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Act.12 ハイマー辺境領への帰還
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「貴様らマナ・ユリエ教団の連中は、我ら精霊の摂理をねじ曲げようと画策した。そのため、精霊王オヴェロンによって制裁が許可された。貴様らは早く国元に帰った方が良いだろうな。今頃、フィオベルハム中の教会が精霊や妖精たちによって、親木様……ユグドラシルの宣託の後、破壊の限りを尽くされている頃だ」
ヒュッ……、と騎士達の呼吸が驚愕に一瞬止まった。
ていうか、あれ? 俺たちそんなこと聞いてないけど???
「また、制裁の一環として、アーシス・エイハムとかいう老人を罪人としてオヴェロンの元に送った。ヤツの魂は今頃、高位精霊達によって断罪の真っ最中だろうよ」
その言葉に、教団騎士達が噛みついてきた。流石に教皇の話は看過できなかったらしい。
「そんな馬鹿な! 何故教皇猊下がそのような仕打ちを受けなければならぬのです! 猊下はユグドラシル様と世界樹様を真にお考えになられていると言うのに!」
うん、教団だけじゃなく、国ぐるみでこういう教育なんだろうな、フィオベルハムって国は。
奥様やネレンミア殿のように完全に染まっていない人もいるみたいだけど、それは多分故人の資質に関わるところなんだろう。
そんなことを考えていると、リアンの溜め息が一段階深く重くなった。
「……なるほど。貴様らが僕らユグドラシルの考えを尊重する気の一切ない、愚か者だらけの国だということはよく分かった」
「なっ」
フォン、と教団騎士団の足下に魔法陣が広がった。
「去ね」
リアンの冷たい一言と共に、教団騎士団一同は消え失せた。
魔力の流れ的に、設置魔法陣型の【転移魔法】だろう。
そして残されたのは王宮騎士団と思しき数名。
もぞり、とリアンが俺から身を乗り出して、いつもの感じで御館様にこう訊ねた。
「おじーさま、この人たち、なにしにきたの?」
幼い子供のふりをして、無遠慮に指を指すリアン。
「こら、人様に向かって指をさすんじゃない」
思わず、小声で窘めてしまった。
いや、これは躾だから……。躾の一環だから……。
「だってー」
「だってじゃありません」
「むうぅ」
ぷくぅと頬を膨らませるリアンに、何故かほっこりした空気が流れ出すエントランス。
なんで王宮騎士団の方々まで?
と俺が思っていると、部隊長らしき人が咳払いをして気を取り直した。
「……失礼。我々は、幼き精霊ユグドラシルをグルシエス家が保護するに至った経緯をオーレンダル国王陛下が直接お聞きになりたいという言づてと、陛下からの直筆の手紙を届けに参ったのだ」
「……ふぅん」
丁寧に挨拶をしてきた王宮騎士に、リアンは訝しげな視線を向ける。
騎士殿は苦笑しながらも、御館様……いや、俺とクリストファー様二人に向けて言う。
「今日で丁度刻限の1ヶ月。クリストファー殿とその従者も、動けるようになったようであるし、精霊ユグドラシルと共にすぐにでも登城を」
「いやでーす」
リアンの無邪気を装った痛烈な無関心が、騎士殿の言葉をぶった切った。
その場の人間たち全員が、ぎょっと目を剥く。
「精霊とその庇護を受けた人間を、どうして人間の一国の王様如きが好きに出来ると思ってんの? まあ、話を聞かせろってんなら行くよ。教団の事について人間たちに広めるのも悪くはない話だし。でも今すぐじゃないでーす」
リアンは無愛想に言うと、ひしっと俺にしがみついてきた。
「きょうはもうどこにも行かないもーん。パパとママと、おいしいゴハンたべて、いっぱいあそんで、ふかふかベッドでねるんだもーん。精霊だって、たくさんはたらいたあとはダラダラしたいでーす」
……こういうときだけ子供ぶって……。まったく……。
