上 下
22 / 108
Act.2 リアンとグルシエス家の人々

8

しおりを挟む
 ここから先は、後方支援部隊……行軍中の糧食作成専門厨房や保管庫、魔道具部門の執務室や研究室、魔法薬製造室などが並んでいる。
 クリストファー様はリアンに視線を合わせた。

「……この辺はアポ無しで部屋の中に入ると、ちょっと怖いことになるから廊下を通るだけにしようね……!」
「? あい」

 実感が伴いまくってる……。
 実体験だから仕方ない。俺もクリストファー様のお供で、目の血走った魔道具師や魔法薬師の人に何回追い回されたことか……。
 リアンは、クリストファー様が真剣なのを感じ取ったのか、きょとんとはしているものの素直に頷いた。

「きぇええええええええ!!!!」
「ひぇ!」

 おわっ、びっくりした……!!
 リアンも不意打ちで轟いた奇声に驚いたのか、俺の脚にしがみついてきた。
 この声の出所は、すぐ隣の部屋だな……。ここは……。

「……この部屋は、デイブ兄上の奥さんの、イリーナ義姉上の執務室兼研究室だよ。あらかじめお伺いを立てないで訪ねると、めちゃくちゃ睨まれるんだ……。だから用事があるときは、この部屋から出てるときに話しかけるといいよ……」
「ぁぃ……」

 イリーナ様が一番嫌うのが、魔道具の研究・制作を邪魔されることだ。
 そのため、そういう輩には容赦が一切ない。
 それを知らない新入りが何人も、千切っては投げられているのだ。
 普段も半眼で、眠そうなのか機嫌が悪いのか測りかねるお顔をなさってはいるが……。
 で、何部屋か魔道具研究室を挟んだ向こうが、魔法薬製造室だ。
 が、あそこはあそこで魔法薬オタクの巣窟だ。
 今現在の責任者であらせられるデネブラ様がいらっしゃるなら大人しいが、そうでないと試作品を無理矢理にでも飲ませて臨床実験しようとしてくる。
 厄介なのは、麻痺や眠りなどの【状態異常魔法】まで使ってくるということだ。
 流石にリアンを連れている今は、マッドポーショニストたちの相手はしたくない。
 クリストファー様も同じ思いだったようだ。互いに顔を見合わせると、一つ頷き合う。

「さ、リアン。一階のまだ見てないところ、見に行こうねぇ」

 クリストファー様の促しと同時に、俺は半泣きのリアンの背を宥めるように叩き、手を繋いだ。
 そのまま、不穏な笑い声の聞こえる二階から一階に降りて、屯所探検の続きだ。
 まず東の渡り廊下を通って、食堂を覗いていく。厨房では、調理係の皆さんが忙しく働いていた。
 仕事の邪魔をしてはいけないと、今度は鍛錬所の方に向かう。
 北の渡り廊下を渡っていると、屋内鍛錬所から刃を潰した剣で打ち合う音が聞こえてくる。
 中を見ると、前衛の騎士たちの室内乱戦を想定した訓練のようだ。
 うちの騎士団の鍛錬は、武器から殺傷能力を間引いていること以外は、なるべく実戦と剥離しないようにしている。
 常に命の危機を感じておくことが大事だ、という先代様の教えがあるからだ。
 だが、こんな鬼気迫る訓練でリアンはどう思うだろうか。

「ふぇ……」

 ……なんだか、呆気に取られているっぽいな。だが、怯えてはいなさそうで良かった。
 俺たちは次に魔法鍛錬所に向かう。
 魔法鍛錬所では、何人かの魔道士達が自律駆動する的に向かって魔法を撃っている。
 クリストファー様曰く、魔道士や弓兵はどのような状況下であっても、標的に当てられないとお話にならないとのことだ。
 多分、こうして繰り返し的に当てることで射撃の精度を高めていくんだろうな。
 邪魔になってはいけないので、このあたりで退散しよう。
 一番奥には弓術場があり、弓を射る音が聞こえてくる。
 弓術場は魔法鍛錬所と同じように的があり、それに矢を当てるような作りになっている。
 ここで今使っている的は、目鼻のない人型のぬいぐるみのようで、なんとも言えない見た目をしている。
 屯所から外に出る。屋敷に戻るように歩いていくと、ガラス張りの大きな温室が見えてきた。
 ふと、リアンがそわそわしだした。

