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第2章 清須景明の悩み

第10話 1本の筆

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 あれから1年半以上が経った。日差しが徐々に強くなり、外を歩けばうっすら日焼けするくらいの季節になった。そんなある日、俺の婚約相手であり、俺が保護者をしてる須藤 暮羽とデートをしていた。
 はたから見たら、20歳の男がロリを連れている。職質案件には間違いなかった。実際、職質されたこともある。

 俺の本音は、子供は子供同士で勝手に遊んでくれって感じなんだが、親から「婚約相手なんだから、親睦を深めろ」とか、「保護者として、どこかに遊び連れて行ってあげてもいいんじゃない?」とか言われてしまえば逆らいづらい。
 親からは月に1度は、時間を作れと言われているが、なんだかんだ2,3ヵ月に1度になってしまってる。

 須藤邸での騒ぎの直後、行き違いで家族やその家に仕えていた使用人には、須藤 暮羽は死んだことになってるが、本人的にはその方が気楽だと言う。
 それもそうなのかもしれない。須藤家の最後の当主・須藤 暁平殿が亡くなった後は、その娘の須藤 小夜のわがままがさらにエスカレートし、誰も手につけられない状態だったようで、須藤 小夜は娘の暮羽にDVをしていた。
 俺が暮羽を引き取る際に、父が言った、『ごねられた時用の証拠』とは、使用人に録画や録音させたDVしている様子のことだったらしい。さすがに反吐が出た。DVをしていたあの女はもちろん、父を含め、それを知ってて無視した全員に。
 暁平殿が、暮羽の後見人や暮羽の婚約相手を選べる者として、なぜではなく、俺を名指しで選んだのかわかったような気がした。

 騒動から半月後。すべてのことが片付いて、暮羽の荷物を引き取りに再び須藤邸を訪ねた時は驚いた。
 暮羽の物と思われる女の子用の衣類を俺が手に取ろうとすると、

『それは、母の物です!! 触ったら怒られるので、触らないでください!』

 と、今にも泣き出しそうな顔で暮羽が止めてきたのだ。
 母と兄は必要充分以上の衣類があったのに、暮羽本人には兄のお下がり、それも傷みがほとんどない衣類には手を出してはならず、所々自分でつくろって着ていたようだった。

 結局、彼女の所持品と呼べるようなまともな荷物はなかった。暮羽の思い入れの強かった祖父の部屋は崩壊してたので、もともと用意していた何人かの男手で瓦礫がれきを退かしながら、遺品になりそうな物を探した。が、筆1本くらいしかなく、
「せめて、須藤に伝わる霊刀があれば良かったのですが……」
 と暮羽が悲しげに言っていたが、俺が「それはお前の兄が持っている」と言うと、あっさりあきらめた。
 それどころか、無機質な表情で丁寧なお辞儀をして、
「わざわざ、私のために無意味なことをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
 と、俺たちに謝った。まるで感情を持つことを許されていない奴隷のようだった。
 その姿に皆、ざわめいた。俺はそれを制してから、優しく声をかけた。

「顔を上げてごらん? もうここに君を責める人はいないよ?」
 彼女は恐る恐る頭を上げて、俺を見た。彼女の表情にはわずかに戸惑いが感じられた。俺は彼女の手の中にあった物を指さして言った。
「それに、無意味ではなかったよ。君のお爺様の形見もちゃんと見つかったからね」
「でも、これ1つでは割に合わないのでは?」
 彼女の表情は以前として固い。
 俺はわざとらしく大きく咳払いをしてから言った。

「おっほん! そういえば、この山一つが須藤の土地だったな? 俺たちは本来、須藤が清須にした借金のカタになる物を探しに来たんだが、何もない。だから、須藤 暮羽。君を清須のものとし、管理下に置く。もちろん、清須のものとなるのは、君が祖父から継承した土地や物もすべてだ! それで借金の件は手打ちにしよう」
「でも、借金の額からしたら、それではあまりに安すぎるのでは……?」
 不安げに少女が尋ねる。こいつ本当に10歳か? 実の所、財産価値的には数十分の一にも満たないの知ってるのかな?

 だが、不安がってるなら、なおさらカッコつけた手前、後には引けない。
「筆1本でも同じだ。筆ならば、術式を書く時の術具にも使える。立派な財産だ」
「立派な……財産……」
 俺の言葉で、彼女は筆をしげしげと見る。
「そうだ! だから、お前が清須のものとしての初めて受けるめいは、その筆を大事にすることだ! わかったな?」
 彼女は少し思案するような間を空けてから、また無表情で深々と頭を下げた。
「はい。わかりました、景明様」


 あれから1年半かぁ。未だに表情は固いが、2人きりの時は少しずつ表情が出せるようになってきた。しかし、誰かと会う時は、どんな立場として振る舞えば良いのか迷ってしまうらしい。
 確かに俺も詳しくは説明しづらいしなぁ。

「あれ? 景明じゃん!」
 不意にした声は、俺が今この状況で1番出会いたくない相手だった。
あおい……」
「どうも、はじめまして。景明の恋人です!」

 つづく
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