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4話目は暴力・反社会的表現がこれまでよりも濃く含まれます。
-------------------
どこに行くともなく、歌舞伎町の路地や大通りを彷徨う修一。
時折酔っ払いの中年やガラの悪そうな青年たちにぶつかりそうになるが、彼らの方から避けていく。
彼らは歌舞伎町で主に飲み歩いているものたちばかりで、修一の立場を正しく理解していた。そんなことにも気づかないほど、修一の思考は先ほどのことでせわしなく動いていた。
「友達、か……」
その呟きは、客引きや道路を走る車の音にかき消されて誰にも聞かれることは無かった。
ヤクザの愛人として囚われた時点で、そんな存在を求めることが出来なくなった。
それでも諦めきれずにやってしまった結果、人知れず殺された人間たちだ。
結果的に今の修一の友達と呼べる存在は、紫苑と彼女のパートナーぐらいのものだった。
だが、彼らは彼らで青木に脅迫されているようなものだ。余計なことをするな、修一が壊れないために見逃してやっているのだ、と言われているのだと思う。聞かなくとも青木の執着心と激情ぶりを考えれば分かる。
友達、もっと言えば知人になりたいという申し出を、この数年聞いてこなかった。
だから奏太の、よく言えば積極的な、悪く言えば無遠慮な申し出は修一を驚かせた。
奏太は殺されたくない。チャンネル登録をしてまで毎動画、それこそ生配信のアーカイブもすべて見たクリエイターだ。だから必死にもなった。
殺された人間たちと同じ末路を辿らないように、必死に、したくもないことを。
かつてはこんなエネルギーなど湧いても来なかった。奏太は特別だということを、この1ヶ月で修一は認めざるを得なかった。
無自覚の中に友情とは違う感情があることを、修一は全く気づいていやしないが。
ポン。喧噪に紛れてポケットの中のスマートフォンが通知音を鳴らした。
紫苑と彼女のパートナー以外の通知はすべてサイレントか設定を切っている。だが、奏汰のチャンネルはすぐに新着動画を見ることが出来るように、通知音をオンにしている。
目についた店舗ビルの壁にもたれかかり、スマートフォンを出して、通知欄を伸ばし動画再生アプリの通知画面を全表示にする。
『カナタのcookin'ちゃんねる
これからの季節によく合うにゅうめんの…』
「……っ」
昨日までなら、通知を見た瞬間に飛びつくように見ただろう。だが今は少々の躊躇いがある。
あれだけ会話したところを見られてしまったのだ。この先、一体どうなるか分からない。
「……いや、見なければ後悔する」
修一は覚悟を決めた。スマートフォンと一緒に入れているイヤホンを出し、ジャックを刺して装着。そして再生ボタンをタップした。
過去動画の映像を使用したOP映像が流れたあと、見慣れたアングルの――だが、先日初めて見た――アイランドキッチンと奏太……奏汰が映った。
『はい始まりました奏汰のcookin'ちゃんねる~! 今日はこれからの時期にぴったり! にゅうめんに合うトッピングはどれだ! 選手権~!』ドンドンパフパフ『てなわけでですね、みなさん、夏に暑いからってそうめん買い込んで、使いきれなくて余ってません? 暖かいかけ汁を作ってにゅうめんにしちゃえば、賞味期限を気にしなくても大丈夫ですよ~。てなわけで、スーパーでお手軽に買える材料でにゅうめんにトッピングしてみたいと思いまーす。そうめんはこちら~』
いつもの通り、生き生きと進行する奏汰の姿に、修一から思わず微かな笑みがこぼれる。
だが、一ヶ月前までと同じように、何も気にせずに楽しみながら見ることが出来なかった。
自分に関わってしまったばかりに、危害を加えられていないだろうか。自分のように家族や友人を人質に取られてやいないだろうか……。
そんな心配や不安が徐々に胸中に溜まっていき、動画の内容が滑っていく。
「……そうだな」
アプリを閉じながらつぶやく。
今の時間帯、紫苑は電話に出るか分からないが、奏太への伝言を頼んでおこうと内蔵の電話帳を開いた。そのとき。
