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猫の国ミャウシア連邦

動乱の始まり

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NATO軍の後方連絡線では引切り無しに補給や人員輸送の車列が往来する。
戦闘が収束して以降は包帯を撒いていたり服が薄汚れたミャウシア兵を満員にさせた車両が劇的に増える。
今回の戦闘でミャウシア軍はNATO軍に完全敗北を喫していた。

参加兵力
ミャウシア軍28万9千人 NATO軍9万6千人
損害
ミャウシア軍 戦死行方不明1万1千人 負傷3万人 捕虜18万人
NATO軍 死者100人(戦死60人) 負傷1千人 捕虜数人(全員回収済み)

ミャウシア軍は投入した11個師団のうち7個師団が殲滅されるという大敗ぶりだった。
この戦闘で得られた地球側の軍事力の本質にミャウシア側は戦慄することとなるのである。


<<NATO軍占領区域>>

フランス陸軍のVAB装甲車、VBL装甲車数両が未舗装の凸凹街道を走っていく。
此処は哨戒線後方の占領区域でありミャウシア軍敗残兵の回収が終わっていなかった。
VAB装甲車の中には昨日人生で初めて人を射殺したナナオウギ上等兵の姿もあった。

「ナナオウギ、そんなにクヨクヨするとか軍隊向いてなくないか?」

「というより戸惑っているのかな。戦争って思ってたのとだいぶ違うなって。自衛隊に残っていたら実戦なんてあり得なかったし、銃や犯罪が身近じゃないから余計にね。大丈夫だ、支障はない」

「そうか。まあ心は壊すなよ。PTSDなんて洒落になんねえからな」

会話していると車両が停止する。

「どうしたんだ?」

「先頭の車両が何か見つけたらしい」

歩兵20人程度がFA-MAS小銃やミニミ軽機関銃を構えてVAB装甲車のハッチから下りて車列の前に出る。
前方街道脇にミャウシア兵が3人座っていて抵抗するわけでもなく降伏の意思表示もしていた。
もしかしたらトラップかもしれないので周囲の林に伏兵がいないかもチェックする。
そして敗残兵と接触する。
特に問題はなかったのでVAB装甲車の空きスペースに押し込もうとすると抵抗して何かを訴える。
殆どの兵士はミャウシア語がわからないので何を言っているかわからなかった。
しかし一人だけミャウシア語がわかる人物がいた。
ナナオウギ上等兵はキャリアアップを考えミャウシア語を意思疎通できるまで上達させていたのだ。

「ユックリ ミジカク ハナシテクダサイ」

ナナオウギの言葉にリーダーと見られるミャウシア人男性がおおっと言いたそうな顔でゆっくり話す。

「ということだそうです」

「つまり連れの一人が崖に転落して幸い木にひっかかって無事だったものの今も宙吊りだから助けてほしいと?」

「そうです」

「投降はするんだな?」

「助けてくれたら喜んで投降するそうです」

「よし、第3分隊とそこのミャウシア人と一緒に行け」

「了解」

分隊員達がミャウシア兵の男性に連れられ雑木林を進んでいく。
30分後到着すると確かに丘陵の反対側の切り立った急斜面の木にミャウシア兵が引っかかっていた。
ナナオウギ上等兵はロープを体としっかりした木に結ぶと崖同然の斜面を下りていく。
ミャウシア兵が自分の姿を見て少し取り乱しそうになるが声をかけて落ち着かせようとする。

「アンシンシテクダサイ。タスケニキマシタ。ブキハモッテイマセン」

そう言うとミャウシア兵は暴れるのを止める。
すでに大泣きしていたのか顔と目が赤く、少女のような顔つきと相まって可愛らしさが頭の中で爆発する。
少しテレてしまうが作業を進めミャウシア兵を背中におぶる。
ロープは1本で長さもギリギリなのでこの方法しかなかったが、助けたミャウシア兵が巨乳だったので背中に乳圧がずっしりかかり大変不謹慎ながら少しだけムラムラしてしまう。
上の兵士たちがロープを引っ張り徐々に斜面を登っていく。

登り終えると助けたミャウシア兵が別のミャウシア兵に駆け寄り会話する。
その後再度ナナオウギ上等兵に向かい手を取って「ありがとう」と言った。
ナナオウギは笑顔で片言のミャウシア語で「どういたしまして」と返事した。

