海に眠る琥珀を探して

すざくリン

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6日目

密会・船長室にて

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「処分っていうのは、具体的にどういうものなんだ?」
 狭い船室同士の間は人がすれ違えばどちらかが譲らなければいけない程に細い。そんな廊下を二人で通るために、鐘久は前を歩かされていた。
「おっとぉ、そいつは部屋についたらな。ここはクルー向けのフロアだが、そいつにゃ関わってねぇやつもいるんだ」
 後ろから荒い男が屈みながら耳打ちする。
 鐘久をカジノに連れてきた中年男性を思い出し、それもそうかとあたりを見回す。
 この時間は商品側を担当するクルー以外は全て忙しさの渦中にあった。鐘久が出演するショーがおわり、海上での夕日を見納めれば、ドレスコードが指定される夜のサービスが提供されるためだ。格式の高いディナーはもちろん、緩やかな談笑と交渉、密約。それを邪魔しない程度のクラシカルコンサートの裏で、まるで背景に溶け込むかのような様々なサービスが密に動いていた。
 今歩いている廊下付近に自室を持つクルーはこの時間に戻ってくることはないため、先の発言は注意程度に済まされた。

 Eデッキの隅々をじっくり見て回っていた鐘久は、荒い男から内密の用事があるといわれて別のデッキに来ている。夕に伝言を忘れたといえば、男は「んならあとで伝えておくぜ」とにやついていた。
 てこてことせっつき回されてついた先は、豪華客船にしては狭いがキャビンとしては広い、一人のための部屋だった。間接照明か水槽の青が頼りなのか、仄暗い空間を何故かシャボン玉が時折浮かんでいる。
「お呼びしましたぜ、マム」
 荒い男は部屋の奥に声をかけると、そのまま扉の近くで跪いて頭を下げた。
 扉を開けてまっすぐ先に、執務室のような大きなデスクがある。マムと呼ばれた彼女はそのデスクに肩肘をついて、見たことのない、タバコのような、煙管のような、長い管を片手に遊ばせていた。
「……ようこそ商品。7日間の仕事はどうだった?」
 4、50はいってるだろうか。掘りが深く窪んだ骨格で目に影ができており、波打つ白銀の髪が数束ゆらりと手前に流れている。
 ……この人、もしかして組織のボス的なアレか。
 まさか女性だったとは、というのは最近では時代錯誤なのだろう。その風貌は女性だからといって侮れる隙はなく、鋭く品定めするような視線が鐘久にずっと注がれている。堂々とした態度はこの部屋の主人としてよく似合っており、鐘久は特になにも言われていないがこの場の慣れない客人としてとりあえず男と同じく膝をついて頭を下げることにした。
「おかげさまで、無事に終えることができました」
 慎重に言葉を選びながら答えると、ケッと顔を顰められた。
「無難な言葉はよしな。もっと本音ってもんがあるだろうよ。吐きそうだったか?それとも目覚めちまったか?」
 ゆるゆると管を揺らしながら鐘久を問いただす。口調は荒っぽく、御伽話の悪い魔女か何かにも見えた。鐘久は目を瞑って今までのことをざっと振り返ると、悩みながらぽつりと発言した。
「……楽し、かった」
 つまらない総括と言えばそう、しかしショーの内容を鑑みればとてもそんな幼稚な感想には至らないはずの一言に、マムはふーん?と続きを促す。
「え、と……ちょ、調教は恥ずかしかったですが、調教師がきちんと俺の段階に合わせて進めてくれましたし、世話係も俺の世話以上に親身になってくれました。見世物は……そういう趣味の方々を喜ばせられたのなら、需要があるのなら、俺はその需要に貢献できてよかったと思います。一種の社会勉強と思えば……楽しかったかな、と」
 青少年の主張か何かか?と思うほど、見事に美しく幼い解答だった。ブフッと、後ろで聞いていた男が吹き出す。
「……あんた本当に成人したのかい?」
 どんな罵声を浴びせてやろうと期待していたマムは呆れを通り越していっそ心配している。
「……来歴は商品として仕入れた時点でご存じなんだろ?」
 今更とでもいうように聞き返す鐘久の口調はいつものものに戻っている。なるほどこいつぁ案外これでいて物足りなかったくらいか、と一人感心したマムは、丁度今来たもう一人の調教師――丁寧な男を招き入れた。
