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猫の国の動乱

救出と撤退

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銃声が轟く中、ナナオウギ兵長は自分の足の上に乗ってこちらを見つめるフニャンを見返す。
暗闇でとてもわかりづらいが味方の小銃のマズルフラッシュに照らされるように赤茶色の髪と金色の猫のような鋭い目をした美女であることがわかる。
ミャウシア語でとにかくコミュニケーションを取って誘導せねばと気づく。

「怪我はない?」

フニャンはナナオウギの質問に少し間を置く。
フニャンは地球人を見るのが初めてでなおかつミャウシア語を話すものだから動揺したような感覚で固まる。
だがそうしている暇などないことはわかっているので我に返るように答える。

「わ、私は大丈夫です。でも仲間が...」

ナナオウギは抱えたままほとんど動かない仲間の方を見る。
意識はあるようだが相当苦しそうな表情で呼吸も荒かった。
このままだと危なそうなのはすぐにわかった。

「手を貸してくれ!」

ナナオウギは小隊の仲間を呼ぶと兵士に事情を説明しその人がアーニャンをおぶる。
フニャンは自力で動こうとするも既に体力をほとんど使い切ってしまっていたため移動に難があることにナナオウギが気付く。

「背中に乗って」

ナナオウギがそう申し出るとフニャンは拒もうとする。

「このままじゃ追いつかれる。今は逃げ切ることが先決だ。大丈夫、君たちは軽いから平気さ」

ナナオウギの言葉にさすがのフニャンも自分が足手まといになっていることを自覚しナナオウギの背中に乗る。
ナナオウギ自身もそこまで体力があるわけではないが通訳と人手の関係上、自分が運ぶべきだと思い立ったからだった。
二人を回収することに成功したフランス軍特殊部隊ではあったが本来ならば戦闘前に回収したいところだったのも事実である。
後退を始めたフランス軍を逃すまいとミャウシア軍部隊は追撃戦を始める。

タタタン!タタタタン!

タンタンタンタン!

両陣営のマズルフラッシュや曳光弾が光る。
フランス軍兵士はフルオート射撃やセミオート射撃を使い分けてミャウシア軍を銃撃する。
ミャウシア軍兵士たちはどうしても火力差から上手く力押しすることができない。
またフランス軍特殊部隊の移動速度がなかなか早く地形が険しいため迂回も効果がなかったため退却を阻止することができなかった。
そこでミャウシア軍は迫撃砲で砲撃を始めた。

「撃てええ!」

砲弾を持った兵士が迫撃砲の砲身にそれを落とす。
砲弾を砲身に落とした兵士は猫耳をしょんぼりした猫のように前に倒して塞いでいた。
すると66mm迫撃砲から軽めの爆音とともに砲弾が発射される。
砲弾は双曲線に沿って1000m離れたフランス軍部隊のいる森林に落下していく。

ズドン!

ズドン!

ズドン!

間隔を開けて爆音が暗闇の森に響き渡る。
フランス軍兵士はまずいと思いつつも対策のしようがなかった。
ただ迫撃砲は移動中のフランス軍の位置を大雑把に狙ったものなのでけっこう的はずれなところに落ちたりしていた。
けれども至近に着弾するものもあるのでやはり迫撃砲の攻撃のほうが厄介に感じられるのだった。

「いけいけいけ!」

フランス軍特殊部隊はとにかく迅速に移動を続け、ついにミャウシア軍部隊を引き離す。
夜明けには追撃していたミャウシア軍部隊をまいていてつかの間の休息を取る。
しかしここで部隊長に悪い知らせが無線で入電する。

「第2中隊、聞こえるか?」

「聞こえます」

「作戦変更だ。現在上空はミャウシア軍の大規模な攻勢で制空権を完全には確保できない状態に陥っている。従って空挺部隊投入とヘリでの回収は断念せざるをえない。しかも君たちを逃がすまいと他の地上部隊を更に無理やり投入するような動きを偵察機が確認している。撤退ポイントをアップデートしたのでそちらへ向かい降下ポイント確保を中止した第3中隊と合流しろ。また撤退中のグレースランド陸軍機甲部隊が南3kmにいるので追手をどうにかしたい場合は彼らを頼ってくれ。事情は連絡してある。以上だ、幸運を祈る」

「了解。くそ」

部隊長がそんなやり取りをしているのをナナオウギは眺めていた。
そして視線は部隊員たちに移る。
これまでの撤退戦でさすがの特殊部隊員達も疲れの色が見える。
今のところ部隊は2人が迫撃砲の破片で軽傷を負っただけでほぼ完全な状態を維持していた。
一方、回収したパイロットのうち重傷だったアーニャンは応急処置で止血し、担架に乗せられていた。
アーニャンの隣にフニャンが寄り添っている。

「アーニャン、具合は?」

「さっきよりは楽ですね」

「よかった」

「ふふ、ほんと隊長はどこまでもお人好しですね」

二人はニッコリしながら会話する。
そしてアーニャンの状態に安心した様子でその場を離れるとナナオウギに近づいてきた。
ナナオウギはフニャンを見つめたまま座り続ける。
フニャンはナナオウギの隣りに立つと一言声をかける。

