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 数年ぶりに耳に入るのは、あのとき愛していた人の声。少し上擦った、緊張感がこちらにも伝わる声。


「……久しぶり。なかなか連絡できなくてごめん。」


「前に住んでいた家に行ったら、梨奈が居なくてビックリした。引っ越したんだね。」


「今はどこにいるの?仕事は?」


「あの頃、酷いことしてごめん。だけどやっと自分の気持ちに気付いたんだ。」


「ねぇ、やっぱり俺たち、結婚しようよ。」


「俺、梨奈がいなきゃ駄目なんだ。梨奈がいないと生きていけないんだよ。」


「愛してる。今すぐに会いたい。」



 それは、確かにあの時、愛していた人の言葉。

 それは、確かにあの時、心から渇望して止まなかった言葉。

 それは、確かにあの時、私を喜ばせた言葉。



「……良い答え、待ってるから。」



 ぷつりと切れた電話を握り締める。私の耳に残る言葉たちが頭の中で何度も何度も繰り返される。ひとつひとつが心に染み込んでいく。

 私は携帯のロック画面を解除すると、電話アプリを開く。プルプルという待機音が酷くもどかしい。


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