海に眠る琥珀を探して

すざくリン

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6日目

妙案

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 ほう、といった関心が周りから湧く。
「けどその前に確認させて欲しいことが2つある。ずっと気になっていたんだが、処分っていうのは、殺人とは違うのか?」
 マムは丁寧な男に目配せした。
「……えぇ。殺しはしません」
 振られた男は静かに答える。
「鐘久様、こちらに」
 コツコツとマムのデスクに近寄り、鐘久を呼ぶ。どこからか小瓶を取り出すと、鐘久の前で中身を取り出した。コロコロとデスクを転がるのは、白い錠剤のようだ。
「一般の医療施設でも取り扱いのあるものを、少々弄ったものです。お客様には飲み物に混ぜて、サービスの体験後に都度飲ませています」
 錠剤には溝が入っている。男はポケットにつけていたネームプレートを外すと、そのプレートの一辺を溝にあて、カツンと半分に割った。
「半錠で脳の機能を遅らせ、記憶の整理に使われる時間を阻害します。効果は数時間で半減……利用されるサービスやその頻度によってはのちの後遺症につながるものもありますが、催眠と筋弛緩の効果によりすぐ眠くなり、記憶が曖昧なのでたいした言質は取れません。これが『夢のような空白の時間』になる正体です」
「……もしかして俺ももう飲んでるのか?」
「精神負荷の調節が必要だと感じた場合に、調教精度を維持するためにさらに半分減量したものを何度か。この場合は記憶への影響は低いのでご安心を」
 あの海の夢か、とは思った。時折どうもふわふわした夢を見ると思っていたが、飲まされていたとは。
「しかし、通常の豪華客船のサービスを受けることになんの疑問も持たない富裕層と比べると、この船の乗船自体を夢にしなければならない商品はもう少し複雑です」
 確かに、一時的な混乱や機能停止なら、アルコールで深い酩酊状態にあるのとそう変わらない。しかしもしそれを飲んで一時的に記憶が曖昧な部分が自分にあったとしても、7日間全てを「夢だった」と思わせる薬は流石に聞いたことがない。
「……商品の性格にもよりますが、多くはこの船の経験全てをトラウマか幻覚のどちらかに依存させて、下船前に薬で曖昧にした記憶を催眠によって蓋をし、こちらの都合のいいものに変化させます」
「うわ」
 素のドン引きを隠す前に声が出てしまい、鐘久は慌てて口元を覆う。
「ふふふ、もとより人道から外れているのは承知の上ですとも」
 丁寧な男は楽しそうに笑った。
「ですがお客様の求める好みが初心うぶな以上、そしてこれがいい資金稼ぎになる以上、私たちはこれからもそうしますよ」
 影あってこその光、外道あってこその正道です。そう言い切る男は誇らしげに胸を張る。鐘久には理解できそうになかったが、自己犠牲で道を踏み外す覚悟だけは自分も同じだと気づいた。
「……それで、処分は」
「あぁ、そうでしたね」
 丁寧な男は気を取りなおすと、先ほど半錠ずつにした錠剤の断面をくっつけるように並べた。貴方ならもう察しがついているかもしれませんね、と前置きされる。
「一錠飲めば状態はかなり変わります。脳の機能を急激に低下させ、心拍を下げますので、運動機能からなにから全部おじゃんですね」
 しかも、と補足が入る。
「半錠なら一時的なもので済みますが、こっちは急激に落とされた機能が戻ってくるまでにかなりの時間を要します」
「……死んではないがほぼ死だな」
「リハビリをすれば生活はできますよ。適切に処置した商品と違って代替となる記憶の偽装を行いませんから、その分情緒は不安定になりますがね」
 廃人か植物人間のような効果だ。以前鐘久に触れようとした客がその目に遭っていることを思い出し、それから自分もまた自分の意思でそうなることを選ばなければならないことを、今からじっくりと胸に刻む。
「……もう一つ。俺は7日間でどれくらい稼いだんだ?」
「んー。それは……」
 口ごもった丁寧な男がマムを見た。
「正確な金額はないね」
「……は?」
 即座に答えるマムは揶揄うようにニンマリと口角を上げる。
「ここは金の行き場に困った奴らが適当に溶かしたい時に使う娯楽の場。それがいくらになるかは搾り取るまでわからないよ。逆にあんたはいくらもらえると思ってこの船に乗ったんだい?」
 マムは面白がるように問いを返したが、鐘久は真面目に考えを述べた。
「最初は短期で今月乗り切るだけあればいいと思っていた。先月の給料で足りなかったのは数万くらい。けど7日間だし、富裕層向けだし、そういうとこ考えたらもう少しふんだくってもいいかなとは」
 10万くらい出るなら短期としても十分かな。平然とそう語る鐘久に、周りはしばし閉口した。
「……お前、研究職だろ?」
 荒い男が静かになった空気を恐る恐る揺らす。
「まだ学生だ」
「それでも院なら教授の金づかいくらい見てるだろ。そんな端金、一回夜食ったら消し飛ぶ層だぞ」
「つったって、この船で働くやつってめちゃくちゃいるだろ。俺一人養うわけじゃあるまいし」
「……昼に言ったはずですよ」
 そっぽを向きながら眉に指を押し当てる丁寧な男が口を挟んだ。
「貴方は歩合制だと。5回のショーの出演料だけで考えても一回2万であの仕事が勤まりますか?」
「……嫌だけど」
 貰いすぎを考えているのだろう。
「それに加えてチップがあるんです。貴方はかなりウケがよかったですよ」
 嫌味のつもりで言い放ったが、鐘久はまだ納得いっていないようだった。マムはただにっとりとした笑みを浮かべて黙って見ている。
 目を閉じ、口に手を当ててんー、としばらく悩んでから、決心したようにマムを見た。
「いや、俺が考えるよりずっと評価されてるのはわかった。それ、もう少し利用させてもらおう」
 鐘久の提案に、調教師たちはそれ以上口を挟まなかった。最後にマムが判断を下す。
「……好きにしな」
 デスクに半分になって転がされている錠剤を、細い指でずいっと鐘久の前に差し出した。
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