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4日目
夢イキ
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「おかえりなさいませ、仔猫様」
夕がにや、と口角をあげる。
「もうご弟妹たちには、合わせる顔がありませんね?」
「本当はもう愛想を尽かれているのでしょう?」
「それなら――望まれない親など辞めてしまって……この船で一生『商品』として俺に飼われませんか?」
記憶を整理する間の脳は、いつだって雑なつなげ方をする。
夢の中の俺は、それもいいと答えたらしかった。
* * *
それはまだ夜明け前、薄らと空が明るくなってきた時のことだった。
いつでも動けるように鐘久さんの寝ている部屋の壁を挟んだ場所で仮眠をとっていると、くぐもった悲鳴が部屋から聞こえてきた。
「鐘久さん?!」
勢いよく覚醒して扉越しに声をかける。
返事はない。
昨晩廊下に倒れ伏している鐘久さんを目撃しているため、ここで待つことはできなかった。失礼しますと断りを入れて入ると、鐘久さんは目を開けたままベッドに仰向けになってハァハァと荒い息をしていた。
「大丈夫ですか!どうしましたか!」
急いで意識を確認する。見た目は特におかしいところはない。
悪夢でも見ただろうか。汗が滲む顔は多少の色気がある。
……あぁ。
息が次第に落ち着いてあらぬ方を向いていた目がこちらを見つけた。
訳がわからないとでもいうように眉を下げて見つめてくる鐘久さんを宥めるようにそっと頭を撫でてから、断りを入れてさりげなく下半身を触診する。
予想通り、貞操帯をつけ直したペニスの先が濡れているようだ。
チューブはつけていないためじわじわと露のように透明な液体が噴き出しては垂れている。
「大丈夫です、なんの問題もないですよ」
怪訝そうに鐘久さんはじっとこちらを見つめている。
「激しい絶頂を連続して何度か味わっていると、さっきみたいな余波が起きることがあるんです。夢イキっていうのかな」
「ゆ、ゆめいき……」
「寝苦しいのであれば、新しい寝間着を持ってきますね」
「あ、いや……いい。もう目が覚めちまったから……ちょっと気分転換したい」
ゆっくりと体を起こして鐘久さんは部屋を出た。
ベッドシーツは……ひとまず剥がすだけ剥がしておいて後で替えを持ってくるか。
外から名前を呼ばれて同じように俺も出ていくと、床に服を脱ぎ捨てた鐘久さんが手すりを伝ってプールに入るところだった。
商品を手厚く迎えるこのフロアはいつも仄暗く、部屋以外の殆どは間接照明が照らしている。プールの縁を淡く浮かび上がらせる照明は鐘久さんの身体のラインもゆらゆらしながら照らしている。
「夕」
もう一度鐘久さんは俺を呼ぶ。
話しやすいように膝をついて様子を伺うと、鐘久さんは縁に腕を掛けて尋ねてきた。
「夕って……俺のことどこまで知ってるんだ?」
「……さぁ。あんまり知りませんよ」
適当に合わせると、嘘つけとでもいうように目を細めて睨まれる。
「じゃあ妹たちのことはどこで知ったんだ」
あぁそれか。
「大まかな話は上司から目を通すようにって書類を貰って、それで。どこで仕入れてるとかは気にしたことなかったな……」
「……妹や弟が俺に対してどう思ってるとかは」
「知らないって。俺一番下っ端ですし」
「えっ」
心底驚いたような声がフロアに響く。そんなに意外だったか?