「隣いい?」

「もちろん」

ナナオウギが快諾するとフニャンが隣りに座り話しかける。

「私はミャウシア陸軍航空隊所属のフニャン・ニャ・チェイナリン中佐」

「俺はフランス陸軍第13竜騎兵落下傘連隊のナナオウギ・ショウタ兵長。よろしく」

「よろしく、ナナオウギ兵長。先程私達を助けていただいたこと、感謝します。助けてくれた部隊の人にも感謝していると伝えてください。助けがなかったら部下も私も命はありませんでした、本当にありがとうございます。」

「どうというほどのことじゃないよ。皆言われたことを実行しただけだよ。」

フニャンはナナオウギの返答に穏やかな笑顔を返す。
その顔を見たナナオウギは少し照れてしまうのだった。
ミャウシア人は見た目がいいのに加え、フニャンにはしおらしさや小さいのに大人びた責任感のある気風が垣間見えたため、なんとも言えない感情かこみ上げて直視しづらかった。
無意識にナナオウギは頬をかいていた。

「と、ところで中佐ってことは部下がたくさんいたのかな?」

「え?ええ、戦闘機部隊だからそこまでではないけど数十人ほど」

「へぇ」

ナナオウギの話題作りに乗る形で二人はまずお互いを知ろうとするようにコミュニケーションを始め会話は徐々に本題に移る。

「ところでどうして仲間に追われていたか聞いていいかな?一応上官に報告しなくちゃなんだけど」

「それは...」

フニャンは言葉に詰まる。
正直に言うには早すぎると思った。
まずはこの窮地を脱してからでも遅くないと思ったからだ。
ナナオウギもその点については踏み込んだ発言は控えることにし、上官にもその旨を伝えるつもりだった。

ドオオオン。

ドオオオン。

遠くから爆音が轟いているので味方部隊と敵部隊でドンパチしていることがわかる。
敵の追撃がじきやって来るように思われた。
また天候が悪化してきていて今にも降りそうな重そうでずっしりした雨雲が立ち込めてきていた。

「全員ケツを上げろ。移動を開始する」

案の定移動指示が下り、指揮官の掛け声に部隊員達は持ち物を持って移動を開始する。

フランス陸軍特殊部隊がフニャン達を救出して一段落ついた頃、フランス軍特殊部隊から南に3km先ではミャウシア軍機甲部隊とグレースランド軍機甲部隊が死闘を繰り広げていた。

「徹甲弾装填!」

男性の装填手が車体に収納してあった80mmAPDS弾を持ち上げて取り出すとグーパンチするように砲弾を薬室に打ち込む。
薬室に砲弾がセットされるとロックがかけられいつでも発射可能になる。

「目標、2時方向。距離2200ヤード」

女性の戦車長の指示に従い、砲手の女性がクランクを回して砲塔を旋回させて更に主砲の仰角を上げて目標を照準器に捉えると狙いを定める。
各員の準備が完了したのに合わせて戦車長が号令を出す。

「撃てぇ!」

ズドオオオオン!

戦車の主砲から砲弾が出てくると装弾筒が分離して細長い砲弾だけが飛翔していく。
秒速1400mのまで加速した砲弾は約2km離れたミャウシア軍戦車に向かって飛んでいくと車体に命中し装甲を貫いていく。
そして貫通した砲弾は予備弾薬に命中すると次々誘爆していった。
終いにハッチが吹き飛び苛烈な火炎がそこから吹き出し戦車は炎上した。

「目標、撃破。前進!」

グレースランド軍戦車は砲撃後直ぐに移動すると近くに多数の砲弾が飛んできて地面に着弾したり上を風切り音とともに飛び越していったりする。
戦車は移動を続けるとまた停車して素早く砲撃すると撃たれる前に移動した。
こんな戦い方をグレースランド軍機甲部隊は繰り返しミャウシア軍機甲部隊を撃破していく。

これは見晴らしの良い平地で機甲部隊同士が正面対決するときに見られる戦術の一つだ。
撃っては走り、また撃っては走る。
撃たれる側はとても狙いを付けづらい。
もちろんやっている方も狙う時間がないのでそこまであたりは良くない。
しかし好きなとき好きな場所から撃てる利点があり、より優位に戦えることに違いはなかった。

一方のミャウシア軍は直進しかしてこないので狙い易いことこの上なかった。
数で勝っていても練度や装甲、火力、機動力全てで劣るミャウシア軍機甲部隊は甚だしい損害に一旦後退する。

「敵部隊、後退を開始したぞ」

「追撃して押しつぶしてやれ!」

士気が高まっていたせいか後先を考えない威勢のいい提案が無線で飛び交う。
だが先程から的確な指示で敵をいなしていた部隊長の女性はそれをきっぱり否定する。

「追撃は許可しない!逆撃を受けるのがおちよ」

彼女はグレースランド軍で最も有名な戦車エースであるシャーロット・カーライル大尉だった。
ミャウシア軍との戦闘が始まってから自車だけで既に戦車30両以上を破壊しており、共同撃破だけで戦車150両、火砲やトラックなど300以上を破壊していた。
彼女は戦車を歩兵連隊本部まで走らせそこで駐車し下車すると状況を把握に務める。

