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第4章 景明と付き人
第2話 先祖返り
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「子供相手にこんなことをするだなんて、お主も相当、疲れとるんじゃのぉ。まぁ、暮羽の中からお主のことをずっと見ていたから知っているが、ちと、やりすぎじゃないかのぉ」
暮羽の中に住まう妖の白明は、暮羽の肉体を借りて憐れみの眼差しで俺を見上げた。その眼差しが余計に俺をイラつかせた。
「お前に何がわかる?!」
「わかるさ……。何せ、わらわは千年、先祖返りとして人の世で生きているからなぁ。それに、わらわは元は妖の首領だった身。下の者を率いる重圧は痛いほどわかる」
「それでも、妖と人間とじゃ見方が違うだろ?」
俺は思わず暮羽の手首を強く握る。
「痛っ。とりあえず、手を離してくれんか? 大事な妹分に跡が残るぞ?」
「……ちっ、わかったよ」
俺は不貞腐れて手を離し、座り直す。白明も起き上がると、深くため息をつく。
「はぁ、どうにもこの姿のままじゃ、まともに話を聞いてくれなさそうじゃな。……どれ、仕方あるまい」
ドロンと煙とともに、姿かたちを変える。
煙の中から現れたのは、20代半ばから後半くらいの姿の暮羽のように思えた。
「なっ……!」
「この姿ならば、お主も話しやすいじゃろ? まぁ、酒を酌み交わすことはできんが、愚痴くらいは聞いてやれる」
端正な顔立ちと不敵な笑みに、俺は思わず見とれてしまった。
「ふふ。そんなに見て、お主はこういうのがよっぽど好きなのじゃな」
白明は可笑しそうに口元を隠して笑う。
「好きでなにが悪い……」
「なぁに、青い果実をかじるよりは健全で良いことだと、わらわは思うがの」
「なんかバカにされてるようで、いけ好かねぇな」
「べつにバカになどしとらんぞえ? 暮羽まだ14じゃが、昔だったら嫁に出される年齢じゃぞ? すなわち、お主の子を授かろうと思えば授かれる身。じゃが、それはまだ暮羽が望まぬことゆえ、わらわが呼ばれたから出てきただけに過ぎん」
俺は白明の言葉にいら立ちを覚え、腕組みをして鼻を鳴らす。
「はぁっ、要するに。暮羽が俺に触れられたくないから、あんたが出てきたんだろ?」
「あぁ、もうどうしてオスというのは、自分の立場のことばかりで、メスの立場を考えられないのじゃ……」
白明が頭を抱える。俺はウィスキーをあおると、グラスを強めにガンッとテーブルに置いた。
「あんたなぁ、愚痴聞くって言っておいて、俺に説教か?」
「この際じゃから、はっきり言っておくが。我々先祖返りは望まぬ結婚をし、子を作ると……産まれたその子は半妖になる」
俺は僅かに目を見張った。
「そんな話、聞いたことねぇけど?」
「そりゃそうじゃ、清須では禁書目録じゃからな」
「えっ?」
「今から500年ほど前じゃったかのぉ。戦乱の世に強い退治人を作ろうと、わらわと黒影の先祖返りを夫婦にしたんじゃが、2人は幼い頃よりきょうだい同然に育ったせいか、夫婦としての幸せをうまく思い描けなかったのじゃ」
「それと半妖になることがどんな関係がある?」
気づいたら、俺は白明の言葉に前のめりで聞いていた。
「それを話す前に先祖返りと半妖の違いはわかっておるか?」
「あぁ、もちろん。先祖返りは家によって呼ばれ方や扱われ方は違うが、妖が人間に取り憑いて産まれた存在で、根本は人間だ。対して、半妖は人間などと妖の、どちら一方に性質に偏ってるわけじゃなく、存在そのものが不安定な妖もどきや、妖に成り立ての妖力などが不安定な妖だな」
「よく理解しておるな。では、先祖返りは宿している妖の妖力を抑え込むのに、大量の霊力が必要じゃとは知っておるよな?」
