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第4章 景明と付き人
第1話 重圧
しおりを挟む第2章の続きからです。どうぞ!
あれから2年、俺は大学卒業を間近に迎え、少し焦っていた。といっても、学業のことではない。主に、御家問題についてだった。
現在、俺の付き人をさせている暮羽には、妖や術の知識の他にも、付き人として礼儀作法や茶道や華道などいった上流階級のたしなみも学ばせていた。
暮羽を術師として俺のそばにつけるなら、必要がないのだろうが、俺としては、妖退治人として以外の世界でも生活できるようにと、親心のようなもので習わせていた。それを見て父は『ようやく許嫁を清須の嫁に迎える決心がついたのか!』と、勝手に喜んでいたので、適当に濁しておいた。
葵先輩がいた頃は、互いにつまらない愚痴を言い合ったり、酒を飲んではしゃいでいたりしたが、もうそれはできない。葵先輩は、親の決めた通りに結婚したし、俺も近々、家督を継ぐ。
大学卒業してからの1年は、義勇兵の副隊長として、隊での振る舞い方を学ばねばならないし、本格的に父の仕事を代替わりするための申し送りも必要だろう。どのみち、学生の時とは清須の中での見られ方や扱われ方が、一層違ってくる。気が抜けないのは確かだった。
そんな中、ゼミでお世話になった教授から早めの卒業祝いをもらった。
「これは……?」
「上等なウィスキーだよ。君は成績も良かったし、僕の講義を熱心に聞いてくれてたからねぇ。本当なら一緒に飲みたかったんだけど、ドクターストップかかっちゃったから、君にあげる」
「いいんですか、本当に?」
「あぁ、妻に勝手に捨てられるくらいなら、味がわかる人に飲んでもらいたいと思ってね」
思わず、ふふふ。と恐妻家である教授の家庭での様子が目に浮かんで笑ってしまった。
「そういうことなら、ありがたく頂戴します」
「卒業しても、いつでも気軽に遊び来なよ。まだしばらくはここに僕も居座るつもりだからさ」
「はい、また来ますね」
それから雑多なことを済ませ、家に帰ってきた時には夜9時近かった。
最近は、卒論や家業などで忙しくて酒を飲むのなんて、付き合いでしかなかったが、せっかく上等なウィスキーをもらったのだから味見してみようと、自室で開封する。
グラスに注いで、こはく色の液体を眺める。まずは何も入れずに一口飲んでみた。ウィスキー特有のスモーキーな香りが口腔内に広がって、アルコールが喉を駆け抜けていった。
美味いことには間違いなかったが、研究室で教授秘蔵のお酒を教授や葵先輩たちと数人で飲んでいた時と比べて、いくら飲み進めても味気ない気がした。
「失礼します。まだ起きていらっしゃいますでしょうか?」
ふすまの向こうから、暮羽の小さく伺う声が聞こえた。
「あぁ、入っていいぞ」
俺がそう答えると、暮羽はふすまを開けて三つ指ついて頭を下げると、顔を上げて聞いてきた。
「失礼します。寝る前に何かつまむ物でもお作りしますか?」
こんな時、ふと葵先輩なら、「良いお酒じゃない! 一緒に飲ませてよ?」とか言って、愚痴の一つや二つ聞いてくれてたなと思ってしまう。対する目の前にいる婚約者は、酒を酌み交わすことは年齢的にもちろん無理だし、こんな少女に愚痴を吐くなんてもっと無理だと思った。
「どうして……どうしてお前が婚約者なんだよ……」
気がついたら、そんな言葉が俺の口から出ていた。暮羽は不可解そうに俺を見た。
「は? それは景明様が決めることであって、私は、」
「お前はいつもそうやって、俺と婚約者ということを否定するが、そんなに俺が嫌いか?!」
本当はそんなことを言うつもりはなかったのに、言葉が止まらない。
「いえ、そういうわけでは……」
「ならなぜ、お前から指の1本も触れて来ない!! 『俺の為に、この身をつくす所存』とか言っておいて、実際は阿倍野家よりはマシだったから、ついてきただけで、俺と恋仲になるのも苦痛か?!」
「景明様、落ち着いて話を、」
「言い訳など聞きたくない!」
「きゃあ!」
俺は強引に彼女の手を引き、組み伏せた。
「どうせ、俺たちの婚約はまぬがれない。少しくらいならいいだろう……」
「その辺にしておけ……」
覇気のある女性の声がした。見ると、暮羽の瞳孔が縦に裂け、妖力を放っていた。
「くれ……は?」
俺が呆気に取られていると、彼女が言葉をつむぐ。
「わらわは暮羽であって、暮羽ではない。あえて言うなら、須藤では始祖と呼ばれていた存在じゃ」
『始祖』と呼ばれて、俺は思い至る。
「あ、もしかして……須藤家が祀っていたという妖の白明様?」
「いかにも、わらわは暮羽の中に住まわせてもらっている妖じゃよ。お前の中に入っている黒影と対をなす存在じゃ」
白明は妖艶な笑みを浮かべた。
つづく
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