上 下
54 / 63
第二部

36

しおりを挟む


 少し時間は遡り、隣国の王宮にて。


 忙しい公務を終え、王太子イザードは足早にナスタジアの部屋へ向かっていた。ナスタジアとの婚姻の為、いつもの公務の他にも様々な調整や根回しが重なりナスタジアとの時間はあまり多くない。貴重な時間を少しでも長く伸ばそうとイザードは急いでいた。


 漸くナスタジアの部屋の前に辿り着くとイザードは眉間に皺を寄せた。いつもであれば、この時間にイザードが来訪することは分かっているためナスタジアは人払いをしてイザードを待ってくれてる。だがナスタジアの部屋からは妙に騒がしい声が漏れていた。


「おい、誰か来ているのか」


「い、いえ、来訪者はおりません」


 護衛に尋ねると彼もまたナスタジアの部屋からの声に戸惑っていたようだが、ナスタジアの楽し気な声から中断させてまで声を掛けるのは気が咎めたらしい。またこの騒々しい声はほんの数分前から急に聞こえたと言う。


「ナスタジア」


「イザード様?どうぞ」

 扉の前から声を掛けるといつもより幾分高い声が返ってくる。逸る気持ちを抑えながらイザードが扉を開けると、そこには想像もしなかった光景が広がっていた。



「イザード様!エラが!エラが来てくれたのです!」


「うう……苦しい……イザード様、義姉を何とかしてくださいませ……」

 ナスタジアはここにいる筈の無い義妹をぎゅうぎゅうに抱き締め、満面の笑みを浮かべていた。


「……色々と尋ねたいことはあるが、まずは離してやったらどうだ?このままではエラ嬢が窒息してしまう」


「はっ!エラ、ごめんなさい!つい我を忘れてしまって……」


「はぁ……はぁ……いえ、お義姉さま……相変わらずお元気そうで安心しました」

 エラが深呼吸しているとナスタジアは甲斐甲斐しく義妹の髪や服装を整えてやっている。彼女の様子に苦笑いを浮かべるイザードだが、初めて見る婚約者の生き生きとした姿に嬉しさも覚えた。



「エラ嬢、ここにはどうやって?」


「転移魔法で参りました」


「そうなの!急にエラが現れたから驚いたわ!私、エラに会いたい想いが強すぎてとうとう幻覚を見たのかと思ったの」

 そう言ってナスタジアはまたエラをぎゅっと抱き締めた。エラは諦めたように「お義姉さま……力加減してください」と呟いた。興奮しているナスタジアを余所にイザードは訝しげな瞳でエラを見つめた。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?

今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。 しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。 その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。 一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。

兄にいらないと言われたので勝手に幸せになります

毒島醜女
恋愛
モラハラ兄に追い出された先で待っていたのは、甘く幸せな生活でした。 侯爵令嬢ライラ・コーデルは、実家が平民出の聖女ミミを養子に迎えてから実の兄デイヴィッドから冷遇されていた。 家でも学園でも、デビュタントでも、兄はいつもミミを最優先する。 友人である王太子たちと一緒にミミを持ち上げてはライラを貶めている始末だ。 「ミミみたいな可愛い妹が欲しかった」 挙句の果てには兄が婚約を破棄した辺境伯家の元へ代わりに嫁がされることになった。 ベミリオン辺境伯の一家はそんなライラを温かく迎えてくれた。 「あなたの笑顔は、どんな宝石や星よりも綺麗に輝いています!」 兄の元婚約者の弟、ヒューゴは不器用ながらも優しい愛情をライラに与え、甘いお菓子で癒してくれた。 ライラは次第に笑顔を取り戻し、ベミリオン家で幸せになっていく。 王都で聖女が起こした騒動も知らずに……

私が、良いと言ってくれるので結婚します

あべ鈴峰
恋愛
幼馴染のクリスと比較されて悲しい思いをしていたロアンヌだったが、突然現れたレグール様のプロポーズに 初対面なのに結婚を決意する。 しかし、その事を良く思わないクリスが・・。

蔑ろにされる黒髪令嬢は婚約破棄を勝ち取りたい

拓海のり
恋愛
赤いドレスを着た黒髪の少女が書きたくて、猫も絡めてみました。 侯爵令嬢ローズマリーの婚約者は第二王子レイモンドだが、彼はローズマリーの黒髪を蔑んでいた。 一万二千字足らずの短編です。

継母や義妹に家事を押し付けられていた灰被り令嬢は、嫁ぎ先では感謝されました

今川幸乃
恋愛
貧乏貴族ローウェル男爵家の娘キャロルは父親の継母エイダと、彼女が連れてきた連れ子のジェーン、使用人のハンナに嫌がらせされ、仕事を押し付けられる日々を送っていた。 そんなある日、キャロルはローウェル家よりもさらに貧乏と噂のアーノルド家に嫁に出されてしまう。 しかし婚約相手のブラッドは家は貧しいものの、優しい性格で才気に溢れていた。 また、アーノルド家の人々は家事万能で文句ひとつ言わずに家事を手伝うキャロルに感謝するのだった。 一方、キャロルがいなくなった後のローウェル家は家事が終わらずに滅茶苦茶になっていくのであった。 ※4/20 完結していたのに完結をつけ忘れてましたので完結にしました。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

処理中です...