目の前に誰かが立った。誰だと思って画面から顔を上げて、息を呑んだ。
「よう、ルカぁ」
距離にしてわずか歩幅2歩分。その真正面に、青木が一人で立っていた。
さー……、と血の気が引いていくのが分かる。
「おお、ぎ……、さん」
「なんだぁ? 狐につままれたみてぇなツラして」
いつもと同じような、不敵な笑みを浮かべている青木。だがその心中は一体どうだろうか。
確実に先ほどの【prism-Butterfly】でのことは報告されているだろう。であれば、暢気に近づいてきた奏太のことは相当腹に据えかねているのには違いないのだ。
わざわざ契約書まで交わして、修一に直接関わるなという圧までかけているのに、奏太はそれを破った。
(……終わった……)
修一の心を、ひたひたと絶望が支配していく。
今までの自分の苦労も、紫苑の苦心も、すべて水の泡になろうとしている。
青木は、決して奏太を許すことはないだろう。彼がどんな目に遭うか考えると、膝から崩れ落ちそうになる。
不意にダンッ、という音が左の耳元に届いた。
青木が、修一を壁際に追い詰めている。拳で壁に手をつき、真正面にぐっと近寄ってきていた。
修一がつけたままになっているイヤホンコードの、左右が合流しているあたりを無造作につかみ乱暴に引き抜く。同時に低く抑えた声で、からかうように修一に話し始めた。
「……せぇっかく、てめぇが慣れねえフェラや騎乗位や駅弁なんかもして俺の機嫌とり続けてたってのになぁ……」
二人の身長差はそれほどない。修一の方が2㎝ほど低いだけだ。
だから二人の目線の高さはほぼ変わらない。まっすぐ射貫くように視線を送ってくる青木に、修一はただただ動悸を抑え、恐慌状態にならないようにするので精一杯だった。
日本一の繁華街とはいえ、ライトや街頭の範囲外の場所は薄暗い。青木の表情がより凄惨なものに見える。威圧の顔をしたまま、修一の顎を右手で下から掴み固定する。
抜き身のチャカやドスにも似た鋭さと殺気を孕んだ目で、青木は話を続ける。
「あのガキ、てめぇの涙ぐましい努力をたった十何分かそこらで全部パーにしやがった」
クックッ、と青木は嗤う。その宣言は、修一の心を折る効果が十分にあると分かっているのだ。
「忘れてねえだろうな、ルカ。俺がてめぇに手ェ出そうとしてきた連中をどうしてきたか」
鋭く、切り捨てられるように言われたそれに、修一は息の仕方が分からなくなっていく感覚を自覚した。
忘れたことはない。目の前の男は、わざわざ窓にスモークフィルムの貼られた車に自分を乗せて、山奥やダム湖のある場所に連れ出した。そこで自分に粉をかけてきた人物たちを暴行していたのだ。
男ならば自らも加わり一通りの暴行を加え、深く掘った穴やダムに遺体を投げ入れる。女ならば部下に命じてレイプした後、組の管理しているソープランドに嬢として流していた。
青木は、自分から逃げようとする修一に分からせるために、わざと手酷い制裁現場を見せていたのだ。
自らの行動で人間の命が何人も失われていくことに、修一はひどく心を痛めた。被害者が両手の指の数を超えそうな頃、すべてを諦めようとようやく決心をつけた。
すべて行きずりの相手だったから、本名も住所も知らない。善人かも悪人かも分からない。だがこんなに簡単に死んでいい命だったとも思えない。
元々、警察官であった修一にとって自らが置かれている状況は、当時においても筆舌に尽くしがたいほどの辛いものだった。
だから、被害者たちの顔も声も体格も、どんな話をしたかも、修一の精神は思い出すことを拒否していた。覚えているのは、「自分に粉をかけてきた人間たちが青木によってどのような末路に突き落とされたか」のみだ。
しかし青木の言葉で、それらの記憶が走馬灯のように、断片的に一気に蘇る。不鮮明な被害者たちの姿は、すべて奏太にすり替わっていたが。
もし、奏太が男たちと同じようにどれだけ懇願してもやまない暴力を浴び続けたとしたら。
もし、女たちと同じように悲鳴も出なくなるまで犯され続けたとしたら。
