36 / 63
第二部
18
しおりを挟むエラには話さなかったが、ジャックを助けた貴族はエラの父だ。まだ彼が結婚もしていない頃の話だ。エラの父は起業しており諸外国を回っていた。そこで偶々出会ったジャックを気に入り、この国に連れて帰って来た。
ジャックがこの国で騎士となるには、実は色々と問題があった。他国で傭兵をしていた、身分も怪しい男を騎士とするのは難しかったのだ。だが、エラの父が当時王太子だった現国王と旧知の仲であり、裏で手を回し、何とか騎士試験を受けることができたのだ。そしてエラの父が治める男爵領の傍にある国境付近の警備を担当することになった。
騎士になってからもエラの父はジャックに頻繁に会いに来た。食事をしたり、お酒を飲んだりしながら他愛もない話をした。エラの父が結婚し、エラが生まれてからは、それも減っていたがそれでも彼との関わりの中でジャックは親愛というものに気付き始めていた。
それなのに、彼は呆気なく亡くなってしまった。
彼の葬儀には参列しなかった。貴族ではない自分が参加することが躊躇われたからだ。その代わり、彼の墓参りに行った。そこにいたのは少々生意気な少女だった。
「おじさん、だあれ?」
「……」
「おはなしできないの?」
「……この人の世話になった人間だ」
「おとうさまの?」
少女―――エラはジャックが碌に返事もしないのに何度も話しかけてきた。
「いえのなかがくらくて、もううんざり。おねえさまなんて、いつもいじょうにかまってくるんですもの」
「……お前は悲しくないのか?」
「ええ。だってわたしにはまほうつかいさまがいるもの」
エラはにっこりと笑った。不思議なことを言う恩人の娘の瞼が、うっすらと赤く腫れていることにどうか彼女の身の回りの人間が気付いてくれるようにジャックは願った。
それからまた十年が経ち、エラは大きな問題を起こした。それは国境を守るジャックの耳にも入るほど国を揺るがす問題だったようだ。ジャックは落ち着かないながらも、何もできる筈のない自分の立場を歯がゆく思っていた。そんな時、彼を訪ねてくる男がいた。
「陛下……なぜ……」
ジャックが慌てて頭を下げると、国王は「良い、頭を上げてくれ」と言った。騎士団の薄汚れた応接室に似合わない出で立ちの国王の顔には疲れが見えた。
「あいつの娘のことだ」
国王の話では、見張り役を決め兼ねているという。魔力というものがよく分からない国で、魔力を持つ彼女への対応に不安があり誰もなりたがらないと言う。隣国から派遣された講師たちが交代で来てくれ、結界魔法も掛けるので、そう簡単に問題は起きないと思うが、彼女を取り巻く複雑な事情と相まって関わりたくないと思うことも自然なことだろう。
「陛下、ぜひ私に……」
国王から提案される前にジャックの口は動いていた。恩人のためだけではない。あの時、目を腫らして笑った少女が心から笑って欲しいと、そう願ったからだ。
22
お気に入りに追加
207
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。
玖保ひかる
恋愛
[完結]
北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。
ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。
アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。
森に捨てられてしまったのだ。
南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。
苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。
※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。
※完結しました。
初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。
婚約者である私の事を処刑しておいて、今になってやっぱり私の事が好きだと?
新野乃花(大舟)
恋愛
魔女の生まれ変わりだと決めつけられ、迫害を受け続けてきた令嬢ミレーナ。けれど弱音も吐かず、周囲の憎しみを一心に引き受けるミレーナの姿に心を奪われたジーク伯爵は、そんな彼女に優しい言葉をかけて近づき、二人は婚約関係を結ぶに至った。
…しかしそれは、ミレーナの処刑を楽しむためにジークの仕組んだ演出にすぎなかった。彼女はつかみかけた幸せの日々から一転、地獄へと突き落とされ命を落としてしまう…。
しかし処刑されたはずのミレーナは、目を覚ますことが叶った。自分のよく知るその世界は、異世界でもなんでもなく、彼女にとっての現実世界だった。
…彼女は、現世に違う人間として転生してしまったのだった。新しい彼女の名前はクレアと言い、それはジーク伯爵がこの世で最も愛する女性だった…。
※カクヨムにも投稿しています!
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる