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 きっといつかこんな日が来るだろうと、写真館でバイトを始めた頃から頭のどこかでは気付いていた。私の楽しくない過去を神妙な面持ちで聞いていた佐藤さんは最後まで一度も口を挟むことは無かった。話していた時間は長いようで、あっという間でもあった。


「面白くない話を聞かせてしまってすみません。」


「いや……。」


「好意を向けられることが嫌ではないんです。ただ、いつか上手くいかなくなるんじゃないかと怖くなるだけで。」


「うん。」


 どちらからともなく繋がれた手は温かく、じんわりと心を癒してくれるようだった。


「梨奈ちゃん。今も自分が悪いと思ってる?」


「はい。だけど、多分これは私が自身の心を守るためのものなんです。」


「どういうこと?」


「彼や相手の女性へ怒ることに、もう疲れてしまっていたんだと思います。自分が悪いと思い込んでしまえば、もう誰にも怒らなくて済むから。」


 どうして自分のことを好きになってくれないのか、どうして私の彼を奪うのか、そんな薄暗い思いばかりに支配されていた。そんな日々が辛くて、苦しくて、息が出来なかった。


「そうか。頑張ったね。」


 こくりと頷くと、佐藤さんは優しい笑みを浮かべる。私の涙はあの頃に散々流したから、もう流れないと思っていたのに、今またじわりと浮かぶ。


「じゃあ、次は俺が頑張ろうかな?」


「……へ?」


「梨奈ちゃんが俺のことばかり考えるようになれば、自分が悪いって考えなくてもいいでしょ。」


 そう得意げに言った後、佐藤さんは「あーっ」と声を出してそっぽを向いた。私が名を呼ぶと「ちょっと気障なこと言い過ぎた。」と耳元を赤く染めた。佐藤さんの横顔を見て、私は自分の想いを認めざるを得なかった。
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