かくして一行は車列に戻り移動を再開する。
ナナオウギ上等兵は若干ながら自信を取り戻していた。


<<ミャウシア陸軍省議場>>

凄まじく重苦しい空気が漂っていた。

「まさか1週間の戦闘でこんな大敗を喫するとは...」

「北大西洋条約機構軍(NATO軍)といったな、計り知れない軍事力だ」

「今回のせいで犬亜人どもの戦線から兵力を引き抜かなければならず、反攻で押し返されるハメにもなったのですぞ!」

「そもそもこの作戦に無理があったのではないか?」

「確かに敵の素性がわかっていたらやり合ったりしなかった。我々より遥かに科学力が進んでいると見えます」

軍閥将軍たちは皆乗り気だったのに責任問題が浮上すると一気に保身に走るように責任転嫁合戦を始める。
そして矛先は急先鋒のタルル将軍に向く。

「こうなったのはタルル将軍、あなたが無理を押し通しまくった結果だからではないのですか?」

「なんだと?!そもそもこの作戦計画を練ったのはニーだろ!」

「しかし作戦内容を骨組みからGOサインまでの殆どはあなたが出したものだ。彼はそれを形にしただけです」

「くっ...」

実際そうだったし、ニー参謀総長は水面下で各将軍に根回しして自分に火の粉が飛ばないよう手をうっていた。

「とにかく懲罰委員会の開催は必要ですな。前線司令官とタルル将軍を懲罰にかけることを決議したいのですがいかがですかな皆さん?」

「!?」

一気に話が進みタルル将軍は言葉が出ない。
更に殆どの軍閥将軍が賛成の意を示し窮地に立たされる。

「ではゥーニャ書記が昨日申し入れてきた査問会についてもこれと抱き合わせで行うこととします」

タルル将軍は汗が止まらなかった。
一方ニー参謀総長は申し訳無さそうな顔をしていた。
しかし、心の底では絶対違うことを考えていそうな雰囲気を醸し出す。

実はニー参謀総長はタルル将軍がゥーニャ書記を脅した辺りで書記に接触を持ちかけており、すべての元凶はタルル将軍にあり、自分はゥーニャ書記の味方だと装っていた。
その証に他の軍閥将軍が書記と歩調を合わせ始めたのも参謀総長の手引で軍閥将軍達はタルル将軍派閥のポストを奪いたいのだった。
参謀総長は書記から一定の信頼を獲得していた。

討議が終わりタルル将軍が執務室へ戻っていくと部屋にはニー参謀総長がいた。

「出入りを許可した覚えがないぞ」

タルル将軍は参謀総長を睨みつける。

「お話があって。将軍に提案があるのです」

「帰れ」

「そうしますがこのままではあなたわ終わりです。起死回生の方法があるんです。実は私もそれでおこぼれを預かりたくて...」

「共犯ということか?」

「そうです」

「....入れ」

「ありがとうございます」

二人は部屋へ入っていく。
執務室で二人はミャウシア史上最悪の事変の計画の一部を話し合うのだった。

そして討議を終えてニー参謀総長がタルル将軍の執務室から出るととある部屋へ向かいドアを開けた。
そこにはミンスク、ニチェット、フニャン、アーニャンの4人がテーブルに向かい座っていて料理も置かれていた。

「遅れでごめんね、じゃあ食べよっか」

参謀総長は座ると話し続ける。

「いやあ、この前のはホント助かったよ。隠密に動かせたのはほんの数機だから君たちの腕じゃなかったら護衛と駆逐艦は始末できなかったよ」

「いえいえ、いつもスリリングな任務ありがとうございます」

ミンスクは食事を頬張りながら嬉しそうに答えたがフニャンは無表情、アーニャンは不機嫌そうにホークで料理を突くが口には運ばない。

「料理美味しくないかなアーニャン君?」

「い、いえ...」

アーニャンは参謀総長の言葉に少し驚いて料理を食べ始める。
そして無言だったフニャンが発言する

「参謀総長」

「何?」

「本題に移ってもよいのでは?」

「そうだね。実はまた頼みごとをしたいんだけど、今度は今まで以上に思いっきり働いてもらうのと思ってね。」

「ミンスク氏だけでなく我々もですか?そこまで信用を?」

「うん、君は利口だしリスクを犯してまで突き進むタイプじゃない。部下を預かる限り君は決して投げ出さないし部下の手綱も握り続ける、そうだろ?なにより君ほどのパイロットは早々見つからなくて困っててね。そこのハイテンションな猫ちゃんのせいもあるけど」

