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menu.4 怒り沸騰のミネラルウォーター(7)
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「若!」
「アニキ!」
青木に一番近かった子分が青木を支えに行き、龍崎はホルスターからまた銃を出して修一に向けて言った。
「……ルカさん、あなた一体何をしたか分かっていますか?」
「ああ」
「……そうですか。なら、佐々木さんと一緒に二人仲良くあの世に送って差し上げますよ」
眼鏡越しに底冷えする目を向けられ、奏太は流石に冷や汗が吹き出たのを自覚した。
どうする、流石に銃は……と思いながら、なんとか修一の顔を仰ぎ見る。
「……え、」
奏太は、呆然と呟く。
その表情を正面側から目にした青木、龍崎、坊主頭の子分も、やや離れた位置から見た見張り役だった子分も、残りの二人の子分も、呆気にとられた。
「……そうだな。奏太の親族には悪いが、俺一人で奏太を無事に助けられる保証はないからな。なら、ここで二人仲良く葬られるのも、悪くはないかもしれない」
修一は、笑っていた。魂のない人形のように、デカールを貼り付けた薄っぺらい塗装のように、修一は空っぽの笑顔を浮かべていた。
先ほどまで劇薬の煮凝りのごとく激情を投げつけていた人物にはとても見えなかった。
先ほどとは違う異常性を垣間見せる修一に、本音では彼のことを良くは思っていない龍崎ですら気圧されたらしく、銃を構える腕が下りていった。
黙りこくった青木組の面々に、能面の笑みを浮かべたまま修一は静かに口を開く。
「……貴様らは、俺が大人しくなったのは諦めて状況を受け入れたからだと思ってたんだろうなぁ」
声音からも覇気がすっぽりと抜け落ちていた。
「俺は元々警官だったんだぞ? それも中学生の頃からの将来の夢だった職だ。それを貴様らに踏みにじられ続け、少しずつ壊れていった。抵抗すれば薬物を投与され、望んでもいない陵辱を加えられ、時には複数人がかりで犯され、聞かされる言葉といえば虚言としか思えんことばかりだ。心身の苦痛を和らげる為には心を殺して抵抗を止めるしかないだろう」
子分たちは徐々に顔色を無くしていく。虚言、と言われた時点で青木の表情が絶望に似たものになった。それを見て、龍崎は思わず口を開いていた。
「……ルカさん、虚言は違う。若は、少なくともあなたを欲した。一目惚れだったんですよ。ですが互いの立場を鑑みれば、真正面から口説くのも難しいと考えたんです」
「だから拉致監禁の末の強姦か? それとも体から始まる恋でも期待したのか? ……生憎だったな、俺は警察を辞めたあの日、貴様に再び拉致されなければその足で身投げを選んでいた」
確かに修一はその頃、絶望からかそれとも捨て鉢になったせいか、そういう行動が目立った。
青木が修一を拘束されたり快楽漬けにしていたのは自らに堕とすためだけではなく、自傷や自殺防止のためにという側面もあったことはあったのだ。
だが修一にしてみれば、拉致監禁され、望まない処置を受けさせられ続けていることには変わりないのだ。
笑みを張り続けたまま、修一は言う。
「貴様からの「愛してる」や「お前は俺のもの」など、俺にとってはただの呪いの言葉にしか過ぎない。結局貴様は俺という他人をいいように弄ぶ為だけに、俺の男としてのプライドと人としての尊厳を壊したんだ」
空虚に笑い続ける修一から出た本音に、青木は顔を歪める。
弄ぶだなどというつもりはなかった。ただ修一が欲しくてたまらなかっただけだ。例え彼が同性で、警官で、自分とは相容れない立場の職業だったとしても、どうしても欲しかったのだ。
女癖の悪い父親の真似をするわけではなかったが、体に忘れられないほどの強烈な快楽を与え続ければ、そのうち自分のものになると思っていたのだ。
事実、同じ拷問でも身体的暴力よりも性的暴力の方が、標的の心が早く折れる傾向があるのだ。そう思ったからこそ、青木は修一の躯を貪り続けた。
その結果は、修一の心を削り、表層の亀裂を怨恨という名のパテで埋めていくことになったのだ。
ここに来て、自分と修一の考えにずっと深い溝があったままだったと突きつけられ、青木は頭を振りながら叫ぶ。
「……なら、何で黙ってた。何も言わなかった!」
修一は病んだ笑みを浮かべたままだった。その笑みで青木を見下ろし、出来の悪い子供に対するような声音で切り捨てる。
「言ったところで貴様が俺の気持ちなどいっさい考慮するものか。口答えする玩具など煩わしいと、俺を白痴にでもして終わりだろう」
「んなことするか!! 俺が欲しかったのはアッパラパーになったてめぇじゃねえ!!」
「どうだかな。貴様は穴さえあれば俺の精神がどうなろうが知ったことではないのだろう?」
駄々をこねるように、懇願するように言葉を返していく青木に、とうとう修一はク、と笑い始めた。
ケタケタと、直立不動のまま、壊れたレコーダーのような声を上げて嗤う彼の姿に、龍崎は修一がとうとう壊れたと感じた。
が、突然ピタリと嗤い声が病んだ。同時に、真顔になる。
地獄の深淵のような目で、修一は言う。ぞっとするほどの虚ろな声だった。
「貴様は、それまでの俺を破壊し尽くした。それが答えだ」
青木は俯く。その様子を見やりながら修一は言葉を重ねた。
「俺は、貴様が俺をどう思っていようが貴様を許すことはしない。ほだされもしない。俺の尊厳、矜持、人生すべてを踏みにじった貴様を憎み、恨み続ける」
これまで以上に、決定的な言葉だった。これまでも決して修一に好かれているとは言いがたいと思ってはいたが、多少は気を許してきていたのだと思っていた。それが全て青木の思い込みだったのだと思わせるには、十分な言葉だった。
この状況をどうするんだろうと、兄貴分たちを交互に見やる子分たち。だからこいつはやめておいた方が言ったのに……と頭を抱える龍崎。
そして青木は、震えていた。
これ以上の反論は、おそらく修一が自分に対して心を閉ざしている以上無意味だろう。だが、ここまで言われて何もショックを感じないわけがない程には、彼のことを好いている。例え、普段の態度と所業が修一の価値観からとことん外れているとしても。だから、青木は今の修一と会話することを止めることにした。
ゆっくりと立ち上がりながら、龍崎に命じようとした、その瞬間。
扉がバンッと開けられた。当時にフロアの電気が点く。
「アニキ!」
青木に一番近かった子分が青木を支えに行き、龍崎はホルスターからまた銃を出して修一に向けて言った。
「……ルカさん、あなた一体何をしたか分かっていますか?」
「ああ」
「……そうですか。なら、佐々木さんと一緒に二人仲良くあの世に送って差し上げますよ」
眼鏡越しに底冷えする目を向けられ、奏太は流石に冷や汗が吹き出たのを自覚した。
どうする、流石に銃は……と思いながら、なんとか修一の顔を仰ぎ見る。
「……え、」
奏太は、呆然と呟く。
その表情を正面側から目にした青木、龍崎、坊主頭の子分も、やや離れた位置から見た見張り役だった子分も、残りの二人の子分も、呆気にとられた。
「……そうだな。奏太の親族には悪いが、俺一人で奏太を無事に助けられる保証はないからな。なら、ここで二人仲良く葬られるのも、悪くはないかもしれない」
修一は、笑っていた。魂のない人形のように、デカールを貼り付けた薄っぺらい塗装のように、修一は空っぽの笑顔を浮かべていた。
先ほどまで劇薬の煮凝りのごとく激情を投げつけていた人物にはとても見えなかった。
先ほどとは違う異常性を垣間見せる修一に、本音では彼のことを良くは思っていない龍崎ですら気圧されたらしく、銃を構える腕が下りていった。
黙りこくった青木組の面々に、能面の笑みを浮かべたまま修一は静かに口を開く。
「……貴様らは、俺が大人しくなったのは諦めて状況を受け入れたからだと思ってたんだろうなぁ」
声音からも覇気がすっぽりと抜け落ちていた。
「俺は元々警官だったんだぞ? それも中学生の頃からの将来の夢だった職だ。それを貴様らに踏みにじられ続け、少しずつ壊れていった。抵抗すれば薬物を投与され、望んでもいない陵辱を加えられ、時には複数人がかりで犯され、聞かされる言葉といえば虚言としか思えんことばかりだ。心身の苦痛を和らげる為には心を殺して抵抗を止めるしかないだろう」
子分たちは徐々に顔色を無くしていく。虚言、と言われた時点で青木の表情が絶望に似たものになった。それを見て、龍崎は思わず口を開いていた。
