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第二部

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 エラには話さなかったが、ジャックを助けた貴族はエラの父だ。まだ彼が結婚もしていない頃の話だ。エラの父は起業しており諸外国を回っていた。そこで偶々出会ったジャックを気に入り、この国に連れて帰って来た。



 ジャックがこの国で騎士となるには、実は色々と問題があった。他国で傭兵をしていた、身分も怪しい男を騎士とするのは難しかったのだ。だが、エラの父が当時王太子だった現国王と旧知の仲であり、裏で手を回し、何とか騎士試験を受けることができたのだ。そしてエラの父が治める男爵領の傍にある国境付近の警備を担当することになった。


 騎士になってからもエラの父はジャックに頻繁に会いに来た。食事をしたり、お酒を飲んだりしながら他愛もない話をした。エラの父が結婚し、エラが生まれてからは、それも減っていたがそれでも彼との関わりの中でジャックは親愛というものに気付き始めていた。




 それなのに、彼は呆気なく亡くなってしまった。



 彼の葬儀には参列しなかった。貴族ではない自分が参加することが躊躇われたからだ。その代わり、彼の墓参りに行った。そこにいたのは少々生意気な少女だった。


「おじさん、だあれ?」



「……」



「おはなしできないの?」



「……この人の世話になった人間だ」



「おとうさまの?」



 少女―――エラはジャックが碌に返事もしないのに何度も話しかけてきた。



「いえのなかがくらくて、もううんざり。おねえさまなんて、いつもいじょうにかまってくるんですもの」



「……お前は悲しくないのか?」



「ええ。だってわたしにはまほうつかいさまがいるもの」


 エラはにっこりと笑った。不思議なことを言う恩人の娘の瞼が、うっすらと赤く腫れていることにどうか彼女の身の回りの人間が気付いてくれるようにジャックは願った。



 それからまた十年が経ち、エラは大きな問題を起こした。それは国境を守るジャックの耳にも入るほど国を揺るがす問題だったようだ。ジャックは落ち着かないながらも、何もできる筈のない自分の立場を歯がゆく思っていた。そんな時、彼を訪ねてくる男がいた。




「陛下……なぜ……」



 ジャックが慌てて頭を下げると、国王は「良い、頭を上げてくれ」と言った。騎士団の薄汚れた応接室に似合わない出で立ちの国王の顔には疲れが見えた。



「あいつの娘のことだ」


 国王の話では、見張り役を決め兼ねているという。魔力というものがよく分からない国で、魔力を持つ彼女への対応に不安があり誰もなりたがらないと言う。隣国から派遣された講師たちが交代で来てくれ、結界魔法も掛けるので、そう簡単に問題は起きないと思うが、彼女を取り巻く複雑な事情と相まって関わりたくないと思うことも自然なことだろう。



「陛下、ぜひ私に……」


 国王から提案される前にジャックの口は動いていた。恩人のためだけではない。あの時、目を腫らして笑った少女が心から笑って欲しいと、そう願ったからだ。

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