RAISE

sakaki

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三話

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――― RAISE 第三話 ―――



■what's wrong?

グレイはいつも笑顔だ。
常に余裕たっぷりに振る舞っていて、ミオンにとってはそれが一番気に食わない。
ところが、今回ばかりは様子が違っていた。
ようやく4つ目の課題が届いたと報告にやってきたのだが、何とも浮かない顔をしている。
(いったい何事だ・・?)
いったいどんな恐ろしい内容なのかと身構えながら書類に目を通すミオン。
だがそこに書かれていたのは思いがけない文言だった。
「指輪探し・・・」
獰猛なモンスター退治や凶悪な賞金首とのバトルでもなく、ただの指輪探しだと。
拍子抜けしたのはミオンだけではないらしい。
隣で夜食代わりのカンパンをひたすら頬張っていたイールもきょとんとしてグレイを見つめた。
「宝探しみたいなもん? それとも盗まれた指輪を取り戻すとかそんなの?」
聞くより自分で書類読め、とミオンならば突っぱねるところだ。
だがそこはやはりグレイ。優しい笑みを浮かべ、至極丁寧に説明を始めた。
「どちらかといえば宝探しかな。デリラの指輪はある街に伝わる伝説の指輪なんだ。街のどこかに隠されているらしいから、宝探しにしては範囲が狭いし楽な部類じゃないかな」
口調は丁寧でいつも通り張り付いているような完璧な笑顔だが・・心なしか、いつもよりどこか引きつっているような気もする。
(ホントになんなんだろう・・・?)
ミオンはますます首を傾げた。
テストの内容を確認するのも中断し、グレイの顔をまじまじと見つめる。
その代わりに書類を読み始めていたらしいイールは、“ある街”の名前を確認するなり歓喜の声を上げた。
「セルレーヌの町に行けるの!? マジ!?」
言いながら小躍りまで始めている。
「セルレーヌの町?」
イールよりもずっと知識が深いと自負しているミオンだが、そんな町の名前は聞いたことがなかった。
・・ということは観光地というわけでも、何か歴史的価値のある場所というわけでもないだろう。
いぶかしげな顔をしているミオンに気付いたのか、イールはくわっと目を見開いてこちらに駆け寄ってきた。
「知らないのかよ、ミオン! セルレーヌの町といえば男子禁制女人の園だぜ!! つまり、町ごとハーレム!!」
「・・・は?」
ガッツポーズまでしているイールに引き換え、ミオンはますます顔を顰める。
そんな町で家探しするような真似をして問題ないのか、そして女に免疫のないイールが如何に我を忘れてはしゃぎまわった挙句ろくでもないことをしでかしてしまうのかが瞬時にして不安になった。
「男子禁制とは言っても今は観光客や冒険者にも比較的好意的になっているし、宿屋もちゃんとあるらしいから、そんなに心配することはないよ」
ミオンの不安の一つは察してくれたらしいグレイが説明を加える。
だがその当人にはやはりいつもの余裕がないような気がして・・・不断に比べると格段に“心配するな”の言葉に説得力がない。
(ホントになんなんだよ・・・)
浮かれ続けるイールを後目に、ミオンは一人“?”を浮かべるばかりだった。



■trouble with women

早速出立の準備を始めるべく、宿に戻ったミオンとイールは各々の荷物をまとめていた。
イールはまだまだ浮かれ気分が収まっていないようで、ろくに手を動かさないどころかベッドの上をごろごろ転がってこれから向かう秘密の花園に思いを馳せている。
「お前ちゃんと準備できないとおいてくからな」
ベッドの上の大きな子供を一瞥し、ミオンは冷たく言い放つ。
当のイールは“だってぇ~”などと情けない声を上げながら、ようやく体を起こした。
「グレイの奴、なんか変だと思わなかったか?」
洗濯し終えたばかりの着換えを畳みながらミオンが呟く。
てっきり気のない返事が返ってくるかと思いきや、イールは真剣な面持ちで同意した。
「やっぱそうだよな。オレもちょっと気になってた。今回の依頼には乗り気じゃない感じだよな?」
意外にも的を得た発言に、ミオンも身を乗り出した。
「だよな。あのセルレーヌの町ってとこになんかあるのかな?」
思いついた要因を挙げてみると、またもイールは大きいに頷く。
「女嫌いってわけじゃねーだろうし、ってことはもしかして・・・・・」
イールが珍しく真面目に考え込んでいる様子のため、ミオンも素直に聞き入った。
「もしかして・・・なんだよ?」
いったいどんな可能性を思いついたのかと、恐る恐る続きの言葉を促す。
だがイールはいつものおちゃらけた笑みを浮かべて言った。
「元カノが住んでるとか?」
「あほか・・・」
ミオンはげんなりして、力なくイールの肩を小突いた。
やはりイールの低次元的発想なんかは当てにならない。
「元カノ・・・」
イールに背を向けてから、ミオンがポツリと呟く。
当てにならないとは思いつつも、なんとなく想像をしてしまうから不思議なものだ。
(女にモテるだろうし・・そりゃ元カノの一人や二人いるよな・・・。ってか、今だって別にいるともいないとも言ってないし・・・いや、そんなの別に関係ないんだけど・・・)
悶々と考えを巡らせる。
(って、なんでおれはこんなこと考えてんだ?)
必要以上に考え込んでしまった自分にハッとして、思わず頬が熱くなった。
「ふぅ~~~ん」
「はっ!?」
顔を上げると、イールがそれはそれはニヤニヤと笑いながらこちらを覗き込んでいた。
「な、なんだよ!?」
「べっつにぃ~」
誤魔化すように睨んで見せるが、イールはますます意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。
「やっぱりに気になるんだな~、グレイのこと」
イールは完全にからかいモードだ。
「誰がだっ!!そんなわけないだろ!!」
ミオンが怒鳴り、拳を振るう。
「痛ぇ! ミオンはすぐ殴る!!」
「お前が悪いっ!!」
たんこぶのできた頭を摩りながら非難がましく睨まれたが、ミオンはぴしゃりと言い返した。
―――コンコン。
「賑やかだね、二人とも。出発の準備は終わったかな?」
礼儀正しいノック音とともに登場したのはニッコリ笑顔のグレイだ。
イールにまたも意味ありげなにやけ顔をされ、ミオンはギロリと見返した。

「なぁなぁ、グレイ。セルレーヌの町になんかあんのか?」
ミオンの睨みを物ともせずに、イールが単刀直入に尋ねる。
直球すぎるとも思ったが、ミオンも気になって仕方がないのは事実。
なので、黙って返事を待ってみた。
「何かって・・・どうして?」
グレイは一瞬だけ面食らったような顔をして、困ったように問いかける。
「どうしても何も、なんか明らかに乗り気じゃないだろ」
イールに変わり、今度はミオンが眉をひそめて言った。
「なんか、会いたくない元カノでもいるんじゃないかってミオンが気にしてんだよ」
へらへら笑いながら親指でミオンを指示しながらとんでもないことを言ったのはイールだ。
「誰がだよっ! お前が言い出したんだろっ!!」
ミオンはまた大声で怒鳴りつけ、力いっぱい殴った。
グレイは目を細めて二人を見つめている。
その表情はさながら仲良し兄弟を見守る保護者のようだ。もしくはペットを愛でる飼い主か。
とはいえ一向に言い争いを収める様子のない二人を放っておくこともできなかったのか、幾度となく拳を振り上げていたミオンを“まぁまぁ”と言って宥めた。
「そんなに面白い理由なんかないよ」
困ったように笑いながらミオンとイール両名に言う。
「ただ・・・ね」
「「ただ?」」
いち早く続きを促そうと声をそろえる二人。
グレイはふっとため息を漏らした。
「俺、女難なんだ」
「「へ?」」
グレイの答えに顔を見合わせる二人だった。



■troublemaker


運良く近くまで行くという馬車に乗せてもらえた一行は、思いのほか早くセルレーヌの町に辿り着くことができた。
運良く・・・とはいったが、抜け目ないグレイのことだ、宿屋から出たタイミングで丁度行商の馬車に遭遇したのは計算の上だったのかもしれない。