それは今の状況下では、全くあり得ないとは言えないことだ。奏太は男性だが、顔のつくりだけを見れば女性と見まがうほどの美形だ。どちらの可能性もありうる。
ゾクリ、と修一に嫌な悪寒が走った。絶望が頭からつま先まで入り込み、体の中身をぐちゃぐちゃに溶かそうとしてくるようで、不快感がこみ上げてくる。
視線を反らすことすら許されず、しかし肉体の防衛反応の一つとして、呼吸が不規則になっていく。
それを見て、青木は非常に満足そうだった。
平時は無表情を貫いている修一が、悪い顔色と恐怖の滲んだ表情を隠せずに、過呼吸気味に息を乱している。
(――ああ、いいねえ……)
青木は知らず興奮してきた。
ようやく、修一の心、ぎりぎり保っていたそれを壊せそうだと思った。逃げたくなくなるようにひたすらイカせて甘やかして、自分なしではいられないようにすればいい。
そのためには、この可愛い獲物に更なる絶望をくれてやらねば。
肉食獣の笑みで青木は、顎を拘束する手は離し、替わりに耳元に顔を寄せる。
許しを乞う一般人を手懐けるときよりも甘い声音で、冷徹に告げる。
「これからじぃっくりと躾直しだ」
てめぇの心、バキバキに壊し尽くしてやるからな。
ヒュ、と修一の気道から音がしたのを聞き、青木は笑みを深めた。
自らの行動が招いた事態を、ゆっくり反省する時間になるだろう。
そう思いながら、青木は自らの車まで修一を連れて行くために体を離す。
完全に血の気の引いた顔色で、絶望に染まって虚ろな目をしている修一。青木は彼の腕をとって歩き始める。ふらふらと定まらない足取りは、完全に修一の心が折れたことを示していた。
(――ようやく、か)
あの青年はぶっちゃけいけ好かないし、正直すぐに始末してしまいたかったが、そうしなくて良かったかもしれない。最期に修一の調教に役立ちそうだ。
そう思いながら青木は歩を進める。
(こいつは誰にも渡すものかよ)
凶悪な笑みを浮かべながら歩く青木。これからのことを考えると、否応無く興奮と高揚が高まっていく。
修一の心が知らず死んでいくのにも気づかずに。
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どこに行くともなく、歌舞伎町の路地や大通りを彷徨う修一。
時折酔っ払いの中年やガラの悪そうな青年たちにぶつかりそうになるが、彼らの方から避けていく。
彼らは歌舞伎町で主に飲み歩いているものたちばかりで、修一の立場を正しく理解していた。そんなことにも気づかないほど、修一の思考は先ほどのことでせわしなく動いていた。
「友達、か……」
その呟きは、客引きや道路を走る車の音にかき消されて誰にも聞かれることは無かった。
ヤクザの愛人として囚われた時点で、そんな存在を求めることが出来なくなった。
それでも諦めきれずにやってしまった結果、人知れず殺された人間たちだ。
結果的に今の修一の友達と呼べる存在は、紫苑と彼女のパートナーぐらいのものだった。
だが、彼らは彼らで青木に脅迫されているようなものだ。余計なことをするな、修一が壊れないために見逃してやっているのだ、と言われているのだと思う。聞かなくとも青木の執着心と激情ぶりを考えれば分かる。
友達、もっと言えば知人になりたいという申し出を、この数年聞いてこなかった。
だから奏太の、よく言えば積極的な、悪く言えば無遠慮な申し出は修一を驚かせた。
奏太は殺されたくない。チャンネル登録をしてまで毎動画、それこそ生配信のアーカイブもすべて見たクリエイターだ。だから必死にもなった。
殺された人間たちと同じ末路を辿らないように、必死に、したくもないことを。
かつてはこんなエネルギーなど湧いても来なかった。奏太は特別だということを、この1ヶ月で修一は認めざるを得なかった。
無自覚の中に友情とは違う感情があることを、修一は全く気づいていやしないが。
ポン。喧噪に紛れてポケットの中のスマートフォンが通知音を鳴らした。
紫苑と彼女のパートナー以外の通知はすべてサイレントか設定を切っている。だが、奏汰のチャンネルはすぐに新着動画を見ることが出来るように、通知音をオンにしている。
