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Act.2 リアンとグルシエス家の人々
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ここから先は、後方支援部隊……行軍中の糧食作成専門厨房や保管庫、魔道具部門の執務室や研究室、魔法薬製造室などが並んでいる。
クリストファー様はリアンに視線を合わせた。
「……この辺はアポ無しで部屋の中に入ると、ちょっと怖いことになるから廊下を通るだけにしようね……!」
「? あい」
実感が伴いまくってる……。
実体験だから仕方ない。俺もクリストファー様のお供で、目の血走った魔道具師や魔法薬師の人に何回追い回されたことか……。
リアンは、クリストファー様が真剣なのを感じ取ったのか、きょとんとはしているものの素直に頷いた。
「きぇええええええええ!!!!」
「ひぇ!」
おわっ、びっくりした……!!
リアンも不意打ちで轟いた奇声に驚いたのか、俺の脚にしがみついてきた。
この声の出所は、すぐ隣の部屋だな……。ここは……。
「……この部屋は、デイブ兄上の奥さんの、イリーナ義姉上の執務室兼研究室だよ。あらかじめお伺いを立てないで訪ねると、めちゃくちゃ睨まれるんだ……。だから用事があるときは、この部屋から出てるときに話しかけるといいよ……」
「ぁぃ……」
イリーナ様が一番嫌うのが、魔道具の研究・制作を邪魔されることだ。
そのため、そういう輩には容赦が一切ない。
それを知らない新入りが何人も、千切っては投げられているのだ。
普段も半眼で、眠そうなのか機嫌が悪いのか測りかねるお顔をなさってはいるが……。
で、何部屋か魔道具研究室を挟んだ向こうが、魔法薬製造室だ。
が、あそこはあそこで魔法薬オタクの巣窟だ。
今現在の責任者であらせられるデネブラ様がいらっしゃるなら大人しいが、そうでないと試作品を無理矢理にでも飲ませて臨床実験しようとしてくる。
厄介なのは、麻痺や眠りなどの【状態異常魔法】まで使ってくるということだ。
流石にリアンを連れている今は、マッドポーショニストたちの相手はしたくない。
クリストファー様も同じ思いだったようだ。互いに顔を見合わせると、一つ頷き合う。
「さ、リアン。一階のまだ見てないところ、見に行こうねぇ」
クリストファー様の促しと同時に、俺は半泣きのリアンの背を宥めるように叩き、手を繋いだ。
そのまま、不穏な笑い声の聞こえる二階から一階に降りて、屯所探検の続きだ。
まず東の渡り廊下を通って、食堂を覗いていく。厨房では、調理係の皆さんが忙しく働いていた。
仕事の邪魔をしてはいけないと、今度は鍛錬所の方に向かう。
北の渡り廊下を渡っていると、屋内鍛錬所から刃を潰した剣で打ち合う音が聞こえてくる。
中を見ると、前衛の騎士たちの室内乱戦を想定した訓練のようだ。
うちの騎士団の鍛錬は、武器から殺傷能力を間引いていること以外は、なるべく実戦と剥離しないようにしている。
常に命の危機を感じておくことが大事だ、という先代様の教えがあるからだ。
だが、こんな鬼気迫る訓練でリアンはどう思うだろうか。
「ふぇ……」
……なんだか、呆気に取られているっぽいな。だが、怯えてはいなさそうで良かった。
俺たちは次に魔法鍛錬所に向かう。
魔法鍛錬所では、何人かの魔道士達が自律駆動する的に向かって魔法を撃っている。
クリストファー様曰く、魔道士や弓兵はどのような状況下であっても、標的に当てられないとお話にならないとのことだ。
多分、こうして繰り返し的に当てることで射撃の精度を高めていくんだろうな。
邪魔になってはいけないので、このあたりで退散しよう。
一番奥には弓術場があり、弓を射る音が聞こえてくる。
弓術場は魔法鍛錬所と同じように的があり、それに矢を当てるような作りになっている。