「...」

「まあそれは置いといて、今度は首都近郊の訓練飛行場に移動してもらってまた別の戦闘機部隊を訓練してもらうよ。」 

「具体的には何をするんですか?私達は既に自分たちの飛行隊を持っているのにですか?」

「うんそうだけど、こればかりは教えられないね。後で重要な指示書も送るからその時は激務になるから覚悟していてね。非常に重要な仕事だから頑張ってね。」

ミンスクは始終楽しそうにし、フニャンやアーニャンは不安がる。
食事会は続きいろいろ重要な話や資料、次の任務までの行程が説明される。
しかし最も重要そうな指示書などの件は教えてもらえなかった。
だがおおよそいつもの汚れ仕事みたいなろくでもないことだということは予想できた。
実際は想像の遥か上をいく内容であったが。

そして会が終わり帰路につくフニャン達は少しだけ話をする。

「下りたいなら下りていいよ」

「いえ付き合います」

「そっか」

「でもこれからの身の振り方が怖くてたまりません」

「それは私もだけどもし考えたくないなら私に付いてきて、離反する機会はいずれ来るはず」

「わかりました。それはそうと尾行耳障りですね」

「うん」

少し寒い夜の町中を二人の猫耳女性は歩き続ける。

<<ミャウシア陸軍軍事法廷>>

ミャウシア軍による欧州出兵計画が失敗に終わってから数日後、ミャウシア陸軍軍事法廷が陸軍省で開かれていた。

「これより先の出兵に関しての弾劾を行いたいと思います」

地球側とミャウシアの間で行われた一連の戦闘の損害の責任の所在が決まる裁判だったが概ねストーリーはタルル将軍の暴走という形で処理され運びとなっている。
またゥーニャ書記が要求した査問会も兼ねていた。
普通の失敗なら更迭や左遷で済むところだが、ミャウシア軍史に残る大損害を出したうえに最近のタルル将軍主導の独断行動で政府との溝が危険なレベルで開いていたことに参謀総長の工作で気づき始めておりタルル将軍を生贄に出兵計画の責任の帳消しとタルル将軍派閥のポスト獲得を狙った軍閥将軍たちの見せしめ裁判だった。
法廷内にゥーニャ書記の姿も見える。

(これで陸軍の暴走をなんとか食い止めることができそうだわ。うまく行けば他の軍閥にお墨付きを与えてうまくコントロールすることもできなくはない。陸軍参謀総長様様ね。でもアイツ、妙に引っかかるけど信じても大丈夫なのかしら...)

書記はそんなことを考えていた。
参謀総長について書記は知っていることは殆どなかった。
元も政府側には影が薄いよう振る舞っていたかだった。
実際は他の軍閥将軍が気づかないところで策謀を巡らせており、わずかに知っているものからは恐ろしい人物と捉えられていた。
そしてこれまでの一連の騒動がすべて参謀総長の策略であり、参謀総長の手のひらの上で今の今まで踊らされてきたことを軍事法廷にいる軍閥将軍たちや政府高官達は知る由もなかったのである。

「どうやらタルル将軍の出頭が遅れているようです」

殆どの者が出席する中、当のタルル将軍は遅刻していた。

「確認したところ現在護送中で間もなく到着するとのことです。」

「まったく」

護送の遅れに書記長は不満を吐露する。

その頃、この軍事法廷が開かれている建物から少し離れた首都防空を担う陸軍航空基地の一つでは十機程度の戦闘機が暖気運転しながら駐機してあった。
その脇に数人のパイロットたちがたむろしている。

「それじゃあ作戦書を開けますよー」

ミンスクが封筒を破いて中の紙に書かれた内容を確認する。
ほほうと言いたそうな表情で読み、次にフニャンにそれを手渡す。
フニャンは首都近郊の小規模な訓練飛行場に連れてこられことから、またとんでもない悪事をやらされるのだろうと言うことは覚悟していた。
しかし書かれていた内容はとんでもないを飛び抜けてこの国にもろに喧嘩を売ってしまう内容だった。

