桜稜学園野球部記

神崎洸一

文字の大きさ
上 下
20 / 86

19

しおりを挟む
「横浜造船高校、主将で司令塔兼8番打者の扇の要である宗接、絶対的エース黒木を筆頭にここ神奈川で春夏秋と県大会を制してきた新たなる名門校、だな」
「オレとしてはあの4番が気になるところだがな」
「あの黒木とかいうプロ注右腕が相手なら延長戦も覚悟しなくてはな」
「横浜大神奈川とはその間対戦してはいないが間違いなく、強い」
「当然だ」

さて、桜稜学園からは南が先発として送り出され、投手戦になるだろう、という予想は見事に的中した。ただひとつだけ、全ての高校野球ファンの予想を裏切ることが起こるまでは、全くもって予測通りの試合展開となっていたのである。

初回、やたら縦の動きの多いオーバースローから繰り出される投球の前に三者凡退。
そのウラ、南は豪腕を唸らせつつ見事に2つ三振を奪う好投。
その後も黒木、南ともに安打を許しこそすれスコアボードに0を並べ続けていた。


事件が起こったのは6回の表。
先頭打者一条の鋭い打球を黒木が素手で捕球しようとした、その時。
黒木の右の掌に今まで感じたことのない痛みが走る。その後に、信じられない無力感。
黒木は意地と根性それだけでそのまま一塁送球。黒木はマウンドから少し三塁側への所でうずくまっていた。
対する一条は始めから悪送球になると知っていたかのように二塁へ進撃。あわよくば三塁も…とは思っていたものの守備の堅いチームというのは事実らしく、結局二塁に留まるハメになってしまった。
「仲間を信頼出来ないようなクソ野郎なんてピッチャーやっても無駄なんだよなぁあんなんでよく戦力になってた…いや、してたもんだな」
一条は嘲笑う。それもそのはず、あの打球は黒木が飛び付かなければショートライナーかショートゴロに抑えることは出来たはずだ。それに走塁技術で誤魔化してはいるものの一条はそこまで足が速いわけではない。つまり焦る必要も無いと断言できるのである。
それはそうと、エース黒木は素手キャッチの代償として右手指の骨数本を犠牲にし敢えなく降板。背番号10の徳山が替わってマウンドへ向かう。
しかし、彼を待ち受けていたのは連打であった。
次の打者、北に甘く入った初球。それを見事に捉えられて先制2ランを浴びると南に2塁打。中之島には粘りに粘られフォアボールを与える。そしてこれが原因で大きくリズムを崩してしまうのだ。
橋本にツーベースを浴び1点、財前に初球を背中に当て右打席に入った江島に三塁打、さらに神崎を歩かせて徳山はここまでで6点を失い降板、1年生左腕の東出が登場も長宗我部を犠牲フライに仕留めたのみで一条はタイムリーツーベースを放ち北は四球、そこから満塁策で南を敬遠したのだが無慈悲そのものであるグランドスラム。ワンナウトで4番手山沖が出陣するものの勢いは止められず橋本財前江島と三連打で2点を追加で失う。あろうことか神崎にも守備でミスがあったとはいえ記録は安打、長宗我部にも打たれて先発全員安打達成。そしてこれまた左腕であった山沖に悲劇が舞い降りる!外角高め、見逃せばボールであろうこのシュート。逃げる球を捉えられホームラン。この後中之島が自分含めて3人を返すスリーランを放ち20の文字。財前と江島が残塁するかたちでなんとか5番手の神野が2安打1失点で振り切りようやくスリーアウト。28人が打席に立ったこの6回表は2時間近くかけようやく終了。「造船高校も奮起するはず!」との意見があったウラだったがノリノリの南に手をつけられず2番十条3番韮沢と連続三振。最後は1年生4番加来が空振り三振に倒れてゲームセット。スタメン9人のうち三振しなかったのは6番の隠善と9番の黒木のみ。とくに垂田からの上位打線3人は全て三振、そもそも安打を放ったのは4番加来7番甘粕9番黒木のみで宗接はじめ5番打者で秋の神奈川本塁打王の鬼屋敷など2年生野手はすべからく抑えられてしまったのである。とにもかくにも一度打たれると暫く止まらない、事実ビックイニングを作った試合の多い打撃がウリなのか守備がウリなのかさっぱりわからない謎のチームである桜稜学園は関東大会ベスト4に堂々君臨を遂げたのである!
しおりを挟む

処理中です...