏太のこの一言ですぐに口喧嘩が勃発するところだった。
 それをキャンセルしたのは、二人の横から聞こえてきたあられもない吐息だった。
「ん、ふふぅ……」
 漏れ聞こえてきた恍惚のため息に、裕吾も含めた三人はその発生元を見る。
 自分たちよりも頭一つほど背の高い陰鬱な男が、奏太が焼いて盛り付けもしたチョコバナナクレープを咀嚼している。最初に挨拶したときは暗い仏頂面をしていたはずだが、今やその面影はどこにもない。むしろ、クレープを食べているはずなのに夜のベッド内での行為を連想させる顔つきだった。
 180㎝近い男が、奏太が手際よく丸めてクッキングシートで包んだクレープを、目を潤ませ頬を赤らめ恍惚としながら、幼い少女のようにちまちまと囓っている。
 その光景に思わずめまいがした嘉一は、奏太の襟首を掴み裕吾の方に自分ごと近寄る。
「おいどうなってんだコイツ!! 何だあの顔!!」
 一応小声に抑えたが、その声はどう聞いても悲鳴の類いだった。
 しかし奏太はそんな友人の訴えなどどこ吹く風で、デレッとした顔をする。
「可愛いでしょお~? 修一くんって、俺のこと大好きすぎて、俺の料理食べるとああなっちゃうんだよねぇ~」
「……」
 その発言に、嘉一はチラリと修一を見やる。
 クレープは残り4分の1もない。それに気づいてきたのか、徐々に修一の雰囲気が悲壮感漂ってきた。
「しゅ~う~い~ち~く~ん。おかわりするぅ~?」
 チョコバナナとホイップクリームにも負けない甘ったるい声で訊ねる奏太。
 すると修一が、ぱっと目を輝かせた。
「シャインマスカット」
「いいよぉ~!」
 言うや否や、奏太は撮影でも見せたことのない手際でマスカットを二つにスライスし始める。
 ちなみにこれは後々アップ予定の動画撮影のために買っておいたものだ。
 それを修一が食べたいと言った、その一点のみで惜しげもなく使う奏太の神経を、嘉一はつい疑ってしまう。
「……こ、この色ボケ野郎……!!!」
「まあまあまっちゃん」
 ぽん、と裕吾が彼の肩を叩く。
「材料なんて、また買えばいいんだよ」
「ゆーご……」
「奏太の自腹で」
 にこりと笑いながらそう言う相棒に、嘉一は思わず笑ってしまう。
 裕吾もそれなりに腹は立てていたようだ。
「そりゃあ怒りたくもなるでしょ。元から歌舞伎町やら二丁目やらに入り浸ってたかと思えば、一ヶ月前から急に遊びがなりを潜めた上に、今回の警察沙汰だよ。そんで連れて帰ってきたのが彼。何かあったとしか思えないでしょ」
「……このバカは、それを俺らに教えるつもりがあるんだかな」
「さあ……」
 二人は、ピンクな雰囲気をまき散らしながら二つ目のクレープを口にしている修一と、そんな修一を砂糖菓子のような視線で見つめている奏太を見、同時にため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

守護霊は吸血鬼❤

凪子
BL
ごく普通の男子高校生・楠木聖(くすのき・ひじり)は、紅い月の夜に不思議な声に導かれ、祠(ほこら)の封印を解いてしまう。 目の前に現れた青年は、驚く聖にこう告げた。「自分は吸血鬼だ」――と。 冷酷な美貌の吸血鬼はヴァンと名乗り、二百年前の「血の契約」に基づき、いかなるときも好きなだけ聖の血を吸うことができると宣言した。 憑りつかれたままでは、殺されてしまう……!何とかして、この恐ろしい吸血鬼を祓ってしまわないと。 クラスメイトの笹倉由宇(ささくら・ゆう)、除霊師の月代遥(つきしろ・はるか)の協力を得て、聖はヴァンを追い払おうとするが……? ツンデレ男子高校生と、ドS吸血鬼の物語。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

好きなあいつの嫉妬がすごい

カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。 ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。 教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。 「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」 ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

処理中です...