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第七章 高校時代 上
1・全国高校ロボットオーディション
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律歌は高校生になっても相も変わらずロボットが人の労働環境をよくすることについて模索し続けていた。その頃の律歌にはもう家族はいなくなってしまったが、夢だけは律歌に寄り添う支えとなっていた。
律歌の周りに頼れる専門家などはいなかったので、夢を叶える方法についてインターネットで検索して調べるのはもちろん、ロボット関連の電子書籍を読んでは、AIやロボット関連のアカウントをフォローして交流したり、とにかくできる限りで足掻き続けた。意外にも、そんな律歌の素人な試行錯誤に付き合ってくれる物好きな友人もいたりして、女子高生となった律歌は、残された希望を胸に温かな高校生活を送り始めていた。
そんなある日「全国高校ロボットオーディション」と書かれた広告がタブレットに表示され、目を引いた。
「こっ、これ! 見にいってみたいわ!」
律歌の声に、いつも一緒に行動している美世子もどれどれと覗き込む。電子や機械を扱う工学科の高等専門学校が中心となり開催されているオーディションらしい。勝ち上がると、大手企業が開発費用を投資して、「高校生が発案したロボット」として実際に世の中に出回るようになるのだという。かなり自由な形で募集されていた。
ロボットを作ることのできる学科を学べる高等専門学校というのは、律歌も中学の頃視野に入れていたのだが、父に「母さんと同じ目に遭ってほしくない」と反対されて叶わなかった道だった。普通の高校でも自力で学ぶことはできる、選択肢も広がる、律歌にはいろんな世界に触れてほしいからと言われて。自力でもできる。自分でもそう思って普通科高校に進学したのだ。施設に帰り、読みこんでいると、なんだかわくわくしてきた。ロボットを作って競い合って企業に売り込むのだ。もうロボットは作れるんだ。そして、世界を変えられるかもしれない。遠い将来の話だと思っていたことが、今この瞬間この場所からでもスタートできるということに、はやる心が止められなかった。
二年〇組、朝のホームルームで、律歌は意を決し挙手した。
「ちょっといいですか」
ホームルーム司会の日直はきょとんとした顔で頷く。律歌は前に進み出た。
「みんなのタブレットにファイルを送るので開いてくださーい」
ロボットオーディションのパンフレットと、一晩かけて練り上げた企画書。
しんと静まり返った後、何事かとざわつくクラスメートたちに対し、教壇の中央に立った律歌は呼びかけた。
「突然ですけど、聴いてください。私には夢があります!」
律歌は声を張り上げた。
「この世界から過労をなくしたいという夢が!」
教室はぽかんとしたまま固まっている。
「特に日本はブラック企業が横行しています。私はそれを変えたい。働きすぎて死んでしまう世の中なんておかしいでしょう? 嫌よね! 私は嫌! 私の両親は過労死しています。このクラスにもいるでしょう、そういう子。過労死していなくても、家族団欒なんて夢のまた夢だっていう家庭も多いでしょう?」
何の話だ? と思った人は幸せ者だ。数人が、はっとした顔になってこちらを見るのがわかった。
「ブラック企業は当たり前になって、労働者はどんどん死んでいく。今の総理は、日本の労働は世界と戦うための武器だとか言ってるわ。ばっかみたい。こんなにも科学は進歩しているのに、精神は戦後の富国強兵で止まっているだなんて。そんな世界を変えるにはどうしたらいいのか、私は考えてたの。それで思ったの。やっぱりロボットがもっともっと進化するしかない。それでロボットに全部労働をさせるのよ、家族団欒できるようになるくらいまで」
律歌は強く訴えかけた。
「私は独学でロボット工学の勉強をしています。これまでずっとしてきたわ。近い将来必ず家族団欒が当たり前の時代を来させてみせるんだって思ってね。IoTとか、ICTとか、機械化されてはきたけど、まだ足りないわ。もっとすごく細かい部分までは行き届いていないの。それで、気付いたわ。私もう作ってみてもいいんじゃないかってことに。高校生だからまだ早いだなんてそんなの気のせいだった。やってる人はやってるもの。私が理想としている、もっとちゃんと人の役に立つロボットを、今もう作り始めたらいいのよ。そのきっかけになったのが、この、「全国ロボットオーディション」!」
律歌が手に持ったタブレットを掲げると、呼応するようにクラスメートも手元の画面に目を落とす。
「私のロボット工作を、このオーディションに出したいです。このオーディションは、高校生なら誰でも出ることができるのに、現状高専ばっかり出るの。普通科の私一人じゃとても太刀打ちできない」
無謀な挑戦だ。
