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番外編 〜須藤暮羽と8歳年上の保護者で婚約者との同居生活〜

貴方と出逢うまで

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 私はちょっと特殊な家に、ちょっと特殊な体質で生まれたきた。
 私の生まれた須藤すどう家は、妖退治人という簡単に言えば、陰陽師の家系だ。そして、私は千年以上も前に守り神として、契約した妖をこの身に宿して生まれた存在だった。といっても、普通の人間と全然変わらない。はず……。
 周りは私を先祖返りと呼び、小さい頃から先祖返りとしての儀式やら妖退治人になるための稽古やらで忙しかった。

 母様は妖を宿している私をすごく恐れた。妖力に対して敏感に感じ取る体質らしい。なぜだかわからないけど、妖のことをすごく怖がっていて、嫌っていた。
 当然、妖をこの身に宿している私も嫌っていた。
 おかげで、私にとっては日常生活である身を清める儀式の時も、かまどの神に祈りを捧げ食事作る時も、屋敷や庭を清めるための掃除するのだって、邪魔してくる。

 母様は、徹底的に私を虐げた。用もなくお茶を持って来させては、ひとくちも口にせず、湯呑みが熱いだの冷えすぎてるだの言って、お茶を私に引っかけた。
 でも、それはまだ優しい方で。機嫌が悪いと湯呑みごと投げつけたり、持っていた扇子で叩いたり、蹴ったりした。それをけたり、『やめて!』と言ったりして抵抗すると余計に怒るので、されるがままになっていた。

 私の家族には母様の他に4つ年上の兄がいて、家に帰ってくると『暮羽くれは、今日もお疲れ様』と言って、私の頭を撫でてくれた。
 私にとってはご褒美のようなもので、それだけで、『また明日もがんばろう』と思えたのだけど、兄が中学に上がって少し経ってからそれもなくなり、今はただ無気力にお役目をまっとうすることだけを考えていた。


 お役目……それは私が8歳の時に亡くなった祖父からの言葉だった。
「暮羽。お前はかしこく、術の才に秀でておる。おまけに《始祖》様をその身に宿して生まれた先祖返りでもある。おそらく、お前が須藤家の最後の先祖返りになると思うが、この須藤家を最後まで守ってやってくれないか?」

「うーん、とー……」

 私がうつむき悩んでいると、祖父が私の片手を包み込むように両手でとって、目尻のシワを深くして優しくつけ足した。

「今まだ答えは出さなくていい。だがいずれ必ず答えを出さなくてならない時が来る。その時に聞かせておくれ?」
「あの……」

 私が顔を向けると祖父は手を離し、立ち上がり伸びをしながらこう言う。
「さて、わしは庭掃除でも行ってくるかのぉ」
 そこから数歩歩くと祖父は倒れた。

「お、じい……さま?」
 私は最初、祖父が転んだかのと思った。でも、起き上がる気配がない。
「お爺様!!」
 急いで祖父に駆け寄ると、荒い息で胸のあたりを握りしめていた。

「誰か……! 誰か来て!! お爺様が! お爺様がぁー!!」
 そのあとのことはよく覚えていない。何か叫んで、ずっと泣いていたような気がする。

 次の記憶があるのは、病室で横たわって呼吸器をつけた祖父の横に、私1人で座っていた時だった。
 祖父が目を開け、こちらを見た。

「お爺様!」
 喜びいっぱいで呼びかけると、祖父は苦笑し弱々しい声が注意した。

「こらこら、病院では静かにせんと……」
「も、申し訳ありません……」
 私は小声で頭を下げる。
「そんなことより、そこの引き出しから封書を取ってくれんか?」
 そう言って祖父は、入院患者の荷物管理のために置かれた、小さな棚を指差す。

 引き出しを開けて、目的の封書を探すとすぐに見つかった。
 表には『遺言状』と書かれ、裏には右上に宛名と左下に小さく祖父の名前が書かれていた。
「なんですか、これ?」

じゃ。とある男にお前を頼めるようにしたためた文じゃよ」
「えっと……」
 私はひどく困惑して、たずねようとすると、祖父はまるでひとりごとのようにそれをさえぎって続けた。

「困った時はその男を頼りなさい。……といっても、お前の兄より4つ上の青二才じゃ。頼りない部分もたくさんあるとは思う。しかし、お前と同じで先祖返りだ。お前のことを唯一理解してくれる存在になってくれるはずじゃ……」

「あの、その方のお前は……?」


「暮羽! 母さんが呼んでたぞ?」
「に、兄様!!」
 気づいたら、眼前に兄の顔があった。どうやら庭掃除している間にほうけていたらしい。

「大丈夫かぁ、ぼぉーとして?」
「いえ、ちょっと考え事をしていただけです」
「なら、いいんだけど……」
 兄は心配そうにこちらを見る。
 母様と違って、兄は決して私のことを嫌っているわけじゃない。むしろ、気にかけてくれている方だと思う。
 だが、頼ったところで助けてくれるわけじゃない。兄もまた、私と同じで大人の前では無力な子供なのだ。

「そ、それでは行ってまいります!」
 兄に会釈をすると、駆け足で近くの縁側を探して、下駄を脱ぐと母様の部屋へ急ぐ。昔はそれなりに栄えていた家なので、無駄に敷地が広く、部屋数が多い家だった。
 早く行かねば、母様に叱られる。しかし、ドタドタと廊下を踏み鳴らしても叱られる。母様に足音が聞こえるより少し手前くらいで、1度止まって額の汗を拭い、呼吸を整える。

 そこへ鳥のような姿の、術で作られた紙の式神がやってきて、私の手にとまる。
 ぼぉっと、青い炎がゆらめいて、式神を飛ばした本人の顔を映し出し、映し出された本人が言葉を紡ぐ。

『須藤 暮羽殿。これを見ているということはきちんと届いたんだろう。3日後の昼に君を迎えに行くから、安心して待っててくれ。最後に自己紹介を。きよ……』

 言葉の途中で炎の色が赤くなり、式神はその場で燃え尽きた。

「暮羽、何をしているの?」
「母様……」
 振り返ると、鈴のような声音で上品な笑みを浮かべた母様が立っていた。
「あまりにも遅いから、探したのよ?」

 私は深々と頭を下げ、謝罪する。
「申し訳ありません。今すぐ取りかかりますので、ご要件を……」
「その必要はないわ」
 歪んだ笑みで私を見下ろし、母様は言った。
「あなたが遅すぎて、待ちきれなくなってしまったから、他の使用人に頼んだわ」

 耳にタコができそうなくらい聞いたセリフだった。もう感情が動かない。祖父が亡くなった時に、涙は枯れていた。

「申し訳ありません。他の者の手をわずらせないように、次からは精進します」
「ねぇ、そのセリフ何度言ってるの? って、いっつも言ってるけれど、それが実現したことあったかしら?」
「そ、それは……」

 私が黙り込むと母様は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「やっぱり、妖って嘘つきばかりなのねぇ。そうやって、人の不安をあおったり、騙したりして、何が楽しいのかしら?」
「……」
「どうせ、あなたは先祖返りだから、妖とは違うと言い張るのでしょうけど、妖に魂を奪われた醜い子なんですもの。大差ないわ。……じきに、あなたは妖として処分される。その手はずをあなたのお父様である阿倍野家が整えているわ。それまで、家に害を持ってこないでちょうだいね?」

「はい。心得ておきます」
 母様は私が頭を下げると、珍しく機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、去っていった。

 私はふと先程の式神の言葉を思い出す。
「3日後の昼、かぁ……。それまで私は生きてるのかしら……」
 妙な胸騒ぎがした。

 つづく
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