「まぁ、そんくらいは。だから、先祖返りは産まれた瞬間から霊力が高いってわかるって、父上が言ってたなぁ」
「では、反対に妖の根源となる妖力とは、何を糧に大きくなる?」
「それは、瘴気の溜まり場や、人間や獣などの負の感情だろ?」
「それでは、負の感情をもっと詳しく言うてみぃ?」
「え……。詳しくって、怒りとか悲しみとか嫉妬とか不安とか……あっ」
白明は幼子を褒めるように、にっと笑い優しい声音で話しかける。
「気づいたようじゃな。不安があれば、取り憑いておる妖の妖力も増える。じゃから、その妖力を抑え込む霊力もおのずと、多く必要になるのじゃが……生まれ持った霊力を増やすには限度がある。先行きの見えぬ戦乱の世であれば、負の感情が増し、憑いておる妖の妖力は肥大化するじゃろ……」
「そうすると、お腹の子に妖力汚染が起きる、と。それが半妖になる原因か……?」
「その通りじゃ。じゃから、暮羽には己が安心して家庭を育めると思えるようになるまで、しっかり愛情を注いでやっておくれ」
姉のようにそっと優しく包み込むような眼差しで懇願され、俺はうろたえてしまう。
「愛情を注げと言われても……」
「お主は、暮羽に嫌われてると思っておるようじゃが、暮羽はそうは思っとらんぞ?」
「は? だって、俺をずっと遠ざけて、」
白明の言葉は寝耳に水で、俺は思わず面を食らう。
「暮羽はお主のことを、尊敬し慕っておる。じゃが、恋心というのは、まだ、わからぬようでの……。親としては歳が近いし、兄弟というには離れすぎている。……恋仲というほど親しくもない。たとえ恋仲だとしても、街中で手を繋げば、後ろ指をさされるのは誰だが分からぬほど、暮羽は愚かでもない。ここまで言わないとわからぬのか、貴様は?」
「ん……申し訳ない」
やれやれと説明する白明の言葉に、ぐうの音も出なかった。
「お節介ついでに渡しておく」
白明は自身の懐から、ミサンガのような編み紐でできたブレスレットを俺に手渡してきた。
「これは……?」
つづく
暮羽の中に住まう妖の白明は、暮羽の肉体を借りて憐れみの眼差しで俺を見上げた。その眼差しが余計に俺をイラつかせた。
「お前に何がわかる?!」
「わかるさ……。何せ、わらわは千年、先祖返りとして人の世で生きているからなぁ。それに、わらわは元は妖の首領だった身。下の者を率いる重圧は痛いほどわかる」
「それでも、妖と人間とじゃ見方が違うだろ?」
俺は思わず暮羽の手首を強く握る。
「痛っ。とりあえず、手を離してくれんか? 大事な妹分に跡が残るぞ?」
「……ちっ、わかったよ」
俺は不貞腐れて手を離し、座り直す。白明も起き上がると、深くため息をつく。
「はぁ、どうにもこの姿のままじゃ、まともに話を聞いてくれなさそうじゃな。……どれ、仕方あるまい」
ドロンと煙とともに、姿かたちを変える。
煙の中から現れたのは、20代半ばから後半くらいの姿の暮羽のように思えた。
「なっ……!」
「この姿ならば、お主も話しやすいじゃろ? まぁ、酒を酌み交わすことはできんが、愚痴くらいは聞いてやれる」
端正な顔立ちと不敵な笑みに、俺は思わず見とれてしまった。
「ふふ。そんなに見て、お主はこういうのがよっぽど好きなのじゃな」
白明は可笑しそうに口元を隠して笑う。
「好きでなにが悪い……」
「なぁに、青い果実をかじるよりは健全で良いことだと、わらわは思うがの」
「なんかバカにされてるようで、いけ好かねぇな」
「べつにバカになどしとらんぞえ? 暮羽まだ14じゃが、昔だったら嫁に出される年齢じゃぞ? すなわち、お主の子を授かろうと思えば授かれる身。じゃが、それはまだ暮羽が望まぬことゆえ、わらわが呼ばれたから出てきただけに過ぎん」
