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Act.3 リアン、初めてのおでかけ

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 リアンとアンナ様が和解してから数日後。俺たちは屋敷の敷地外に出かけていた。

「ふわぁ~……!」

 俺と、クリストファー様と、リアン。
 三人の目の前に広がっている光景は、ハイマー辺境領都・ハインベルのメインマーケットだ。
 様々なテント形式の店が客を呼び込む声、それに足を止めて品々を見る住民に旅人たち、彼らが繰り広げる丁々発止の値切り合戦。
 そんな活気溢れる光景に、リアンは目を輝かせていた。きょろきょろとあたりを見回している。

「おっきいねえ~」
「そうだねえ」

 片手ずつそれぞれ俺とクリストファー様と繋いでいるリアン。クリストファー様の方を見上げて言ってきた。
 このマーケットは中心部に位置しているから、領都の中でも治安はいい。
 隣国からの品も入ってくる頻度が高く、まさに北の都といった風情だ。
 郊外には、我らがグルシエス家の屋敷と領騎士団の屯所がある。
 オーレンダルの最後の砦とも言える俺たちが睨みを利かせているからこそ、住民たちは安心して暮らしているし、商人達の活動も活発。互いに良き関係を結べているんだ。

 というわけで、グルシエス家の方々は時に公務、時にお忍びで、しょっちゅうハインベルに赴いている。
 だからこそ準武装の平服――有り体に言えば冒険者風の格好をしている俺たちを見ても、街のみんなは特に気にしていない、というわけ。
 ……まあ、俺たちの間にいるリアンのことは気になるのか、チラチラ視線が来てはいるけども。
 その中には、騎士団諜報部の中でも手練れの人たちのものが混じっている。
 諜報部は情報収集だけでなく、こうした影に紛れての護衛も任務内容のうちだ。
 俺も属している、前線で正々堂々……といった部隊とはひと味違う。
 リアンの歩調に合わせながらゆっくり歩いていくと、リアンの顔が一際輝いた店があった。
 テントの下には、色とりどりの野菜に果物。今は春先だから、まだ根菜が多いな。葉物は、雪に埋めて貯蔵するキャベツぐらいしかない。

「おやしゃいしゃん!」

 俺たちの手を振りほどく勢いでそちらに走りだす。
 手を離さないように気をつけながら、リアンの歩調に合わせて俺とクリストファー様も青果商に近づいた。

「リアンは本当に植物が好きだねえ」
「あい!」

 にこー、という笑顔を浮かべてクリストファー様に答えるリアン。
 クリストファー様もそんなリアンの頭を笑顔で撫でていた。

「お、おい……」

 わなわな、と中年店主が俺を指さした。
 この人は生まれながらのハインベルの民だ。だからグルシエスとサヘンドラについては、親から言い聞かせられて育ったらしい。

「坊主……! お前さん、とうとう産んだんか!?」

 ざわっ、と一瞬にしてその場の喧噪が消えた。

「違います」

 無意識で、一気に感情と表情が消えてしまった。
 ていうか、街の往来で真っ昼間からそういうことを大声で言わないでほしい。誰が聞いてるか分からないし、グルシエス家にとってどんな弱みになるかも分からないし、絶対夜の酒場でネタになるだろうが!
 訂正を……と思っていると、周囲からひそひそと聞こえてきた。

「ディランくん、とうとう押し倒されたのね……」
「まああのお家だからなぁ……一世代に一組はそういう主従が……」
「10年前も先代様が……」

 聞こえてんですよ!!
 全員地元民だからって、わざと聞こえるように言ってるんじゃねえだろうなオイ!!
 ちらっとクリストファー様を見る。……ダメだ期待できない。
 まるでままごと遊びのように、野菜や果物に話しかけているリアンをにこやかに――だが鋭く観察するような目で見ている。

『産んだ、のとこ以外事実じゃん』

 念話ァ!! 【念話魔法】!!
 ああダメだ、クリストファー様は全然訂正する気もなにもない。やましいことをしてると思われていいわけがないのに。
 いや、本当にやましいことはしてない! あるとすれば同衾ぐらい! それもリアンを挟んでるし!!

