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第2章 清須景明の悩み
第3話 婚約者
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「ほれ、できたぞ?」
「……?」
「こ、これは……!!」
子供の俺には達筆すぎて読めなかったが、どうやら、先祖返りである須藤 暮羽の婚約者は、須藤 暮羽が成人した時の清須家当主が決められることを約束した遺言状のようであった。これで須藤家の実権は清須家に移り、清須家は本家筋を名乗れることになる。父が興奮するのも無理はない。それが清須宗家の願いだったのだから。
だが先ほど、須藤家の先祖返りは6歳になったばかりだと言ったので、成人するのは12年後。俺が26歳になる頃だ。つまりは俺が玄関先で初めて目にしたあの幼女の婚約者を決めることになる。
父が興奮冷めやらぬ感じで、尋ねた。
「本当に、よろしいのですか?」
「構わん。須藤はとうの昔に没落している。わしも、わしの父がもっと融通が効く人であったら、清須に婿入りしていた。
だが、美影を嫁にもらい、美影の霊力で須藤家の始祖となる妖と交流した結果。須藤家を完全にたたむには、須藤家が祀る先祖返りをこの地で産み、清須に渡す必要があることを知った。だから、わしはこの地に留まり続けた。娘の小夜には病弱なのに無理をさせたが、結果わしが生きてるうちに見事に先祖返りである姫御子を産んでみせた。
我らのお役目はもう終わっている。何にせよ、ぽっと出の阿倍野に我が須藤家の実権を渡すくらいなら、互いのことを知っている清須に渡すのが自然というもの。好きにせい」
大人2人がえらく機嫌が良いが、俺にはどうしてもぬぐえない疑問があった。
「お言葉ですが、その暮羽さんのお父様は阿倍野家の方なんですよね? 親権みたいなのを主張されたらどうするんですか? そもそも清須は遠縁の親戚筋。実父とじゃ、後見人としての効力が違うと思うんですけど?」
俺の質問に2人は顔を見合わせた後、交互にこう答えた。
「それはありえん」
「え?」
「暮羽もその兄の暁弥も、私生児だ」
「……は?」
「あまり子供の耳に入れるのも良くないと思い、話さないでおいたが、この際仕方ない」
父がそう前置きした上でバツ悪そうに教えてくれた。ここで呼んでる阿倍野とは、阿倍野家当主のことで妖退治人たちを取り仕切る立場のお方らしい。年は父よりもひと回りほど上でたくさんの妻子を御殿に抱えてるらしく、その他にも隠し子がたくさんいて、庭にいた兄妹はその隠し子の一部らしい。だから、容易に後見人として名を挙げ、御殿に招き入れれば、他の家との力関係が崩れ、退治人同士の軋轢を生みかねないとのこと。
「まぁ、そういうわけだ。」
そう一言もらし、須藤家当主は涼しい顔でお茶をすする。
「お父様、誰かお客様がいらしてるの? もしかして、阿部野様かしら?」
ふすまの向こうから、鈴のようにコロコロとした可憐な声が響き渡る。俺は背筋がゾクゾクっとした。いつもは長居をしないから忘れていた。小さい頃、アレと初めて会った時のことを鮮明に覚えている。アレは人の形をした化け物だと思った。
父はアレを俺に見せたくないし、見たくもないから、要件だけ伝えるとすぐに須藤家を立ち去っているんだとも思ったくらいに、アレのことが怖くて仕方なかった。
「小夜、こちらは清須家の方々だよ。わしにあいさつしに来ただけだ」
「ちっ、なぁんだ。阿部野様じゃないの」
ずるずると引きずる音を立てながら、アレの気配が遠ざかっていった。
「……茶が冷めてしまったな」
須藤家当主が独りごちる。
「大丈夫か? 汗がすごいぞ」
父の声で何とか自分を取り戻す。知らずに汗がどっと出ていたようだ。心配した様子で、須藤家当主も声をかけてくれた。
「すまない。娘には清須の者が来るから部屋から出るなとは言ってあったんだが。茶を入れ直すから、それを飲んで落ち着いたら帰りなさい」
「……はい、ありがとうございます」
俺はすぐにその場から立ち去りたかったが、腰が抜けて立てそうになかったので、お言葉に甘えることにした。
須藤家当主は俺たちを玄関先まで見送ると、夕食の支度があると言って、奥へ引っ込んでいった。
父は眉間にシワを寄せて山道を運転しながら、俺に小言を言う。
「ったく、あれくらいで腰を抜かすとは。退治人の跡継ぎだというのに」
「申し訳ありません。父上」
「それより、書状はきちんと持ってるだろうな?」
書状が入っている胸ポケット押さえながら、俺は答える。
「はい、ここに」
「ったく、あのタヌキめぇ。遺言状は清須の次期当主に預けるなんて言い出すんだからなぁ。なくしたら、今までの努力が水の泡だ、きちんと管理しろよ?」
「はい、分かりました」
初めて会った幼い女の子。その将来を決めるのが俺だなんて、正直実感がわかない。しかも決めるのが今の中学生の俺ではなく、12年後、退治人として当主をやってる俺だなんて、遠い未来の話すぎて想像がつかない。
父はあの書状を使って、俺とあの子を結婚させるつもりらしいけど、4つ歳下のガキですら興味持てないのに、さらにその4つ下……犯罪じゃねぇか?