俺は白明の言葉にいら立ちを覚え、腕組みをして鼻を鳴らす。
「はぁっ、要するに。暮羽が俺に触れられたくないから、あんたが出てきたんだろ?」
「あぁ、もうどうしてオスというのは、自分の立場のことばかりで、メスの立場を考えられないのじゃ……」
白明が頭を抱える。俺はウィスキーをあおると、グラスを強めにガンッとテーブルに置いた。
「あんたなぁ、愚痴聞くって言っておいて、俺に説教か?」
「この際じゃから、はっきり言っておくが。我々先祖返りは望まぬ結婚をし、子を作ると……産まれたその子は半妖になる」
俺は僅かに目を見張った。
「そんな話、聞いたことねぇけど?」
「そりゃそうじゃ、清須では禁書目録じゃからな」
「えっ?」
「今から500年ほど前じゃったかのぉ。戦乱の世に強い退治人を作ろうと、わらわと黒影の先祖返りを夫婦にしたんじゃが、2人は幼い頃よりきょうだい同然に育ったせいか、夫婦としての幸せをうまく思い描けなかったのじゃ」
「それと半妖になることがどんな関係がある?」
気づいたら、俺は白明の言葉に前のめりで聞いていた。
「それを話す前に先祖返りと半妖の違いはわかっておるか?」
「あぁ、もちろん。先祖返りは家によって呼ばれ方や扱われ方は違うが、妖が人間に取り憑いて産まれた存在で、根本は人間だ。対して、半妖は人間などと妖の、どちら一方に性質に偏ってるわけじゃなく、存在そのものが不安定な妖もどきや、妖に成り立ての妖力などが不安定な妖だな」
「よく理解しておるな。では、先祖返りは宿している妖の妖力を抑え込むのに、大量の霊力が必要じゃとは知っておるよな?」
「まぁ、そんくらいは。だから、先祖返りは産まれた瞬間から霊力が高いってわかるって、父上が言ってたなぁ」
「では、反対に妖の根源となる妖力とは、何を糧に大きくなる?」
「それは、瘴気の溜まり場や、人間や獣などの負の感情だろ?」
「それでは、負の感情をもっと詳しく言うてみぃ?」
「え……。詳しくって、怒りとか悲しみとか嫉妬とか不安とか……あっ」
白明は幼子を褒めるように、にっと笑い優しい声音で話しかける。
「気づいたようじゃな。不安があれば、取り憑いておる妖の妖力も増える。じゃから、その妖力を抑え込む霊力もおのずと、多く必要になるのじゃが……生まれ持った霊力を増やすには限度がある。先行きの見えぬ戦乱の世であれば、負の感情が増し、憑いておる妖の妖力は肥大化するじゃろ……」
「そうすると、お腹の子に妖力汚染が起きる、と。それが半妖になる原因か……?」
「その通りじゃ。じゃから、暮羽には己が安心して家庭を育めると思えるようになるまで、しっかり愛情を注いでやっておくれ」
姉のようにそっと優しく包み込むような眼差しで懇願され、俺はうろたえてしまう。
「愛情を注げと言われても……」
「お主は、暮羽に嫌われてると思っておるようじゃが、暮羽はそうは思っとらんぞ?」
「は? だって、俺をずっと遠ざけて、」
白明の言葉は寝耳に水で、俺は思わず面を食らう。
「暮羽はお主のことを、尊敬し慕っておる。じゃが、恋心というのは、まだ、わからぬようでの……。親としては歳が近いし、兄弟というには離れすぎている。……恋仲というほど親しくもない。たとえ恋仲だとしても、街中で手を繋げば、後ろ指をさされるのは誰だが分からぬほど、暮羽は愚かでもない。ここまで言わないとわからぬのか、貴様は?」
「ん……申し訳ない」
やれやれと説明する白明の言葉に、ぐうの音も出なかった。
「お節介ついでに渡しておく」
白明は自身の懐から、ミサンガのような編み紐でできたブレスレットを俺に手渡してきた。
「これは……?」
つづく
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