桜稜学園野球部記

神崎洸一

文字の大きさ
上 下
28 / 86

26

しおりを挟む
春の県大会も8強にまで絞られ、激戦区神奈川では一層ハイレベルな争いが見受けられるようになった。そして準々決勝の一角、桜稜学園対藤沢育強の対決は乱打戦の大荒れとなっていた。

初回は両投手共にゼロに抑えるイニングになったものの2回、田村がソロアーチで先行されると6番興津からの下位打線にも打たれる展開になり早くも2失点をする。
しかし桜稜打線も相手投手の辻を捉えて鶴岡、財前の連打で1点を返し田村が挽回の逆転タイムリーを放つ。
しかし立ち直りの出来なかった田村はこの回先頭の新門に初球を被弾し、クリーンナップにも打たれてしまうがなんとか最小失点。
試合は乱打戦を極めたままになり…
6回。中盤を終えて12対11の1点リード。

そして7回。
「本当に俺が投げるんですか?一年生ですよ?まだ」
「南くんはそんなこと言わなかったけどなあ」
「言うわけないでしょう監督!」
「まあ1イニングだけだから…さ」
「炎上しても知りませんよ!」
「知らないの?負けても8強だから夏のシード権貰えるの」
「気楽か!」

「ピッチャー、田村くんに変わりまして、島岡くん、ピッチャー、島岡くん」
アナウンスが響く。一塁側のスタンドを見回してみるが誰を誰と認識できるわけではない。ああ、先輩たちもこんな気分で横浜スタジアムのマウンドに立ってたのかなあとふと思う。南先輩は気にしなさそうだし田村先輩だってもっと落ち着いていたんだろうと思い直す。真実はわからない。
そんなことを考えていると鶴岡先輩がマウンドに来ていた。「まあ、気楽に投げろ」と言われ「当然です」と返す。ひとつしか歳は違わないはずなのに何故かとても大きい存在のように見えた。
「1イニングだけ」ということは宇野と若宮も試すつもりであり、1点しかない上、一打出ればトップに返ってくる7番からだが、実際そこまで気負いする場面ではないだろう。味方の攻撃も3イニングある。

打席に入ったのは2番手として6回から投げ始めた寺井である。鶴岡の要求通り外角へストレート。
構えた位置に収まり、際どいコースだったがストライクの判定が出る。先ずは一安心。
次はスライダー。少し上ずったが低めに収まる。見送ってストライク。
そしてシュート。寺井のバットはヒヤリとするところを振り抜いたが叶わずに空振り三振。歓声が聞こえる。中学時代も野球部で投手だったがたいして強くなく、こんな所まで勝ち進みこれだけの観客を背負って投げたことは初めてであり、慣れていた三振を奪うことにとてもゾクゾクした。
空振り三振という最高のデビューを果たした島岡はここまで3打数3安打の幕田にシングルを許したのみで9番の重富と1番我孫子には打たれず、4人で攻撃を終わらせる上々のスタートから島岡の高校野球は始まった。
ラッキーセブンの裏。江島神崎と順調にアウトになって代打の吉田誠次。
寺井のストレートを彼の打棒は軽々とスタンドへ運ぶ。後に高校野球を、日本のプロ野球を背負い立つ男のスラッガー伝説の幕開けとなるホームランはハマスタの最上部への大当たりであった。


長宗我部は三振して2点リードで今度は宇野のターン。
さて、宇野はそれはそれはストレートに絶大な自信があり、持ち球もそれを生かすためのものである。
つまり。抑えるためにはそれを如何にバランスよく調節するのかが肝要である。直球が多過ぎると打たれるのは明白だし、変化球は空振りを取れるほど曲がる球種ではないか、技術不足なので変化球が多すぎるとそれはそれで打たれる。
鶴岡はそれに苦心しつつも島岡と同じように緊張を解してやりにいく。島岡同様に頼りになる答えだ。
宇野はコントロールが良くなく、それ故にボールや失投が目立つマウンドになり、先頭の新門を歩かせる失態を晒す。
しかし次の都甲を一条に助けられたとはいえ併殺に打ち取り、3ホーマー5打点の白石を封じてスリーアウト。好不調の波がありムラのあることがネックだったが綺麗に抑えることができた。

3番手は宮坂という左投手である。
一条に初球被弾した後に橋本中之島に連打を浴びて鶴岡にセンター前。橋本は三塁に留まり故意に満塁にする。
満塁男財前の打席はライトへの当たり。財前は二塁に到達し鶴岡も際どいがセーフとなった。
江島の犠牲フライで三塁に進んだ財前は代打として現れた土生の内野ゴロの間に生還。
吉田の前に右投手の上中を投入もまたホームラン。
関も代打で長宗我部と交代したが真上に打ち上げた。

関はそのままセンターに入り投手は最後の1年生である若宮。
鶴岡は実戦でアンダースローとのバッテリーは初めてだったので少し不安感はあったもののそれは相手方も同じだったらしく想像以上にあっさりと若宮は試合を締めてゲームセット。
しおりを挟む

処理中です...