ダメだ。考えたら頭が痛くなってきた。どうせ家に着くまでしばらく時間がかかる。少し寝よ。
思春期の俺に突然降ってわいた婚約者という存在をしばし忘れるために、俺は目を閉じた。
つづく
「……?」
「こ、これは……!!」
子供の俺には達筆すぎて読めなかったが、どうやら、先祖返りである須藤 暮羽の婚約者は、須藤 暮羽が成人した時の清須家当主が決められることを約束した遺言状のようであった。これで須藤家の実権は清須家に移り、清須家は本家筋を名乗れることになる。父が興奮するのも無理はない。それが清須宗家の願いだったのだから。
だが先ほど、須藤家の先祖返りは6歳になったばかりだと言ったので、成人するのは12年後。俺が26歳になる頃だ。つまりは俺が玄関先で初めて目にしたあの幼女の婚約者を決めることになる。
父が興奮冷めやらぬ感じで、尋ねた。
「本当に、よろしいのですか?」
「構わん。須藤はとうの昔に没落している。わしも、わしの父がもっと融通が効く人であったら、清須に婿入りしていた。
だが、美影を嫁にもらい、美影の霊力で須藤家の始祖となる妖と交流した結果。須藤家を完全にたたむには、須藤家が祀る先祖返りをこの地で産み、清須に渡す必要があることを知った。だから、わしはこの地に留まり続けた。娘の小夜には病弱なのに無理をさせたが、結果わしが生きてるうちに見事に先祖返りである姫御子を産んでみせた。
我らのお役目はもう終わっている。何にせよ、ぽっと出の阿倍野に我が須藤家の実権を渡すくらいなら、互いのことを知っている清須に渡すのが自然というもの。好きにせい」
大人2人がえらく機嫌が良いが、俺にはどうしてもぬぐえない疑問があった。
「お言葉ですが、その暮羽さんのお父様は阿倍野家の方なんですよね? 親権みたいなのを主張されたらどうするんですか? そもそも清須は遠縁の親戚筋。実父とじゃ、後見人としての効力が違うと思うんですけど?」
俺の質問に2人は顔を見合わせた後、交互にこう答えた。
「それはありえん」
「え?」
「暮羽もその兄の暁弥も、私生児だ」
「……は?」
「あまり子供の耳に入れるのも良くないと思い、話さないでおいたが、この際仕方ない」
父がそう前置きした上でバツ悪そうに教えてくれた。ここで呼んでる阿倍野とは、阿倍野家当主のことで妖退治人たちを取り仕切る立場のお方らしい。年は父よりもひと回りほど上でたくさんの妻子を御殿に抱えてるらしく、その他にも隠し子がたくさんいて、庭にいた兄妹はその隠し子の一部らしい。だから、容易に後見人として名を挙げ、御殿に招き入れれば、他の家との力関係が崩れ、退治人同士の軋轢を生みかねないとのこと。
「まぁ、そういうわけだ。」
そう一言もらし、須藤家当主は涼しい顔でお茶をすする。
「お父様、誰かお客様がいらしてるの? もしかして、阿部野様かしら?」
ふすまの向こうから、鈴のようにコロコロとした可憐な声が響き渡る。俺は背筋がゾクゾクっとした。いつもは長居をしないから忘れていた。小さい頃、アレと初めて会った時のことを鮮明に覚えている。アレは人の形をした化け物だと思った。
父はアレを俺に見せたくないし、見たくもないから、要件だけ伝えるとすぐに須藤家を立ち去っているんだとも思ったくらいに、アレのことが怖くて仕方なかった。
「小夜、こちらは清須家の方々だよ。わしにあいさつしに来ただけだ」
「ちっ、なぁんだ。阿部野様じゃないの」
ずるずると引きずる音を立てながら、アレの気配が遠ざかっていった。
「……茶が冷めてしまったな」
須藤家当主が独りごちる。
「大丈夫か? 汗がすごいぞ」
父の声で何とか自分を取り戻す。知らずに汗がどっと出ていたようだ。心配した様子で、須藤家当主も声をかけてくれた。
「すまない。娘には清須の者が来るから部屋から出るなとは言ってあったんだが。茶を入れ直すから、それを飲んで落ち着いたら帰りなさい」
「……はい、ありがとうございます」
俺はすぐにその場から立ち去りたかったが、腰が抜けて立てそうになかったので、お言葉に甘えることにした。
須藤家当主は俺たちを玄関先まで見送ると、夕食の支度があると言って、奥へ引っ込んでいった。
父は眉間にシワを寄せて山道を運転しながら、俺に小言を言う。
「ったく、あれくらいで腰を抜かすとは。退治人の跡継ぎだというのに」
「申し訳ありません。父上」
「それより、書状はきちんと持ってるだろうな?」
書状が入っている胸ポケット押さえながら、俺は答える。
「はい、ここに」
「ったく、あのタヌキめぇ。遺言状は清須の次期当主に預けるなんて言い出すんだからなぁ。なくしたら、今までの努力が水の泡だ、きちんと管理しろよ?」
「はい、分かりました」
初めて会った幼い女の子。その将来を決めるのが俺だなんて、正直実感がわかない。しかも決めるのが今の中学生の俺ではなく、12年後、退治人として当主をやってる俺だなんて、遠い未来の話すぎて想像がつかない。
父はあの書状を使って、俺とあの子を結婚させるつもりらしいけど、4つ歳下のガキですら興味持てないのに、さらにその4つ下……犯罪じゃねぇか?
ダメだ。考えたら頭が痛くなってきた。どうせ家に着くまでしばらく時間がかかる。少し寝よ。
思春期の俺に突然降ってわいた婚約者という存在をしばし忘れるために、俺は目を閉じた。
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