7 / 59
menu.2 後悔味の焼き鮭(2)
しおりを挟む
「……昨晩は押し掛けたあげく、寝落ちしてしまってすまなかったな」
その言に、奏汰は片手をぶんぶんと振る。
「いいや~、家に誘ったのはこっちだし、気にしてないよ!」
安心させるように笑って見せたあと、気まずそうに目を反らした。
「……それに、ヤリモクってのは本当の事だったし」
素直にカミングアウトするとは。修一は得心が行ったように頷いた。
「……ああ、やはりそうか」
他殺か自殺か分からないが、いつ死んでも別に構わないと思っている修一は特に気にしていなかった。
だが、このことはなんとしてもバレないようにしなければならない、とは改めて思う。
仮に激情のまま殺されてやったとしても、そのあと奏汰が無事であるとは限らないだろうから。
それに、奏汰の自宅に立ち入ったあげく一晩泊まったことに関しては、自分の事情を明かさなかったこともある。奏汰は悪くない。
奏汰の料理にホイホイ釣られた自分にすべての責があるのだから。
そう脳内で結論づけたところで、奏汰が身を乗り出すように行った。
「でも! 今はヤリモクじゃないよ!」
「え?」
急に大声を出されたので、修一は思わず身を乗り出された分だけ仰け反って距離を取ってしまった。
じっとまっすぐ見つめながら、奏汰は切々と言い募る。
「俺の料理とっても美味しそうに食べるのを見て、段階を踏んで仲良くなりたいなぁ、って。まずは友達から。……だめ?」
小動物のように、小首を傾げつつ見つめてくる奏汰。その言葉に嘘はなかった。
奏汰は料理上手で食育に熱心だった母の教えもあり、食事という生活行動に一家言がある。
――食事は、心身ともに健康であるための要素の一つである――と。
母の作った料理の並ぶ食卓には、常に笑顔が溢れていた。だから奏汰もそうありたいと思っているのだ。
高校生の頃から、例え周りに何を言われようとも、親しい友人たちには時折食育と称して昼食や差し入れを出してやっていた。
そうすると感謝される。笑顔が出来る。
美味しい料理には笑顔が集まる。そうすると心のバランスも取れる。栄養バランスも考えれば、体の健康も作りやすくなる。
その経験を積み重ねた奏汰は、食を通じて人の心を喜ばせたい、と思うようになったのだ。
だからこそ、修一のことは放っておけなかった。
【prism-butterfly】で、眉間に深い皺を刻み込み黙々とウィスキーを含みながら動画ばかり注視していた、あの姿。
おそらく、あれが普段の修一なのだろう。だが、それで修一は人生楽しいのだろうか。いつか心因性の体調不良になってしまわないかと、心配になってくる。
だから、久々に食育をしたいと思った。食の楽しさを教えたい、思い出させたいと思ったのだ。
もちろん恋愛対象の好みド真ん中の容姿であるから、下心がないとは言えない。
だが、まずは仲を深めるところからだろう。
きゅるん、とした小動物のようなあどけない表情を崩さぬまま、奏汰は修一の返答を待つ。
修一は、困ったように眉を寄せて俯いていた。
「……」
はく、と微かに口が動いた、ような気がして、奏汰は訊ねる。
「どしたの?」
「……いや……」
それだけ答えて、また修一は黙りこくってしまった。
奏汰の友達になんて、こんな薄汚れた自分がなる資格などないだろう、と思う。
拉致監禁に調教され、親とも縁を切り、歌舞伎町の雑居ビルの片隅で、何の目的もなくただ日々を数えているだけの自分が。
それに、これから先も会うなど、とても恐ろしくて出来るわけがない。
“奴”は、自分を囲う為だけに何人もの一般人を殺しているのだ。例えそれが、自分がヤクザ以外の、表の世界を歩んでいる人間が恋しくなってしまった結果だったとしても。
その消された人間たちの顔はもう思い出せない。だが、奏汰は別だ。今でも唯一、友人の縁が切れていない【prism-butterfly】のオーナーママ・紫苑とその恋人とは、別の意味で修一にとっては亡くしたくない人物だ。
奏汰はここ数年ですっかり凍りきった精神を、だし巻き卵の動画一本で溶かしてしまったのだから。
だから、もう自分とは関わり合いにならない方がいいだろう。
自分と関係のない所で、変わらず元気にこれからも動画を作り続けてほしい。
自分はそれを一視聴者として見ているだけで十分だ。
この本心を、分厚い湯葉何十枚と包みながら、修一は重く口を開いた。
「……申し出は嬉しいが、俺とはもう関わらない方がいい。あのバーの常連ならば、顔を合わせないというのは難しいかもしれんが……」