いざやって来たセルレーヌの町は、ミオンが想像していたよりずっと拓けた町並みだった。
男子禁制などという非現代的な風習から、おそらく秘境じみた場所なのだろうと予測していたのだ。
町のある場所も山中であることだし。
だが実際は、いわゆる“普通の田舎町”。ミオンは内心ほっとしていた。

とはいえ、女性だらけの町というのは本当らしく、道行く町人たちは皆女性。
老人でも子供でも、自分たち以外に男の姿は全く無い。
この状況に、見た目にも明らかなほど浮かれているのは勿論イールだ。
先程からキョロキョロと物珍しそうに辺りを見回していて、見っともないことこの上ない。
ミオンはこれ見よがしにイールを睨みつけた。
そしてふとグレイの様子を伺う。
いつもならば、こんなイールの見苦しさをさり気なくフォローするのはグレイの役目だ。
ミオンが怒りを露わにする前に、町の人に嫌な顔をされる前に、絶妙なタイミングで制するはずのグレイが、今日はまだ何も言わない。
それどころか、ミオン達よりも1、2歩ほど下がって歩き、何も干渉してこないのだ。
服装だっていつもと違う。
いつもはどこにいても目を引くような真っ白な衣装に身を包んでいるが、今日はグレーと黒を基調とした、まるでギルドの職員たちが好んで着ている様な実に地味な装い。
何だか、できるだけ目立たないように徹底しているようにも思える。
(女難・・・ってどういうことなんだろう・・・?)
宿を出る前の話を思い返し、再びグレイを見つめる。
彼の様子がいつもと違うのは明らかだ。
そしてその理由が“女難”とは一体どういうことなのだろう?
グレイがあまり多くを語らないことが余計に気になった。
(勿体つけてるだけで、結局イールが言ってたような理由だろ、どうせ)
イールの元カノ案が頭をかすめると、何だか胃のあたりがムカムカとしてくる。
ミオンは眉を顰め、少し大げさなほど勢いをつけてグレイから目を背けた。


「うわっ! すみません!!」
イールが上ずった声で謝る。
どうやらすれ違い様に人にぶつかってしまったらしい。
「フラフラ歩いてるからだ、馬鹿が」
後頭部を叩き、ミオンがイールを窘める。
「す、すみません」
浮かれていたくせにやはり女性に免疫のないイールは完全に萎縮して小さくなってしまっていた。

「申し訳ありませんでした。お怪我はありませんか? 」
見かねたグレイがフェミニズム溢れる笑顔で女性に頭を下げる。
イールに思い切りぶつかられて少し不機嫌そうな顔をしていたその人は、グレイの微笑みを見るなり、大声で叫んだ。
「きゃああああああああんっ!!」
悲鳴ではない。色に例えるならば、真っピンクの歓声だ。
瞬間、グレイがサッと青ざめたのが分かった。
一体何が起こったのか分からず、ミオンとイールは顔を見合わせる。
女性の叫び声を皮切りに、ミオンたちの回りにはあれよあれよと人が集まってきた。いや、正確に言えばグレイの回りに、だが。
(な、なんなんだ・・・?)
黄色い声がひたすらに飛び交う。
さながらの見世物小屋状態に、ミオンはただただ唖然とした。
輪の中心にいるグレイの笑顔はもはや引きつっている。
「あ、あの! オレっ、ボクたち、宿屋に行きたいんッスけど!!」
はいはいはいっとイールが勢いよく手を上げる。
まだ少し声が上擦っているが、この状況を何とかしようと考えたのはイールにしては上出来だ。
・・・と思ったのだが、甘かったようだ。
イールの言葉を耳にするなり、女性たちはより一層色めきたった。
「うちが宿屋よ!」
「違うわ、うちよ!」
「いーえ、うちに泊まってちょうだい!」
「何言ってるの! うちに決まってるじゃない!」
口々に自分のうちが宿屋なのだと名乗り出て、我が我がとグレイの手を取ろうとする。
(な、なんなんだよ、ホントに)
ミオンはますます唖然。
言い出しっぺのイールも愕然として固まっている。

そうこうしている間にも、女性たちはどんどんヒートアップしていった。
「うちに泊まってもらうって言ってるじゃない!」
「なんですって!」
「なによ!」
軽い言い争いだったそれが、いつの間にか本格的な喧嘩になって、もはや目に見えてわかるほどに殺気立っている。
そしてついには掴み合いになってしまった。
(なんなんだよ!?)
信じがたい目の前の光景にミオンとイールはもはやパニックだ。
「今のうちに逃げよう!」
嵐のような喧噪から何とか抜け出してきたらしいグレイがミオンとイールの腕を引く。
そしてまさに脱兎の如く勢いで駆けだした。
(速っ・・・)
初めて目の当たりにするグレイの全力疾走に面食らう。
それでも置いて行かれるわけにはいかないので必死に後を追った。
遥か後方になった人だかりは、当のグレイがいなくなっていることにも気付かずになおも声を荒げて争っているようだ。
一体何が起こったのかがさっぱり分からない。
ただイールが人にぶつかって、グレイが謝った・・・それだけだ。
グレイが優しく微笑んだ・・・ただそれだけ。
(一体なんなんだよ・・・?)
息を切らせて走りつつ、ミオンは困惑のあまりに何だか泣きそうになった。
『俺、女難なんだ』
グレイの言葉が頭を過った。



■afraid of women


一気に町はずれまで駆け抜けると、そこにはちょっとした空地があった。
私有地なのかそうでないのかも分からないほど何もない、ガランとした場所だ。
「ここにしよう」
グレイが言う。
全力疾走してきたというのに相変わらず一人涼しい顔をしてる。
ミオンは肩で息をしながら、イールは汗を拭いながらグレイが何をするのかを見守った。
「帰巣―homing―」
両方の手を大きく翳すと、空地に広大な光が放たれる。
するとたちまちのうちに、精巧な作りの一軒家が出現した。
「い、家だ!! 家が出た!!」
「家まで出せるのかよ!?」
あまりのことにイールは腰を抜かし、ミオンが引きつりながらツッコミを入れる。
「俺に不可能はないんだよ」
グレイはきっぱりと言い放つと、そそくさと家の中へと入って行った。
「見つからないうちに二人も早く」
扉から顔をのぞかせ、未だ目の前の状況が信じられないミオンとイールに手招きをする。

こんな建物が突如出現したのだからすぐに見つかってしまうのではないかとミオンは思ったが、特殊な魔法をかけてあるため入ってしまえば外からは見えなくなるのだという。
「すっげー・・・普通に家だ・・」
家の中に入るなり、感動しきりという風にイールが呟く。
グレイの出した正に文字通りのマイホームは、当然ながら普通の邸宅ほど広くはないものの、一人で寝起きをするには十分なほどの立派な一軒家だった。
扉や壁、天井や家具などはすべて揃いの細工が施してあり、一つ一つにこだわりが感じられるグレイらしい部屋だ。
「風呂まである・・・」
イールと同じく見物をしていたミオンも思わず呟く。
トイレやバスルーム、キッチンまで完備しているのだ。
「なんだよ、グレイ! こんないいもんあるならいっつも出してくれりゃー良いじゃん!!」
こらえきれなかったのか、イールが不満を口にする。
それもそうだろう。町に滞在する間はギルドの資金で宿屋に泊ってはいるが、その他は野宿が常なのだ。
数日風呂に入れないことだってざらにあるほどなのだから、こんな家があるならいつも出してほしかったというのは当然の要望。
だがグレイは、ふっと息を付いた後で一気に捲し立てるように言った。
「君たちはギルドの監視下にある評定期間中の身だ。他の評定員が俺と同じように出せるならまだしも、これは俺の魔力特性があってこその裏ワザだ。公平を期すためにこんな家は出すべきじゃない。特別扱いをして今後の評定内容に物言いでもつけられたら困るだろう? それに、そもそも今まで野宿を強いられた場所に今回みたいに家を建てるようなスペースはなかった。異論は?」
「・・・な、ないです」
面食らったようにイールは首を振った。
「公平をって言うんなら、今回は大丈夫なのかよ?」
恐る恐るミオンが尋ねる。間髪入れずにグレイが答えた。
「今回は命に関わる危機的状況のためやむを得ない」
(い、命に関わるって・・・)
“いくらなんでもそこまで一大事じゃないのでは?”という疑問は、グレイのそこはかとなく青ざめた顔を見ると飲み込む他なかった。・・・が、
「そんな大袈裟なこと言ってるけど、結局グレイがすげーモテるってだけじゃん」
ミオンの気遣い虚しく、イールがベッドに寝転びながら言い放つ。シワひとつなかった濃紺のシーツがたちまち弛んだ。
「いいなぁ、グレイは。オレなんかぜーんぜんモテたことないし」
下唇を突き出してすねたような表情を作るイール。
確かに学術院時代しかり、ミオンが知る限りイールに浮いた話は一切ない。
19歳にもなって全く女性に免疫がないというのも同情すべきなのかもしれないが・・・
「・・・羨ましいかい?」
ポツリとグレイが言う。
「なんだよー、モテ自慢でもしてくれんのかー?」
イールが半ばやけになっているとも、面白がっているとも取れる口調でグレイに笑いかける。
だがミオンは気づいていた。グレイがいつもと全く違う、ただならぬ雰囲気を纏っていることを。
「お、おい。もうそれくらいに・・・」
諌めようとするミオンの目前に手をかざして制止し、グレイがどこか遠い目をしながら口を開いた。

