上 下
186 / 188
Ⅺ 青い鳥はすぐそこに

174. 幸せの素

しおりを挟む
 

 三人は早々に帰って行った。赤ちゃんがいるからちゃんとした宿に泊まりたいということらしい。
 帰っていく馬車を見送って、改めてジジ様の家を伺った。

「色々想定外のことがあって遅くなったが――ジジ殿、ただいま戻りました」
「まったくな。まあ、よく戻った。無事で何よりだ」
「ありがとう。また世話になります」

 ベイル様が頭を下げれば、ジジ様はしみじみと言う。

「ウィルは偉いの。それに比べうちのバカどもたちは。挨拶どころかこの間も――」

 ジジ様の愚痴が始まった。これは長くなるかもしれないと覚悟したとき、ベイル様が割って入った。

「すみません、ジジ殿。もう一つ報告が」
「ああ、すまぬ。聞こう」

 するとベイル様はまた姿勢を改める。

「実は彼女と――リアと婚約したんだ」
「えっ!? べ、ウィ、ウィル!?」

 驚いた。まさか伝えるとは思っていなかった。
 けれど、ジジ様は私以上に驚いていた。目を真ん丸に見開いて、そして、顔全体に喜色を浮かべる。

「そうか! ようやくか! そりゃめでたい! おめでとう、リア。よかったなぁ」

 ジジ様は我がことのように喜んでくれた。宴だーと叫んだけれど、生憎、そんな準備はない。それでも広場で料理していた女性たちに声をかけて、いつもより豪華な食事を用意してくれたのだから感謝に堪えない。

 ベイル様が言った瞬間は、伝えなくても、と思ったけれど、こうして喜んでもらえると、恥ずかしいけれど嬉しい。報告してもらってよかったと思った。

 当然のことながら、この話はあっという間に村全体に広がった。結果、食事の間ずっと、入れ代わり立ち代わり村人たちがお祝いを言いに来ることになった。
 嬉しいしありがたい。けれど。
 ――やっぱり恥ずかしい。

 あとでベイル様には文句を言っておこうと思った。こういうことは事前に一言相談するように、と。



 そうこうしているうちに夕暮れになった。ジジ様の家を辞して、ベイル様に村はずれの家まで送ってもらう。

 ベイル様も私の家に泊まるのかと思っていたけれど、以前もお世話になっていたドードーさんちに滞在するそうだ。二人の家を用意するから、それまで待ってくれと言われた。
 待ってくれというのは、結婚のことだろうか。勝手に顔が赤くなる。

「あ、赤ちゃん、可愛かったね」
「ああ。――マリ、俺たちも早く結婚して子どもを作ろう。二人でも、三人でも。きっといればいるだけ幸せになれる」

 ベイル様の言葉に私は目を瞬かせた。はからずしも、それは以前、奥様が言っていた言葉に似ていた。

「ねえ、マリ? 子どもが二人いたら、親が子どもに注ぐ愛情は半分になると思う?」
「半分……とはならなくても減ってしまうのではないでしょうか。独り占めできる時間が減ってしまうのですから」
「残念、ハズレよ。子どもが二人いたら、親の愛情は二倍になるの。ううん、二倍以上になるわ。だから――遠慮せずにうちの子になりなさい」

 あのときは、奥様が私に気を使わせないために言っているのだと思っていた。
 けれど違うかもしれない。本当に愛情は二倍になるのかもしれない。同じように、幸せも。
 それなら、奥様の子になっておけばよかったかもしれない。奥様ならそのあとで村に戻ってきてしまっても、苦情は言わなかった気がする。


「マリ?」
「あ……うん。私、ちゃんと親になれるかな?」
「そうだな、なってみればいいと思う。ここには祖父母が大勢いるんだ。心配はいらない」
「そっか、そうだね」

 そういう意味では年長者の多いこの村は安心だ。構われ過ぎそうで逆に心配だけれど。

「って、まだ結婚もしてないのに。ごめん」

 かっと顔に血がのぼった。色々あって忘れかけていたけれど、やっぱり私は舞い上がってしまっているらしい。
 結婚うんぬん以前に、告白されたのも受け入れたのも今日だ。親になることを考えるには、まだちょっと気が早かった。

 熱くなった頬を手で押さえていると、半歩先を歩いていたベイル様が足を止めた。
 振り向き、私の両手を握って、正面から向き合う。
 心臓が、ドクンと跳ねた。

「ならしようか、今。もう貴族ではないから、形式にこだわる必要はなかった、な」

 貴族じゃない。その通りだ。
 この世界では、平民は届け出を出す必要すらなかった。互いに誓い合えばそれで結婚だ。
 大切なのは互いの心の持ちようだとされているから。


 だから――今すぐに。この場でだって、結婚できる。




「マリ」

 向けられたのはいつになく真剣な眼差し。澄んだ誠実さのにじむ瞳が私を射抜いた。




 気づけば空には一番星が煌めいていた。
 いつかの空と、同じように。












-----------
 
これにて本編完結です。
ツッコみどころは色々とあるかと思いますが、一応ハッピーエンドということでお許しください。

感想などいただけましたら、作者はとても喜びます。

ここまで長い間お付き合いくださりありがとうございました。
あと二話ほど後日談を上げる予定なので、よろしければそちらもお目通しください。


2019.8.28 つつ
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

私のことを嫌っている婚約者に別れを告げたら、何だか様子がおかしいのですが

雪丸
恋愛
エミリアの婚約者、クロードはいつも彼女に冷たい。 それでもクロードを慕って尽くしていたエミリアだが、クロードが男爵令嬢のミアと親しくなり始めたことで、気持ちが離れていく。 エミリアはクロードとの婚約を解消して、新しい人生を歩みたいと考える。しかし、クロードに別れを告げた途端、彼は今までと打って変わってエミリアに構うようになり…… ◆エール、ブクマ等ありがとうございます! ◆小説家になろうにも投稿しております

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。

るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」  色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。  ……ほんとに屑だわ。 結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。 彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。 彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

処理中です...