ある日、森の中

ryon*

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サラセニア⑮

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 でも彼が苦しそうな表情を見せたのは、ほんの一瞬で。
 すぐにいつものように穏やかな笑みを浮かべ、言った。

「そっか、わかった。
 ......うん、その方がいいと思うよ。
 翼君は女の子の事も、好きになれるんだもん。
 ......僕との関係はきっと、一時の気の迷いだったんだよ」

 ポンポンと、軽く頭を撫でられて。
 それから久米さんは、いつもみたいに優しく俺の体を抱き締めてくれた。

「今まで、ありがとう。
 ......翼君、大好きだったよ」

 過去形で、そう言われて。
 自分から切り出した事だったのに、別れが一気に現実的な物へと形を変えた。

 本当は、全部嘘だよって言って、引き留めたかった。

 まだ俺は久米さんが好きだって、言いたかった。

 でもこれ以上続けてももううまくいかないのも、頭の何処かでは理解していた。

 だから俺も彼に、本当の気持ちを隠して過去形で告げた。

「俺も久米さんの事、大好きでした。
 ......ありがとうございました」

 俺の瞳から情けないくらいボロボロと溢れ落ちる涙を彼は、優しく指で拭ってくれた。
 しばらくしてようやく泣き止んだ俺に、久米さんは困り顔で笑い、言った。

「ごめんね、翼君。
 今日はいつもみたいに、駅まで送ってあげられない。
 だから、ここで......バイバイ」

 唇ではなく頬に一度、軽くキスをしてくれた。
 だから俺も彼の頬に、軽くキスを返した。

 そしてこの、すぐあと。
 ......俺は久米さんへの想いを断ち切る為、逃げるみたいにして彼女と付き合い始めた。
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