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第四章 あの山の向こう
4・車を作るよりは簡単でしょう?
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「……でも、どうする? 登山のための荷物全部、なくなっちゃったね」
「うん……」
頷きながら、律歌は脱力したように、荷台に積んで持ってきた荷物をその場に置き去りにして、踵を返した。今日は下山するしかない。ゼロからやり直す? でも、また横槍が入るかもしれない。そうして邪魔するのも天蔵の自由だと、あいつはそう言うのだ。ふつふつと怒りがまた込み上げる。
「もう……! もう、もうもうもうっ!! ほんとに、天蔵って、何様のつもりなのよ……っ! ほんと、すっごい横暴……! ああっ、むっかつく……!」
ぶつくさ文句を言いながら、マウンテンバイクを走らせ、山を下っていく。
「りっか、うん、もう一度また運べばいいよ……。ね……?」
「そんなの、また片付けられちゃうかもしれない!!」
「そうしたら、別の方法を考えよう。それか、諦めよう」
「……っ! やだっ!」
壁から逃げて目の前のことを楽しむ空しさを、律歌はここで一度経験して、もう自覚していた。それでも生きていけてしまう自分が怖かった。壁にぶつかるたびに凹んでしまうけれど、それでも掲げた目標を目指して、突破し続けていたい。欲しかったものをこの手に、ちゃんと得ていきたい。
「何が一番むかつくって、……私の無力さよっ! むかつく!! むかつくーっ!!」
涙が零れ落ちたけれど、下り坂を駆け抜けると空中に散って飛んでいき、風にすぐに乾いた。
「でも、まさか撤去されるとは思わなかったな……。何かあるのかな……」
北寺の声に、律歌はふと冷静になる。
「そう、よね……。今までは十分なほど自由にさせてもらっていたのに、初めての干渉……。家はあるのに乗り物だけ存在しない、ってのも、何か理由があるのかも? 何か、隠している……とか。この、山の向こう側に」
考えながら坂道を下りていく。
どうにかして、山の向こうに行かせないようにしている? だとしたら、何を隠しているのだろうか。
「怪しいわ」
気になる。きっと、何かに触れたのだ。わけのわからないことだらけのこの村の中の、何かに。
「絶対に行くわよ、北寺さん。この山の向こうに」
「行くって言ってもなあ。極地法もダメとなると……うう~ん、一日で越えないといけないんだろう?」
一日で越えるには、やっぱり乗り物が必要だ。
「車を作るとか!」
なんて、勢いで言ってみる。すぐさま苦々しい声が返される。
「車作るのは大変だよ~。エンジンの材料を集めるだけでもいったい何日かかるやら。それから調整して試してまた調整して……。その間にまた撤去とかされないかな……。されそう~」
困ったような口調だが、それは無理だという内容ではなく、できるけど時間がかかりますよという返事なのはさすが北寺である。しかし、せっかく挑んでもまた撤去されると言われればその方法は諦めざるを得ない。
「作るにしても、一日で、もしくは隠して作らないといけないのかー……」
こっそり準備ができて、そして一日で山を越える方法。
それは……?
「ラジコンは?」
「ラジコン?」
生身の人間が行こうとするのが厳しいなら、機械に行ってもらえばいい。
「ラジコンってたしか売っていたわよね! それを走らせるのよ」
ラジコンなら手元に置いておけば回収されてしまうこともない。
「ん~……。ラジコンかあ……。あはは、りっか、そりゃまたなかなか厄介なこと言い出すね~。当然、魔改造しないといけないよ」
たしかにおもちゃのラジコンでは山を越えられない。アンテナの届く範囲はせいぜい一〇メートル程だろう。だが、
「けど、車を作るよりは簡単でしょう?」
「比較対象がおかしいよ!」
北寺の悲鳴を無視して律歌はキキッと自転車を停めてスマートフォンから天蔵に繋ぐ。
「え~~、本当にやるの?!」
「やる!」
「そうすると、いろいろ要るよ。だって、遠くまで行かせるんでしょ? てことは、見えなくなっちゃうから、映像も送れるようにしないとだよ?」
「そっか。どうやるの?」
やれやれというように北寺も自転車を停め、時々手を止めて考えながらギアボックスとモーター、バッテリー三十個、それから……と見せてくる。
「そうだなあ。スマホを経由しようかな~……映像送るには基地局もいるねえ。基地局はトランシーバーから持ってきて電子工作だな」
「分解するってこと?」
「そう。それで、スマホから動画データをリアルタイムに飛ばす」
スマートフォンは現在キャリア通信は使えず圏外になるが、トランシーバーから抜き取って作った基地局で強引に送受信を可能にしてしまうらしい。即席の携帯電話会社を創り出すようなものである。
「へええ!!」
やろうと思えばなんだってできないこともないのだと胸がわくわくした。
「こうなると作業場もほしいな。テーブルや椅子も注文しちゃおう」
ようやくまたエネルギーが湧いてきた。
「じゃあこのラジコン、注文するわよ!」
