RAISE

sakaki

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五話④

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***

よもや長丁場かと思われた依頼は、思いの外すぐに達成されることとなった。これもひとえにミオンのやる気みなぎる活躍による・・・と言いたいところだが、残念ながら関連性は薄い。それどころか、
「おれが女装した意味あったのか・・・?」
ミオンの嘆きよろしく、事態は全く思いもよらない方向に進んだのだ。
「蓼食う虫も・・・っていうんだろ、こういうの」
珍しく難しげな言葉を使えたことが誇らしいのか、イールが胸を張って言った。蓼食う虫・・・あんまりな言いぐさではあるが、その通りである。目の前の出来立てほやほやのカップルを見れば誰しもがそう思うに違いない。
「あなたたちのおかげよ。本当にありがとう」
カップルの片割れこと、マリーゴールド嬢はその吹き出物まみれの白い肌を高揚させて言った。その傍らにいるのは、ひょろりと長い体躯の、そこそこに顔立ちの整った青年である。そこそこなのだが、マリーゴールド嬢と並ぶと絶世の美男子にも見える。というかマリーゴールド嬢の目には実際にそうに見えている。そして彼こそが、今回ミオン達の捕らえた犯人なのである。

犯人は実にあっけなく捕まった。マリーゴールド嬢に扮した隙だらけのミオンのもとにまんまと誘われてきた男を、本当に犯人なんていたのかと半信半疑になりながらも捕らえ、締め上げた。ご令嬢の命を狙った理由は何かと問いつめたが、男の目的はそんなものではなかった。手に持っていたのは危険物ではなくただ一つのラブレター。なんとこの男、マリーゴールド嬢に本気で惚れ込み、ただ思いを伝えたいという一心でつきまとっていたらしい。とはいえなにも行動に移すことはできず、ただいつも遠くから見つめていただけ、ただすれ違いたいと思って階段の踊り場で待ち伏せをしたら、幅広のマリーゴールド嬢に押しのけられるかたちで階段から落ちただけという悲しい男だ。・・・マリーゴールド嬢がつき落とされそうになったと言っていたが実際に落とされたのは男の方だったらしい。
ちなみに、何通も届いていたという行き過ぎた内容のラブレターはこの男の仕業ではなかった。案の定というべきか、宛先はマリーゴールド嬢ではなくそのメイドで、それはそれで現れたのでストーカーとして捕らえて懲らしめておいた。
そんなわけで事の顛末を報告するついでにマリーゴールド嬢と男を引き合わせたところ、なんとビックリ、カップルの誕生である。なんでも、「細身の美青年」がマリーゴールド嬢のどストライクだったらしい。そんな理想の相手が自分を好きだと言っているのだからカモネギ状態というわけだ。
こうしてコマンドコールもmission clearの光を灯し、8つ目の依頼は完了した。

「何はともあれ手早く解決してくれて感謝しているよ。次の依頼が来るまでうちでゆっくり過ごすと良い」
「「やったー!」」
依頼主でもあるライズ卿からの申し出に、ミオンもイールも素直に喜んだ。この豪勢な屋敷での現実離れした贅沢さをもうしばらく味わうことができるのだから女装した甲斐もあったというものだ。当のライズ卿はといえば、感謝しているという言葉ほどには嬉しくなさそうだ。どこかしょんぼりと肩を落としているようにも見える。この依頼が愛娘に男をあてがってしまう結果になったからという父心によるものなのか、それともあまりに早い解決で物足りなかったからという冒険好きの野次馬心によるものなのかは知る由もないが。

豪勢な食事の後、ライズ卿がミオンとイールの冒険話が聞きたいと言うので2人は食卓に残っていた。グレイは定例報告の時間だと言って部屋に戻っていった。いつものことだが、「定例報告」と言っている割に時間がまちまちだ。実は面倒事から逃げて部屋にこもるためのいいわけなのではないかと、ミオンは密かに疑っている。
「確か10個の依頼をこなすことが条件だったと思うが、今回のはいくつ目だったのかね?」
話はミオンとイールの評定についてのことに移った。一般人が知るはずもないジェネラルハンターになるための条件まで把握しているとは流石ハンターマニアを自負するだけのことはある。
「8つ目だ。あとたったの2つで達成だぜ!」
イールが指折り数えてから答える。わざわざ数えないと分からないのかと言いたかったが口を噤んだ。感慨深いのはミオンだって同じだ。
「そうかそうか。あと少しなのだな。素晴らしい」
ライズ卿がうんうんと感心しながら白い髭に触れる。
今度はてっきり今までこなした依頼についての話をねだられるのかと思ったのだが・・・
「素晴らしいが少し寂しくもある・・・複雑だのぅ」
予想に反してライズ卿は息を付いた。
「寂しいって、なんで?」
イールが単刀直入に問う。ミオン達にしてみれば手放しで喜ばしい事だというのに、いったいなにが寂しいというのか。
「勿論グレイ君のことだよ。あれほどの実力者が、あの若さで現役を退くとは実に勿体ない」
ライズ卿が手元のカップにレモンを搾る。すると真っ青だった紅茶が紫色に変わって驚かされたが、それよりなにより驚くべきはその発言だ。
「「現役を退くだって!?」」
イールもミオンも思わず立ち上がった。2人のあまりの大声にライズ卿はカップをひっくり返した。
「あ、あぁ。なんだ、知らなかったのかね・・・?」
飛ぶようにやってきたメイド達に拭いて貰いながら、ライズ卿は少しばかり決まりの悪そうな顔をした。2人は知っていてしかるべきと思っていたらしい。
「現役を退くって何!? どういう意味!? 引退するってこと!? なぁ、グレイがハンター辞めちゃうってこと!?」
「お前うるさい!」
慌てふためき、分かりきったことを繰り返すイールを引っ叩く。
だがミオン自身も動揺を隠せなかった。
(引退って・・・嘘だろ)
鮮やかな腕前で賞金首を捕らえていくグレイの姿を思い浮かべる。そして、
(何が“俺を超えるんだろう”だ、あの野郎・・・)
あの余裕の笑顔を思い出し、怒りが全身を駆け巡った。カップを持つ手にも力が入る。
「ひっ、中世王室から譲り受けたというアンティークのカップが・・」
カップがひび割れ、メイドが小さく悲鳴を上げた。
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