「始まりは、学術院時代だったかな」
グレイ本人は共学校だったが、姉妹校に女子校があった。
魔法で競い合う交流試合の大会で、グレイはたまたま友人の応援に行っていたんだそうだ。
グレイの学術院の女学生達も色めきたってはいたが、それよりも過剰に反応したのは普段男子を目にすることすらない女子校の生徒達だった。
グレイの声援を巡って言い争いになり、グレイと誰が目が合ったかなど些細なことで内輪揉め。
交流試合などそっちのけで魔力飛び交う大ゲンカになってしまったのだという。

「次に印象的だったのは、ハンターになったばかりの頃に立ち寄った修道院」
学術院を卒業してシェイムハンターとして駆け出しだったグレイは、とある修道院に泊めてもらうことになった。
男子禁制の修道院だが、その日は嵐がひどく、どうしても野宿が厳しい夜だったこともあって特別に温情をかけてもらったんだそうだ。
修道院長は優しいお婆さんで、グレイのことも他の修道女たちと同じく家族の一員のように振る舞ってくれた・・・ことが間違いの始まりだった。
時間が経つごとに若い修道女たちは色めき立って、遂には代わる代わる夜這いにやってきた。
何とか交わしては追い返していたグレイだったが、そのうちに修道女同士で遭遇。
あれよあれよという間に喧嘩が勃発し、遂には刃傷沙汰にまでなってしまったのだとか。

「極めつけはあれかな・・・。ある名家のお屋敷で仕事をしたとき」
女系家族の名のあるお屋敷で、母親と5人の娘、そして世話役の侍女が暮らしていたらしい。
グレイはそこで長女が嫁入りをするまでの一週間の間、護衛をするようにとの依頼を受けたのだという。
この頃には流石に女難の自覚が出ていたグレイも、同じ屋敷内で一週間も寝泊りをするということに不安は感じたが、今までとは違って男性の行き来が全くないという訳でもなし、きっと大丈夫だろうと油断していた。
しかし・・・案の定と言うべきか、女性達は皆争いを始めた。
母親はおろか、嫁入り前の長女までもがグレイを巡って一触即発。
それどころか、最後はグレイ共々一家心中をしようという騒ぎにまでなったらしい。

「それから、次は丁度一年前に・・・」
「も、もういいいよ! 分かったよ! 」
更に話を続けようとするグレイを、いよいよ耐えられなくなったらしいイールが止める。
一緒に聞いていたミオンも、予想の斜め上行くグレイの話に居た堪れなくなっていた。
(モテるのって、良いことばっかじゃないんだな・・・)
ようやく聞くことのできたグレイの“女難”に、ただ顔を引きつらせるしかできないミオンだった。



■Sleeping Beauty


如何なる事情があろうとも、ギルドからの依頼は絶対だ。
というわけで、デリラの指輪捜索のため、ミオンとイールは早速聞き込みを始めることにした。
ただいつもと違うのは、二人は交代でグレイの護衛をする――というと大袈裟だが――必要があることだ。
いくらこの家が魔力で外からは見えなくなっているとはいえ、万が一ということがあるかもしれない。
そのため、見張り役と言うか・・・何かあった時にグレイを匿うための要員として片方が残ることになったのだ。
ちなみにじゃんけんの結果、初めはイールが聞き込み役、留守番役はミオンということになった。

「せっかく家があるのに、ベッドは一つしかないんだな。・・・まぁ一人用だから当たり前だけど」
上質な布地のシーツを撫でながらミオンがぼやく。
未だ顔色がすぐれずベッドに横になっていたグレイは、少しだけ困ったような顔をして言った。
「いいじゃないか、みんなで一緒に寝れば」。
「そんなことするくらいなら床で寝た方がマシだ」
即答するミオン。
グレイは目を細めて楽しそうに笑う。・・・だが、その笑顔もいつもよりは何処か弱々しい。
(何か調子狂うな)
ミオンは心密かに溜息をもらした。
「聞き込み・・・あのバカ、ちゃんとやってるかな」
言いながら、ベッドの端に腰かける。
場を取り繕うために言った言葉だったが、感じている不安は確かな本音だ。
イールのことだ・・・きっと女性だらけの町で浮足立ってしまうに決まってる。
「大丈夫だよ。デリラの指輪はトレジャーハントの難易度としては決して高くない。町に伝承されているものだしね。まぁ若い人たちは知らないかもしれないけど、年配の方にでも話を聞けばすぐに教えてくれるはずだよ」
ミオンを安心させるようにいつも通りの優しい口調でグレイが言う。
それからゆっくりと体を起こし、少しばかり自嘲気味に微笑んだ。
「今回の依頼は、おそらく・・・単なる俺への嫌がらせだ。余程マダムシンシアの一件がお気に召さなかったらしい。全く、大人げない爺さん達だよ」
珍しくも嫌悪感に満ちた口調で、気だるそうに髪をかき上げる。
(マダムシンシアの一件って・・)
ミオンの脳裏に前回の依頼が過った。

何から何までが特別措置だった。しかもグレイが何かしらの働きかけをしたことは明らかで、ミオンとしても違和感を覚えたものだ。
だが何処かで、グレイのことだからどうせ要領良く言いくるめたのだろうと高を括っていた。
けれど、グレイの様子からすると・・・ミオンが思うほど事は簡単ではなかったということなのだろうか・・・?

「って、うわっ!!」
せっかく真剣に考え込んでいたというのに、ミオンの思考は呆気なく中断された。
体を起こしていたグレイが、ミオンの膝に寝転んできたのだ。
「な、何やってんだよ!? 」
困惑しきりで慌ててグレイの頭を退かそうとする。
・・が、グレイはミオンの腰にしっかりと抱きついていて動かない。
「離せよ!! 離せってば!!」
ジタバタと動きながら尚も抵抗するがビクともしない。
グレイはミオンの膝の上を陣取って、満足そうにしている。
「いいじゃないか、たまには。こんなに弱ってるんだから、少しは甘やかしてほしいな」
わざとらしく被害者ぶった声色で言う。
(・・・この野郎・・)
“ふざけるな”と言い捨てられれば良かったのかもしれない。
だが、いつもと比べれば格段に力ない微笑みを見てしまえば、本当に“弱っている”のだと思い知らされる。
何だかんだ言いながら、ミオンだって鬼ではないのだ。
「・・・2度目は絶対にないんだからな」
ポツリと、消え去りそうな声で呟く。
ミオンの抵抗がなくなったのを感じると、グレイはまた柔らかく微笑んだ。
「ありがとう、ミオン」
「・・・・・・」
素直に礼を言われると、ミオンはまた何も言えなくなってしまう。

