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しおりを挟む出張撮影終わりに、佐藤さんに連れて来て貰ったのはカレー専門店だった。スパイスの香りが食欲を誘い、急に空腹が感じられる。
「あ、チーズナン。」
「美味しいよね、ここのはオススメだよ。」
つい溢した言葉も、佐藤さんはいつも拾ってくれる。私は嬉しい筈なのに、身体の奥底がモゾモゾするような落ち着かない気分になる。
私は豆カレーを選び、佐藤さんはマトンカレーを選んだ。勿論チーズナンも注文し、トロトロのチーズともっちりした生地を楽しむ。
「美味しい!」
「良かった。梨奈ちゃん、こっちも食べてみて。」
そう言って佐藤さんはマトンカレーを差し出す。私はつい意識してしまうが、佐藤さんは私に美味しいものを食べさせよう、という気持ちしかないようだ。気まずい気持ちはありながらも、私は食欲に抗えなかった。
「お、美味しい。」
私が頬を緩めるのを、佐藤さんは優しい眼差しで見ている。その視線に気付くと、また居心地が悪くなり、私は目を逸らした。
「セットでデザートも付くんですね。」
食べ終わった頃、ミルク味のジェラートが運ばれて来る。熱くなった口の中を冷やしてくれて心地良い。ジェラートに夢中になっていると、佐藤さんが徐ろに口を開いた。
「ちょっと気になっていたんだけど……。」
「はい?」
「梨奈ちゃんは、こっちに来るまで随分遠方にいたんだよね?ここが地元では無いみたいだし、どうして引っ越してきたのかなって。」
不思議そうに尋ねる佐藤さんの言葉を聞き、私の心は口の中と同じようにひんやりと冷えた。大丈夫、大丈夫。自分で自分を慰めた後、私は話し始めた。
「子どもの頃は、この近くに住んでいたんですよ。中学生の頃、祖父母の介護があって引っ越しましたけど。」
「そうだったんだ。」
「縁あって、県外の保育園に勤めて……だけどさっき言ったように保育士にあまり向いてないと感じていたのと、激務だったのもあって。体調を崩しがちになって退職を決めました。」
「……大変だったね。」
「いえ、今は元気なので……それで退職するなら、子どもの頃暮らしていたこの街に引っ越そうと思ったんです。実家へも一時間くらいで帰れますしね。今までは飛行機の距離で不便だったんです。」
「なるほど。」
説明が終わり、特に不審がっていない佐藤さんの顔を見て内心ホッとする。この質問はいつか来ると想定していたから、準備していた答えを伝えただけだ……勿論嘘は一つもない。退職の理由も、引っ越し先を決めた経緯も本当のことだ。
ただ、話していないことがあるだけだ。
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