ここで今使っている的は、目鼻のない人型のぬいぐるみのようで、なんとも言えない見た目をしている。
屯所から外に出る。屋敷に戻るように歩いていくと、ガラス張りの大きな温室が見えてきた。
ふと、リアンがそわそわしだした。
「ぱぱ、まま、あぇ、なに?」
温室を指さすリアン。心なしか頬も紅潮している。
「あそこは温室だよ。魔法薬の材料になる草や花を育ててるの」
「ふわぁ……!」
リアンは本当に嬉しそうな笑顔になる。どことなく歩調が早くなった。
「さっきも思ったけど、リアンは草や花が好きなのか?」
「あい!」
ぶらぶらと、俺に繋がれている手を振り始めた。
「くしゃしゃんとぉ、おはなしゃんとぉ、きしゃん、しゅき!」
「……そっか。ディラン、リアン離さないようにね」
「はい」
温室の扉に手をかけながら、クリストファー様が俺に言った。
興奮して走り出して行かないように、俺の指を掴ませていた手を離させ、小さな手首を掴み直す。
温室には希少な草花も多い。知らずに踏み荒らしてしまわないようにするためだ。
温室に入る。外気よりも暑い空気が俺たちを包み込んできた。
扉の開け閉めの音で気づいたのか、作業着姿のデネブラ様が迎えてくださった。
「まあ、ここにも来てくれたのね」
「はい。リアンがどうやら草花が好きなようなので、見学させていただければと思いまして」
「もちろんいいわよ」
リアンは植物に目移りするのか、さっきからキョロキョロしている。本当に植物が好きなんだな……。
「おかあさま! かってにいかないで!」
奥の方から、同じく作業着姿のアンナ様と、アンナ様付きメイドに内定している姪――兄貴の娘がとてとてと走ってきた。その後ろから、デネブラ様のメイド兼護衛であるサヘンドラ一族の女性がついてくる。
「あら、ごめんなさいね、アンナ」
「もう!」
ぷんぷんと怒っていらっしゃるアンナ様。急にお母上が離れていってしまったから、不安になられたのだろう。
と、リアンとアンナ様の目が合った。
「……!!」
むうっ、と頬を膨らませて、こちらに叫んだ。
「クリスおじさま、ディラン! わたし、そのこキライ! いますぐどこかいって!」
クリストファー様はリアンに視線を合わせた。
「……この辺はアポ無しで部屋の中に入ると、ちょっと怖いことになるから廊下を通るだけにしようね……!」
「? あい」
実感が伴いまくってる……。
実体験だから仕方ない。俺もクリストファー様のお供で、目の血走った魔道具師や魔法薬師の人に何回追い回されたことか……。
リアンは、クリストファー様が真剣なのを感じ取ったのか、きょとんとはしているものの素直に頷いた。
「きぇええええええええ!!!!」
「ひぇ!」
おわっ、びっくりした……!!
リアンも不意打ちで轟いた奇声に驚いたのか、俺の脚にしがみついてきた。
この声の出所は、すぐ隣の部屋だな……。ここは……。
「……この部屋は、デイブ兄上の奥さんの、イリーナ義姉上の執務室兼研究室だよ。あらかじめお伺いを立てないで訪ねると、めちゃくちゃ睨まれるんだ……。だから用事があるときは、この部屋から出てるときに話しかけるといいよ……」
「ぁぃ……」
イリーナ様が一番嫌うのが、魔道具の研究・制作を邪魔されることだ。
そのため、そういう輩には容赦が一切ない。
それを知らない新入りが何人も、千切っては投げられているのだ。
普段も半眼で、眠そうなのか機嫌が悪いのか測りかねるお顔をなさってはいるが……。
で、何部屋か魔道具研究室を挟んだ向こうが、魔法薬製造室だ。
が、あそこはあそこで魔法薬オタクの巣窟だ。
今現在の責任者であらせられるデネブラ様がいらっしゃるなら大人しいが、そうでないと試作品を無理矢理にでも飲ませて臨床実験しようとしてくる。
厄介なのは、麻痺や眠りなどの【状態異常魔法】まで使ってくるということだ。
流石にリアンを連れている今は、マッドポーショニストたちの相手はしたくない。