グレイがきつく抱きしめていた手を放すと、いよいよ無理矢理な感じもなくなる。
自分がこの状況を許しているのだという事実が何だか妙に照れ臭かった。
何とも言えない緊張のため、ミオンは天井や部屋の隅などに視線を泳がせる。
膝枕なんてしてやるのは勿論生まれて初めてだ。
それどころか、自分の人生においてこんな状況になることなど想像をしたことすらなかったのに・・・。
(なんか・・間が持たない)
黙っていると自分の心臓の音ばかりが聞こえる気がして、ミオンはそっと息を吐いた。
そして取り成すように新たな話題を振ることにする。
「なぁ、デリラの指輪っていうのはどういう・・・」
なるべく不自然にならないようにと依頼について話そうとしたのだが・・・残念ながら空振りに終わった。
規則的な寝息を立てて、グレイは安堵しきったように眠っていたのだ。
(・・・どんだけ即寝なんだよ・・)
思わずうなだれるミオン。
緊張しているのは自分だけなのかと思うと少し情けなくもなった。

(やっぱ気疲れしてたのかな・・・)
先ほどまでのグレイの疲労感溢れる様子を思い出す。
グレイに聞いた女難の経験談といい、この町に来る前の浮かない表情といい、その心労は想像に難くない。
グレイの言うようにこれが“嫌がらせ”だったとしたなら、大成功と言わざるを得ないだろう。

(きれいな顔してんな、コイツ・・・)
膝の上のグレイを見つめて、素直にそんなことを思う。
普段から容姿端麗なのは承知の上だが、こうして間近でじっくりと見ると改めて実感させられる。
顔の造り一つ一つが精巧な人形のように整っていて、まつ毛なんてハッとするほど長い。
なのに中性的な印象は全くなくて、寧ろ男性的な色気のようなものすら感じる。
(おれもこんなんだったら、女に間違えられたりしないのにな)
ミオンは深々と溜息を洩らした。
(髪の毛もサラサラだ・・・)
無意識のうちに伸びていた手でグレイの髪に触れる。
艶のある黒髪はまるで絹のように柔らかく、触り心地が良い。
(起きない・・よな・・・?)
恐る恐るグレイの様子を伺う。
眉すら動かさずに熟睡しているのを確認してから、ミオンはゆっくりとその髪を撫でた。
(なんか・・・こういうの新鮮だ・・)
無防備な表情で眠っているグレイ。
いつも憎たらしいほど余裕たっぷりなのに、こんな風に頼りなく甘えられると・・・なんだか何とも言えない不思議な気持ちになる。
暖かいものに包まれるような、それでいてモヤモヤしたものに巻き込まれていくような、そんな訳の分からない感覚だ。
落ち着いてきたはずの心臓の音が、また徐々に激しくなる。
グレイに触れている指先が、まるで火が付いたように熱くなった気がした。
――その時、
「ただいまー」
「うわぁあ!!」
イールが突然の帰還を果たしたため、ミオンは思わず素っ頓狂な声を上げる。
そして、大慌てでグレイの頭を押しのけた。
「な、なんだよ? 変な声出して・・・」
当然ながら、訝しげに首をかしげるイール。
「い、いきなり帰ってくるから驚いただけだ」
ミオンは動揺を隠すのに必死だ。
グレイはといえば、力任せに退かされたことを物ともせず、呑気な寝ぼけ眼でイールに“おかえり”と言った。



■Samson and Delilah


「んで、聞き込みの成果はどうだったんだよ?」
憮然とした顔でミオンが尋ねる。
妙な詮索をされては適わないためにわざと不機嫌そうに振る舞っているのだが、イールはそんなミオンの思惑にも気付かずにしゅんとした。
「それが・・・あんまり」
ポツリと言ってから、あとは火が付いたように大した成果を上げられなかった言い訳を話し始めた。
「だってな、仕方ないんだよ、俺だって頑張ったし、ちゃんと色んな人に聞き込みしたんだぜ! だけど、やっぱ女の人ばっかりだからナンパとしか思われなくてろくに話聞いてもらえなくってさぁ・・・。ってか、それ以前にオレの顔見るなり皆グレイのことばっかり聞いてくるし・・・」
唇を尖らせて拗ねた表情を作る。
“町の女性たちがグレイのことばかり聞いてくる”という発言にグレイはまた仄かに顔色を青くした。
何処からともなく氷嚢を出して自分の額に当てている。
「どうせ若くて綺麗なおねーさんにばっかり声かけてるからそういう事になるんだろ」
眉間に深い皺を寄せ、ミオンは呆れ返ったように溜息を付いた。
“役立たず”ときっぱり言い放ってやると、イールは勢いよくかぶりを振った。
「そんなんじゃねーって! ちゃんと満遍なく聞き込みしようとしたし!! 」
「ほぉ~お」
ミオンが尚も疑いの眼差しを向ける。
イールはまた徐々にその身を小さくしていった。
「まぁ・・・なんか変なばーちゃんがいたから途中で逃げてきちゃったんだけどさ」
ポツリと言う。
「なんだよ、変なばーちゃんって?」
「知らねぇよ。なんか、急に髪の毛剃ってやろうかって言われてさ。なんか不気味だったんだもんよ。床屋のばーちゃんだったのかなぁ・・・? 」
怪訝な顔をするミオンに、イールは困惑しきりという様子で話して聞かせる。
“オレそんなに髪伸びてる?”などと首を傾げながら。
「・・・とにかく、お前は結局全く成果なしってことなんだな」
呑気なイールに溜息を付いてミオンが言い放つ。
イールはまたも小さくなったが、グレイが思わぬ助け舟を出した。
「結構な成果があったと思うけどなぁ」
ベッドに横になったまま、氷嚢を何処かに仕舞ってから微笑む。
グレイの言わんとすることがさっぱり分からず、ミオンとイールは顔を見合わせた。
「二人は『サムソンとデリラ』は知ってる?」
ヒントだとばかりにグレイが問いかける。
キョトンとした顔で小首を傾げるイールはこの際放っておくとして、ミオンはグレイに向き直って頷いた。
「旧約聖書をモチーフにした歌劇だろ? それがなんだよ?」
噛みつくように言う。
さっきまでとは違い、グレイがいつも通りの訳知り顔に戻っているからか、ミオンも自然といつも通りのつっけんどんな態度になる。もはや条件反射だ。
「うん、流石ミオンは博識だね」
満足げに言いながら、グレイはゆっくりと体を起こす。
そして手元から男女の人形を出現させた。
「怪力男の英雄サムソンは、大司祭と手を組んだ悪女デリラの誘惑に負けて自らの弱点を話してしまう。哀れサムソンは無力化し、牢獄へ捉えられてしまうのでした」
歌うように語り、2つの人形に触れもせずに楽しそうに躍らせる。
「最後は神に祈って怪力を取り戻したサムソンもろとも全員が崩壊した神殿の下敷きになって死んじまうって話だろ? それがなんだよ」
焦れたようにミオンは言った。
グレイの人形劇を堪能していたらしいイールは少しばかり不満そうだが、そんなことには構っていられない。
グレイは女の人形を仕舞い込むと、男の人形をミオンに示した。
「さて、サムソンの弱点とは一体何だったでしょう? 」
クイズのように言って、またふわりと微笑む。
イールはまたもひたすら“?”を浮かべているが、ミオンはハッとした。
「髪の毛!」
人形をガッシリと掴んで言う。グレイは頷き、イールはまだ首を傾げた。
「サムソンはデリラに髪を剃られて無力化した。お前が会ったばーさんは歌劇に擬えてたんじゃないか? ってことはつまり、そのばーさんはデリラの指輪について何か知ってるってことだ」
全くピンと来ていないイールのために説明を施す。
グレイは手を叩いて“お見事”と言った。



2度目の聞き込みにはミオンが出向いた。
初めのしらみつぶし方式とは違い、イールの話していた老婆を見つけて話を聞くだけなのだからことは簡単だ。
望むべく情報を手に入れて戻り、早速報告を始めたのだが・・・

