やさしい異世界転移

みなと

文字の大きさ
上 下
79 / 98
第2章 マジックフェスティバル

【78話】 クラックの覚悟

しおりを挟む
 あーあ、負けちまった。
 地面にうつむせで倒れながら自分が敗北した事を認める。

 体の向きを変えて仰向けになり、清々しいほどに青い空を見つめる。
 
 たしかに俺は彼に全力を出して負けた……でもそこに一切の恨みはない。
 はじめての事だった、敗北したけど清々しい気持ちになったのは。

「立てるか?」

 倒れている俺にユウトは手を差し伸べる。

「いや、大丈夫だ」

 そう言って俺は1人で立ち上がり彼と真正面で向き合う。

「優勝おめでとう」

 と彼に一言伝える。

「ありがとう、いい勝負だった!」

 彼は笑顔で応える。
 その顔には悪意はなく、ただあの勝負が本当に楽しかったという気持ちが伝わってくる。

 全く、こいつには敵わないな。

「痛てて……」

 ユウトが悶絶しながら体を抑えてその場に座り込んだ。

「体のそこら中が痛てぇ……」

 試合での痛みが今になって出たのか、全く仕方のない……

 ズキンッ

「痛っったぁぁ!」

 俺の全身に痛みが走った。
 どうやら俺にも試合での痛みが今になってきたようだ。

 そして俺たちは医務室へと運ばれた。

 何故か俺たちのベッドは隣同士でカーテンを間に挟んだだけだった。

「まったく、なんで俺たちを隣同士にするのかね?」

 文句ありげにユウトに向かって俺は言った。

「まぁそう言うなよ」

 どうやら閉会式は俺たちの傷が治ってからだそうだ。
 といっても、魔法を使えばものの数分治るだろう。
 
 けれど今は他の奴のところに行っているからか医者がいない。

 今はユウトと2人っきり、他の人には話せないような事も言える。

 だから俺はユウトの事を信頼して話を始める。

「俺は元々、体が弱くてな」

 もちろんユウトにとってはどうでもいい事かもしれない、でも俺は話を続けた。

「このマジックフェスティバルが終わったら手術をする予定なんだ。成功する確率は低い失敗したら俺は死ぬかもしれない。成功しても今までのように動けるかはわからない」

 俺の事情、体の事、手術での成功確率、成功したとしても元の生活に戻れるか。

「俺は……怖いんだ、手術を受けて今までの生活が全部なくなるって……」

 これは誰にも明かしたことが無かった俺の弱みだ。
 不安で声を震わせながら、ユウトがいる方向のカーテンをみる。
 
「……これは俺の勝手な意見だけど、俺はクラックは大丈夫だと思うよ。」

 ユウトはゆっくりと話し出した。

「クラックは強いから、手術には失敗しないと思う」

「でも、少なくとも俺はお前よりは弱いだろ」

 ユウトの話に彼に負けた俺は少し卑屈な返しをした。

「戦闘とかでの強さじゃない。お前はそんなになってまで試合に出て来ただろ」

「それは……お前と戦いたかったから……」

「その思いが強かったからお前は最後まで戦えたんだろ?それだって強さだ。俺なら耐えられないよ」

「そう……かな?」

 ユウトの話に俺はどこか思うところがあった。あの試合の途中で発作が起きた。
 それでもユウトと全力で戦いたいとそう思ったからその発作を抑えて戦えていたんだ。

「あぁそうだ、俺が保証するよ。お前は大丈夫だ」

 ユウトのその言葉に少しだけだが手術を受ける勇気が出てきた。

「お前がそう言うなら信じてみるよ。もし……俺が病気を治したらまた戦ってくれるか?」

「その時にはもう元の世界に戻ってるかもしれないぞ?」

「その時はその世界まで追いかけるよ」

 俺たちはその後も話し合って、そして笑いあった。

 ただ1人のライバルとして、友人として。

◇ ◇ ◇

「クラック!!」

 医務室から出た俺の元にリリノがやってきた。

「あの……その……昨日のなんだけど……」

 何か言いづらそうに、体をモジモジとさせながら俺の顔を見ている。
 何が言いたいかはわかる。
 俺が病気だという事をユウトに教えた事を悪く思って謝ろうとしているのだろう。

 それでもリリノのその行動は俺を思っての行動だ、むしろ謝るべきは……

「すまなかったリリノ」

 リリノより先に頭を下げ、謝る。
 リリノは状況が理解できなくて困惑しているようだ。

「今まで俺の事を心配してくれて本当に感謝してる。ありがとう」

 今まで彼女は俺がどんな時であっても、心配して支えてくれたのだ。

 だから俺は……覚悟を決めて。

「好きだ……リリノ」

 だから今度はこっちが誠意を見せる番だ。
 俺が彼女に今ま出来る事をしてあげたいと思ったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

超文明日本

点P
ファンタジー
2030年の日本は、憲法改正により国防軍を保有していた。海軍は艦名を漢字表記に変更し、正規空母、原子力潜水艦を保有した。空軍はステルス爆撃機を保有。さらにアメリカからの要求で核兵器も保有していた。世界で1、2を争うほどの軍事力を有する。 そんな日本はある日、列島全域が突如として謎の光に包まれる。光が消えると他国と連絡が取れなくなっていた。 異世界転移ネタなんて何番煎じかわかりませんがとりあえず書きます。この話はフィクションです。実在の人物、団体、地名等とは一切関係ありません。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ

翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL 十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。 高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。 そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。 要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。 曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。 その額なんと、50億円。 あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。 だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。 だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

異世界でフローライフを 〜誤って召喚されたんだけど!〜

はくまい
ファンタジー
ひょんなことから異世界へと転生した少女、江西奏は、全く知らない場所で目が覚めた。 目の前には小さなお家と、周囲には森が広がっている。 家の中には一通の手紙。そこにはこの世界を救ってほしいということが書かれていた。 この世界は十人の魔女によって支配されていて、奏は最後に召喚されたのだが、宛先に奏の名前ではなく、別の人の名前が書かれていて……。 「人違いじゃないかー!」 ……奏の叫びももう神には届かない。 家の外、柵の向こう側では聞いたこともないような獣の叫ぶ声も響く世界。 戻る手だてもないまま、奏はこの家の中で使えそうなものを探していく。 植物に愛された奏の異世界新生活が、始まろうとしていた。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

処理中です...