「師団司令部はどうなっているんですか?急いで後退しないと囲まれますよ?こっちは戦車連隊本部と繋がらないんですよ」

「師団司令部は先程壊滅を確認した。各連隊散り散りに孤立してしまって収拾がつかない状態なんだ。君の戦車中隊は我々の指揮下に入って戦闘を続行してくれ。ちょうどさっき臨時司令部をここに定めことになったから急いで各連隊の再結合を図っているんだ。君に言われるまでもなくな」

司令官はうんざりしたように返答する。

「了解しました」

カーライル大尉はただ指示に従う。
皆苦境の中でやるべきことを淡々とやっているようだったのでそれ以上言うことはないと思ったからだった。
そんな感じでカーライル大尉がテントから出たところ外が騒がしくなる。
上空を見上げるとミャウシア軍の攻撃機がの一群が見えた。
それらは攻撃機と戦闘機の混成部隊だった。

ミャウシア陸軍の戦闘機は機首に20mm機関砲1門を積んだNY-1戦闘機の制空型が主力だ。
けれど同時に対地攻撃もこなせる37mm機関砲を1門積んだNY-1K、NY-1TKも制空型に匹敵する数が生産されている。
つまりミャシア陸軍は航空機の運用スタイルは第二次世界大戦時のソ連軍によく似た対地重視型なのだ。
NY-1戦闘機が低空向けの機体なのもこれが理由である。
しかも攻撃機は44mm砲機関砲を積んだ火力オバケだった。
その大口径砲がグレースランド軍に襲いかかる。

グレースランド軍の対空砲が発砲を始め、ミャウシア軍機に対空砲火を浴びせる。
しかし火砲の数が足りない上にすごい数のミャウシア軍機の制圧射撃で対空砲があっという間にすべて破壊された。
こうなるともうどうしようもない。
カーライル大尉の戦車が戦闘機の機銃掃射でエンジンを撃ち抜かれ燃料が引火して爆発炎上する。
エンジンルームの火災なので乗員は急いでハッチを開けて全員脱出した。

ミャウシア軍機はありとあらゆるものを破壊して回り13mm機銃で歩兵を機銃掃射もするのでほとんど地獄絵図と化す。
レシプロ機特有のブオオオオン!という低音が攻撃機の旋回後のドップラー効果で甲高く鳴り響くたび何かが破壊された。

カーライル大尉は蛸壺にすぐ隠れたので事なきを得たがミャウシア軍が去ったあとは破壊された車両と弾薬から黒煙が吹き出しそこら中のものが壊れ死傷者でごった返す地獄が広がっていた。
遠くでは自分が指揮する戦車中隊が煙の柱を何本も立てていた。
どうやら先程の航空攻撃で多数破壊されてしまったらしい。
戦車相手なら百戦錬磨だが航空機はどうしようもないと悔しがるように大尉は唇を噛み締め険しい表情で蛸壺から出た。
少し垂れるような犬耳が起き上がるくらい気張っているようだった。

そして大尉がまず最初に思い浮かべたことは敵戦車部隊の再攻勢だった。
自分の戦車中隊が大損害を出した以上、敵は再度攻勢に出て本気で叩き潰しに来るはずである。
大尉は急いで部下と共に戦車中隊の元へ走っていく。

案の定敵の再攻勢が始まりつつあり、遠方から土煙が上がっているのが見える。
大尉は生き残った戦車に乗車すると僅かな手勢で臨戦態勢を取る。
今度は敗北必至絶望的な戦いになるのは見えていたが、他に選択肢はなかった。
大尉は砲撃体制を整え敵を待ち構え、味方に砲撃指示を出そうとする。

するとまだ攻撃してないのに敵戦車が爆炎に包まれる。
被弾した戦車は停車して乗員である猫耳の兵士がハッチを開けて脱出していった。
何事かと思うが原因がわからない。
だが次々と敵戦車が被弾し撃破されていくのを見てそこであることを思い出した。
欧州連合軍の歩兵部隊が近くにいて支援してほしいという話だ。
そんな余力はないと思っていたが逆に彼らならこのくらいはできるのではと思うのだった。
その予想は的中していた。

フランス軍特殊部隊がミラン対戦車ミサイルを発射してミャウシア軍を攻撃していたのだ。

バシュウウウウウウン!

発射機からミサイルが発射されるとミサイルを収納していた筒が後方にはじき出される。
ミサイルは有線誘導で目標へ飛んでいくと数秒後に命中し爆発する。
貫徹力が500mm以上あるミラン対戦車ミサイルの破壊力にミャウシア軍戦車はなすすべなく破壊されていった。
ミャウシア軍は新手の攻撃に恐れをなしたのかまた後退し、グレースランド軍は窮地を脱する。
そしてフランス陸軍第13竜騎兵落下傘連隊の第2、第3中隊が合流した。
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