目についた店舗ビルの壁にもたれかかり、スマートフォンを出して、通知欄を伸ばし動画再生アプリの通知画面を全表示にする。
『カナタのcookin'ちゃんねる
これからの季節によく合うにゅうめんの…』
「……っ」
昨日までなら、通知を見た瞬間に飛びつくように見ただろう。だが今は少々の躊躇いがある。
あれだけ会話したところを見られてしまったのだ。この先、一体どうなるか分からない。
「……いや、見なければ後悔する」
修一は覚悟を決めた。スマートフォンと一緒に入れているイヤホンを出し、ジャックを刺して装着。そして再生ボタンをタップした。
過去動画の映像を使用したOP映像が流れたあと、見慣れたアングルの――だが、先日初めて見た――アイランドキッチンと奏太……奏汰が映った。
『はい始まりました奏汰のcookin'ちゃんねる~! 今日はこれからの時期にぴったり! にゅうめんに合うトッピングはどれだ! 選手権~!』ドンドンパフパフ『てなわけでですね、みなさん、夏に暑いからってそうめん買い込んで、使いきれなくて余ってません? 暖かいかけ汁を作ってにゅうめんにしちゃえば、賞味期限を気にしなくても大丈夫ですよ~。てなわけで、スーパーでお手軽に買える材料でにゅうめんにトッピングしてみたいと思いまーす。そうめんはこちら~』
いつもの通り、生き生きと進行する奏汰の姿に、修一から思わず微かな笑みがこぼれる。
だが、一ヶ月前までと同じように、何も気にせずに楽しみながら見ることが出来なかった。
自分に関わってしまったばかりに、危害を加えられていないだろうか。自分のように家族や友人を人質に取られてやいないだろうか……。
そんな心配や不安が徐々に胸中に溜まっていき、動画の内容が滑っていく。
「……そうだな」
アプリを閉じながらつぶやく。
今の時間帯、紫苑は電話に出るか分からないが、奏太への伝言を頼んでおこうと内蔵の電話帳を開いた。そのとき。
目の前に誰かが立った。誰だと思って画面から顔を上げて、息を呑んだ。
「よう、ルカぁ」
距離にしてわずか歩幅2歩分。その真正面に、青木が一人で立っていた。
さー……、と血の気が引いていくのが分かる。
「おお、ぎ……、さん」
「なんだぁ? 狐につままれたみてぇなツラして」
いつもと同じような、不敵な笑みを浮かべている青木。だがその心中は一体どうだろうか。
確実に先ほどの【prism-Butterfly】でのことは報告されているだろう。であれば、暢気に近づいてきた奏太のことは相当腹に据えかねているのには違いないのだ。
わざわざ契約書まで交わして、修一に直接関わるなという圧までかけているのに、奏太はそれを破った。
(……終わった……)
修一の心を、ひたひたと絶望が支配していく。
今までの自分の苦労も、紫苑の苦心も、すべて水の泡になろうとしている。
青木は、決して奏太を許すことはないだろう。彼がどんな目に遭うか考えると、膝から崩れ落ちそうになる。
不意にダンッ、という音が左の耳元に届いた。
青木が、修一を壁際に追い詰めている。拳で壁に手をつき、真正面にぐっと近寄ってきていた。
修一がつけたままになっているイヤホンコードの、左右が合流しているあたりを無造作につかみ乱暴に引き抜く。同時に低く抑えた声で、からかうように修一に話し始めた。
「……せぇっかく、てめぇが慣れねえフェラや騎乗位や駅弁なんかもして俺の機嫌とり続けてたってのになぁ……」
二人の身長差はそれほどない。修一の方が2㎝ほど低いだけだ。
だから二人の目線の高さはほぼ変わらない。まっすぐ射貫くように視線を送ってくる青木に、修一はただただ動悸を抑え、恐慌状態にならないようにするので精一杯だった。
日本一の繁華街とはいえ、ライトや街頭の範囲外の場所は薄暗い。青木の表情がより凄惨なものに見える。威圧の顔をしたまま、修一の顎を右手で下から掴み固定する。
抜き身のチャカやドスにも似た鋭さと殺気を孕んだ目で、青木は話を続ける。
「あのガキ、てめぇの涙ぐましい努力をたった十何分かそこらで全部パーにしやがった」
