153 / 188
Ⅹ 集まる想い
145. 詩集ってどう楽しめばいいんだろう
しおりを挟む養子の話から数日、私はまだベルネーゼ侯爵家にいた。
というのも、一連の出来事について、奥様が裁判を起こすと決められたからだ。準備にはまだ時間がかかるそうなので、どのくらい滞在することになるかはわからないけれど。
あてがわれた客室は、侯爵家にふさわしい立派な部屋だった。
ミュリエル様のお部屋に比べれば狭いが、寝室と居室とがきちんと分かれた広い部屋だ。全体がライトグリーンで統一されており、寝具やカーテンはリーフ柄。テーブルやちょっとした書き物をするための机はダークブラウンで、大人の女性向けという印象の部屋だった。
気後れする私に、奥様は「ここが嫌ならミュリエルの部屋にするけれどどうする?」なんて意地悪なことをおっしゃって、私はやむなくこの部屋を借りることにした。
広さに反してとても落ち着くその部屋で、一人ぼーっとしている今は、実は真昼間だ。
奥様はお茶会にお呼ばれしていて外出中。着いていってメリッサさんたちに動きを察知されても困るので、私はお留守番だ。
少し前までは屋敷に花を飾ったり、宝飾品の手入れをしたりしていた。侍女と名乗っているからには働かねばと、メイドたちと一緒に仕事をしていたのだけれど。
「あとはもうメイドの仕事にございます。どうぞお部屋にお戻りください。いえ、そもそも、マリ様は動き過ぎなのです。読書や刺繍をして過ごすのも淑女の仕事にございますよ」
タイムによって、なかば強引に部屋に帰されてしまったのだ。
奥様たちが動いてくれているというのはわかっているけれど、私自身は完全な待ちの状態。とてもじっとしてなどいられなかった。
奥様が戻られるのは夕方の予定。それまで耐えられるだろうか。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
「あ……りがとうございます。あの、あとは私が」
半分腰を浮かせたところで、メイドから有無を言わせぬ視線が返された。言葉よりも明白な意思表示で、私はおずおずとソファに体を戻す。
「気持ちを落ち着かせるハーブティーとベリーのスコーンです」
「ええと」
「遠慮はなさらないでくださいね。料理人がマリ様のためにご用意したものですので」
先手を打って私の言葉を封じるメイドはシンディーだ。彼女は基本、ミュリエル様と一緒に王城にいるのだけれど、奥様が留守にされるときはなぜかいつも戻ってきていて、私の世話を焼く。
奥様が旅の間一緒だったアイリスを連れていってしまうからだろうけれど、ミュリエル様は大丈夫なのだろうか。
「先日お渡しした本はいかがでしたか?」
「……楽しく読ませてもらいました」
「詩集も?」
何日か前にシンディーが持ってきてくれたのは、巷で話題の恋愛小説と、令嬢必読の詩集だった。シンディーの指摘通り、詩集のほうはあまり興味が持てず、ほとんど読んでいない。
「先日、領地から取り寄せた植物図鑑と異国の料理本がございますが、ご興味ございますか?」
「それは……私が見てもいいものでしょうか」
図鑑や異国の本というのは、書物の中でも特に高価なものだ。
本の複製をする際、図や挿絵は神秘の器具を使ってコピーするらしいのだけれど、それがかなりの力を消耗するらしく、数を作れないのだという。異国の本はそれにさらに輸送費がかかる。
文字のみなら簡単に複製できるため、本自体は市井にも広がっているのだけれど。
「そのためにお取り寄せしましたから。では、のちほどお持ちいたしますね」
「あ、ありがとうございます」
さて、わかるだろうか。これが私とシンディーの日々の会話だ。ミュリエルだったときのことは一度も話していない。けれど、この淡々としたやりとりから、きっと私のことは聞かされているだろうと思っていた。他のメイドたちはもっと気さくに接してくれるし、シンディーとメイドたちとの会話ももっと和気あいあいとしたものだったから。
とはいえ、シンディーと過ごす時間が気まずいわけではない。私がミュリエルだったことを知っていて普通に接せられるのはメイドの鑑と言っていいに違いなかった。
ただ少し……少しだけ寂しく感じてしまう。憎悪をぶつけられないだけでも幸いだというのに。
「お茶のおかわりをお注ぎしましょうか?」
「あ……お願いします」
見事な手つきで入れられたのは、先ほどとは違うお茶だった。
さわやかな香りがふわりと広がった。
0
お気に入りに追加
218
あなたにおすすめの小説
なにをおっしゃいますやら
基本二度寝
恋愛
本日、五年通った学び舎を卒業する。
エリクシア侯爵令嬢は、己をエスコートする男を見上げた。
微笑んで見せれば、男は目線を逸らす。
エブリシアは苦笑した。
今日までなのだから。
今日、エブリシアは婚約解消する事が決まっているのだから。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました
八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます
修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。
その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。
彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。
ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。
一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。
必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。
なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ──
そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。
これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。
※小説家になろうが先行公開です
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
あなたの妻にはなりません
風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。
彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。
幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。
彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。
悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。
彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。
あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。
悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。
「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる