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しおりを挟む「梨奈ちゃんがいてくれて本当良かったよ。ありがとう。」
ハナちゃんとお母さんを見送り、撮影機材を片付けていると、佐藤さんから笑顔でお礼を言われた。
「い、いえ。」
「ハナちゃん、とっても楽しそうだったし、お母さんもとても喜ばれていたよ。ハナちゃんがこんな風に思いっきり楽しんでいるのを見るのは久しぶりだって、涙ぐまれていたよ。」
「それは……。」
ハナちゃんは保育園に入園しておらず、一日中家庭にいる。子どもと二十四時間二人っきりということで、疲弊してしまうお母さんも多い。今朝のハナちゃんのように愚図りやすい時期だと余計に難しい。今日のハナちゃんはたまたまにゃんこマンのパペットを気に入ってくれて、たまたま遊ぶ気になってくれただけだ。そんなことを佐藤さんに説明し終わってから気付くーーーまた余計なことを言ってしまった、と。だが、佐藤さんは予想に反し、変わらず笑顔で最後まで話を聞いてくれていた。
「この仕事も人間相手だからね。思ったようにな反応じゃないことが殆どなんだけど、梨奈ちゃんみたいにそれを理解して対応してくれた方が助かるんだよ。」
上手く出来るって自信がある人は、良い表情を引き出せなかった時に焦っちゃうからね、と佐藤さんは続けた。
「そう、ですか。」
「うん。それにね、ハナちゃんと遊ぶ梨奈ちゃん、楽しそうだったよ。さすがだなぁ、って思ってた。」
「……。」
保育園で働いている時、絶対に自分のプライベートな感情は職場に持ち込まないと決めていた。だが、ある時、気持ちが漏れ出てしまったようで子どもたちに心配を掛けてしまった。
”りなせんせい、だいじょうぶ?”
”りなせんせい、おなかいたいの?”
”りなせんせい、おはな!どうぞ!”
子どもたちの声が鮮明に思い出せる。子どもたちの優しさに、心の奥まで癒され、そして、自分に絶望した。保育士として失格だと、突き付けられたようだった。保育園を退職したことも、引っ越したことも、別の理由だが、このことは私の温かくも苦い思い出となり、退職のマスへ一歩近づいていた。
「梨奈ちゃん?」
急に言葉を失った私を、佐藤さんが心配そうに覗き込んだ。
「あ、すみません。」
「俺、何か変なこと言っちゃった?」
眉尻を下げた佐藤さんを見て、私は慌てて首を振った。
「いえ……ただ……。」
「うん?」
「……私、自分が駄目な保育士だとずっと思っていて。」
「うん。」
「だけど、今日ハナちゃんと遊んで。佐藤さんに褒めてもらって。少しだけ、ですけど、保育園で頑張って良かったなぁと思えました。」
私の言葉に佐藤さんはいつもと変わらない笑顔を見せ「そうだね。」と頷いた。少しだけ、ほんの少しだけ、苦い記憶を受け入れられたような気がした。
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