桜稜学園野球部記

神崎洸一

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「いよいよ、か」
夏、蝉、そして高校野球。
「ここで野球するのも今日で最後だな」
「俺は大学があるからどうでもいいが、折角なら勝ちたいよな」
「このメンツでやれる試合はこの試合入れて7試合だろ?それ全勝するんだよ、俺らは」 
「こっわいのう、こいつらいつの間にこんな大口叩きになったんやろか」
「元凶が何ほざいとるんじゃい」
「あ!?やんのかコラ!」
「先輩!そろそろ試合始まりますよ!先輩!」




「雲ひとつ無い快晴、日本晴れの下行われる神奈川県大会はついに決勝戦を迎えました。甲子園への切符を手にするのは翼成高校かそれとも桜稜学園か。今この横浜スタジアムにプレイボールが掛かります」



「ショートゴロこれでスリーアウト。流石決勝戦、流石甲子園を賭けた一戦と言うことなのか天保、南両投手の好投でここまで無得点試合となっています」


「6回の表翼成は1番天保からの打順でしたが2三振含めての三者凡退」
「桜稜学園の一条が出塁しましたが3番4番と当たり無く結局一塁残塁」
「音藤空振り三振スリーアウト!」
「サードフライ、草江が掴んでスリーアウト」


ラッキーセブンの攻防もゼロ。試合はいよいよ8回へ向かう。
「そういや準々決勝のときの8回と同じ打順だな」
「バカ言え財前、江島のやつはそんなに打つのが上手かったか?」
「どっちにしろ賭けるしか無いんだよ、俺たちには」

「あいつらうっさいのお」
「あんなん放っときゃいいんじゃ北」
「はよ投げえや南!」
「中之島は引っ込んでろや!」

「…あれで超高校級右腕だってんだから世の中理不尽だよな」


「永見3打席連続の三振!淀、草江、そしてこの永見と三者三振に抑えました!」


「江島!あん時と同じ事やってみろや!出来るとは微塵も思っとらんけどな!」
「せめて塁にくらい出ろや!」
「ふざけんなや南!ノーヒットの分際で!」
「お前のあのゲッツーが無かったら点取れてたんだぞ!ブタ箱に行ってろ!」
「うるせえ!お前ら誰のお陰でここまで来れた思うとるんじゃ!」
「お?やんのか!?」

「ボールフォア!」


「…ここで神崎か、ツイとるのう」
「せやな」
「江島の俊足ならワンチャンあるな」

「さあ神崎!また旨いところ持ってってくれや!」
南の汚い声。ギョッと驚き振り返る。 

「…分かってる。もちろんだ」
神崎は2、3歩進んでから肩越しに振り向きいつもの後ろ向きな涼しい声でそう答え右手を空にかざした。

「南、お前分かってんのか?神崎の成績」
「ああ、わかっとる…その上でや」
「なぜ」
「確かに打率なら田村や鶴岡のほうが上や。しかし田村は代打の経験なんか無いしそもそも9番打つのは投球優先だからやろ?それに鶴岡はこう言う所じゃ使い物にならん」
「んで吉田とかに持ってかれるのは癪に障る…か?いつも通りの桜稜学園のやり方だな」


「…まったく、こっちの気も知らないで」

「江島初球スタート牽制ありましたがものともせず二塁悠々セーフ、カウントはワンストライク」

(送りバントで一条に繋ぐことも出来るが…桜稜学園はそんなスモールベースボールのチームじゃない!)

「神崎打ったレフト前!江島ホームに突っ込む!音藤バックホーム!」

「なんだかんだで最後に目立つ俺、カッコいいなあ」
「1点!待望の1点!桜稜学園8回ウラ!これぞ桜稜野球!」



「長宗我部の併殺打の後一条、北と連打がありましたが南が打ち取られ8回の攻撃は終了」


「後は俺が投げるだけ…か」
「結局打たんかったのう」
「甲子園用に体力温存しといたんやボケ」
「どうせウソや」


「田名網三振してツーアウト!桜稜学園、甲子園は目の前に!」

「室山打った!一条後退!」

わあ、とざわめきが聞こえる。いや、聴こえる。

「最後は主将一条のグラブに収まりました!勝者と敗者が生まれた瞬間!桜稜学園4大会連続、2度目の夏!」


「これで忘れ物、取りに行けるな」
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