「町外れの墓地にある墓の中?」
イールが極端に嫌そうな顔をする。
「八百屋さんのキャベツ畑の下」
グレイが考え込むように口許に手をやる。
「それから長老の庭の木の上。あとは町の真ん中にある井戸の中だとさ」
ミオンはげんなりしながら言い添えた。

件の老婆はすぐに見つかった。ミオンの予想通り、デリラの指輪の在り処を知っていた。
特に言い淀む様子もなくすんなりと教えてくれたのも願ってもない事だったのだが、問題はその答え。
老婆の示した指輪の在り処は、なぜか4か所に分かれていたのだ。

「なんで4つもあるんだよ!?」
「そんなことおれが知る訳ないだろ!!」
困惑した声を上げるイールを怒鳴りつけるミオン。
「まぁ普通に考えれば4つのうちどれか1つが正解ってことだろうね」
至って冷静にグレイが言った。
指輪が4つある訳でもないし、よもやまさか4つの部品に分かれている訳でもない。
となれば、グレイの言う通り4つの答えのうち3つはダミーということなのだろう。
あとはどれが正解かを考えればよいのだが・・・
「よっしゃ! たった4か所に絞れたんだし、片っ端から行こうぜ、ミオン!!」
考えるよりも即行動、とばかりにイールが勢いよく立ち上がる。
拳を掌に打ち付けて、気合いは十分のようだ。
「それもそうだな」
ミオンも大きく頷いてイールに続いた。
確かにこの限られた範囲ならば、あれこれと推理を巡らせるよりも行動した方が早いだろうと践んだのだ。
善は急げと、二人揃ってバタバタと駆け出した。
「うーん・・・何も片っ端から行かなくても答えは分かるんだけど・・・まぁいいか」
苦笑交じりに発せられたグレイの呟きなど、目的に向けて一直線になっている二人には聞こえるはずもないのだった。



■Whereabouts of the ring


一カ所目、町外れの墓地には二人で出向いた。
ミオンとしてはイール一人で行かせようと思っていたのだが、"お化けがでるから"という情けない理由でイールがごねたので仕方なく同行した。
イールを情けないと言いつつも、ミオンが行きたくなかった理由もそれと同じなので人のことは言えないのだが・・・。
墓地と言っても規模の大きなものではないのが幸いだったが、墓の中を見せてくださいと言ってすんなり見せてもらえるはずもなく、一人一人に頭を下げて回って頼み込むのは中々骨が折れた。
その度にグレイについて聞かれるのもうんざりだ。ただし、頼んだ相手全員が許可してくれたのは“グレイ効果”と言わざるを得ないのだからそれも仕方がないと目を瞑るしかないだろう。
だがそんな苦労の甲斐もなく、すべての墓を暴いてもデリラの指輪らしく物は見つからなかった。


二か所目、八百屋のキャベツ畑にはミオンが向かった。
必ず元通りにするからと約束して頼み込み、何とか持ち主の許しを得て掘り起こした。
なかなかの体力仕事で、ミミズやナメクジ、ダンゴムシなどの大群が現れた時にはイールにやらせるべきだったとひたすら後悔したものだ。
終わった後には疲労感と仄かな筋肉痛だけが残り、やはり指輪は見つからなかった。


三か所目、長老の家の庭にはイールが向かった。
天を仰ぐほどの高さの一本杉は、樹齢何年だと聞いたところで明確な答えすら返ってこないほどの立派な大木だった。
木登りは大の得意であるイールが軽々と登っていく様は猿そのもの。
だが登っていく最中にも、イールはうっすら気づいていた。鳥の巣でもあれば別だが、こんな木の上に指輪などあるはずがない、と。
案の定、最頂部に達しても指輪の影も形もなかった。


そして四カ所目、町の中心部にある井戸へ向かう頃にはすっかり夜になっていた。
「井戸の中って・・・大丈夫なのかな?」
恐る恐るイールが尋ねる。覗き込んだ井戸の中は真っ暗で、中がどうなっているのかすら全く見えない。
せめて明るいうちに来ておくべきだったとミオンは後悔していた。
「「・・・・・・・・・」」
流石に無鉄砲に飛び込む勇気はなく、二人して呆然と井戸の中を見つめる。
すると、
「大丈夫だよ、枯れ井戸だから」
「「うわっ!?」」
背後から声を掛けられ、卒倒しそうなほど驚いた。イールなど勢い余って井戸に落ちるところだったほどだ。
「グレイ!? なんで・・・」
振り返った先にいた呑気な笑顔に驚くミオン。
なんでこんなところにいるのか、出てきてしまって大丈夫なのかと尋ねる前に、グレイはまたニッコリと微笑んだ。
「もう日も落ちてるからね。セルレーヌの町の女性たちは戒律で夜は出歩かないことになってるらしい」
「なるほど・・・」
通りでさっきまでの賑わいが嘘のように、人影がなくなっている訳だ。
その割にはグレイは帽子を深々とかぶって全身黒の衣服で身を包んだ完全防備な状態ではあるが・・・。
「ホントに枯れ井戸なのか?」
ひたすらに闇が続く井戸の奥深くを見ながらイールが尋ねる。
無鉄砲な割には意外と小心者なイールとしては半信半疑でいるようだ。
「留守番している間に使い魔を使って調査したから間違いないよ」
指先からマスコット人形のようなグレイを出現させて微笑む。小さなグレイもニッコリと微笑んで、そしてまたすぐに消えた。
グレイらしからぬというか、ある意味グレイらしいというか・・随分可愛らしい姿の使い魔のようだ。
「それに、涙が枯れるという意味とも繋がるしね」
「涙?」
グレイの言葉に、イールが首を傾げる。グレイはまた微笑んで、イールにも分かるように人形劇じみた説明を始めた。
「デリラにどんなに誘惑されても、サムソンは中々自分の弱点を教えようとはしなかった。しつこく聞き出そうとするデリラに3度は嘘をつくんだ。けれど4度目、サムソンは遂に本当のことを言ってしまう。デリラの泣き落としに負けて、ね」
ウインク付きの解説にイールは納得、だがミオンは待ったをかけた。
「ってことはお前、最初からここが正解だってわかってたってことかよ?」
怪訝な眼差しをグレイに向ける。
頷くグレイに当然ながら物申すのはイールだ。
「だったら最初っから教えろよ!! 教えてくれてたらオレたちあんな思いしなくて済んだのに!! 」
全くだ、とミオンも同意するが、グレイは変わらず微笑んで、いつもの言葉を口にした。
「仕方ないじゃないか。依頼に関することはノータッチ、だからね」



■discovery


暗がりにおびえてなかなか井戸の中へ入りたがらないイールを突き落とし、ミオン自身はつるべを伝って井戸の中へと降りた。
ちなみにグレイはいつかの飛翔魔法を使って実に優雅に降り立った。
崖から落ちたときに助けられた時の思い出が過ぎり、ミオンはひそかに苦い顔をしていた。

さて、こうしてやってきた井戸の中だが、大の男三人がいても全く狭さを感じないあたり、意外と広いようだ。
頼れる明かりは遠く立ちこめる月光だけというのが何とも頼りないが・・・。
「こんなに暗いと指輪なんか・・・」
“とてもじゃないが探せない”そう言いかけたところで、タイミング良く明かりが灯った。
「備えあれば憂いなし、だからね」
松明をこちらに差し出しながら微笑んでいるのは言わずもがなグレイだ。全く持って用意周到。
ミオンとイールの分もきちんと用意してあるあたり、気が利くのを通り越してもはや過保護だとすら言えるだろう。
“ノータッチ”などと言いつつ、結局自分達がグレイに甘やかされていることにミオンは気付いていた。
(こういうトコがムカつくんだよな・・・)
密かに溜息をつく。
とはいえこの甘やかしがなければ、今もまさに何ともしようがなかったのもまた事実。
腹を立てるべくはまだまだ甘い自分たち自身なのかもしれない。