クリストファー様も同じ思いだったようだ。互いに顔を見合わせると、一つ頷き合う。
「さ、リアン。一階のまだ見てないところ、見に行こうねぇ」
クリストファー様の促しと同時に、俺は半泣きのリアンの背を宥めるように叩き、手を繋いだ。
そのまま、不穏な笑い声の聞こえる二階から一階に降りて、屯所探検の続きだ。
まず東の渡り廊下を通って、食堂を覗いていく。厨房では、調理係の皆さんが忙しく働いていた。
仕事の邪魔をしてはいけないと、今度は鍛錬所の方に向かう。
北の渡り廊下を渡っていると、屋内鍛錬所から刃を潰した剣で打ち合う音が聞こえてくる。
中を見ると、前衛の騎士たちの室内乱戦を想定した訓練のようだ。
うちの騎士団の鍛錬は、武器から殺傷能力を間引いていること以外は、なるべく実戦と剥離しないようにしている。
常に命の危機を感じておくことが大事だ、という先代様の教えがあるからだ。
だが、こんな鬼気迫る訓練でリアンはどう思うだろうか。
「ふぇ……」
……なんだか、呆気に取られているっぽいな。だが、怯えてはいなさそうで良かった。
俺たちは次に魔法鍛錬所に向かう。
魔法鍛錬所では、何人かの魔道士達が自律駆動する的に向かって魔法を撃っている。
クリストファー様曰く、魔道士や弓兵はどのような状況下であっても、標的に当てられないとお話にならないとのことだ。
多分、こうして繰り返し的に当てることで射撃の精度を高めていくんだろうな。
邪魔になってはいけないので、このあたりで退散しよう。
一番奥には弓術場があり、弓を射る音が聞こえてくる。
弓術場は魔法鍛錬所と同じように的があり、それに矢を当てるような作りになっている。
ここで今使っている的は、目鼻のない人型のぬいぐるみのようで、なんとも言えない見た目をしている。
屯所から外に出る。屋敷に戻るように歩いていくと、ガラス張りの大きな温室が見えてきた。
ふと、リアンがそわそわしだした。
「ぱぱ、まま、あぇ、なに?」
温室を指さすリアン。心なしか頬も紅潮している。
「あそこは温室だよ。魔法薬の材料になる草や花を育ててるの」
「ふわぁ……!」
リアンは本当に嬉しそうな笑顔になる。どことなく歩調が早くなった。
「さっきも思ったけど、リアンは草や花が好きなのか?」
「あい!」
ぶらぶらと、俺に繋がれている手を振り始めた。
「くしゃしゃんとぉ、おはなしゃんとぉ、きしゃん、しゅき!」
「……そっか。ディラン、リアン離さないようにね」
「はい」
温室の扉に手をかけながら、クリストファー様が俺に言った。
興奮して走り出して行かないように、俺の指を掴ませていた手を離させ、小さな手首を掴み直す。
温室には希少な草花も多い。知らずに踏み荒らしてしまわないようにするためだ。
温室に入る。外気よりも暑い空気が俺たちを包み込んできた。
扉の開け閉めの音で気づいたのか、作業着姿のデネブラ様が迎えてくださった。
「まあ、ここにも来てくれたのね」
「はい。リアンがどうやら草花が好きなようなので、見学させていただければと思いまして」
「もちろんいいわよ」
リアンは植物に目移りするのか、さっきからキョロキョロしている。本当に植物が好きなんだな……。
「おかあさま! かってにいかないで!」
奥の方から、同じく作業着姿のアンナ様と、アンナ様付きメイドに内定している姪――兄貴の娘がとてとてと走ってきた。その後ろから、デネブラ様のメイド兼護衛であるサヘンドラ一族の女性がついてくる。
「あら、ごめんなさいね、アンナ」
「もう!」
ぷんぷんと怒っていらっしゃるアンナ様。急にお母上が離れていってしまったから、不安になられたのだろう。
と、リアンとアンナ様の目が合った。
「……!!」
むうっ、と頬を膨らませて、こちらに叫んだ。
「クリスおじさま、ディラン! わたし、そのこキライ! いますぐどこかいって!」
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