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menu.2 後悔味の焼き鮭(2)

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「……昨晩は押し掛けたあげく、寝落ちしてしまってすまなかったな」
 その言に、奏汰は片手をぶんぶんと振る。
「いいや~、家に誘ったのはこっちだし、気にしてないよ!」
 安心させるように笑って見せたあと、気まずそうに目を反らした。
「……それに、ヤリモクってのは本当の事だったし」
 素直にカミングアウトするとは。修一は得心が行ったように頷いた。
「……ああ、やはりそうか」
 他殺か自殺か分からないが、いつ死んでも別に構わないと思っている修一は特に気にしていなかった。
 だが、このことはなんとしてもバレないようにしなければならない、とは改めて思う。
 仮に激情のまま殺されてやったとしても、そのあと奏汰が無事であるとは限らないだろうから。
 それに、奏汰の自宅に立ち入ったあげく一晩泊まったことに関しては、自分の事情を明かさなかったこともある。奏汰は悪くない。
 奏汰の料理にホイホイ釣られた自分にすべての責があるのだから。
 そう脳内で結論づけたところで、奏汰が身を乗り出すように行った。
「でも! 今はヤリモクじゃないよ!」
「え?」
 急に大声を出されたので、修一は思わず身を乗り出された分だけ仰け反って距離を取ってしまった。
 じっとまっすぐ見つめながら、奏汰は切々と言い募る。
「俺の料理とっても美味しそうに食べるのを見て、段階を踏んで仲良くなりたいなぁ、って。まずは友達から。……だめ?」
 小動物のように、小首を傾げつつ見つめてくる奏汰。その言葉に嘘はなかった。
 奏汰は料理上手で食育に熱心だった母の教えもあり、食事という生活行動に一家言がある。
 ――食事は、心身ともに健康であるための要素の一つである――と。
 母の作った料理の並ぶ食卓には、常に笑顔が溢れていた。だから奏汰もそうありたいと思っているのだ。
 高校生の頃から、例え周りに何を言われようとも、親しい友人たちには時折食育と称して昼食や差し入れを出してやっていた。
 そうすると感謝される。笑顔が出来る。
 美味しい料理には笑顔が集まる。そうすると心のバランスも取れる。栄養バランスも考えれば、体の健康も作りやすくなる。
 その経験を積み重ねた奏汰は、食を通じて人の心を喜ばせたい、と思うようになったのだ。
 だからこそ、修一のことは放っておけなかった。
【prism-butterfly】で、眉間に深い皺を刻み込み黙々とウィスキーを含みながら動画ばかり注視していた、あの姿。
 おそらく、あれが普段の修一なのだろう。だが、それで修一は人生楽しいのだろうか。いつか心因性の体調不良になってしまわないかと、心配になってくる。
 だから、久々に食育をしたいと思った。食の楽しさを教えたい、思い出させたいと思ったのだ。
 もちろん恋愛対象の好みド真ん中の容姿であるから、下心がないとは言えない。
 だが、まずは仲を深めるところからだろう。
 きゅるん、とした小動物のようなあどけない表情を崩さぬまま、奏汰は修一の返答を待つ。
 修一は、困ったように眉を寄せて俯いていた。
「……」
 はく、と微かに口が動いた、ような気がして、奏汰は訊ねる。
「どしたの?」
「……いや……」
 それだけ答えて、また修一は黙りこくってしまった。
 奏汰の友達になんて、こんな薄汚れた自分がなる資格などないだろう、と思う。
 拉致監禁に調教され、親とも縁を切り、歌舞伎町の雑居ビルの片隅で、何の目的もなくただ日々を数えているだけの自分が。
 それに、これから先も会うなど、とても恐ろしくて出来るわけがない。
 “奴”は、自分を囲う為だけに何人もの一般人を殺しているのだ。例えそれが、自分がヤクザ以外の、表の世界を歩んでいる人間が恋しくなってしまった結果だったとしても。
 その消された人間たちの顔はもう思い出せない。だが、奏汰は別だ。今でも唯一、友人の縁が切れていない【prism-butterfly】のオーナーママ・紫苑とその恋人とは、別の意味で修一にとっては亡くしたくない人物だ。
 奏汰はここ数年ですっかり凍りきった精神を、だし巻き卵の動画一本で溶かしてしまったのだから。
 だから、もう自分とは関わり合いにならない方がいいだろう。
 自分と関係のない所で、変わらず元気にこれからも動画を作り続けてほしい。
 自分はそれを一視聴者として見ているだけで十分だ。
 この本心を、分厚い湯葉何十枚と包みながら、修一は重く口を開いた。
「……申し出は嬉しいが、俺とはもう関わらない方がいい。あのバーの常連ならば、顔を合わせないというのは難しいかもしれんが……」
「えっ」
 食い気味に奏汰が驚愕の声を上げた。
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