松明を手に辺りを見回すと、井戸の中はちょっとした洞のような作りになっていた。
しかし見る限りはゴツゴツとした岩肌ばかりで、よもやまさかダンジョンのようなわけでもなく、宝箱があるわけでもない。
「まさか4箇所全部がデタラメだったなんてことないだろうな・・・」
最悪の結論が過ぎり、ミオンは一際眉を顰めてぼやく。
そうしながらも岩壁に手を触れて、何か細工がないかを確かめた。
「マジかよ~、グレイだってここが正解だって言ってたじゃんか~」
イールも同じく壁や地面を隈無く探りながらグレイに不満の矛先を向ける。
グレイはと言えば、腕を組んだまま終止のほほんとした笑顔で二人を見守るのみだ。

「あっ!」
不意に、イールが何かに気付いた。
「見つけたのか!?」
即座にミオンも反応、イールの手元を覗き込む。
そこには地面に埋め込まれて化石のようになってはいるものの、確かに指輪らしき形が見て取れた。
「きっとこれだよな! よーし!!」
ガッツポーズを取ってから、意気揚々と指輪を掘り出そうとするイール。
力任せに地盤から指輪のある周辺の岩を剥がし、いざ砕かんと大手を振った。
・・・が、
「ストップ」
ミオンがイールの手を制止する。
「お前の馬鹿力じゃ指輪ごと壊しかねないだろ。おれかやるよ」
何事も後先考えずにやり過ぎるのがイールなのだ。
取り返しがつかないことをやらかされてしまう前に取り上げておかねば・・・ミオンは密かに溜息を漏らした。
ブーツに仕込んであったナイフを取り出し、少しずつ慎重に岩を砕いていく。
ただのナイフとはいえ、魔力を込めて研ぎ澄ませれば十分な採掘道具になった。
そして、
「あっ!」
キンという金属音がしたと思えば、次の瞬間きらりと光る小さな指輪が転がり落ちた。
「すげー! キラキラしてる!」
指輪を拾い上げたイールが感激の声を上げる。
残念ながらこのうす暗さではハッキリとは分からないが、きらめく黄金の台座におそらく濃い赤か紫の宝石のついた指輪だ。
今まで化石のようだったのが嘘のようにハッキリと輝きを放っている。
『mission clear』
グレイの腕輪から青白い文字が浮き出る。
それはこの指輪が目的のデリラの指輪であることの何よりの証明となった。
「うわっ、何してんだよ!?」
依頼完了の余韻に浸っていたところに突然手を引かれ、ミオンは驚く。
見れば、自分の指にすっぽりとデリラの指輪がはめられていた。
「綺麗だからつけてみようとしたけどオレの指じゃ入んなくて、ミオンなら指細いから入るかなぁ~って」
へらへらと笑いながらイールが言う。
なんでこんなにも呑気なのかと、ミオンは頭痛すら感じながら拳を握った。
「意味ないことすんなよ、馬鹿!!」
「痛って!」
イールの頭に拳骨をお見舞いする。
ガッチリとはめられた指輪を力任せに外していると、目を見開いてこちらを見ているグレイと視線がかち合った。
依頼品で遊んでしまったことを咎められるのかとも思ったが、グレイは考え込むように口元に手をやったまま何も言わないでいる。
「な、何だよ?」
少しばかり恐る恐るという風にミオンが声を掛けると、グレイは言い淀むようにした後で問いかけた。
「ミオン、何ともないかい?」
「何ともって・・・何が?」
グレイの言わんとすることがわからず、ミオンはただ首を傾げる。
そんなミオンの様子を見ると、グレイはまた少しだけ考えるような仕草をした後で、にっこりと微笑んだ。
「いや、何ともないならいいんだ。依頼完了おめでとう」
気を取り直したように言う。
「・・・あ、あぁ」
とりあえず頷くものの、いまいち腑に落ちないミオンだった。



■a bolt out of the blue


そして事件は起きた。

グレイの強い希望もあり早々にセルレーヌの町を立った一行はサンカルナの町に宿を取っていた。
翌朝いつものように規則正しい時間に目覚めたミオンたったが、いつもとは違うことが起こった。
思い切り伸びをした拍子にパジャマのボタンが勢いよく弾け飛んだのだ。
「・・・え?」
思いもよらない出来事に寝ぼけた頭は当然困惑。
恐る恐る自分の胸元に手を当ててみると、昨日まではなかったはずの、柔らかな感触。
ぼんやりと何度かその弾力を確かめて、その正体が分かった。
何とも豊満なバストだ。
「なんじゃこりゃあぁぁっ!!??」
たまらず叫んだ。
「うー? 何だよ、ミオン・・・?」
隣のベッドからのそのそとイールが顔を出す。
ミオンの雄叫びにさすがに目を覚ましたらしい。そして、
「うわぁぁぁあああぁぁ!?」
ミオンを見るなりこちらも叫んだ。
「な、な、な、な、なんだよそれ!?」
動揺露わにワナワナと震えながらミオンの胸元を指差す。
「お前実は女の子だったのか!?」
「んなわけないだろっ!!」
イールのあくまで真面目なボケに拳でツッコミを入れるミオン。
「だ、だ、だ、だって、そ、そ、そ、そ、それ・・・うぅ・・・」
ボタンが千切れてしまってせいでパジャマの合わせこら零れんばかりになっているミオンの胸を凝視していたせいか、イールはついに鼻血まで出してしまった。
「ジロジロ見んな、馬鹿野郎!!」
慌てて胸元を隠してまた怒鳴る。
(何なんだよ、一体・・・)
すっかり目が覚めたものの、混乱のため頭はいっさい働こうとしない。
なぜ自分の体がこんな風に変化してしまったのか、ただただパニックだ。
よくよく気づけば変化は胸だけではない。完全に女性の体になっているのだ。
「おはよう、2人とも。朝から賑やかだね」
軽くノックをした後でグレイが顔を出す。
困ったような苦笑いを浮かべているあたり、朝から騒ぐ二人を軽く窘めに来たのだろう。
「あぁ・・・なるほど」
だがこの状況を目の当たりにすると、流石に何が起こっているか分かったようだ。
しかも、なぜか妙に納得したように頷いている。
「やっぱりこうなっちゃったか」
「やっぱりってなんだよ!?」
すぐさま噛みつくように詰め寄るミオン。
「ふぉーだふぉ、まひゃふぁはにふぁひっへはふは」
イールも何か言っているが、未だに鼻血が止まらないのかフガフガ聞こえるだけで何が言いたいのかさっぱりわからない。
ミオンはイールを一睨みしてから、勘に障る訳知り顔のグレイの袖を引いて部屋を出た。
すぐ隣のグレイの部屋に入り、扉を閉めたと同時に詰め寄る。
「一体どういう事だよ、コレは!?」
抑えていないとこれでもかというほど自己主張してくる自分の胸元を示す。
グレイは困ったような顔をして答えた。
「デリラの指輪をつけたせいだよ。昨日何も起きなかったから大丈夫だろうと践んでたんだけど、甘かったみたいだ」
「デリラの指輪・・・」
ミオンの脳裏に昨日のワンシーンが過ぎる。
「って、あの馬鹿のせいか!!」
ふざけて指輪をミオンにはめたイールの呑気な顔を思い返して地団太を踏む。
そしてまたグレイに向き直った。
「どうすれば直るんだ!?」
掴み掛からんばかりの勢いで尋ねる。
グレイは肩を竦めて言った。
「言い伝えが本当なら、デリラの指輪にはセースジュリアの呪いが掛かっていたはずだ。勉強家のミオンなら、聞いたことがあるかな?」
「セースジュリアの呪い・・・だって?」
グレイの答えに、ミオンは思わず膝を付いた。立っている気力を失った。
学術院時代に呪術の授業で聞いたことがある名だ。確か教師が雑談程度に話していたのを覚えている。
こんな呪いに掛かったらたまったものではないと思ったものだ。
絶句したミオンを見かねたのか、グレイがゆっくりと口を開いた。
「セースジュリアの呪いとは、元々は女児が生まれなかった民族が少しでも多くの子孫を残す為に妊娠のできる女性を増やそうとしたのが始まりで、この呪いを受けた者は老若問わず身体的に女性に変わってしまう。それも、効果的に男の気を引けるような飛び切り魅力的な女性にね」
(・・・まったく嬉しくない・・)
画面蒼白のミオンを後目に、グレイはさらに続けた。
「呪いの効果に期限はなく、自然に呪いが解けることはない。解呪方法はただ一つだ」
「言うな! 聞きたくない!」
勢いよく顔を上げ、涙声で言い捨てる。
聞かずとも知っている。知っているからこそ、絶望的なのだ。
子孫繁栄のために作られたセースジュリアの呪いを解く唯一の方法。それは、男に抱かれることだ。
(そんなの・・・死んだ方がマシだ・・・)
ミオンはより一層力なく床にへたり込んだ。