「えっ」
食い気味に奏汰が驚愕の声を上げた。
その言に、奏汰は片手をぶんぶんと振る。
「いいや~、家に誘ったのはこっちだし、気にしてないよ!」
安心させるように笑って見せたあと、気まずそうに目を反らした。
「……それに、ヤリモクってのは本当の事だったし」
素直にカミングアウトするとは。修一は得心が行ったように頷いた。
「……ああ、やはりそうか」
他殺か自殺か分からないが、いつ死んでも別に構わないと思っている修一は特に気にしていなかった。
だが、このことはなんとしてもバレないようにしなければならない、とは改めて思う。
仮に激情のまま殺されてやったとしても、そのあと奏汰が無事であるとは限らないだろうから。
それに、奏汰の自宅に立ち入ったあげく一晩泊まったことに関しては、自分の事情を明かさなかったこともある。奏汰は悪くない。
奏汰の料理にホイホイ釣られた自分にすべての責があるのだから。
そう脳内で結論づけたところで、奏汰が身を乗り出すように行った。
「でも! 今はヤリモクじゃないよ!」
「え?」
急に大声を出されたので、修一は思わず身を乗り出された分だけ仰け反って距離を取ってしまった。
じっとまっすぐ見つめながら、奏汰は切々と言い募る。
「俺の料理とっても美味しそうに食べるのを見て、段階を踏んで仲良くなりたいなぁ、って。まずは友達から。……だめ?」
小動物のように、小首を傾げつつ見つめてくる奏汰。その言葉に嘘はなかった。
奏汰は料理上手で食育に熱心だった母の教えもあり、食事という生活行動に一家言がある。
――食事は、心身ともに健康であるための要素の一つである――と。
母の作った料理の並ぶ食卓には、常に笑顔が溢れていた。だから奏汰もそうありたいと思っているのだ。
高校生の頃から、例え周りに何を言われようとも、親しい友人たちには時折食育と称して昼食や差し入れを出してやっていた。
そうすると感謝される。笑顔が出来る。
美味しい料理には笑顔が集まる。そうすると心のバランスも取れる。栄養バランスも考えれば、体の健康も作りやすくなる。
その経験を積み重ねた奏汰は、食を通じて人の心を喜ばせたい、と思うようになったのだ。
だからこそ、修一のことは放っておけなかった。
【prism-butterfly】で、眉間に深い皺を刻み込み黙々とウィスキーを含みながら動画ばかり注視していた、あの姿。
おそらく、あれが普段の修一なのだろう。だが、それで修一は人生楽しいのだろうか。いつか心因性の体調不良になってしまわないかと、心配になってくる。
だから、久々に食育をしたいと思った。食の楽しさを教えたい、思い出させたいと思ったのだ。
もちろん恋愛対象の好みド真ん中の容姿であるから、下心がないとは言えない。
だが、まずは仲を深めるところからだろう。
きゅるん、とした小動物のようなあどけない表情を崩さぬまま、奏汰は修一の返答を待つ。
修一は、困ったように眉を寄せて俯いていた。
「……」
はく、と微かに口が動いた、ような気がして、奏汰は訊ねる。
「どしたの?」
「……いや……」
それだけ答えて、また修一は黙りこくってしまった。
奏汰の友達になんて、こんな薄汚れた自分がなる資格などないだろう、と思う。
拉致監禁に調教され、親とも縁を切り、歌舞伎町の雑居ビルの片隅で、何の目的もなくただ日々を数えているだけの自分が。
それに、これから先も会うなど、とても恐ろしくて出来るわけがない。
“奴”は、自分を囲う為だけに何人もの一般人を殺しているのだ。例えそれが、自分がヤクザ以外の、表の世界を歩んでいる人間が恋しくなってしまった結果だったとしても。
その消された人間たちの顔はもう思い出せない。だが、奏汰は別だ。今でも唯一、友人の縁が切れていない【prism-butterfly】のオーナーママ・紫苑とその恋人とは、別の意味で修一にとっては亡くしたくない人物だ。
奏汰はここ数年ですっかり凍りきった精神を、だし巻き卵の動画一本で溶かしてしまったのだから。
だから、もう自分とは関わり合いにならない方がいいだろう。
自分と関係のない所で、変わらず元気にこれからも動画を作り続けてほしい。
自分はそれを一視聴者として見ているだけで十分だ。
この本心を、分厚い湯葉何十枚と包みながら、修一は重く口を開いた。
「……申し出は嬉しいが、俺とはもう関わらない方がいい。あのバーの常連ならば、顔を合わせないというのは難しいかもしれんが……」