「ぱぱ、まま、あぇ、なに?」

 温室を指さすリアン。心なしか頬も紅潮している。

「あそこは温室だよ。魔法薬の材料になる草や花を育ててるの」
「ふわぁ……!」

 リアンは本当に嬉しそうな笑顔になる。どことなく歩調が早くなった。

「さっきも思ったけど、リアンは草や花が好きなのか?」
「あい!」

 ぶらぶらと、俺に繋がれている手を振り始めた。

「くしゃしゃんとぉ、おはなしゃんとぉ、きしゃん、しゅき!」
「……そっか。ディラン、リアン離さないようにね」
「はい」

 温室の扉に手をかけながら、クリストファー様が俺に言った。
 興奮して走り出して行かないように、俺の指を掴ませていた手を離させ、小さな手首を掴み直す。
 温室には希少な草花も多い。知らずに踏み荒らしてしまわないようにするためだ。
 温室に入る。外気よりも暑い空気が俺たちを包み込んできた。
 扉の開け閉めの音で気づいたのか、作業着姿のデネブラ様が迎えてくださった。

「まあ、ここにも来てくれたのね」
「はい。リアンがどうやら草花が好きなようなので、見学させていただければと思いまして」
「もちろんいいわよ」

 リアンは植物に目移りするのか、さっきからキョロキョロしている。本当に植物が好きなんだな……。

「おかあさま! かってにいかないで!」

 奥の方から、同じく作業着姿のアンナ様と、アンナ様付きメイドに内定している姪――兄貴の娘がとてとてと走ってきた。その後ろから、デネブラ様のメイド兼護衛であるサヘンドラ一族の女性がついてくる。

「あら、ごめんなさいね、アンナ」
「もう!」

 ぷんぷんと怒っていらっしゃるアンナ様。急にお母上が離れていってしまったから、不安になられたのだろう。
 と、リアンとアンナ様の目が合った。

「……!!」

 むうっ、と頬を膨らませて、こちらに叫んだ。

「クリスおじさま、ディラン! わたし、そのこキライ! いますぐどこかいって!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

あなたを追いかけて【完結】

華周夏
BL
小さい頃カルガモの群れを見て、ずっと、一緒に居ようと誓ったアキと祥介。アキと祥ちゃんはずっと一緒。 いつしか秋彦、祥介と呼ぶようになっても。 けれど、秋彦はいつも教室の羊だった。祥介には言えない。 言いたくない。秋彦のプライド。 そんなある日、同じ図書委員の下級生、谷崎と秋彦が出会う……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

烏木の使いと守護騎士の誓いを破るなんてとんでもない

時雨
BL
いつもの通勤中に猫を助ける為に車道に飛び出し車に轢かれて死んでしまったオレは、気が付けば見知らぬ異世界の道の真ん中に大の字で寝ていた。 通りがかりの騎士風のコスプレをしたお兄さんに偶然助けてもらうが、言葉は全く通じない様子。 黒い髪も瞳もこの世界では珍しいらしいが、なんとか目立たず安心して暮らせる場所を探しつつ、助けてくれた騎士へ恩返しもしたい。 騎士が失踪した大切な女性を捜している道中と知り、手伝いたい……けど、この”恩返し”という名の”人捜し”結構ハードモードじゃない? ◇ブロマンス寄りのふんわりBLです。メインCPは騎士×転移主人公です。 ◇異世界転移・騎士・西洋風ファンタジーと好きな物を詰め込んでいます。

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...