すると、御館様が前にお出になられた。まるで、俺たち三人を守ると仰るかのように。
「いやはや。次代のユグドラシルご本人がこう仰っておられるのだ。今しばらくの猶予を与えてもらえぬかのう」
その言葉に、騎士殿の眉が寄った。
「……陛下ならびに高官の方々は十分待ったと思いますが?」
「いやはや、ここは精霊ユグドラシルの顔を立ててもらいたい。……それとも、」
ぐん、と御館様から圧が放たれた。その豊かな体格と筋肉という視覚情報もあいまり、並みの魔獣ならすぐに卒倒してしまうほどのものだ。
「陛下は我が家に叛意有りと思っておいでなのか?」
その圧に、一般位の王宮騎士達が怯みだした。
そして、ここにも圧を放つ存在が二人。……いや、一人と一柱。
「……恐れながら騎士の方々に申し上げます。私とディランは、ユグドラシルと四大精霊の意思と導きに従って、長旅を終えたばかり。その私たちに、旅の疲れを癒やす間もなく登城せよとは、王宮の方々は我が家を父の言うとおりに思っておいでなのですか?」
クリストファー様は真顔で、リアンは目の笑っていない満面の笑みで。
……ああ、背後の方で魔力防御が弱い従者が倒れる音がした……。
「……ふふ。ユグドラシルが自らの意思で苗木を預けた人間たちを労らないとは、この国の人間たちも精霊の怒りを買いたいとみえる。いいだろう。その旨、ここにいる四大から各精霊達に伝達してもらおう」
笑ったままそう言い放ったリアンに、魔道士と思われるローブを着た人物が隊長殿に慌てて言った。
「ひ、一晩の休息を認めてもよろしいのでは?」
「う、うむ。そうだな」
その返答に、御館様、クリストファー様、リアンから圧が消えた。
よかった、ぶっちゃけ俺もちょっとキツかったんだ。
……【飛行魔法】酔いがまだちょっと残ってるんだよなぁ……。
「……では、我々は今夜は領都の宿に宿泊させていただく。明朝迎えに来るゆえ、今夜はゆっくり休まれよ」
そう言い残し、王宮騎士達は去っていった。
ばたん、とエントランスのドアが閉まったところで、俺は肺の中で凝り固まったような溜め息をつく。
と、同時に。
ヒュッ……、と騎士達の呼吸が驚愕に一瞬止まった。
ていうか、あれ? 俺たちそんなこと聞いてないけど???
「また、制裁の一環として、アーシス・エイハムとかいう老人を罪人としてオヴェロンの元に送った。ヤツの魂は今頃、高位精霊達によって断罪の真っ最中だろうよ」
その言葉に、教団騎士達が噛みついてきた。流石に教皇の話は看過できなかったらしい。
「そんな馬鹿な! 何故教皇猊下がそのような仕打ちを受けなければならぬのです! 猊下はユグドラシル様と世界樹様を真にお考えになられていると言うのに!」
うん、教団だけじゃなく、国ぐるみでこういう教育なんだろうな、フィオベルハムって国は。
奥様やネレンミア殿のように完全に染まっていない人もいるみたいだけど、それは多分故人の資質に関わるところなんだろう。
そんなことを考えていると、リアンの溜め息が一段階深く重くなった。
「……なるほど。貴様らが僕らユグドラシルの考えを尊重する気の一切ない、愚か者だらけの国だということはよく分かった」
「なっ」
フォン、と教団騎士団の足下に魔法陣が広がった。
「去ね」
リアンの冷たい一言と共に、教団騎士団一同は消え失せた。
魔力の流れ的に、設置魔法陣型の【転移魔法】だろう。
そして残されたのは王宮騎士団と思しき数名。
もぞり、とリアンが俺から身を乗り出して、いつもの感じで御館様にこう訊ねた。
「おじーさま、この人たち、なにしにきたの?」
幼い子供のふりをして、無遠慮に指を指すリアン。
「こら、人様に向かって指をさすんじゃない」
思わず、小声で窘めてしまった。
いや、これは躾だから……。躾の一環だから……。
「だってー」
「だってじゃありません」
「むうぅ」
ぷくぅと頬を膨らませるリアンに、何故かほっこりした空気が流れ出すエントランス。
なんで王宮騎士団の方々まで?
