年下俺様アイドルの、正しい飼い方

ぬくもり②

　あの時の選択が間違えていたとは、今でも思わない。
　とはいえ大好きだった仕事も辞めてしまった現在、結局私にはマンションのローン以外、何も残らなかったワケだが。

「全く悪くなかったという事は、無いと思います。
　少なくとも仕事に関しては、勢いで辞表を出してしまったのを、正直後悔してますから。
　......ホント、馬鹿ですよね」

　泣くのは絶対に嫌だったから、無理矢理笑顔を浮かべた。

「俺の事は、ペットか何かだと思ってって昨日言ったよね？
　......だから俺の前では、無理しないでいいよ」

　ちょっと慌てた様子でガタンと席を立ち、彼はそっと手を伸ばした。
　大きな手のひらが、テーブル越しに私の頬に触れる。

　それに驚きはしたものの、嫌じゃなかった。
　それどころか彼のぬくもりが心地よく、頑なになっていた心が解されていくような気がした。

　普通であればたぶん、昨日出逢ったばかりの男性にこんな風に触れられ、こんな言葉を口にされたとしても、ただ不快に感じたに違いない。

　だけどこの時の私は弱っていたし、彼の意地悪だけど優しい人柄は、なんとなくだがもう分かっていた。

　それにもしかしたら、よく知らない人だからこそ、弱い自分の心情を吐露する事が出来た部分もあったのかもしれない。

　だから『ペットか何かだと思って』
なんていうふざけた提案に、あっさり心を動かされてしまったのだ。
　
　そのまま彼は私の側に寄り、今度はテーブルを挟まず直接触れた。

　自然と溢れ出した、涙。
　それを優しく指先で拭い、彼はまた困ったように小さく微笑んだ。
　そして彼の手は頭に移動してきてワシワシと撫で、もう一方の手で私の体を優しく抱き締めた。