作戦書には何枚かの写真が同封されていて、ミャウシア陸軍最高軍事法廷のある陸軍省第14号分館の写真、軍事法廷が何階のどの区画にあるかの見取り図などがある。
作戦書には10時に軍事法廷の区画が吹き飛ぶよう爆撃しろと書いてあり飛行経路や脱出までの詳しい段取りも記載されている。。
メチャクチャだ。
つまり単刀直入に言っておそらく軍部を狙ったクーデターか何かなのである。

「ちょっと待って、いくら何でもこれはやりすぎてる、こんなことしたらうちらお尋ね者なんてレベルを通り越す!この前の前振りがここまでなんて誰が予想できるか!」

アーニャンがミンスクに言う。

「しー、そんなに興奮するとは武者震いも大概ですよー。今回はそこの雑魚どもも引率しなくちゃですから聞かれたらまずいですよ。途中で駄々こねられても作戦の失敗確率が激上がりです」

ミンスクがたしなめるようにアーニャンをちゃかす。
アーニャンは言い返したい気持ちでいっぱいだがあえて口にはしない。
自分たちが置かれた状況をきちんと理解できていたからだ。
よは先日の話がクーデターか何かだということは察しが付くが失敗なんて許されないからだ。
今更タレ込めないしわざと失敗させても自分たちは粛清されるだけ、何より自分たちの命を預かっているフニャンはそんな選択は流石に取りたがらないこともすぐ理解できたからだ。
やるしかなかった。

「今日行われる軍事法廷に来るのは誰なの?作戦書には名簿がない...」

フニャンがミンスクに聞く。

「私もわかんないですよ。でもたしかタルル将軍が来るのは知ってます。もしかしたら弾劾裁判でタルル将軍を追求したいハイエナ将軍たちが集まってるからそこをまとめて吹き飛ばしたいんじゃないですかね?ということは察するにクーデターの首謀者はタルル将軍というなんですかね。どうせ参謀総長に操られてるんでしょうけど」

概ね図星だった。
しかし足りない要素もあった。
ゥーニャ書記長などの政府高官も同席している点だ。
国家元首がいる建物を破壊するということが何を意味するかは計り知れないものがあるがこの時点で襲撃者達は知る由もない。

「まあ、そこに誰がいようと皆殺しにすれば問題ではないですよ。それじゃあ今回はフニャン少佐とにチェット、あなた達が爆撃を担当してくださいな。同伴する自称にわかエリートどもは私とアーニャン大尉で引率しますよ」

ミンスク以外のパイロットは少し不満そうにするが何事もないかのように了解する。
爆撃時刻も迫っており此処でグスグスしてはまずいししょうもなかったからだ。
そしてそれぞれのパイロットが戦闘機に乗り込む。

フニャンは戦闘機に乗り込むと計器を見ながら離陸準備を始めた。
内心フニャンは不安だった。
クーデター片棒をかつがされるのもそうだが何より悪事をやらされることに慣れてきてしまっていることだった。
実際クーデターの作戦指示書を見たときも言うほど驚きはしなかったからだ。
国を守るためならいざ知らず、謀略のために大勢の人を殺めるようになって最初は戸惑っていたのに今ではミンスクに食い下がることもしなくなっていた。
抵抗することをだいたい諦めてしまっておりミンスクのようにさも楽しんではいないが考えるのを避けるようにただ淡々とこなすのである。
そのうち殺れと言われれば大事な人でも躊躇わず銃撃できるようになりそうなのが一番怖かった。
その点、アーニャンは粛清ギリギリのラインで反抗的な態度を取り続けていて少し羨ましかった。

「ニチェット大尉、チャンネル12に合わせてください。以降はこのチェンネルでお願いします」

「了解」

珍しくニチェットが返事する。

一方、アーニャンはミンスクに噛み付いていた。

「後ろからズドンされないよう注意してください、ミンスク少佐」

「もちろんですよ。でもアーニャんくんは強いけどフニャン少佐ほどじゃないから返り討ちが関の山ですよ、フフ」

「...」

そうこうした後、戦闘機の編隊が離陸していく。
爆装したフニャン機とニチェット機は長めにランディングした後ゆっくりと機体が浮かび上がり離陸する。
襲撃者達は超低空飛行でミャウシア連邦首都ニーチア市近郊から陸軍省を目指す。
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