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Ⅴ いざ、帰らん!
56. 愛の形も色々
しおりを挟む町を出てしまえばそこには手つかずの自然が広がっていて、見るものを圧倒する迫力に誰もがはじめは息をのむ。
人が暮らすのは城壁や柵に囲われたごく一部だけだという現実は、私に、日本との違いを突きつけているかのようだった。
王都を出て五日目。昨日、領地入りした私たちの馬車は、まもなく領地の屋敷へと到着しようとしていた。
え? お兄様と馬車の中でどんな話をしていたかって?
そんなの決まってる。ずっとずーっとお説教でした。
なぜなら、あの出発の日の朝、お兄様が手に持っていたのは学院から送られてきた通知表だったからだ。
お兄様いわく、
「あの甘々な父上がミュリエルを叱れるとは思わないからね」
とのこと。お父様に何も言われなかった理由があっさりと判明した。だけど、代わりに待っていたのがこれだとは……。
お兄様は一つ一つ科目を取り上げて、何故駄目だったのか、これまでどのように勉強していたのか、などを細々と説明させた。
その上で、この科目はこれだけの量をこなそうだとか、ここまで理解しようだとか、この本を丸々覚えようだとか――目標、というか課題を提示した。
当然のことながらノーといえる空気ではない。だが、いくつかの科目の説明をしたところで、これは冬期休暇中に終わらないのではないかという量に達した。
「あの、お兄様。この量は――」
「なんだい、ミュリエル」
その笑みはとてもとても黒くて、やっぱり「無理です」とは言えなかった。
この五日間は、そんな拷問のような時間を過ごしたのだった。
やがて馬車が止まる。ミュリエルをエスコートするために手を差し出したお兄様は、満面の笑みで私にとどめを刺した。
「さあ、ミュリエル。楽しい楽しい冬期休暇だよ。この休みの間は、私がずっと付いていてあげるからね」
それは実質、軟禁宣言だった。
勉強を教えてくれることはありがたい。けど、できることならもうちょっと、いや、もっともっと、自分のペースでやりたい。そう思うのは贅沢だろうか……。
「ヴィンスお兄様、ミュリエルお姉様、お帰りなさいませ」
馬車を降りた私たちを真っ先に出迎えてくれたのは、可愛らしい十歳くらいの女の子だった。
「た、ただいま」
「ただいま、ヘレン。いい子にしてたか」
なるほど、妹のヘレンだったのか。というか、他にこの年頃の女の子がいるはずもないよね。メイド見習いになるには少しばかり早いし、何より身なりが良すぎる。
「もう、お兄様。レディにいい子にしてたか、なんて言葉はありませんわ。私はもう子どもではありませんのよ」
「おや。では兄は紳士失格かな?」
「それはっ! ……うう。お、お兄様ほど紳士的な殿方はいらっしゃいませんわ……」
不服そうに、でも少し恥ずかしそうに頬を染めてヘレンが言った。ヘレンはお兄様が好きで好きで仕方ないのだろう。
「ありがとう、心優しいレディ、ヘレン。さあ、次は母上のところに行っておいで」
「はい! ではまたのちほど。ごきげんよう、お兄様、お姉様」
そして、タタタと軽い足取りでお母様の元へと走って行った。
「おやおや。レディは走らないんだけどなぁ」
「十歳ですもの。仕方ないのでは?」
「んー、まあ、ミュリエルの妹だからな。仕方ないか」
それはどういう意味! なんて突っ込めないけど。結構ひどいこと言っていませんかね、お兄様や。
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いつもお読みいただきありがとうございます。
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暴走する姫と弱々しい王子の成長物語……かもしれないお話。
軽いノリ(ラブコメ)を目指して書いた短編(中編)です。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m
つつ
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