「あの子は何て?」
「それが……どちらも選ばない、と」
「ぶはっ、マジか」
 鐘久の預かり知らぬところでなにかしらが進行している。丁寧な男がしょぼくれてるのは意外だな、と思って見ていると、すぐバレてギロリと睨み返された。
「……随分愛されてるんだな」
 鐘久はお構いなしにマムの方に向けて「あの子」について聞く。読みが外れてなければ、多分それは夕のことだ。
「あぁ……目に入れても痛くないね」
 うっとりとした声はどこか仄暗い含みがある。
「本人から下っ端だって聞いてるんだが、ボスらしいあんたが気にかけるほどの立場なのか?」
「……あの子は最近ようやく『下っ端』になったのさ」
 懐かしむようにマムは目を閉じた。
「昔はあちこち他のクルーにひっついていって、可愛いもんだったよ」
 いつから、とは聞けなかった。実態はよくわからないが、夕がこの船の「仕事」を何年も見てきたのだということだけは分かった。普通の豪華客船ならいざ知らず、その裏を担当するにはまだ歳下にも見える青年には酷な環境だ。
「おまえさんの言いたいことは分かるよ。あの子にはそろそろ家出や反抗期だって必要だろうさ」
 船を降りて陸の社会を知るのだってあたしとしちゃあ大歓迎さね、と続けるマムに、鐘久はばっと顔を上げた。
「降りれるのか?!い、一緒に……?」
「勿論だとも」
 それほど大きくない目がぐっと拡がり、口が緩む鐘久だったが、マムは対照的に鋭い顔つきになって鐘久を睨んだ。
「ただし条件がある。それも2つ」
 肘をついた先に載せていた顎をキッと引いて、管が鐘久の方を指す。時間を溜めるマムに鐘久も思わずぐっと構える。
「一つは夕のこと。海から出るならあの子の意思で、海の掟を守った上で出てもらう。これは心配いらないよ。さっきその意思は確認したからね」
 先の丁寧な男が言っていた選択の話だろうか。
「どちらも選ばないってやつか……?」
「そう。今回の商品は世話係の思った通りにはならなくてね、普段の客にもしているような『処置』で済むのか、ちぃとばかし強引な『処分』が必要か、世話係に決めさせるつもりだった」
 世話係を手こずらせた気のなかった鐘久は驚いた。心の中で謝る。
「でもどちらも選ばないときた。あたし達にとっては2択で十分だった。処置が効かないなら処分でいいのさ。けどそうでないってことは、それすら不都合があるか、夕の個人的な不都合で処分できないと判断したのさ」
 個人的な不都合。それがどういうことかはわからないが、きっと鐘久にとっては嬉しい都合なのだと思う。
「でもそれでは海の掟を守れないからね。恐らく夕はあんたをこの先監視、報告するために下船するつもりなのさ」
 しかしそれでは夕はこの先、鐘久のそばを離れられない。
「……自由、ではないな」
 鐘久が夕に望んだのは夕の自由だ。後ろめたくて苦しい記憶の残る仕事なんかから離れて、普通の学生として学業や遊びを楽しむ夕を想像しながらそう呟いた。
「でも要件自体は満たした。次、二つ目さね」
 マムは遠慮なく続ける。
「もう一つはあんたのこと。この船は富裕層向けの海上遊覧としてのサービスと、陸ではできないアレソレを堪能できるサービスの二つがある。後者の記憶は、あたし達の組織のもんでないならこの船を降りるまでに消すまでがサービスなのさ」
 鐘久が7日間行ったバイトは、言ってしまえば違法な売春だ。具体的な手法は定かではないが、「何年もそれでやっている」と言っていた世話係の言葉を信じるならば、ほぼ確実に消してきているのだろう。
「勿論あんたの記憶も対象だ。夕の診断を聞くにあんたは処置では消せないらしいから、処分する羽目にはなる。あの子の親切を蹴ってあんたが処分を望んでくれてもいいよ。ただし、その場合はあの子が下船する理由はなくなるがね」
 つまり、これだけでも夕は自由になれないということだ。
「この2つを同時に叶えられれば一緒に降りていい。さぁて、どうする?」
 鐘久は目を閉じた。
 自分の記憶を処分した上で、夕が船から降りる理由を作る。
「……できなくもない、と思う」
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