童貞ですが、何か？

猫の手も、借りたい①

　店に来る度子猫のサクラの話をしていたから、実物に逢えた事で彼女のテンションが一気に上がった。

「サクラちゃんだ！はじめまして。
　写真で見るより、可愛い！」

　気まずい雰囲気は一瞬の内に霧散し、彼女は立ち上がって子猫に向かい手を伸ばした。

　だけどこんなにも満面の笑顔を俺の前で浮かべてくれた事はないから、理不尽にもサクラにちょっとだけ嫉妬してしまった。

「猫を飼うのは初めてだったから、咲良さんが色々と教えてくれるの、ホント助かってます。
　お陰さまで、こんなに大きくなりました。
　なぁ？サクラ」

　一瞬驚いた様子で見開かれた、咲良さんの瞳。
　しかし彼女が撫でやすいようにそっとサクラを抱き抱えると、咲良さんはまた嬉しそうに笑った。

　たぶんさっき彼女は、一瞬自分が呼び捨てにされたと思ったのだろう。
　それに気付いたから、彼女の耳元で、そっと囁くように告げた。

「ちなみに、サクラっていう名前。
　......この間は言えなかったけど、偶然の一致なんかじゃなく、あなたからお借りしたんですよ」

　そして子猫のサクラを床に下ろすと、彼女の頬に手を伸ばした。

「笑顔の素敵な人だなって、ずっと思ってたんです。
　しかもサクラを飼い始めて、よく話すようになってからは、どうしようもなくあなたに惹かれてしまいました。
　咲良さんには、恋人がいるって知りながら」

　スッと頬を撫でた瞬間、彼女の体が小さく震えた。

「彼氏と別れたらしいって、正太郎から聞いて。
　......不謹慎ながら、チャンスだって思ってしまいました。
　卑怯な男だって、自分でも分かっていますが......」