キューピッドは料理動画

雪玉 円記

文字の大きさ
上 下
12 / 59

menu.3 急展開のペペロンチーノ(1)

しおりを挟む
 修一が奏太の家に行ってから一ヶ月。その間、修一は全力で青木に媚を売っていた。
 普段絶対しないような手淫に口淫、体位までして、必死に奏太を見逃すように懇願した。
 未だにセックスの最中以外は常通りの能面を崩さないとはいえ、従順な態度を示してきた修一に青木は気を良くする。
 気を良くしたからこそ、多少は修一の頼みを聞いてやろうかという情けも生まれる。
 結果、無事に『奏汰のcookin'ちゃんねる』は更新が続いている。
 そのことに修一は涙が出るほど安堵していた。欠片ほどにしか残っていない、成人男性というアイデンティティによるプライドを手放したくない彼にしては、本当に珍しく、安堵が隠しきれなかった。
 それが1DK換算の狭い一室に、ありとあらゆる所に仕掛けられた盗聴器と監視カメラで筒抜けだったとしても構わなかった。
 せいぜい、奏汰が自分の命綱なのだと認識すればいい、と思っているのだ。
 そんな、檻の中に引きこもっている生活を続けていれば、いい加減気を揉んでいた紫苑から鬼のような着信が来るのは必然と言えよう。
『紫苑 17:45
 紫苑 17:43
 紫苑 17:42
 紫苑 17:40
 紫苑 17:39
 紫苑 17:35
 青木 剛 17:28
 紫苑 17:27
 紫苑 17:24
 紫苑 17:22
 紫苑 17:21
 紫苑 17:19
 紫苑 17:16
 紫苑 17:13
 紫苑 17:12
 紫苑 17:10
 紫苑 17:09
 紫苑 17:06
 紫苑 17:04
 紫苑 17:03
 紫苑 17:00
 紫苑 16:57
 紫苑 16:55
 紫苑 16:53
 紫苑 16:52
 紫苑 16:49
 紫苑 16:47
 紫苑 16:45
 紫苑 16:44
 紫苑 16:41』
 ……と、合間に青木の着信がかいま見えるものの、ほぼ紫苑からの着信で履歴表示が一杯になってしまうほどだった。
「……面倒くさい彼女気取りの女か、あいつは」
 その実態は“1ヶ月も顔見せないでどこほっつき歩いてんのよどっかで野垂れ死んでんじゃないわよね?!”ということなのだが。
 電気もつけず、暗い部屋の中で、修一はベッドに丸くなりながらその着信履歴を眺めていた。するとまたスマートフォンが鳴り始める。
 ここ1ヶ月でうんざりするほど見慣れた番号。これ以上はさすがに鬱陶しいな、と思った修一はたっぷり10秒放置してから応答をタップした。
『あっ、やっと出たわねアンタ!! この1ヶ月何してたのよ!!』
「うるさいな……」
 応答した瞬間にそう怒鳴った紫苑。思わず修一は眉をしかめて、スマートフォンをスピーカー対応にする。
『うるさいってどういうこと?! こちとらダチを心配してやってるってのに、なによその言い草はぁ!!』
 大体メール一つだけ寄越してあと全無視なんて……、と説教が続きそうだったので、修一はうんざりしながらも口元に笑みが出来る。
 お前は彼女面した女を通り越して口うるさい母親か何かか、と言いたくなるが、純粋に自分を心配してくれているのだと分かってもいるのだ。
 互いに、一番精神がささくれ立っているときにそれとなく支え合った仲だ。普段はなんだかんだと言いあいながらも、一定の信頼は抱いている。
 だからこそ、修一はあるメールを紫苑に送っていた。
「……谷崎」
『あ゛ぁん?!』
 立石に水と言わんばかりのお説教をキャンセルするために、あえて彼女の本名を口に出す。
 案の定、ガラの悪い声がスピーカーから飛び出してきた。
 更にボルテージの上がった文句が出てくる前に、修一は先んじて口を出す。
「メールの件はどうなった」
 すると、しん……とスマートフォンから一瞬の沈黙が漂う。
 それから微かにため息をついたと思しき音が聞こえてきた。
『……アンタ、ごはんちゃんと食べてんの?』
「は?」
 いきなり別の方向に飛んだ話に、修一は眉根を寄せる。
『話を聞きたきゃ、店に来なさい!』
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

俺の好きな男は、幸せを運ぶ天使でした

たっこ
BL
【加筆修正済】  7話完結の短編です。  中学からの親友で、半年だけ恋人だった琢磨。  二度と合わないつもりで別れたのに、突然六年ぶりに会いに来た。 「優、迎えに来たぞ」  でも俺は、お前の手を取ることは出来ないんだ。絶対に。  

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...