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しおりを挟むその日の夜遅く、自室で就寝していたフィリップは悪魔のような恐ろしい笑い声で目が覚めた。
(誰だ!)
そう叫んだつもりだったが声が出ない。確かにベッドに横になった筈なのに、今いるのはベッド下の床の上だ。キョロキョロと視線を動かすが怪しい影は見当たらない。
(声が出ない……ということは、何かしらの魔術か?)
王族が暮らすこの王城では許可されていない魔術の使用は厳禁であり、また使用できないように特殊な魔術が掛けられている。それは王宮魔術師の中でも一流の者たちが掛けており、それを潜り抜けて無許可の魔術を使うことは至難の業だ。
(つまり、相当な手練れの仕業か……。)
「あら、お褒め頂き光栄だわ。」
(っ誰だ!)
フィリップは周りを見渡すが、誰もいない。声だけが室内に響いている。
「ふふふ。貴方を呪いに来た魔術師よ。」
(呪いだと……!止めろ!)
「残念、もう呪っちゃった。」
魔術師は可笑しそうに笑い声を上げた。フィリップの目の前にどこからともなく手鏡が現れた。恐る恐る覗き込むとそこには……。
(な、なんだ!この汚いネズミは!)
手鏡に映る薄汚れたネズミは、毛並みはぼさぼさで体格は人間のこぶし程のでっぷりした体形だ。絵本に出てくるような可愛らしいネズミではなく、どんな人間にも嫌われるタイプのネズミだ。
「それが今の貴方の姿っていう訳。」
(なぜこんなことを……。)
魔女は私怨でこのような呪いをすることはない。つまり、どこかに依頼者がいるということだ。フィリップを憎む者……例えば、フィリップに迷惑ばかり掛けられている氷の令嬢、とか。
「ふうん。貴方は自分の婚約者が呪いを依頼したと思っているのね。」
(彼女以外考えられん。)
「ま、私には関係ないわ。」
話を終わらせようとする魔術師に、フィリップは慌てて引き留めた。
(どうしたら呪いが解けるんだ!)
「暫くしたら、元に戻るわよ。」
呪いを依頼した者は呪いの対価を支払わなければならない。それは金銭や宝石ではなく、自身が大切にしている物だ。フィリップへ呪いを掛けるよう依頼した者は対価をあまり準備できなかったのだと魔術師は不満そうに説明した。
(暫くって……!どれくらいだ!)
「うーん……一週間だったか、二週間だったか……。それとも一か月だったかしらね?」
(おい!)
「もう忘れちゃったわ。まぁ、頑張ってね!」
魔術師の声は聞こえなくなった。取り敢えず、暫く我慢すれば元に戻れるのだ。身近な者にどうにかして助けを求めて、一週間なのか一か月なのかとにかく一時的にこの姿で過ごせば良い。
「そんなに簡単にいくかしらね。」
魔術師の言葉はもうフィリップには届いていない。
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