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menu.4 怒り沸騰のミネラルウォーター(6)

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 それまで虚脱状態になっていたはずの修一が、急にこれほどの激情を露わにしていることに驚きつつも、青木は修一の拳を押し戻そうと腕に力をこめながら言う。
「……おい、どういうつもりだルカ」
 すると、修一の表情が凶悪さを増していく。青木は散々っぱら見慣れた、〝殺しても殺しても足りないほど憎んでいる相手に向ける顔〟になっていく。
「……どういうつもりだ、だと……?」
 その声音も表情に違わないものだった。
 腹の底からの、恨み辛みをすべて凝縮して練り出したような、そんな声を出す。
 その事実に、近くにいた子分たち3人は思わず寄り集まってしまった。
 より不機嫌になった青木からのとばっちりを食らいたくないということもあるが、それよりもなによりも、最高に不機嫌なときの青木と同じか、それ以上の顔面をしている今の修一に関わりたくないというのが本音だった。
 それに彼らは、過去青木の命令で4人がかりで修一を一度だけレイプしたことがある。その時に、青木の許しで散々暴力も振るった。その過去が、自らたちにブーメランとして襲いかかってくるのを恐れたがための行動だ。
 龍崎は咄嗟に短銃をジャケット内のホルスターから出す。
 そもそも彼は、青木が修一を愛人にするのは本音では反対だったのだ。だから、青木の目がないところでは、彼を決して丁寧に扱わなかった。
 醜い、女々しい嫉妬だと分かっている。だからといって、秘した想いをどこで消化していいのあも分からなかった。
(……撃つなら今か。だが、万一青木さんに当たるようなことがあっても……)
「龍崎さん、それはきっとダメっすよ」
 ふと、隣から声がする。子分の一人だ。
「……もし、今ここでルカさんを殺っちまったら、青木さんの怒りは俺らに向きますよ……」
 その言葉に、龍崎は一瞬いろいろな考えが巡っていく。修一を殺してしまいたい本音と、青木からの勘気に触れることを避けたい理性が戦い――勝ったのは理性だった。舌打ちしながら短銃をホルスターに戻す。
 そうしている間にも、修一と青木の問答は続いていた。
「口頭のみでだが、貴様は確かに俺の頼みを聞いたと言った。俺が本人に代わって命乞いしたと言うことは貴様も理解していたんだ。だが今、貴様は俺の目の前で奏太を殺そうとしている。頭に血が登るには十分だ」
「……っそれがどうした! 先に契約を反故にしたのはそのガキだ!」
 ぐぐ……、と拳の圧力を強めようとする修一。その圧を受け止め続ける青木。
 青木は修一の鍛錬による肉体美も好みであったから、定期的に契約しているジムに修一を連れ出して筋肉トレーニングをさせているが、決して格闘訓練はさせなかった。
 だというのに、今この身のこなしはどこから来るのか。
 ともかく、今は修一をどうにかしなければ。青木はそう思い、ひとまず修一を引き寄せようとする。だが、何故かピクリとも動かすことが出来なかった。
 まるで青木の手中に堕ちることを全身で拒否されているように感じ――実際その通りなのだが――、青木の苛立ちが増す。
 それに余計腹が立って、青木はとうとう声を荒げ始めた。
「テメェが俺のもんだっていうのにゃ変わりがねえ! 俺のもんに粉かけようって奴をバラして何が」
「俺がお前に逆らわなくなったのは何故か分かるか?」
 食い気味に放たれた一言。ただそれだけなのに、青木の言葉を封殺する凄みを持っていた。
 怒り、恨み、諦め、絶望……、青木に対して持ち合わせる全ての負の感情が、その一言には詰まっていた。
「違法薬物を使われてレイプされた上に、事情聴取でのセカンドレイプと不起訴に終わった捜査。おまけに復帰早々好奇の目に晒された上に、俺が復帰後配属された交番の周囲に俺が裏でヤクザの愛人になったなどと、当時の段階では根も葉もない噂を流された。これらはどうせ貴様が俺を辞めさせて身柄をいいようにさせやすくするためにした工作だろうとは、早い段階で推論を立てていた。そのことに関して今更とやかく言うつもりはない。今まで俺に近づいてきた連中の行方を探るつもりもない」
 静かに、淡々と、詰るように言う修一。口調こそ落ち着いているものの、落ち着く様子の全くない形相と怒気が溢れ出ている。
 本職のヤクザにも劣らない、それどころか青木にも匹敵する気迫を放っている修一に、坊主頭の子分は思わず身震いした。
 今まで彼らは、ここまで怒りという感情を激しくまき散らす修一を見たことがなかったのだ。それは青木も同じで、修一を攫った頃と比べても今の方が激しかった。
「だが、奏汰に手を出すことだけは看過出来ん!! 仮にこの場で奏太が本当に殺されたら、俺は後を追ってやる!! 貴様らが刃物や銃を持っていることぐらい知っているからな!!」
 ぐわ、と形容できそうな勢いで、修一は怒鳴った。先ほどの青木の咆哮ほどではないが、それでも子分たちを驚かせるには十二分な威力を伴っている。
 そして青木は、発言の内容に愕然としていた。奏太が死ねば後追い自殺をしてやる、と宣言することは、それだけ修一の中で奏太が特別なのだと言っているのだということだ。
 それに気づいたとき、青木は目の前が真っ赤になったような感じがした。
 どうあがいても自分が修一の唯一になれやしないのだと、本人から叩き付けられたも同然だったからだ。
「……ふざけるな! テメェは……っうぐッ!!」
 つい癖で胸倉を掴もうと修一の拳から手を離した。それを見逃さず、修一は即座に左足を踏み込むように力を入れ、左フックを青木の脇腹に叩き込む。流れるようにこめかみを狙って右の拳を入れた。
 修一は小学生の時点で空手黒帯を取得していて、警察でも捕縛術を極めてはいたが、単純に相手を殺すつもりでの暴力には慣れていない。
 しかし、人体の急所は把握している。どれだけ相手が鍛えている人物であろうと脳を揺らすことが出来れば、多少の隙は出来るだろうと考えてのこめかみへの攻撃だった。
 ついでに、この知識もネット動画で把握したものだった。暇だけはあったのだ。
 だが暴力団の若頭補佐というのは伊達ではないらしい。即座に倒れ伏すようなことは無かったが、それでも数歩ふらりと後ずさったあと、片膝をついた。
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