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menu.4 怒り沸騰のミネラルウォーター(2)

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 青木が運転する高級車が停まったのは、青木組が仕切るシマの中にある、とあるビルの地下駐車場だった。
 車を降り、運転席を閉めても、修一が降りてくる気配はない。それどころか、車に行く途中で買い与えたペットボトルのミネラルウォーターを取り落としていた。
 青木はため息をつく。父親――組長の兄弟分として別の組を仕切っている叔父貴に、「廃人を飼うことほど労力のかかるモンはねえ」と、以前修一を捨てるように言われたことがある。その頃のことを思い出したことに、苛立たしげに頭をかく。
「……おら、しっかりしろ!」
 言いながら、屈んでペットボトルを手に取り、修一の手にしっかりと握らせる。それから、動こうとしない彼の腕を取って車から降ろし、修一が立ったことを確認してから腰を抱く。
 歩調を合わせつつ建物の中に入ると、見慣れた姿が待ち受けていた。
「お待ちしておりました、若」
 青木の右腕たる龍崎が、駐車場から建物内部へと入るためのエレベーター前で待ち受けていた。そして密かに眉を顰める。
 一時精神のバランスを崩し入院していた頃よりも、もっと澱んだ目をした修一を見たのだ。
「……若、ルカさんはどうしたんですか」
「ん? ああ……」
 青木はちらりと修一を見やる。
 俯き加減で無表情。長い前髪に隠れた目にはおよそ気力というものが感じられない。
 またずるりとペットボトルが手から落ち、ぼとん、とコンクリートの床に落ちた。
「あのクソガキに仕置きするってことを伝えたら、何も言わなくなっちまってな」
 ころ……と転がってきたペットボトルを龍崎が拾い上げる。幾度か落ちているのだろうそれは、細かいへこみがいくつもあり、その周辺には塵や小砂がついていた。
「まあ、これだけ落ち込んでりゃ、また俺の家で少し調教してやりゃあ堕ちるだろ」
 龍崎が開扉ボタンを押して開けたエレベーターに乗り込みながら青木は言う。
 続けて龍崎が乗り込み、エレベーターの閉扉ボタンと目的階のボタンを押す。なめらかにエレベーターは動き始めた。
「……そうですか」
 ため息をつきながら龍崎は答える。果たしてそんなタマだろうか、と思った。
 修一が自殺を諦めたのは、紫苑とパートナー、そして自身の両親の命を実質盾に取られている、と知らされてからだ。
『お前が俺のイロでいる限り、お前の両親とあの野郎どもの命は取らねえ』と告げられた時の修一の様子は静かすぎていっそ不気味だった、と龍崎は思い出す。
 思えば、あの頃から修一は紫苑の店に行くようになり、そして何人もの人間が結果になったのだったな、とも。
「こいつがご執心のガキがどういう目に遭うか見せつけりゃ、こいつも言うこと聞くようになるだろ」
「……だとよろしいのですが」
「ハッ、精神的に弱ってる時に優しくしてやりゃ、そいつに依存するようになるってのは、お前が言ったことじゃなかったか?」
「そうでしたっけ?」
「まあいい。そうなるようにするだけだ。今晩の一仕事を終えたら、二度と俺の家からこいつを出すつもりはねえからな。毎日抱き潰してベッドから起きられなくしてやるだけだ」
「……分かりました。そのように手配をします」
「頼むわ」
 元々恋愛ごとに興味が無かった青木が、ここまで一人に執着するのは珍しいことだった。
 青木に妻子がいることはいるが、互いに利害関係だけで結ばれた契約結婚だ。跡継ぎ候補とそのスペアの二人の男児をもうけたら、あとは好きにしていい、という条件で遠戚の女性と結婚した。
 その女性は無事に男、女、男と産み、今は青木から支払われる多額の生活費と、護衛として派遣されている組員を娯楽に自由気ままに生きている。
 今、青木が身も心も執着している相手は、修一ただ一人だ。
「……」
 龍崎はこちらの顔が青木から見えないことをいいことに、僅かに唇を噛む。
 元々警官だった修一に、思うところがないわけではないのだ。
 エレベーターの速度がゆっくりと落ちていく。目的の階が近くなってきた。
 静かに停まり、ポン、という音とともに扉が開く。
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