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猫の国の動乱

蜂起と本格侵攻の準備

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<<ミャウシア南部の連邦構成国>>

ミャウシア南部沿岸地域はタルル将軍の出身部族で虎模様の髪色をしたニャーガ族が殆ど住んでいない地域になっている。
逆にゥーニャやアーニャン、ミンスクの出身部族でペルシャ猫のようなフサフサした髪質をしたペイシャル族が多数派で少数民族もそれなりに住んでいる。
フニャンの出身部族、ネニャンニャもこの地域に分布していた。

「果たして上手く行くかしら」

ミャウシア南部沿岸都市の町中でゥーニャはそんなふうにぼやく。
ゥーニャはこの地域にあった自治政府の元メンバーたちに密会するためにこの地に来ていた。
クーデター以降、自治体や党派は解散させられ中央から来た役人が統治する形になっていたがそれに反発する形で部族や民族色の強い裏組織のようなものが密かに結成されている。
今回はその人達に協力を依頼するためだ。

目的は暫定政府及び暫定政府軍を組織することである。
ゥーニャは裏路地へ行き目的の建物の前に立つ。

「合言葉を言え」

「あいにく知らないからこの顔で勘弁してくれるかしら?」

「お前、舐めているのか?」

「おい待て、そいつ...」

ゥーニャは地元の反政府組織に密会することに成功し、計画の一段階目が完了する。

ことは数日前にフニャンと話し合った時に遡る。


<<首都ニーチアのアパートのゥーニャンの部屋>>

「レジスタンスを作ったり世論を扇動して起死回生を狙う、ということですか?」

「そうよ。意地でも這い上がってやるわ。そのためにはあなたの協力が必要なの。あなただってこのままではいけないってわかっているはずよ」

ゥーニャはフニャンの返答に期待するが回答は渋かった。

「この状況をなんとかしたいという点では同意します。ですがそれだけでは決め手にかけます。それに参謀総長をその程度のことで出し抜けるとは思えません」

「ずいぶん現実的に言ってくれるわね。というかニー参謀総長がどうかしたの?」

ゥーニャは参謀総長の素性を知らなかった。
そこでフニャンは今までの自分の経緯を話し、全ては参謀総長の仕組んだことだと教えた。

「....ま、まさかそんな...。じゃあ、あの爆撃はあんたがやったって言うの?」

ゥーニャは誰もが参謀総長のいいように操られていた事に驚愕しつつ、クーデターの実行役が目の前にいることを認識する。

「その通りです。言い訳するつもりわありませんし、私はこの件で大きな役割を担ったのは事実です」

フニャンは自分に責任があることを認める。

「そう、でもいいわ。私は死んでないし。それにあんたがやらなくても他がやったんでしょ?」

フニャンは返事に困る。

「なら、罪悪感でも何でもいいから協力しなさいよ。それくらいの落とし前は付けたいんでしょ?」

フニャンは間を置いて答える。

「もちろんです」

「なら」

「ですが僭越ながらあなた様の案は勝算が殆どないことは断言させてください。それで命を落とすことだってありえます。チャンスは一度きりと考えてください」

ゥーニャはそれを聞いて怒るかと思いきやただ俯いて不満な顔をする。
フニャンの言うことはもっともであり、こちらを気遣っていることもわかるだけ冷静なのだ。

「首都脱出についてはおまかせください。ですが展望に関しては私もなんとか考えますので軽率には行動なされないでください。謹んでお願いします」

「はぁ、わかったわ。あなたの言うことが正しいのでしょうね。そこは例のニー参謀総長のようにずる賢く立ち回ることにしましょ」

ゥーニャはフンッっとそう言いながら朝食の用意を始めた。
フニャンは説得に骨を折る覚悟だったがずいぶんハキハキした人だなと少し感心する。

「あなたも食べる?大したものないけど」

ゥーニャは気にしてないよとでも言いいいたいのかさっきの重苦しい雰囲気をかき消すような笑顔を向ける。

「...ではお言葉に甘えて」

フニャンは出された朝食を手に取ろうとするが品のあるゥーニャは注意する。

「軍服は脱ぎなさい。正装でも汚れてるんだから」

フニャンはしまったと思いながら上着を脱ぐと陸軍服のしたにワッペンがあるのが目につく。
そしてあまり間を置かずにテーブルの上にあった派遣軍出兵の見出しの新聞も目に入る。