クックッ、と青木は嗤う。その宣言は、修一の心を折る効果が十分にあると分かっているのだ。
「忘れてねえだろうな、ルカ。俺がてめぇに手ェ出そうとしてきた連中をどうしてきたか」
鋭く、切り捨てられるように言われたそれに、修一は息の仕方が分からなくなっていく感覚を自覚した。
忘れたことはない。目の前の男は、わざわざ窓にスモークフィルムの貼られた車に自分を乗せて、山奥やダム湖のある場所に連れ出した。そこで自分に粉をかけてきた人物たちを暴行していたのだ。
男ならば自らも加わり一通りの暴行を加え、深く掘った穴やダムに遺体を投げ入れる。女ならば部下に命じてレイプした後、組の管理しているソープランドに嬢として流していた。
青木は、自分から逃げようとする修一に分からせるために、わざと手酷い制裁現場を見せていたのだ。
自らの行動で人間の命が何人も失われていくことに、修一はひどく心を痛めた。被害者が両手の指の数を超えそうな頃、すべてを諦めようとようやく決心をつけた。
すべて行きずりの相手だったから、本名も住所も知らない。善人かも悪人かも分からない。だがこんなに簡単に死んでいい命だったとも思えない。
元々、警察官であった修一にとって自らが置かれている状況は、当時においても筆舌に尽くしがたいほどの辛いものだった。
だから、被害者たちの顔も声も体格も、どんな話をしたかも、修一の精神は思い出すことを拒否していた。覚えているのは、「自分に粉をかけてきた人間たちが青木によってどのような末路に突き落とされたか」のみだ。
しかし青木の言葉で、それらの記憶が走馬灯のように、断片的に一気に蘇る。不鮮明な被害者たちの姿は、すべて奏太にすり替わっていたが。
もし、奏太が男たちと同じようにどれだけ懇願してもやまない暴力を浴び続けたとしたら。
もし、女たちと同じように悲鳴も出なくなるまで犯され続けたとしたら。
それは今の状況下では、全くあり得ないとは言えないことだ。奏太は男性だが、顔のつくりだけを見れば女性と見まがうほどの美形だ。どちらの可能性もありうる。
ゾクリ、と修一に嫌な悪寒が走った。絶望が頭からつま先まで入り込み、体の中身をぐちゃぐちゃに溶かそうとしてくるようで、不快感がこみ上げてくる。
視線を反らすことすら許されず、しかし肉体の防衛反応の一つとして、呼吸が不規則になっていく。
それを見て、青木は非常に満足そうだった。
平時は無表情を貫いている修一が、悪い顔色と恐怖の滲んだ表情を隠せずに、過呼吸気味に息を乱している。
(――ああ、いいねえ……)
青木は知らず興奮してきた。
ようやく、修一の心、ぎりぎり保っていたそれを壊せそうだと思った。逃げたくなくなるようにひたすらイカせて甘やかして、自分なしではいられないようにすればいい。
そのためには、この可愛い獲物に更なる絶望をくれてやらねば。
肉食獣の笑みで青木は、顎を拘束する手は離し、替わりに耳元に顔を寄せる。
許しを乞う一般人を手懐けるときよりも甘い声音で、冷徹に告げる。
「これからじぃっくりと躾直しだ」
てめぇの心、バキバキに壊し尽くしてやるからな。
ヒュ、と修一の気道から音がしたのを聞き、青木は笑みを深めた。
自らの行動が招いた事態を、ゆっくり反省する時間になるだろう。
そう思いながら、青木は自らの車まで修一を連れて行くために体を離す。
完全に血の気の引いた顔色で、絶望に染まって虚ろな目をしている修一。青木は彼の腕をとって歩き始める。ふらふらと定まらない足取りは、完全に修一の心が折れたことを示していた。
(――ようやく、か)
あの青年はぶっちゃけいけ好かないし、正直すぐに始末してしまいたかったが、そうしなくて良かったかもしれない。最期に修一の調教に役立ちそうだ。
そう思いながら青木は歩を進める。
(こいつは誰にも渡すものかよ)
凶悪な笑みを浮かべながら歩く青木。これからのことを考えると、否応無く興奮と高揚が高まっていく。
修一の心が知らず死んでいくのにも気づかずに。
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