「えっ」
食い気味に奏汰が驚愕の声を上げた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集
夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。
現在公開中の作品(随時更新)
『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』
異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ
新しいパパは超美人??~母と息子の雌堕ち記録~
焼き芋さん
BL
ママが連れてきたパパは超美人でした。
美しい声、引き締まったボディ、スラリと伸びた美しいおみ足。
スタイルも良くママよりも綺麗…でもそんなパパには太くて立派なおちんちんが付いていました。
これは…そんなパパに快楽地獄に堕とされた母と息子の物語…
※DLsite様でCG集販売の予定あり
出産は一番の快楽
及川雨音
BL
出産するのが快感の出産フェチな両性具有総受け話。
とにかく出産が好きすぎて出産出産言いまくってます。出産がゲシュタルト崩壊気味。
【注意事項】
*受けは出産したいだけなので、相手や産まれた子どもに興味はないです。
*寝取られ(NTR)属性持ち攻め有りの複数ヤンデレ攻め
*倫理観・道徳観・貞操観が皆無、不謹慎注意
*軽く出産シーン有り
*ボテ腹、母乳、アクメ、授乳、女性器、おっぱい描写有り
続編)
*近親相姦・母子相姦要素有り
*奇形発言注意
*カニバリズム発言有り
SODOM7日間─異世界性奴隷快楽調教─
槇木 五泉(Maki Izumi)
BL
冴えないサラリーマンが、異世界最高の愛玩奴隷として幸せを掴む話。
第11回BL小説大賞51位を頂きました!!
お礼の「番外編」スタートいたしました。今しばらくお付き合いくださいませ。(本編シナリオは完結済みです)
上司に無視され、後輩たちにいじめられながら、毎日終電までのブラック労働に明け暮れる気弱な会社員・真治32歳。とある寒い夜、思い余ってプラットホームから回送電車に飛び込んだ真治は、大昔に人間界から切り離された堕落と退廃の街、ソドムへと転送されてしまう。
魔族が支配し、全ての人間は魔族に管理される奴隷であるというソドムの街で偶然にも真治を拾ったのは、絶世の美貌を持つ淫魔の青年・ザラキアだった。
異世界からの貴重な迷い人(ワンダラー)である真治は、最高位性奴隷調教師のザラキアに淫乱の素質を見出され、ソドム最高の『最高級愛玩奴隷・シンジ』になるため、調教されることになる。
7日間で性感帯の全てを開発され、立派な性奴隷(セクシズ)として生まれ変わることになった冴えないサラリーマンは、果たしてこの退廃した異世界で、最高の地位と愛と幸福を掴めるのか…?
美貌攻め×平凡受け。調教・異種姦・前立腺責め・尿道責め・ドライオーガズム多イキ等で最後は溺愛イチャラブ含むハピエン。(ラストにほんの軽度の流血描写あり。)
【キャラ設定】
●シンジ 165/56/32
人間。お人好しで出世コースから外れ、童顔と気弱な性格から、後輩からも「新人さん」と陰口を叩かれている。押し付けられた仕事を断れないせいで社畜労働に明け暮れ、思い余って回送電車に身を投げたところソドムに異世界転移した。彼女ナシ童貞。
●ザラキア 195/80/外見年齢25才程度
淫魔。褐色肌で、横に突き出た15センチ位の長い耳と、山羊のようゆるくにカーブした象牙色の角を持ち、藍色の眼に藍色の長髪を後ろで一つに縛っている。絶世の美貌の持ち主。ソドムの街で一番の奴隷調教師。飴と鞭を使い分ける、陽気な性格。
【R18】孕まぬΩは皆の玩具【完結】
海林檎
BL
子宮はあるのに卵巣が存在しない。
発情期はあるのに妊娠ができない。
番を作ることさえ叶わない。
そんなΩとして生まれた少年の生活は
荒んだものでした。
親には疎まれ味方なんて居ない。
「子供できないとか発散にはちょうどいいじゃん」
少年達はそう言って玩具にしました。
誰も救えない
誰も救ってくれない
いっそ消えてしまった方が楽だ。
旧校舎の屋上に行った時に出会ったのは
「噂の玩具君だろ?」
陽キャの三年生でした。
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる