上 下
35 / 47
猫の国の動乱

海峡3

しおりを挟む

<<グレースランド海軍 航空母艦グローリア>>

内海側のポンポタニア沖合の海上ではグレースランド海軍とポンポタニア軍の艦隊が集結していた。
航空母艦グローリアもその一隻であり排水量2万トンほどの航空母艦でグレースランド海軍の中核戦力の1隻だ。
この艦にグレースランド海軍の攻撃機が着艦する。
アレスティング・ワイヤーにアレスティング・フックがかかり攻撃機は一気に減速して停止する。
攻撃機が整備員に引っ張られて駐機場所に止められるとキャノピーが開けられて二人の乗員が出てきて攻撃機を下りた。
その二人の姿はとても対称的だった。
一方の身長が170-180cmあるがもう一方は130-140cmしかなかった。
二人がゴーグルと帽子を外すと理由はすぐにわかった。
大きい方は犬耳のグレースランド人の女性パイロットだったが小さい方はミャウシア海軍の士官服を来たミャウシア人だった。
ミャウシア人はフニャンである。

フニャンは降りると脇に駐機してあった艦上戦闘機に目をやった。
その戦闘機は3枚ブレードの二重反転プロペラを装備したそこそこ大きなレシプロ機だった。
この戦闘機はグレースランド軍の切り札でつい先日は配備されたばかりの最新鋭戦闘機である。
その性能は凄まじく最高速度760km/h、20mm機関砲4門のレシプロ機の集大成とも言うべき機体になっていた。
グレースランド軍の戦闘機は現時点ではミャウシア軍の戦闘機の一歩先を行っている。
フニャンはひと目見てすぐにこの戦闘機の技術的要素を把握し推察する。
そして心の中でほんの少しだが戦闘機乗りとして乗ってみたいと思いながら尻尾をゆっくりと左右に振る。
フニャンにとって航空機には複雑な思いがあり、それ自体とその発展の行方に大きな関心を持っていた。

しかしそれに水を刺すようにグレースランド兵がフニャンを囲んで戦闘機から遠ざけようとし始めた。
遅れながらの機密保持行動であり、フニャンは仕方なさそうにその場を去り尻尾は左右に振る速度が速くなっていた。

フニャンは案内されるまま艦内に入っていき通路を歩き続け艦外の下甲板のデッキに出た。
この時空母は完全に停船していてそのすぐ近くに駆逐艦が停泊している。
デッキにはラットラインの入ったロープがかけてありその下にボートが付けてあったので下りてボートに乗り駆逐艦に移れというということだった。

「降りろ」

フニャンは下手な発音のミャウシア語でぶっきらぼうに命令する兵士を見るとその兵士は驚いたのか小銃を振り上げられる体制を取る。
やはりミャウシア人が嫌いな様子だった。
フニャンは振り向くのをやめて言われた通り下りてボートに乗ると駆逐艦に移乗した。
駆逐艦には使節団のような人員が同乗しておりフニャンが来るのを待っていた様子だった。

「はじめまして、私はドイツ連邦軍から派遣されたグレースランド駐在武官で君の通訳を担当するテオフィルス・アルツハイマー少佐だ。よろしく」

「ミャウシア連邦陸軍所属で交渉役のフニャン・ニャ・チェイナリン中佐です。よろしくお願いします」


<<ミャウシア海軍艦隊>>

その頃、ミャウシア軍艦隊は艦砲射撃を継続していた。
その様子は大砲の発砲音がまるでマシンガンのように轟く異様な情景だった。

この時点でポンポタニア軍の砲台は半数以上が損失し、15cm砲と20cm砲と30cm砲の計150門が破壊され戦死1500負傷800の損害を出した。

一方のミャウシア軍艦隊の被害は戦艦4隻小破、巡洋艦9隻小破ないし大破、駆逐艦5隻撃沈・21隻小破ないし大破、フリゲート7隻撃沈・6隻小破ないし大破し、計12隻撃沈、41隻損傷 戦死900負傷1200の損害だった。

さすがのミャウシア軍でもこの被害は相当痛かった。
要塞砲への攻撃は基本的に艦隊側が圧倒的不利なのが基本である。
海上で波に揺られ動く砲台と地上に固定された砲台ではその命中精度に大きな差が生まれてしまう上に防御力もトーチカの方が断然高いためだ。
しかしミャウシア海軍の物量と長射程という強力なアドバンテージが要塞への直接攻撃を可能にしていた。
だがそれでも完勝になるはずないのだ。
この損害を受けてミャウシア海軍側指揮官達は旗艦に集まった。

「やはりとても一筋縄ではいきません。既に要塞の6割は破壊しましたがまだ敵は健在です。しかも海峡の向こう側に敵は艦隊を集結させています。ここはやり方を変えてもよいではないでしょうか?」

「というと?」

「恫喝です。見せしめに沿岸都市を一つ艦砲射撃で破壊し、海峡から兵を引かせるよう要求するのです。狸の国の首都はここから160km南の沿岸都市ですから屈服を狙うならこちらのほうが効果的です」

「だがそれでも徹底抗戦を捨てない可能性もあるし人道を考慮して一度破棄したじゃないか」

「そうですが我々の力を一度見せつけた今ならこちらが用意した交渉のテーブルつく可能性はあります。我々の足元も見ているでしょうが狸が折れれば後は犬どもをどうにかすればいいだけです」

「私は向こうの条件を飲んで海峡を通してもらうほうがいいのではないかと思っている。もうタルル派には我々の真意は見抜かれてしまっている。今更連合と敵対する必要はないのではないか?」

「ですがそれでは兵士たちが納得しませんよ。皆のプライドを逆なですることだけはやめてください」

ニャマルカム大将は急進的な意見を提示する将軍に消極論で対応する。
しかし大将を味方するものは意外と少なかった。

「私も沿岸都市の破壊に賛成です」

「そうよ。劣勢なのは敵であってわざわざ相手の出方を伺う必要などないわ」

全体としては沿岸とし破壊に賛成だった。
大将としてもここで反対に回れば将軍たちからの求心力が低下するので無視できない。
それは兵士たちからの求心力低下を恐れる将軍たちと同じ心理だった。
既に国に戻れない彼らにはそれは致命的なリスクなのだった。

「....わかった。市街地面積が1km2以下の都市を選んで攻撃を行うこととする」

「了解。すぐに伝達します」

事態は悪化の方向へ向かいつつあった。


<<グレースランド海軍 駆逐艦>>

挨拶を済ませたフニャンは通訳の武官に質問する。

「少佐、日程についてお聞きしてもよろしいですか?簡単な戦況報告しか聞いてないので」

「ああ、我々はこの艦で彼らに接触することになるが詳細は詰めていない。まずは全ての周波数でミャウシア軍艦隊に呼びかけを行うことになっている。今までの呼びかけはことごとく無視され続けてきたんだが、君が上と話を付けたことで今回は条件付きで海峡通過を認める内容にシフトするみたいだから彼らも交渉のテーブルに付いてくれるかもしれない。彼らとの交渉では君の手腕に期待しているよ。だから今は骨を休めてくれ、疲れているらしいじゃないか」

「わかりました。私は問題ないのでお気になさらないでください」

フニャンはとりあえず待機することにするが、それとは別に地球人と交流する中でやたら優遇されたり気を使われることに少しだけ不満があったので発言で釘を刺してしまった。
レディーファーストの文化があるはずもないミャウシア人には得した気分になるが同時にバカにされた様な気もしてしまうのだった。

フニャンは少しため息をつくととりあえずとして少佐に案内されて艦橋に向かうことになった。
だがここで少佐の仲間が駆け寄ってくるとドイツ語何か会話する。
そして少佐は困った様子でフニャンに言う。

「ミャウシア軍艦隊が市民を人質に取る動きを見せ始めた。このままだと交渉どころではなくなる」

「人質って?」

「軍事目標のない都市への無差別砲爆撃を始めるようだ」

フニャンはやめてと言わんばかりの焦った顔で少佐を見た。
しおりを挟む

処理中です...