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menu.5 心癒やすコンソメスープ(8)

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 言葉を封じるような、唐突なキス。
 もぐもぐと、修一の薄いが触れ心地のいい唇を自身のそれで咀嚼するように幾度か角度を変える奏太。
 それは数秒の出来事だったが、唇同士が触れあう度に修一の体温が上がっていく。
 正直なところ、性感という意味で気持ちよかった。
 体中の熱が、唇と局部に集まっていく気がする。心臓がどくどくと跳ね上がり、思考が少しずつ霞んでいく。
「……っ、ん、……ふ」
 思わず声を漏らしてしまう。
(……な、んだ……、これ……)
 奏太に靡いてはいけないと思うのに、心の奥底が青木からの感覚を忘れたがって奏太とのキスを求めている。
 理性と本能の混乱の中、修一は思わず、本当に思わず、こう思ってしまった。
(……気、持ち……ぃ、)
 唐突にそれは終わった。ちゅ、と音を立てて、奏太が唇を短く吸って離れる。
 触れあいとは違う感覚が来た瞬間、体が震えた。ぼんやりとし始めた意識が唐突に戻されたようだった。
 涙の膜が張った視界の中で、奏太が室内灯の明かりを背負って見下ろしてくる。
「……どう? 嫌だった?」
 すり、と何度も修一の頬を撫でながら、奏太は訊いてきた。その顔は愛しい番に向ける雄のそれだった。
 また、どくりと修一の心臓が跳ねる。
 ――このままでは、喰われる。
 そう思うも、既に無意識下では奏太に靡きかけているのだ。
 同性愛者ではなかったのに、青木のせいでその壁がぶち壊されているのも一因かもしれない。
 だがそれ以上に、数年に及ぶ半ば軟禁状態に似た生活のせいで弱り切った心は、守り愛してくれる庇護者を強烈に欲していた。
 自分を愛おしそうに見つめてくる奏太に、無意識はそれになってくれるのかと期待してしまっている。
 だが、修一は元々強固な理性の持ち主だった。青木組との繋がりが未だ切れていない現在、奏太に転んでしまうのはあまりに自身と奏太にとって危険がありすぎる、と断じる。
 だから修一は、こう言うしかなかった。
「……いやでは……、」
「嫌では?」
「嫌では……なかった……、が」
 だが、今の修一は紅潮しきった顔や高鳴る心臓を瞬時に元通り鎮める術を持っていなかった。
 つまり、まだ目元は赤らんだままだったのだ。
 そのせいで奏太は修一の答えを「嫌なのは口先だけ」と解釈してしまう。
 そっかぁ~! と奏太は嬉しそうに声を上げた。
「じゃあ、俺たち両思いになれるよ。うん、きっとそう!」
 言いつつ奏太は修一を抱きしめる。右手で肩を抱き込み、左手で頭を撫でる。
 瞬間、修一は思わず声を上げそうになった。
 今まで誰にも抱きしめられなかったということはもちろん無い。だが、今まで感じたことのない高揚感と僅かな快楽が、微弱な電流のように全身を強烈に駆け巡った。
 は、と息を整え、なんとか抵抗する。震える両手をなんとか彼の肩に握らせ、ばりっ、と音が鳴りそうな勢いで奏太を引き剥がすことに成功した。
「き、今日は疲れただろう。もう寝た方がいい」
 これ以上、奏太に触れられてしまったら、きっと自分は恥も外聞も無くなる程の悦楽で気が触れてしまう。
 薬も酒もやっていない、ましてや自殺してしまいたくなるほどの絶望に沈められているわけではないのに、気が狂うような状況に陥るのが修一は怖かった。
 一体、どのような醜態――あるいは狂乱――を晒すのか、考えたくもなかった。
 一方奏太は、うーん……、と何かを考え込んでいたが、唐突にこう言ってくる。
「……じゃあさ。正式におーぎさんと別れたら、俺と付き合ってくれる?」
 その言葉に、修一は落ち着きを取り戻した。斜めに視線を落とし、自然と暗くなった声で答える。
「……懲役がついたとしても、出所後にまた俺に接触してくる可能性がある……。そうしたら、俺は……」
 また連中に捕まり、今度こそ精神的に壊されるかもしれない。
 そう続けようとしたが、どうしても喉で引っかかってしまう。
 監禁され、初期の調教などまだ優しかったのだと思うほどの性拷問で心を壊されるか、今晩の続きを目の前で見せつけられるか。
 考えられる可能性は大まかにこの二択だと修一は思う。だからこそ言えなかった。
 言ってしまえば、本当のことになりそうで怖かった。
 また悲観的に表情を歪める修一を見て、奏太は何も言えなくなった。
 これ以上ことを進めるのは流石に精神的な負荷が大きいか。奏太はそう思うと素直に修一の脚から降りることを選択する。
「……そっか……」
 片足を床に下ろし、修一から離れようとしたときだった。
「っ、」
 ぞわ、と怖じ気のようなものが不意に修一を襲う。
 それまで当たり前のようにそこにあった温もりが離れていくのが、唐突に恐ろしく感じたのだ。
 同時に、今晩の光景がフラッシュバックする。
「ん? どうしたの?」
 完全に無意識だった。修一は奏太の腕を、縋るように掴んでいた。
「あ……、いや……」
 言い訳も思いつかず、動揺を隠せもせず、修一は慌ててその手を離す。
 奏太はにんまりと笑った。なんだかんだ言っても、修一も憎からず思っているのではないかと思っているのだ。
 彼の衰弱した心につけ込むようで申し訳ないが、そうでもしないと彼は奏太の手を取ろうとはしない。
「今日は疲れてるから、人恋しくても仕方ないんじゃない?」
 笑いながら、嘘とも真実とも言えないことを言う。奏太は子供の頃から口先の達者な子だった。
 もう寝ちゃおう、と言う奏太に、修一は頷く。
 この一ヶ月、じりじりと精神を削る思いをしてきた上に、今夜の出来事だ。心身共に疲れ切っていた。
 ひょい、と軽やかに降りる奏太は手を差し出していた。
「じゃ、寝よっか」
「あ、ああ……」
 特に疑問に思うことなく、修一はその手を取っていた。そしてふらふらと手を引かれるままに彼の寝室に共に向かっていた。
 それに気づいたのは、奏太の手によって上着を脱がされ楽な格好にさせられそうになった時だった。
「ま、待て! 何で一緒に寝る必要があるんだ!」
「え? ウチにベッドがこれしか無いからだけど? 大丈夫大丈夫、これクイーンサイズだから」
「そういう問題じゃない!!」
「じゃあどういう問題なのさー」
「俺はソファーでいい!!」
「えー、それじゃあ修一くんがよく寝れないでしょ? いいから寝ときなって」
「奏太こそ、1人でゆっくり寝た方がいい! お前自分が打撲患者だということを忘れてないだろうな!」
「クイーンサイズなんだから大丈夫だって言ってるじゃん! 俺はちっこい、修くんはでっかい、はい平均すりゃ丁度いい!」
「良くない!」
 このような攻防があったが、結局打撲の痛みと夜中の様子見人員を理由に奏太に丸め込まれ、修一はベッドの半分を強制的に間借りさせられることになったのだった。
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