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menu.5 心癒やすコンソメスープ(3)

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 神谷もホルダーからコーヒー缶を出しながら言う。
「んで、青木剛とお前の愛人関係をどうにか出来ないかの糸口を探ってたところに、佐々木さんが警視庁に電話突撃かましてきたってワケで」
「っ?!」
 修一は、神谷の発言に思わず咽せた。
 まず、警視庁に電話ってなんだ。
 そしてそこからどう回って新宿署に話が行ったんだ。
 咳き込みながら袖口で口元を押さえ、奏太を見る。
 すると彼は、その可愛らしい容姿が遺憾なく発揮されるような、完璧な〝てへぺろ〟を披露してきた。
「いやぁ~、俺やっぱ下心込みで修くんのことほっとけなかったのは事実だし~。それに警察に相談実績でも作っとけば、なんかの時に助けてくれるかな~っていう打算もあってね。紫苑ママも随分窮屈そうな思いしてたっぽいし」
「……そんなことまで知っていたのか」
「そりゃあ、おーぎさんからの呼び出し先が【prism-Butterfly】なら、悟っちゃうのも無理ないよね」
「……そうか」
 ヤクザに警察という、平穏に暮らしていたらあまり関わりのないであろう組織の人間相手に、一般人とはとても思えない行動力を見せた奏太に、修一は頭痛がする思いだった。
 無意識に頭を抱えていると、神谷が苦笑しながら言う。苦笑しているあたり、彼も奏太に対しては修一と同じような感覚を持っているのだろう。
「青木剛が歌舞伎町のシマの管理を任されてるってのは分かってたからな。新宿署の組織犯罪対策課に捜査本部を置いて、部と合同で捜査と捕縛にあたった、ってのが俺ら側の動きなわけだ」
「そんで、俺を窓口にして、いろいろ紫苑ママに作戦のこととか教えてたワケ」
「……待て、あいつも噛んでいたのか?」
「少なくとも今日に関してはそうだな。お前から連絡が来たら店に呼び出してほしいと伝えてあったんだ。そして、青木をおびき寄せるために佐々木さんに一芝居打ってもらったんだ。本来はこういう仕事は我々がやるべきだったんだが……」
 神谷は、はぁ……とため息をつく。捜査上、聞き込みという形などで一般市民から協力を得ることはある。だが今回の奏太のように、反社会組織の人間が関わる事案に一般人を深く関わらせることは本来ならば容認できることではない。
 必要な知識を提供してもらうために知識層に話を聞きに行くということはもちろんあるが、今回の事案については特にそういうことも必要なかった。
 全ては奏太の意思の強さ、悪い言い方をすれば我の強さが原因だ。
 青木に対抗できるような腕っ節など何も持ち合わせていないのに、それでも修一を助けに行く、と押し通した。当然他の刑事たちもいい顔はしなかった。が、井上の鶴の一声で決まったのだ。
『本人がここまで言っているんだ、せいぜい活きのいい餌になってもらおうじゃねえか』
 一般人に対しあまりな言い方だろう。もしこれが修一に知れたら、今後一族郎党の仇を見るような目しか向けてくれなくなるだろうことは明らかな物言いだ。
 だが、これは井上にとっても最大にして最後になるかもしれないチャンスだった。
 千葉が同期同班と自分を参加者にしたグループチャットに日々の日記のように綴っていく、修一の様子。そして、組織犯罪対策部内の刑事たちによる監視の結果、あまりのんびりとはしていられないと判断していた。
 そこに舞い込んだ奏太からの電話相談という名の通報。井上は利用しない手はないと思っていた。
 青木剛に監視されているせいで警察を依願退職してしまった、自らの同期で相棒のためにも、この作戦は必ず成功させる。
 その強い思いが、井上の警察官としての倫理観を一時歪める原因となった。
 そしてその思いの強さは奏太もどっこいどっこいだったのだ。
 診察受付終了後、診察室に通される前に奏太は着ていた秋ジャンパーを神谷に渡した。修一が何だと思っていると、奏太は笑ってこう教えたのだ。
『それ、警察からの支給品なの。留置場で、逮捕した人から取り上げたやつみたいで』
 耳貸して、と言われて近づく。いたずらっぽい笑みと共に告げられたのは、普通は一般人に対してやらせるだろうか、という内容だった。
『それね、フードの中に盗聴器と発信器が一つになったやつ入ってんの。だから俺と修一くんが何話してたかも、俺があのチンピラのお兄さんたちに連れてかれてからの話も、全部警察に筒抜けだったってわけ』
 盗聴器に発信器。その言葉に修一は思わず神谷を見た。
 神谷も修一に負けず劣らずの苦渋に満ちた顔をしている。
『こんなこと普通は市井の人にはやらせられねえよ。捜査本部の意向じゃねえ、おやっさんと佐々木さんが勝手に2人で決めてやったことだ。佐々木さんが子分連中に攫われてからおやっさんの企みだって捜査員に通達されたんだよ』
 そう言い、深いため息をつく神谷に、修一は今度プライベートで井上に会ったら絶対一発は殴ろうと心に決めた。
 幼い頃から世話になってた人だとか知るか。
 絶対殴る。泣いて謝っても向こう数年は絶対許さん。
 その決意と共に無言で指を鳴らすと、奏太が眉間に人差し指を突き立て、ぐりぐりと揉んできた。
『俺も納得しての企みだったんだから、あんまり井上警視のこと困らせないであげて』
 そうにっこり釘を刺してきた奏太に、修一はそれ以上何も言えなかった。
 不意打ちで触れられて、困惑の末固まってしまったこともあるのだが。
 待合椅子でのこんな会話を思い出し、修一と神谷は同時にため息をつく。
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