真っ赤なスポーツカーの後部に小さな旗が立っているやつをポチリ。
「明日作成して明後日決行ね!! 今度こそ、山の向こうまで行ってやりましょ!!」
「うん……」
頷きながら、律歌は脱力したように、荷台に積んで持ってきた荷物をその場に置き去りにして、踵を返した。今日は下山するしかない。ゼロからやり直す? でも、また横槍が入るかもしれない。そうして邪魔するのも天蔵の自由だと、あいつはそう言うのだ。ふつふつと怒りがまた込み上げる。
「もう……! もう、もうもうもうっ!! ほんとに、天蔵って、何様のつもりなのよ……っ! ほんと、すっごい横暴……! ああっ、むっかつく……!」
ぶつくさ文句を言いながら、マウンテンバイクを走らせ、山を下っていく。
「りっか、うん、もう一度また運べばいいよ……。ね……?」
「そんなの、また片付けられちゃうかもしれない!!」
「そうしたら、別の方法を考えよう。それか、諦めよう」
「……っ! やだっ!」
壁から逃げて目の前のことを楽しむ空しさを、律歌はここで一度経験して、もう自覚していた。それでも生きていけてしまう自分が怖かった。壁にぶつかるたびに凹んでしまうけれど、それでも掲げた目標を目指して、突破し続けていたい。欲しかったものをこの手に、ちゃんと得ていきたい。
「何が一番むかつくって、……私の無力さよっ! むかつく!! むかつくーっ!!」
涙が零れ落ちたけれど、下り坂を駆け抜けると空中に散って飛んでいき、風にすぐに乾いた。
「でも、まさか撤去されるとは思わなかったな……。何かあるのかな……」
北寺の声に、律歌はふと冷静になる。
「そう、よね……。今までは十分なほど自由にさせてもらっていたのに、初めての干渉……。家はあるのに乗り物だけ存在しない、ってのも、何か理由があるのかも? 何か、隠している……とか。この、山の向こう側に」
考えながら坂道を下りていく。
どうにかして、山の向こうに行かせないようにしている? だとしたら、何を隠しているのだろうか。
「怪しいわ」
気になる。きっと、何かに触れたのだ。わけのわからないことだらけのこの村の中の、何かに。
「絶対に行くわよ、北寺さん。この山の向こうに」
「行くって言ってもなあ。極地法もダメとなると……うう~ん、一日で越えないといけないんだろう?」
一日で越えるには、やっぱり乗り物が必要だ。
「車を作るとか!」
なんて、勢いで言ってみる。すぐさま苦々しい声が返される。
「車作るのは大変だよ~。エンジンの材料を集めるだけでもいったい何日かかるやら。それから調整して試してまた調整して……。その間にまた撤去とかされないかな……。されそう~」
困ったような口調だが、それは無理だという内容ではなく、できるけど時間がかかりますよという返事なのはさすが北寺である。しかし、せっかく挑んでもまた撤去されると言われればその方法は諦めざるを得ない。
「作るにしても、一日で、もしくは隠して作らないといけないのかー……」
こっそり準備ができて、そして一日で山を越える方法。
それは……?
「ラジコンは?」
「ラジコン?」
生身の人間が行こうとするのが厳しいなら、機械に行ってもらえばいい。
「ラジコンってたしか売っていたわよね! それを走らせるのよ」
ラジコンなら手元に置いておけば回収されてしまうこともない。
「ん~……。ラジコンかあ……。あはは、りっか、そりゃまたなかなか厄介なこと言い出すね~。当然、魔改造しないといけないよ」
たしかにおもちゃのラジコンでは山を越えられない。アンテナの届く範囲はせいぜい一〇メートル程だろう。だが、
「けど、車を作るよりは簡単でしょう?」
「比較対象がおかしいよ!」
北寺の悲鳴を無視して律歌はキキッと自転車を停めてスマートフォンから天蔵に繋ぐ。
「え~~、本当にやるの?!」
「やる!」
「そうすると、いろいろ要るよ。だって、遠くまで行かせるんでしょ? てことは、見えなくなっちゃうから、映像も送れるようにしないとだよ?」
「そっか。どうやるの?」
やれやれというように北寺も自転車を停め、時々手を止めて考えながらギアボックスとモーター、バッテリー三十個、それから……と見せてくる。
「そうだなあ。スマホを経由しようかな~……映像送るには基地局もいるねえ。基地局はトランシーバーから持ってきて電子工作だな」
「分解するってこと?」
「そう。それで、スマホから動画データをリアルタイムに飛ばす」
スマートフォンは現在キャリア通信は使えず圏外になるが、トランシーバーから抜き取って作った基地局で強引に送受信を可能にしてしまうらしい。即席の携帯電話会社を創り出すようなものである。
「へええ!!」
やろうと思えばなんだってできないこともないのだと胸がわくわくした。
「こうなると作業場もほしいな。テーブルや椅子も注文しちゃおう」
ようやくまたエネルギーが湧いてきた。
「じゃあこのラジコン、注文するわよ!」
真っ赤なスポーツカーの後部に小さな旗が立っているやつをポチリ。
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