と俺が思っていると、部隊長らしき人が咳払いをして気を取り直した。
「……失礼。我々は、幼き精霊ユグドラシルをグルシエス家が保護するに至った経緯をオーレンダル国王陛下が直接お聞きになりたいという言づてと、陛下からの直筆の手紙を届けに参ったのだ」
「……ふぅん」
丁寧に挨拶をしてきた王宮騎士に、リアンは訝しげな視線を向ける。
騎士殿は苦笑しながらも、御館様……いや、俺とクリストファー様二人に向けて言う。
「今日で丁度刻限の1ヶ月。クリストファー殿とその従者も、動けるようになったようであるし、精霊ユグドラシルと共にすぐにでも登城を」
「いやでーす」
リアンの無邪気を装った痛烈な無関心が、騎士殿の言葉をぶった切った。
その場の人間たち全員が、ぎょっと目を剥く。
「精霊とその庇護を受けた人間を、どうして人間の一国の王様如きが好きに出来ると思ってんの? まあ、話を聞かせろってんなら行くよ。教団の事について人間たちに広めるのも悪くはない話だし。でも今すぐじゃないでーす」
リアンは無愛想に言うと、ひしっと俺にしがみついてきた。
「きょうはもうどこにも行かないもーん。パパとママと、おいしいゴハンたべて、いっぱいあそんで、ふかふかベッドでねるんだもーん。精霊だって、たくさんはたらいたあとはダラダラしたいでーす」
……こういうときだけ子供ぶって……。まったく……。
すると、御館様が前にお出になられた。まるで、俺たち三人を守ると仰るかのように。
「いやはや。次代のユグドラシルご本人がこう仰っておられるのだ。今しばらくの猶予を与えてもらえぬかのう」
その言葉に、騎士殿の眉が寄った。
「……陛下ならびに高官の方々は十分待ったと思いますが?」
「いやはや、ここは精霊ユグドラシルの顔を立ててもらいたい。……それとも、」
ぐん、と御館様から圧が放たれた。その豊かな体格と筋肉という視覚情報もあいまり、並みの魔獣ならすぐに卒倒してしまうほどのものだ。
「陛下は我が家に叛意有りと思っておいでなのか?」
その圧に、一般位の王宮騎士達が怯みだした。
そして、ここにも圧を放つ存在が二人。……いや、一人と一柱。
「……恐れながら騎士の方々に申し上げます。私とディランは、ユグドラシルと四大精霊の意思と導きに従って、長旅を終えたばかり。その私たちに、旅の疲れを癒やす間もなく登城せよとは、王宮の方々は我が家を父の言うとおりに思っておいでなのですか?」
クリストファー様は真顔で、リアンは目の笑っていない満面の笑みで。
……ああ、背後の方で魔力防御が弱い従者が倒れる音がした……。
「……ふふ。ユグドラシルが自らの意思で苗木を預けた人間たちを労らないとは、この国の人間たちも精霊の怒りを買いたいとみえる。いいだろう。その旨、ここにいる四大から各精霊達に伝達してもらおう」
笑ったままそう言い放ったリアンに、魔道士と思われるローブを着た人物が隊長殿に慌てて言った。
「ひ、一晩の休息を認めてもよろしいのでは?」
「う、うむ。そうだな」
その返答に、御館様、クリストファー様、リアンから圧が消えた。
よかった、ぶっちゃけ俺もちょっとキツかったんだ。
……【飛行魔法】酔いがまだちょっと残ってるんだよなぁ……。
「……では、我々は今夜は領都の宿に宿泊させていただく。明朝迎えに来るゆえ、今夜はゆっくり休まれよ」
そう言い残し、王宮騎士達は去っていった。
ばたん、とエントランスのドアが閉まったところで、俺は肺の中で凝り固まったような溜め息をつく。
と、同時に。
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