「同志ゥーニャ、突拍子もない腹案を聞いていただけますか?」

「?」

ゥーニャはフニャンの言葉の真意がわからなかったがその次に出てきた提案に驚きつつも、命をかけるならこれくらいの博打はやってのけないとと思い至るのであった。

それは陸軍の遠征派遣軍と海軍、南部のレジスタンスになってくれる組織を抱き込み電撃的に軍と政府を組織するという大胆なものだった。
具体的には海軍に大規模な遠征艦隊を組織させ敵国、特にグレースランドの制圧を大義名分として出兵しつつその実は派遣軍を南部に輸送させる。
派遣軍の主力はグレースランド及びザイクス周辺であり海は目と鼻の先だ。
しかも狭い湾なので海軍は派遣軍をあっという間にピストン輸送できるはずである。
そしてそれを手助けするように南部のレジスタンス運動を扇動するのである。

もちろんこれは途中で気づかれたらアウトである。
最後の最後までこちらの動きは悟られないようにしなければならない。
それぞれの動きが連動したものだとバレればそこまでなのだ。
とてもリスキーだが見返りは非常に大きかった。

かくしてその提案に賛同したゥーニャ及びフニャンの部下たちは動き出したのだった。


<<ミャウシア海軍サラコッテ基地>>

数ヶ月前までフニャン達が所属していたミャウシア海軍航空基地である。
そこへフニャンの部下たちが現れた。

「大一番の賭けですよ。皆」

「とは言っても書記長や隊長、副隊長の方がよっぽどリスキーな任務ですよ」

フニャンの部下であるウーの激励に同じく部下の元重戦闘機の搭乗員達は冷ややかに反応する。

「そんなこと言わないでくださいよ」

「いいから行けって」

部下たちは一応ウーが率いる形で海軍に取り入る。
数日前、今までの功績と今後も参謀総長に付き従うのを条件にフニャンが部下を陸軍から離脱させていた。
参謀総長も既に彼らのことは気にしていなかったのが好都合だった。
そしてフニャンは海軍へのメッセンジャーとして部下を向かわせたのだった。
これ保護の目的も含まれている。

「久しぶりね。ウー君」

基地内で対応したのはフニャンの元上官、ニャンセリーズ少佐だった。

「お久しぶりです、ニャンセリーズ少佐。僕らのことで驚いたりしないんですね。」

「ええ、あなた達が生きていること、陸軍に所属していることは行方不明の3ヶ月後に知ったわ。でも詳しいことは何もわからなかった。それはそうとフニャンとアーニャンは元気かしら?」

「はい、元気です。隊長と副隊長は今では陸軍中佐と大尉です」

「色々訳ありみたいね」

「そうですね。とりあえず今までの経緯と少佐にお願いしたいことをお話させていただきます」

ニャンセリーズ少佐は信用できる人物だったので海軍上層部のパイプ役を担ってもらうため彼らははるばるここへ来たのだった。
少佐はとにかく話を聞いて驚き続けるも何か納得したようにウー達の頼みを快諾して引き受けてくれた。

海軍はニャンセリーズ少佐から上がった報告に驚嘆しつつも覚悟を決めるのに若干乗り気だった。
というのもタルル将軍の海軍への介入がいよいよ時間の問題になりつつあり、既にニャーガ族系の艦艇や人員、艦隊が統制不能になっていた。
いずれ海軍首脳部が刷新されるならまるごと裏切ってしまえと言わんばかりの悲壮感がフニャンの計画を後押しするのだった。