「……ルカさん、虚言は違う。若は、少なくともあなたを欲した。一目惚れだったんですよ。ですが互いの立場を鑑みれば、真正面から口説くのも難しいと考えたんです」
「だから拉致監禁の末の強姦か? それとも体から始まる恋でも期待したのか? ……生憎だったな、俺は警察を辞めたあの日、貴様に再び拉致されなければその足で身投げを選んでいた」
確かに修一はその頃、絶望からかそれとも捨て鉢になったせいか、そういう行動が目立った。
青木が修一を拘束されたり快楽漬けにしていたのは自らに堕とすためだけではなく、自傷や自殺防止のためにという側面もあったことはあったのだ。
だが修一にしてみれば、拉致監禁され、望まない処置を受けさせられ続けていることには変わりないのだ。
笑みを張り続けたまま、修一は言う。
「貴様からの「愛してる」や「お前は俺のもの」など、俺にとってはただの呪いの言葉にしか過ぎない。結局貴様は俺という他人をいいように弄ぶ為だけに、俺の男としてのプライドと人としての尊厳を壊したんだ」
空虚に笑い続ける修一から出た本音に、青木は顔を歪める。
弄ぶだなどというつもりはなかった。ただ修一が欲しくてたまらなかっただけだ。例え彼が同性で、警官で、自分とは相容れない立場の職業だったとしても、どうしても欲しかったのだ。
女癖の悪い父親の真似をするわけではなかったが、体に忘れられないほどの強烈な快楽を与え続ければ、そのうち自分のものになると思っていたのだ。
事実、同じ拷問でも身体的暴力よりも性的暴力の方が、標的の心が早く折れる傾向があるのだ。そう思ったからこそ、青木は修一の躯を貪り続けた。
その結果は、修一の心を削り、表層の亀裂を怨恨という名のパテで埋めていくことになったのだ。
ここに来て、自分と修一の考えにずっと深い溝があったままだったと突きつけられ、青木は頭を振りながら叫ぶ。
「……なら、何で黙ってた。何も言わなかった!」
修一は病んだ笑みを浮かべたままだった。その笑みで青木を見下ろし、出来の悪い子供に対するような声音で切り捨てる。
「言ったところで貴様が俺の気持ちなどいっさい考慮するものか。口答えする玩具など煩わしいと、俺を白痴にでもして終わりだろう」
「んなことするか!! 俺が欲しかったのはアッパラパーになったてめぇじゃねえ!!」
「どうだかな。貴様は穴さえあれば俺の精神がどうなろうが知ったことではないのだろう?」
駄々をこねるように、懇願するように言葉を返していく青木に、とうとう修一はク、と笑い始めた。
ケタケタと、直立不動のまま、壊れたレコーダーのような声を上げて嗤う彼の姿に、龍崎は修一がとうとう壊れたと感じた。
が、突然ピタリと嗤い声が病んだ。同時に、真顔になる。
地獄の深淵のような目で、修一は言う。ぞっとするほどの虚ろな声だった。
「貴様は、それまでの俺を破壊し尽くした。それが答えだ」
青木は俯く。その様子を見やりながら修一は言葉を重ねた。
「俺は、貴様が俺をどう思っていようが貴様を許すことはしない。ほだされもしない。俺の尊厳、矜持、人生すべてを踏みにじった貴様を憎み、恨み続ける」
これまで以上に、決定的な言葉だった。これまでも決して修一に好かれているとは言いがたいと思ってはいたが、多少は気を許してきていたのだと思っていた。それが全て青木の思い込みだったのだと思わせるには、十分な言葉だった。
この状況をどうするんだろうと、兄貴分たちを交互に見やる子分たち。だからこいつはやめておいた方が言ったのに……と頭を抱える龍崎。
そして青木は、震えていた。
これ以上の反論は、おそらく修一が自分に対して心を閉ざしている以上無意味だろう。だが、ここまで言われて何もショックを感じないわけがない程には、彼のことを好いている。例え、普段の態度と所業が修一の価値観からとことん外れているとしても。だから、青木は今の修一と会話することを止めることにした。
ゆっくりと立ち上がりながら、龍崎に命じようとした、その瞬間。
扉がバンッと開けられた。当時にフロアの電気が点く。
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