「酷なことを言うけど、次の依頼もすでに届いたことだし、早いところ呪いを解いた方が良いんじゃないかな」
薄緑色に光るコマンドコールを指さしてグレイが言う。
項垂れているミオンの肩を慰めるように叩いた。
「まぁ、イールに頼むか行きずりの男に頼むか・・・」
実に穏やかな口調が悪魔の脅迫のようにミオンの頭の中をぐるぐると巡る。
(この野郎、他人事だと思いやがって・・・)
歯を食いしばってグレイを睨む。だがグレイは全く意に介さない様子でニッコリ微笑んだ。
「それとも、俺に解いてほしいのかな?」
顎を引き寄せ、甘い声で囁く。
「~~~~誰がだっ!!」
ミオンは力任せにその手を払い除けた。
「冗談じゃないっての!!!」
一際大声で怒鳴り上げ、脱兎の如く勢いで部屋を飛び出す。
「やれやれ」
ドタバタという何とも派手な足音に、苦笑するグレイだった。



■Weak woman

5つ目の依頼はスタンダードな賞金稼ぎだ。ターゲットは盗賊団の頭領。
賞金首としてのランクもそこまで高くはなく、なぜこんな簡単な依頼が来たのかと不思議に思っていたが・・・なんでもこの盗賊団、数々のハンター達が手を尽くして探したが、どうにもこうにも見つからないらしい。
その遭遇率の低さにより、依頼としての難易度十分だと判断したのだろう。
「な~んか、レアモンスターみたいだな」
呑気なイールがいつものように冗談めかして言う。
「・・・」
ミオンは黙っていた。
眉間にはくっきりと跡が残ってしまいそうなほど皺を寄せている。
・・・つまりは、すこぶる不機嫌なのだ。それもイールにツッコミを入れることすらままならない程相当に。

その原因は、サンカルナの町での男達の視線にあった。
盗賊団の情報を得るため、やはり聞き込みから始めたのだが、女性になってしまったミオンにはナンパ男ばかりが寄ってきた。
悲しいかな普段から女性に間違えられることが多く、ナンパをされた経験も多分にあるミオンだったが、今回は男達の視線が違った。
グレイ曰わくセースジュリアの呪いで“とびきり魅力的な女性”になってしまったためなのか、男達は皆たぎるような目でミオンを見るのだ。
散々欲望を投げかけられて、たかが聞き込みの段階でぐったりしてしまった。

さらに、ミオンが苛立っている理由はまだあった。
「そんな顰めっ面すんなよぉ、せっかく可愛い女の子になったんだからさぁ。女は愛嬌だぜ、ミオンちゃん♪」
こんな軽口を叩きながらヘラヘラ笑うイールを、当然ながらいつものように拳で黙らせるのだが・・・
「殺すぞ、お前!!」
「えへへ~、痛くないもんね~」
何度拳骨を振るおうとも、イールは平気な顔をしている。
女性になってしまった分、ミオンの腕力が格段に墜ちているのだ。
寧ろ殴ったミオンの手の方が痛い位に、とてもか弱くなってしまった。これまた全く持って不本意だ。
「可愛いし、巨乳だし、殴られても痛くないし、ミオンが女の子だと良いこと尽くしだな」
脂下がった顔でイールが笑う。“ずっとこのままならいいのに”などと、とんでもないことまで言い出す始末だ。
「な~、グレイもそう思うだろ?」
満面の笑みでグレイにまで同意を求める。ミオンが思い切り睨んでも全く効果がない・・・。
「まぁ可愛いのは何よりだね」
グレイは苦笑混じりでミオンを見つめる。そしてふと真面目な顔になったかと思えば、“ただ・・・”と続けた。
「ミオン、その身体で銃は使えるかい?」
「え・・・」
グレイの問いかけにミオンはドキリとした。
「使えるに決まってるだろ! そこまで弱っちくなってねーよ!!」
憮然として“バカにするな”と言い放つ。
「大丈夫ならいいんだけどね」
ミオンの態度にグレイはまたも苦笑した。

「こうやってダラダラ連れだって歩いてたって埒があかない。二手に分かれようぜ」
暫く歩き進んだ後で、ミオンはイールにそんな提案をした。
遭遇率の低さを誇るだけあって、ターゲットの盗賊団は気配すら感じられないままだ。
ともすれば、少しでも確率を上げるために別行動に出るしかない。
イールも同意し、すぐさま森の中へと駆け入った。
グレイはいつも通り依頼にはノータッチの姿勢を貫くらしく、どこからともなく取り出したハンモックを取り付けてお昼寝タイムを決め込むようだ。
(おれはこっちだな)
イールが向かった方向とは逆の道を進む。
歩き続ける森の中は、どこを見ても木があるばかりで人の気配などやはり感じられない。時折鳥の声が響くくらいだ。
(銃が使えるか・・・か)
ふと、先程のグレイの言葉を思い返す。
強気に返しはしたが、正直なところ、ミオン自身もホルスターのズシリとした感覚に不安を感じていた。
(重い・・・な)
銃を取り出し、いつもは感じないはずのその重量感に戸惑う。
一点の木目を的に見立て、銃を構える。
その重みにより少しばかり腕にだるさを感じながら、ほんの少し魔力を込めて引き金を引いた。
「うわっ!?」
弾が飛び出す勢いに負け、ミオンは後ろによろめいて尻餅を付いてしまった。
肩が外れたのかと思ったし、銃を握っていた手はビリビリと痺れている。
さらに、そうまでして放った弾丸は狙いを大きく逸れていた。
「嘘だろ・・・」
不安が的中していたことに打ちひしがれる。
腕力を失い、体術で戦うのは到底無理だ。その上銃まで使えないとなれば、ミオンには何の武器もない。
ハンターとしては絶望的というしかないだろう。
(呪いを解かなきゃ・・・)
行き着いた結論に青ざめる。
(でも、そんなの・・・絶対に嫌だ)
男に抱かれる・・・解呪方法はそれだけだ。
呪いを解かなければ一生このまま、役立たずの無能ハンターのまま。
「どうすりゃいいんだよ・・・」
絶望のあまり泣きそうになる。
そんなミオンを、いつのまにか数人の男達が取り囲んでいた。
「おねーさん、こんなところでとうしたの?」
「物騒なもん持ってるね~」
言いながら、男がミオンの銃を遠くに蹴る。
「なにすんだ!?」
ミオンは猛然と男に立ち向かう。
しかし力の差は明らかで、あっという間に羽交い締めにされてしまった。
「クソッ、離せ! なんなんだお前ら!! ぶっ殺してやる!!」
じたばたと全身で抵抗するのに、男達の腕はピクリとも動かない
「おてんばなおねーさんだなぁっ」
「っ!?」
腹を殴られ、ミオンはぐったりと気を失った。
意識を手放す間際、心からこう思った
(なんで、おれがこんな目に・・・イールの馬鹿野郎)