「……ぼ、坊主?」

 ゆらり、と店主を見る。
 ヒッという声が上がったので、俺は相当剣呑な顔をしているのだろうか。
 でも俺みたいな若造が親父よりも上の世代の人に言うことを呑み込んでもらうには、もう気迫でもなんでも使うしかない。
 カッ、と瞳孔をガン開く。店主が背後の壁際まで後ずさった。残念、もう横にしか逃げ場ないですよ。

「……ほら、瞬く間に変な噂になったじゃないですか訂正して下さいよ、俺は産んでないしましてややましい意味での肉体接触も許してません、リアンは親代わりに預かっている子です決してクリストファー様が俺に何かした結果の子じゃないです、いいですか分かりましたか」
「わ、わかりましたァ……!!」

 どうだ、俺が母さんと兄貴を見て会得した必殺技「悪ガキを叱る時の瞳孔開き」は! ちょっとした怒気もおまけだぁ!
 店主は脂汗をかきながらえらい勢いで頷いていた。
 流石に民間人に怒気はやり過ぎたかもしれないが、クリストファー様にとって不名誉な流言が生まれたり、あらぬ誤解を招くよりもいいだろう。
 ていうか、後で怒られてもこう切り返す。開き直るなと更に怒られようが、この路線で俺は突っ切るぞ。

「何だ違うのか、てっきり俺ァ……なぁ」
「クリストファー坊ちゃまは三男だし、ディランくんへの愛がもの凄いから、てっきりお爺さまと同じ道を辿るものだと思ってたわ……」
「まあ流石に男のディランが産めるわけないか!」

 最早囁き声にすらなってないやりとりの後に、どっと笑う街のみなさん。
 おい。なにが面白いんだ、おい。そこ、笑うとこなのか。

「おぃしゃん」

 笑いに紛れて、リアンの声がした。店主は慌てて、品物籠の上からリアンを見下ろす。

「あ、あいよ、どうしたんだい、ぼっちゃん」
「こぇ、くらしゃい!」

 ぴっ、とリアンが指差したのは、小さめの平たいザルに小分けにされているイチゴだった。これは確か、隣の農耕が盛んな領から仕入れている物だったと思う。
 近隣領含めて、このあたりは国内有数の北国だ。その雪解け水で育つ露地物イチゴは、隣領の春の特産品の一つだ。

「おっ、ぼっちゃん、今の時期のイチゴに目をつけるとはお目が高い! きっと将来は賢い子に育つなぁ」

 目尻を下げて応対する店主に、リアンは頬に両手をあてて照れる。

「食べ歩き用にちょっとでいいよ。リアンが夕飯食べられなくなったら困るし」
「ぼくとぉ、ぱぱとぉ、まま!」

 また、周囲がざわっとなった。勘弁してくれ……。

「……ディラン坊よう」
「大人二人と幼子一人が小腹を満たせるくらいの量を、くれぐれも、お願いします」
「ヒッ、しょ、承知しましたぁ……!」

 ……あれ? ここまで怯えさせるつもりはなかったんだけどな……。
 影の護衛の人の「あちゃー……」っていう気配が分かる。帰ってからの説教が増えたかもしれないなぁ……。

「これくらいでどうでしょう」

 平ザルのイチゴを半分減らしたものを店主がクリストファー様に見せる。ざっと数えて、十数粒ってところか?
 クリストファー様が頷いた。

「うん、もらおうかな」

 俺は腰のポーチに手を伸ばした。中には、今日の軍資金の入った袋があるのだ。
 俺が金を用意している間に、クリストファー様が布袋を取り出していた。ご自身の【空間収納魔法】の中に忍ばせておいだのだろう。
 その中にイチゴを入れてもらいながら、リアンに講釈し始めた。

「いいかいリアン。こういう「お店」って場所では、お金をお店の人に渡して、お店に置いてある物を譲ってもらうんだよ。お金を支払わないとお尻ペンペンじゃ済まないからね」
「あい」
「お客がお金でお店に置いてある物をもらうことを「買う」、お店の人がお金をもらって品物をお客にあげることを「売る」っていうんだよ。分かった?」
「あい!」

 金を払う、或いは物々交換すれば物が手に入る。
 それを理解したのか、単にイチゴが手に入ったのが嬉しいのか、リアンは機嫌良く返事を返した。
 うーん、周囲の人たちがほんわかとしたムードになっているのが分かる。
 おつりを受け取り、革袋をポーチにしまう。
 クリストファー様もイチゴ入りの袋を【空間収納魔法】にしまったのを確認してから、俺は声をかけた。

「クリストファー様、そろそろ」
「ん」

 リアン、と声をかけ手を差し出す。ご機嫌な顔で手を繋いできた。

「ほら、お店のおじさんにバイバイして」
「うん。おぃしゃん、バイバーイ」
「また来てくれなぁ」

 でれっ、と相好を崩す主人。手を振り返してきた。
 やっぱり幼子が周囲に与える影響は凄いな。ほんわかした方面に。
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