不器用なハニートラップ

その悪夢は、現実となる②

　前言、撤回。
　ここにいるのはあの、可愛かった私の蒼汰じゃない。やっぱり敵だ、敵！

　あまりにも苛立ち、彼の整い過ぎた顔面を、思わず一瞬だけ睨み付けてしまった。

　だけどすぐに無理矢理顔の筋肉を動かして笑顔を作り、答えた。

「そんなワケ、ないじゃない。
　アンタに惚れる事も、そんな血迷った発言をする事も絶対に無いから、安心して頂戴」

　すると蒼汰はプククと肩を揺らして笑い、言った。

「珍しく、気が合うな。
 　俺もカヲルとだけは、絶対に無理だわ。
　......さっきの言葉、忘れんなよ？」

　怒りに震える私を尻目に、クスクスと笑い続ける蒼汰。
　何がどうなればあの可愛かったぽっちゃり蒼汰が、こんなの・・・・になると言うのか？
　......おじさんとおばさんってば、育て方を間違えたんじゃないの？

　外野がいない状況だったということもあり、私は顔面から完全に笑みを消し去った。
　代わりに浮かんだ感情は、そう。
　......苛立ちだった。

　それを見て彼は呆れたようにフッと鼻で笑い、告げた。

「お客様の前ではそういう表情を見せないよう、くれぐれもお気を付け下さいね？
　アルバイト見習いの、矢崎さん」

　嫌味なくらいに丁寧な口調と、穏やかな微笑。

「当たり前です、嶋田副社長。
　あなたみたいに失礼な方、お客様の中にもそうそうはいらっしゃらないと思うので大丈夫です」

　満面の笑みで答えると、彼は私に背を向けた。
　だけどまたしてもその肩はふるふると震えていたから、彼はきっと笑っているに違いない。

　苛々が頂点に達したため、彼の手から契約書を奪い取り、乱暴にバンと印鑑を押した。

「では契約書に判子も押させて頂きましたし、用も済んだので失礼致しますね」