「俺、この船では最年少ですし、上の指示通り世話係やってるだけなんですよ。下っ端だから扱いも雑で、こうやって商品をつきっきりで見ないといけないし」
へへ、と薄ら笑いをすれば、鐘久さんは同情するように言葉を選んで俺を労った。
この人にだけは労われたくないな。1番しんどいのは商品なんだから。
鐘久さんの体は軽く、脚がすぐ浮き上がってしまうためぱたぱたと時折水をかいている。
「情報を集める側の人間のことは俺らもよく知らないというか。会ってるけど見た感じは普通のクルーって感じだったかな」
だから探っても無駄だぞー、と内心はぐらかしながら、俺は俺で色々無視してきたことについてゆっくり頭を巡らせていた。
そういうもんだと思って適当に受け流している方が性に合っているもんだから、今の今まであまり考えてこなかった。
鐘久さんは難しそうな顔をして黙りこくっていた。黙りこくっている間もぷかぷかと脚を動かしていて、これが顔に似合わずかわいいな、と思った。
「……鐘久さんは」
考えていることを邪魔してやろうと悪戯心が芽生えてくる。
「鐘久さんは、普段えっちなこととかしないんですか?」
ぱち、と目が僅かに縦に大きくなる。
「する訳ないだろ」
「でも、大学院生でしょ?恋人とかいたらそういう話になりません?」
「恋人とかいるような顔に見えるか?」
やっぱり?とは思う。真面目そうだからいてもそういう雰囲気にはならないんだろうな。
鐘久さんはため息をついて縁を離れた。ゆっくり浮力に身を任せて揺蕩っている。
「いたら……恋人がいたらもっと積極的になれたか……?」
自問するように呟く。
そんなことはないだろ、とは思ったけど言わなかった。
本当に真面目で必死な人だ。
商品の世話係を始めたのは今回で3人目で、俺はまだ大した基準は持ち合わせてないけど、普通はもっと泣き喚いたり怒ったり、早々に壊れたりしそうなものだ。前の2人はそうだったし、自分だって何も知らずにここにきて、限界まで体を弄られたらそうするかもしれない……まぁ俺は元から色事には結構寛容だったから違うかもしれないけど。
なのに鐘久さんは色事も知らない、理不尽に絶望しない。目も当てられないような「仕事」にも直向きで健気な彼を見ていると、俺まで真面目に向き合わなきゃいけないような気がした。
夕がにや、と口角をあげる。
「もうご弟妹たちには、合わせる顔がありませんね?」
「本当はもう愛想を尽かれているのでしょう?」
「それなら――望まれない親など辞めてしまって……この船で一生『商品』として俺に飼われませんか?」
記憶を整理する間の脳は、いつだって雑なつなげ方をする。
夢の中の俺は、それもいいと答えたらしかった。
* * *
それはまだ夜明け前、薄らと空が明るくなってきた時のことだった。
いつでも動けるように鐘久さんの寝ている部屋の壁を挟んだ場所で仮眠をとっていると、くぐもった悲鳴が部屋から聞こえてきた。
「鐘久さん?!」
勢いよく覚醒して扉越しに声をかける。
返事はない。
昨晩廊下に倒れ伏している鐘久さんを目撃しているため、ここで待つことはできなかった。失礼しますと断りを入れて入ると、鐘久さんは目を開けたままベッドに仰向けになってハァハァと荒い息をしていた。
「大丈夫ですか!どうしましたか!」
急いで意識を確認する。見た目は特におかしいところはない。
悪夢でも見ただろうか。汗が滲む顔は多少の色気がある。
……あぁ。
息が次第に落ち着いてあらぬ方を向いていた目がこちらを見つけた。
訳がわからないとでもいうように眉を下げて見つめてくる鐘久さんを宥めるようにそっと頭を撫でてから、断りを入れてさりげなく下半身を触診する。
予想通り、貞操帯をつけ直したペニスの先が濡れているようだ。
チューブはつけていないためじわじわと露のように透明な液体が噴き出しては垂れている。
「大丈夫です、なんの問題もないですよ」
怪訝そうに鐘久さんはじっとこちらを見つめている。
