桜稜学園野球部記

神崎洸一

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春の高校野球関東大会は秋と同じ要領で選ばれた15校と東京から2校の17校で争われる。
春の地区大会は秋のそれとは異なり言ってしまえばただの余興に過ぎないが、それでも当事者たちには大きな大会である。

関東大会2回戦、神奈川1位の桜稜学園は茨城2位の水戸英徳高校と対峙していた。

両チームともに背番号10、左投手同士での先発で幕を開けた。


「堀木打ちましたがこれはセカンドの守備範囲、これでスリーアウト、初回は両校ともにランナー出ず、先制して試合の流れを掴むのはどちらになるのか、注目です」

試合が動いたのは3回ウラ、水戸英徳の攻撃だった。

「万年打った!ライト前へ!あっと神崎!後逸!神崎エラー!ランナーは二塁!」
8番万年の当たりを神崎は後逸、9番の惟村は内野ゴロの間に三塁へ。
「1番 ピッチャー 天願くん」

天願という名前の投手を一条は覚えている。
第一打席にて抑えられた投手の名だからだ。そして第二に先制打を放った打者だからだ。

先制打と一口に言っても様々な種類がある。天願の打球は長宗我部が少し後退した地点に落下した。
捕球のその瞬間、三塁ランナー万年はタッチアップを敢行した。そこまで延びてはいない打球なので賭けと言っても可笑しくはなかったが、生憎長宗我部の肩はそこまで強くはない。少なくとも、犠牲フライが成立する程度には強くはない。
2番の麦倉は抑えて序盤3イニングは終了。

さて、結論から言ってしまおう。
そのまま試合に動きはなく、淡々と中盤の3イニングは過ぎ去った。1点が遠く、そして重い。一言で済ませるとしたらばそんな感じだった。


しかし、その沈黙はあっさりと消えていく。
この回先頭の中之島が引っ張って打ち、その打球はライト最奥部へ。
ライトがあまり高い守備能力を有してはいなかったことが幸いした形となり、中之島は三塁へ到達。
そして5番の鶴岡、彼は結局のところファーストへファウルフライを打ち上げたのだが、天願の疲れを見抜いていて8球に渡り粘っていたことは評価できる、そう一条は感じていた。そしてそれは事実となるのだ。
財前智宏。
彼は確かに打率や本塁打で考えれば中軸を任されるような面々と比べると見劣りするが、6番7番を任される打者として塁上にいる彼らを返し続けてこの1年、チームの打点王として明らかな戦力であった。
そんな財前の放った打球は二遊間を裂き、センター前に転がる。ひとつの進塁には十分な打球だった。
その後江島が二塁打を放ち二三塁の場面で田村。
どうにも疲れ始めているというのは察しがついた。
確かに今までの2打席よりも軽い感触だったが、打ち損じた。しかし、お見合い状態のまま打球は落ち、勝ち越しに成功する。
続く長宗我部を打ち取り、天願はマウンドを後にする。
 
田村も疲れが来ていたのか、それとも気が緩んでいたのか、坂林と森本に連打を浴びたが、バックに助けれて6番久禮を併殺にし、栂野も抑えることに成功した。

水戸英徳は守備の交代に出る。天願を三塁に回し、三塁の惟村をベンチに下げ、背番号1の友納がマウンド。
一条は三振に終わったが、橋本は安打を放ち、中之島。
通説では右対左では左のほうが有利らしいというのは余りに俗説じみているが事実なのだろう。
今日絶好調の中之島は4つ目の安打をライトスタンドへ叩き込んだ。

結局そのままふたり続けてアウトになり、8回のマウンドには島岡が登板する。8回3点差の状況で登板とかプロならそこそこ高い評価を受けてないと出来ないよねと意気揚々とマウンドに向かい、横の変化を使いこなし、見事に制圧した。

9回。代打の吉田がシングルを放ち、島岡も続いたが、長宗我部の併殺で水の泡になる。

魅惑のアンダースロー、若宮が2番からの上位打線をゼロに抑えて試合終了。4-1で桜稜学園の白星。
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