【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ

文字の大きさ
上 下
16 / 31

他の視点に立ってみましょう 2

しおりを挟む



 俺が瑞樹のことを知ったのは、あの野菜直売所で瑞樹が倒れるよりもずっと前のことだ。

 あの野菜直売所では、瑞樹は少し、いや結構目立っていた。というのも、市街地にはショッピングセンターもあり、綺麗なスーパーも多く、野菜直売所には若い客はあまり入っていなかったので、若い瑞樹は目を引いた。そして、いつも疲労困憊の様子でフラフラしながらも、足繁く来店していたせいで余計に目立っていたのだ。そして疲れきった酷い顔だというのに、野菜を見ているだけで嬉しそうに笑うもんだから、つい目が離せなかった。


 そして、それは他の生産者達や直売所の職員も同じだったようで、よく「瑞樹ちゃん、これ美味しいよ」と声を掛けられていた。中には長話する爺さん婆さんもいたが、瑞樹はにこにこと一生懸命話を聞いていた。


 瑞樹が倒れたあの日、柄にもなく焦った俺は救急車に同乗してしまったが、俺が一方的に知っているだけで、実際は知人でも無いので出来ることもなくすぐ帰ろうとした。その時、瑞樹の上司が現れ、看護師と話しているのを聞いてしまった。



「ご家族に連絡を取ってくださいませんか。保証人が必要なんです。」

「加藤は家族がいないようで・・・入社時も保証人無しで対応していたんです。なので、私が保証人になっても構いませんか。」


 正直、そんな境遇の彼女を酷使していた職場に怒りが沸いた。一言言ってやりたいと思ったほど。だが自分はお見舞いに行くことも出来ない間柄なので、一言言うこともできず、病状も確認できず、悶々としていた。しばらくして、瑞樹がお礼に来てくれて心底ホッとしたのを覚えている。それから、母親のアシストがあり頻繁に会えるようになってからは少しずつ彼女のことを知りながら、仲を深めていけている、と思う。









「雅也さん、これ一人で買いに行ったんですか?」

 俺が瑞樹の家で大失態を犯したあの日。どうにか仲直りした後、話題のスイーツショップのマフィンを頬張りながら、彼女が聞いてきた。

「ああ」

「ふふふ」

 瑞樹は可笑しそうに笑う。あのお店は女性向けのメルヘンチックな外装だった。それを俺みたいなおじさん一人で行ったのを想像しているんだろう。

「次は一緒に行きましょうね。」

「ああ」

 頷くとにっこり笑ってくれる。彼女のこの顔がとても好ましいと思う。




「・・・あー、あの、雅也さん。」

「ん?」



「わ、わわたしのこと、いつから、その、えー、すすす好きだったんですか?」

 顔を真っ赤にして、額に汗を浮かべながら、必死の形相で聞いてきた。思わず笑いそうになる。こんな顔も可愛く思ってしまう。


「内緒。」

「え~~」

 唇を尖らせ不満そうにしている瑞樹だが、今はまだ教えてあげられない。瑞樹が倒れるよりもずっと前から気になっていたなんて。あの直売所で、俺が作っているミニトマトを「これが一番好きなんです!」と満面の笑顔で他の客に力説していた頃から、ずっと見ていたなんて。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません

下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。 旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。 ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも? 小説家になろう様でも投稿しています。

宮廷画家令嬢は契約結婚より肖像画にご執心です!~次期伯爵公の溺愛戦略~

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
男爵令嬢、アマリア・エヴァーレは絵を描くのが趣味の16歳。 あるとき次期伯爵公、フレイディ・レノスブルの飼い犬、レオンに大事なアトリエを荒らされてしまった。 平謝りしたフレイディにより、お詫びにレノスブル家に招かれたアマリアはそこで、フレイディが肖像画を求めていると知る。 フレイディはアマリアに肖像画を描いてくれないかと打診してきて、アマリアはそれを請けることに。 だが絵を描く利便性から、肖像画のために契約結婚をしようとフレイディが提案してきて……。 ●アマリア・エヴァーレ 男爵令嬢、16歳 絵画が趣味の、少々ドライな性格 ●フレイディ・レノスブル 次期伯爵公、25歳 穏やかで丁寧な性格……だが、時々大胆な思考を垣間見せることがある 年頃なのに、なぜか浮いた噂もないようで……? ●レオン フレイディの飼い犬 白い毛並みの大型犬

顔も知らない旦那さま

ゆうゆう
恋愛
領地で大災害が起きて没落寸前まで追い込まれた伯爵家は一人娘の私を大金持ちの商人に嫁がせる事で存続をはかった。 しかし、嫁いで2年旦那の顔さえ見たことがない 私の結婚相手は一体どんな人?

【完結】周りの友人達が結婚すると言って町を去って行く中、鉱山へ働くために町を出た令嬢は幸せを掴む

まりぃべる
恋愛
『集え!鉱山へ!!莫大な給料が欲しく無いか!?』という謳い文句がある、近くにある鉱山への労働者募集がこのほどまたあると聞きつけた両親が、お金が欲しい為にそこへ働きにいってほしいと領主である父から言われた少女のお話。 ☆現実世界とは異なる場合が多々あります。 ☆現実世界に似たような名前、地名、単語などがあると思いますが全く関係ありません。 ☆まりぃべるの世界観です。一般的に求められる世界観とは違うとは思いますが、暇つぶしにでもそれを楽しんでいただけると幸いです。

【完結】伯爵の愛は狂い咲く

白雨 音
恋愛
十八歳になったアリシアは、兄の友人男爵子息のエリックに告白され、婚約した。 実家の商家を手伝い、友人にも恵まれ、アリシアの人生は充実し、順風満帆だった。 だが、町のカーニバルの夜、それを脅かす出来事が起こった。 仮面の男が「見つけた、エリーズ!」と、アリシアに熱く口付けたのだ! そこから、アリシアの運命の歯車は狂い始めていく。 両親からエリックとの婚約を解消し、年の離れた伯爵に嫁ぐ様に勧められてしまう。 「結婚は愛した人とします!」と抗うアリシアだが、運命は彼女を嘲笑い、 その渦に巻き込んでいくのだった… アリシアを恋人の生まれ変わりと信じる伯爵の執愛。 異世界恋愛、短編:本編(アリシア視点)前日譚(ユーグ視点) 《完結しました》

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?

恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。 ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「は?誰が貴方と踊るものですか」 ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。 そしてまた舞踏会で言われる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「だから貴方と踊らないって!!」 舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。 もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの? それだけは絶対に嫌!! ※ざまあなしです ※ハッピーエンドです ☆☆ 全5話で無事完結することができました! ありがとうございます!

処理中です...