「激しい絶頂を連続して何度か味わっていると、さっきみたいな余波が起きることがあるんです。夢イキっていうのかな」
「ゆ、ゆめいき……」
「寝苦しいのであれば、新しい寝間着を持ってきますね」
「あ、いや……いい。もう目が覚めちまったから……ちょっと気分転換したい」
ゆっくりと体を起こして鐘久さんは部屋を出た。
ベッドシーツは……ひとまず剥がすだけ剥がしておいて後で替えを持ってくるか。
外から名前を呼ばれて同じように俺も出ていくと、床に服を脱ぎ捨てた鐘久さんが手すりを伝ってプールに入るところだった。
商品を手厚く迎えるこのフロアはいつも仄暗く、部屋以外の殆どは間接照明が照らしている。プールの縁を淡く浮かび上がらせる照明は鐘久さんの身体のラインもゆらゆらしながら照らしている。
「夕」
もう一度鐘久さんは俺を呼ぶ。
話しやすいように膝をついて様子を伺うと、鐘久さんは縁に腕を掛けて尋ねてきた。
「夕って……俺のことどこまで知ってるんだ?」
「……さぁ。あんまり知りませんよ」
適当に合わせると、嘘つけとでもいうように目を細めて睨まれる。
「じゃあ妹たちのことはどこで知ったんだ」
あぁそれか。
「大まかな話は上司から目を通すようにって書類を貰って、それで。どこで仕入れてるとかは気にしたことなかったな……」
「……妹や弟が俺に対してどう思ってるとかは」
「知らないって。俺一番下っ端ですし」
「えっ」
心底驚いたような声がフロアに響く。そんなに意外だったか?
「俺、この船では最年少ですし、上の指示通り世話係やってるだけなんですよ。下っ端だから扱いも雑で、こうやって商品をつきっきりで見ないといけないし」
へへ、と薄ら笑いをすれば、鐘久さんは同情するように言葉を選んで俺を労った。
この人にだけは労われたくないな。1番しんどいのは商品なんだから。
鐘久さんの体は軽く、脚がすぐ浮き上がってしまうためぱたぱたと時折水をかいている。
「情報を集める側の人間のことは俺らもよく知らないというか。会ってるけど見た感じは普通のクルーって感じだったかな」
だから探っても無駄だぞー、と内心はぐらかしながら、俺は俺で色々無視してきたことについてゆっくり頭を巡らせていた。
そういうもんだと思って適当に受け流している方が性に合っているもんだから、今の今まであまり考えてこなかった。
鐘久さんは難しそうな顔をして黙りこくっていた。黙りこくっている間もぷかぷかと脚を動かしていて、これが顔に似合わずかわいいな、と思った。
「……鐘久さんは」
考えていることを邪魔してやろうと悪戯心が芽生えてくる。
「鐘久さんは、普段えっちなこととかしないんですか?」
ぱち、と目が僅かに縦に大きくなる。
「する訳ないだろ」
「でも、大学院生でしょ?恋人とかいたらそういう話になりません?」
「恋人とかいるような顔に見えるか?」
やっぱり?とは思う。真面目そうだからいてもそういう雰囲気にはならないんだろうな。
鐘久さんはため息をついて縁を離れた。ゆっくり浮力に身を任せて揺蕩っている。
「いたら……恋人がいたらもっと積極的になれたか……?」
自問するように呟く。
そんなことはないだろ、とは思ったけど言わなかった。
本当に真面目で必死な人だ。
商品の世話係を始めたのは今回で3人目で、俺はまだ大した基準は持ち合わせてないけど、普通はもっと泣き喚いたり怒ったり、早々に壊れたりしそうなものだ。前の2人はそうだったし、自分だって何も知らずにここにきて、限界まで体を弄られたらそうするかもしれない……まぁ俺は元から色事には結構寛容だったから違うかもしれないけど。
なのに鐘久さんは色事も知らない、理不尽に絶望しない。目も当てられないような「仕事」にも直向きで健気な彼を見ていると、俺まで真面目に向き合わなきゃいけないような気がした。
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