かくして計画の第二段階は完了した。
残るはフニャンが直接派遣軍に出向くだけとなった。



<<ミャウシア海軍軍港>>

ミャウシア海軍の各軍港からおびただしい数の艦艇が出港していく。

戦艦15隻、巡洋艦160隻、駆逐艦950隻、フリゲート1050隻、航空母艦65隻、潜水艦400隻
合計16個混成艦隊。

第二次世界大戦のアメリカが見れば頭を抱えてしまいそうな規模の大艦隊である。

一方、欧州連合を盟主として同盟関係を締結していた連合国側は当然この動きを哨戒機で察知していた。
これらの艦隊は大洋側の基地から出撃しいくらかの艦隊がすぐ南下していった。
南下した先遣艦隊と思われる艦隊はポンポタニアから少し離れた入江を制圧すると多数動員されていた商船や貨物船をそこに停泊させ始め、沿岸には野戦飛行場がいくつも設営され始めた。
彼らの目的が南にある内海の出入り口の海峡を抑えるポンポタニア制圧であるとのは明白だった。

しかしこのあまりの膨大な戦力は欧州以外の各国に戦っていないのに重大な敗北感を与えていた。
この時点で最も海上戦力が充実したグレースランド海軍全軍が戦艦9隻、巡洋艦70隻、航空母艦30隻、駆逐艦180隻、潜水艦110隻である。
ポンポタニア軍はその8割程度の戦力、ザイクス軍はその2割程度の戦力、グワルゴは旧式艦しかないので比較は難しいが数では4割程度である。
またポンポタニア軍は海峡の北側に機雷原を設け南側に沿岸砲を配置して徹底抗戦の構えを見せていたが向かってくる敵の数に完全に恐れをなしてしまっていた。

連合側は一見すればミャウシア軍を撤退させうる戦力になるのではとも思えるが、そんなに甘くはなかった。
海峡の北側にミャウシア軍がジリジリ迫っており、航空戦力では艦上機より陸上配置機の数が物を言う状態が出来上がりつつある。
そうなれば戦術より海峡を挟んで数で殴り合う戦いになってしまうのでこの戦力差はとても埋めがたかった。
しかも内海側にもミャウシア軍艦隊が3個艦隊配置されていて連合国艦隊は迂闊に動けない。
また連合にとって未知数の力を持つ欧州連合の支援を当てにしたかったがあまりにも距離があり、航空部隊を受け入れる体制もなかったため断念することになってしまった。
となればそれ以外の国が自力でなんとかしないといけない状況になる。
一応、欧州連合はグレースランドから対潜哨戒機を飛ばして対艦攻撃を行える体制は取ったがせいぜい数機が限られた対艦ミサイルの在庫で攻撃を行うしかなく戦局影響を与えられるとは思えなかった。

だがミャウシア軍の本気度に連合国側が戦慄する中、とうのミャウシア海軍もやる気や士気は殆どなかった。
できれば損害なく通過しただけなのだ。
先述のとおり派遣されるミャウシア軍艦隊は片道切符を切っている状態に等しく戻ることは許されなかった。
表向きは海軍首脳部はグレースランドに打撃を与えてタルル将軍の顔を立てる名目で出兵しているが、機を見計らって反旗を翻しす腹づもりである。
首脳部は後々賛同しそうな兵員も船舶や航空機で根こそぎ引き抜く計画であり、タルル派の艦隊が追撃しても海峡封鎖で対応するつもりなので上手く行けばそれなりの戦力で手に入る計画だ。
これは上手く行けばの話なのでそんなに甘く行くとは思われていない。
現にポンポタニア攻略に既に及び腰なのだ。

艦隊編成に当たっても重要艦艇をタルル派にいくらか抑えられてしまい駆逐艦やフリゲートや潜水艦の数が異様に多くなった。
またどう攻めるかを巡り首脳部で意見が割れた。
正攻法で攻めるかポンポタニアを懐柔してやり過ごすかだ。
戦わなくていいなら都合がいいのだが後者はタルル派に怪しまれることにつながるのでできれば避けなければならないのがデメリットだった。
そして最終的に敵を全力で叩き潰して被害を減らすという方法を取る方向でまとまりつつある。
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