「でもどうしても私は出たいの! お願いします! どなたか協力してくれませんか? 放課後に集まって、ロボットの制作を計画段階から一緒に! みなさんの力を貸してほしいです。もちろん未経験で構いません。工作室は借りてあります」
教室使用申請は先に済ませてある。律歌はにこっと微笑むと、颯爽と席に戻った。
「えー……と、他に、連絡事項のある人は……」
ホームルームが再開して、挙手するものは誰もいなかった。
その日の放課後、律歌がいつも付き合ってくれる美世子とどきどきしながら工作室で待っていると、
「あのー……ここって、ロボットオーディションのアレで合ってます……?」
引き戸をスーッと押して、一人入ってきた男子がいた。
「合ってるわ!! 待ってたわよー! 来てくれてありがとう」
「はい……」
前髪が分厚くどっしりとして背の高い大人しそうな男の子だった。一人確保である。いい感じだ。もう少し人数が集まったら作戦会議を始めようと思って律歌は待つ。
すると廊下からなにやら姦しい声が聞こえてきた。
「ちょっと、ほんとに行くのー?」
「だって、みんないるかもしれないし」
「逆に、あの人以外誰もいなかったらどうするの。帰りづらいよ」
「えー……やっぱやめる?」
クラスメートに違いない。帰られる前にと律歌は慌てて飛んで行った。
「いるわよ! いるいる! みんないるわよこっちよ!」
「あ……末松さん」
三人の女子が、見つかっちゃった、という表情で足を止める。「みんないる」という情報に押されるようにして、小さく歩みを進めてくれる。がらがらの科学室に入ると、あっ騙された、という顔に変わるが、これから噓から出た実にしてしまえばいい。
「ちょっと人数が足りないけど、最初はまあこんなものよ! すぐ増えるわ!」
それから待てど暮らせど人が増えないので、今いる人達に帰られてしまう前にと、律歌は高らかに宣言した。
「集まってくれてありがとう。ロボットオーディションに出て、みんなで一位とっちゃいましょ!?」
根暗そうな男子と、青春をしに集まってくれた三人の女子、それからいつも傍にいてくれる友人は、律歌に耳を傾けてくれる。
「私はね、ホームルームで話した通り、人類から過労を消し去りたいと思っているの。今ってどうしてこんなに労働に溢れているのかしら。床のお掃除ロボットは高性能化して教室を動き回ってくれているけど、下駄箱を掃除する作業はまだ残っているでしょう? 長田さん、あなた今月は玄関掃除係だったわよね」
水を向けられた長田は「え、あ、うん」と相槌。
「靴を引っ張り出して、小さい箒で砂をかき出して、また靴をしまって、ざら板を持ち上げて、その下をまた掃いて……そういう細かいものも、もっと機械化できると思うの」
後から来た女の子達は、いつでも帰れるようなドアのすぐ近くの一番遠い席だったが、それでも静かに真面目に聴いてくれた。
「機械化しなくったって、それくらい手でやればいいって、思わなかった? それはダメなのよ。積み重ねよ。塵も積もればよ」
彼女達は特に何も考えていなかったかもしれない。が、律歌は気にせず続けた。
「ただ、下駄箱掃除を機械化するのは下駄箱を掃除するよりもずっと面倒くさいのよ。だから人は、結局毎日ざら板を持ち上げて箒をかけている。仕事をしているの」
もちろん下駄箱以外の作業だってそうだ。白線を引く機械を作るのは白線を引く作業よりもずっと難しいし、美術の絵の具を洗う機械を作るのは、美術の絵の具を洗う作業をするよりも面倒だ。
「だから私「機械化する機械」を作ればいいと思ってるの! こまごました作業を機械化するためのロボットを! そうすれば人間の仕事量も減るわ。言ってみれば現代版ドラえもんを作るってわけ!」
聴衆に向けて、律歌は自信満々にそう提案する。
「でも一つ困ったことがあるのよ」
律歌は腕を組んで言った。
「なんだかすごく大変そうってこと! どこから始めたらいいと思う?」
いや、そう言われましても……。という間が空く。
「それは考えていなかったの?」
三人のうちの一人、セミロングの大人びた感じの阿藤に尋ねられ、ちゃんと聞いてくれていたことに喜びの気持ちが起こったのも束の間、言葉に詰まる。
「えっと……そーねぇ……。とりあえずネットで調べまくってロボットオーディションを見つけてきたわけで、アイデアも生まれたし、あとは形にするだけで……うーん」
この場で考え始める律歌を見て痺れを切らした小山が「んー……じゃあまず、デザイン決めない……?」とハスキーボイスでつぶやいた。
「いいわね!」
律歌は頷いた。
「なにか案ある人~!?」
「道具……を使う人類に近い……サル型ロボットとか?」
「あーそれ、それ、いいわ! グッドアイデアね!」
三人はこそっと何やら耳打ちし合っている。発言した小山はまんざらでもなさそうだ。律歌が考え無しだったことで、逆に主体性が移ったように、ぽつぽつと意見が出始めた。クラスの集まりは悪かったが、来てくれた人達で協力すれば、スタートくらいはできそうだ。
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