【完結】君たちへの処方箋

たまこ

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 引っ越しや諸々の手続きが落ち着き、葉名が一緒に暮らし始めて暫く経ったある休日、旺也は職場から事務作業を持ち帰っていた。葉名に颯を頼み、自室の机に向かう。

「そう言えば、最近聴いてなかったな」

 ラジオアプリを立ち上げると『処方箋ラジオ』をクリックする。すると、処方箋ラジオは最近休んでいたようでトップページにお詫びが書かれており、アーカイブもあまり増えていなかった。最新回の再生ボタンを押し、事務作業に取り掛かる。


<みなさん、こんにちは。処方箋ラジオのお時間です。今週のご相談は……>


「おうちゃん!みて!」

 事務作業を始めたばかりだというのに、早速颯が飛び込んできて苦笑いを浮かべる。颯は旺也の表情を気にすることなく、ラジオが流れるスマートフォンをちらりと見た。

「またきいてたの?

「ん?ああ、そうだな。前に葉名さんに教えてもらった……」

「そうじゃなくて!でしょ!」

「え」

 呆然とする旺也を余所に、颯は「ね!はなちゃん!」と振り返る。颯を追いかけてきたであろう彼女は心底気まずそうに困った表情を浮かべていた。





 よくよく考えれば気付いた筈だ。

 『処方箋ラジオ』は人気番組で登録者も多い。それなのに旺也の相談メールは既に三回も読まれている。同じリスナーのメールが短期間で繰り返し採用されるのは不自然だった。

 「最近処方箋ラジオ聴いてる?」と旺也が尋ねる度に葉名は少し変な顔をして首を振っていたこと、貴重であろうラジオステッカーを何枚も持っていること、それらも葉名自身がパーソナリティだったなら納得だ。

 インターネットラジオならスタジオに行かずとも自宅で録ることができる。葉名はこれを生業としていたのだ。


「黙っていてごめんなさい」

「いや……」

「おうちゃん、きづかなかったの?」

「……ああ」

「気付いた人、颯ちゃんが初めてだよ。友達にも家族にもなかなか信じて貰えなくて……ラジオだと声がちょっと違うみたいで」

「確かに、スピーカー越しだと違う人のような気がするな」

「ふふ、そうがはじめて!」

 颯は両手を頬に当て、満足そうに笑った。

「最初は自分の番組に二人が興味持ってくれて嬉しくて。そしたら旺也さんからのメールが来て驚いたけれど、あの頃の旺也さんには色々な人の助言があれば心の支えになるかなって、つい贔屓してしまいました」

「ひいきってなに?」

「うーん、特別ってことかな」

「えぇ、おうちゃんだけとくべつ?」

「颯ちゃんも特別よ」

「へへ」

 身体をくねらせながら颯は照れ笑いを浮かべている。

「旺也さん……ごめんなさい。その、お仕事のことだから早く言わないとって思っていたんですけど、なかなか切り出せなくて」

 険しい表情のままの旺也へ、葉名は眉尻を下げまた謝った。

「あ、いや。怒ってるとかじゃないんだ。驚いているけど、あの時の助言はすごく支えになったし感謝してる」

「良かった……」

「ただ……」

 神妙な顔つきの旺也を見て葉名の顔にも緊張が滲んでいた。

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