■hang by a thread


気が付いたミオンは両腕を高々と縄で縛られていた。足は地面すれすれで、なんとも不自由でつらい体勢を強いられている。
「気が付いたか、おねーさん」
目を開けた途端に、先程ミオンを気絶させた男の顔が目前に迫った。男の息を吐きかけられて、安価なアルコールの臭いが鼻につく。
「手荒な真似して悪いと思ってるぜ? けど女のくせに暴れてくれるもんだからよぉ」
ミオンの髪を引っ張りながら薄ら笑う。
(女じゃねぇ!!)
・・・と怒鳴りつけてやりたかったが、生憎ミオンの口には布を噛まされ満足に声を出せない状態にされていた。
「うーっ! んーんー! ううー!!」
精一杯暴れてみるが情けないほど効果がない。
男達はニヤニヤと笑みを浮かべたまま、少しずつミオンの服に手をかけ始めた。
「んーっ!!」
(やめろ!さわるなっ!!)
ジタバタしても所詮無駄な抵抗だ。
男達の脂ぎった指先が服の間から押し入ってくる。
欲望をたぎらせた目つきと荒い息が益々ミオンに嫌悪感を募らせる。
(こんな奴らになんか、冗談じゃない!)
男に抱かれれば呪いは解ける。・・・一瞬それも過ぎったが、大きく頭を振った。
(クッソ、気持ち悪い)
複数の手に撫で回され、吐き気すら感じ始めた。
何もできない絶望感と悔しさで泣きそうになる。
(さっさと助けに来いよ、グレイ!!)
目を閉じ、歯を食いしばって、思い浮かんだのはなぜかグレイの顔だった。
その時だ。
「ぐわっ!?」
「痛ぇ!」
ミオンに群がっていた男達に向かって何かが飛んできた。
(・・・なんだ?)
一体何が起こったのかと足元を見てみれば、ドングリが幾つか落ちている。
「うちの可愛い子においたをして貰っちゃ困るな」
穏やかな、けれどいつもよりもずっと冷たさを含んだ声が聞こえる。
声の方を見てみれば、やはりそこにはグレイがいた。
手には小さなドングリを乗せている。
「何だてめ・・うっ!」
グレイに向かって行こうとした男が言葉途中で額を抱えてうずくまった。
グレイが男めがけてドングリを指で弾き飛ばしたのだ。一見すると子供の悪戯のようだが、グレイの魔力が込められているとたかがドングリがさながら弾丸だ。
「この女の敵めーっ!!」
グレイの傍らから飛び出してきたのはイールだ。
いつも以上に血走った目で男達を叩きのめしていく。
「オレでさえまだ触らせてもらってないんだぞ!このやろー!!」
聊かおかしな怒りのようだが・・・。
「大丈夫?」
グレイが労るような手付きで縄をほどく。霰もない姿にされてしまったミオンを気遣い、どこからともなく羽織までを出してくれた。
「あぁ。気分は最悪だけどな」
ようやく自由になった口で早速悪態を付くミオン。
恨みの眼差しを男共に向けると、丁度イールが最後の一人にアッパーを繰り出して気絶させているところだった。
そしてその瞬間だ。
“mission clear”
グレイの腕輪が青白い光の文字を放った。
「おや?」
流石のグレイも予想だにしなかったのか、意外そうに眉を顰める。
「どうやら、彼らがターゲットだったみたいだね」
すっかり叩きのめされた男達とコマンドコールを見比べて、合点が行ったように頷く。
「棚ぼたラッキーだな!」
イールが思わずガッツポーズをする。
一方ミオンは、
(なんか・・・ものすごく腑に落ちない・・・)
あまりのことに、依頼成功を素直に喜べない。
これではまるでミオンは囮だ。もしくは撒き餌とでもいうべきか・・・。
「どうしたんだよ、ミオン? 5つ目クリアだぜ! もう半分まできたんだぜ! 嬉しくないのかよ!?」
すっかりテンションの上がりきったイールが熱弁を振るう。
遭遇率の低さを誇るレアモノ盗賊をこんなにあっさりと捕まえられた。ジュネラルハンターへの道も折り返し地点に来た。
それは確かに喜ぶべきことなのだが・・・
(なんでおれだけわざわざあんな目に・・・)
やっぱり何だかどう~しても腑に落ちない。
「そ、そうだよな、嬉しいよな! あは、あははは・・」
グレイに借りた羽織をぎゅっと握りしめ、引きつった笑いを浮かべるミオンなのだった。



■To break a curse


(疲れた・・・)
ミオンは深い溜息とともにベッドに沈み込んだ。

捕らえた盗賊達はグレイがつつがなくGATE(※賞金首自動送還魔法)でギルドへ送り届け、近くの町で宿を取ることにした。
珍しく一人部屋を与えられたことだし、盗賊達に触られた気持ち悪さも早々にシャワーで洗い流したし・・・少し早いが、もうこのまま眠ってしまおうかとボンヤリした頭で考える。
慣れない身体のせいなのか、あんな目にあったからなのか、ミオンの疲労感は相当なものだった。
(なんか肩凝るし・・・女の身体って大変なんだな)
未だに自分のものとは信じがたい胸元を見てまた深い溜息。

ずっとこのままでいるわけにはいかない。
武器も使えず戦えないとなれば、ハンターとしてはもはや死んだも同然だ。
それになにより、もう二度とあんな目に遭うのは御免だった。
しかし呪いを解いて元に戻るには・・・と考えれば、どうしても踏ん切りが付かずに堂々巡りになってしまう。
(誰かに・・・なんて、そんなの・・・)
“誰か”と思っただけなのに、なぜだかふとグレイの顔が浮かんだ。
(なんであんなヤツの顔が出てくるんだ!?)
浮かんできた顔を振り切るように何度も何度も頭を振る。
『俺に解いてほしいのかな?』
グレイの甘い囁きを思い出し、自然と顔が熱くなる。
「~~~あぁ、もう!」
取り去ろうとすればするほどグレイの笑顔が頭に浮かび、ミオンは枕を殴って八つ当たりをした。
(もう・・・寝よ)
これ以上考えていたらおかしくなってしまうと、睡眠に逃避する事に決める。
部屋の鍵を掛け、電気を消してリラックスした気持ちでベッドに潜った。

それから、数分程度経っただろうか。
何やらカチャカチャとドアノブが音を立てたため、ミオンは警戒しつつ体を起こした。
---ガチャ。
(えっ!?)
ドアノブが回り、鍵を掛けていたはずの扉が開く。
驚くミオンの前に現れたのは、少しばかり意外そうな顔をしたグレイだった。
「もう寝てるかと思ったんだけど、起こしちゃったかな?」
全く物怖じせずにスタスタと室内へやって来て、いつも通りの笑みを浮かべている。
ミオンは顔をひきつらせて尋ねた。
「鍵かかってただろ? どうやって・・・」
「あはは、これくらいの鍵ならカンタンにピッキングできるよ」
グレイが呑気に言う。
(コイツって・・・)
グレイがもしもハンターになっていなければ、間違いなく特Sクラスの犯罪者になっていただろうと思うミオンだった。
「鍵こじ開けてまで一体何の用だよ?」
げんなりしながら改めて問いかける。
グレイはベッドに腰掛けると、ミオンの頬に触れながらまた微笑んだ。
「呪いを解いてあげようと思って、夜這いに来たんだよ」
「はぁっ!? な、なに言ってんだよ!? 」
あまりのことに飛び退くミオン。
だがグレイはミオンの腕を引き寄せ、腰を取り、いとも簡単にミオンの身体をシーツへ沈めてしまった。
「じ、冗談だろ? なぁ? 」
組み敷かれ、ミオンは視線を泳がせつつ戸惑いを露わにする。
未だかつてなく目前に迫ったグレイの顔がまともに見れない。
だがグレイは至っていつも通りの口調で宥めるように言った。
「また今日みたいに襲われるのは嫌だろう? 早く元に戻ったほうがミオンのためだよ」
ゆっくりとミオンの腰を撫でる。
「でも、こんなの・・・」
困惑するミオンをよそに、グレイはミオンのパジャマのボタンに手を掛けた。
「待て・・・っ、てば・・・」
盗賊達に撫で回されたときとはまるで違う感覚がミオンを包む。
ただボタンを外されようとしているだけなのに、グレイに触れられている部分がひどく鋭敏になったように感じる。
心臓は破裂しそうな程高鳴っていた。
(何だよこれ・・・)
身体の芯がくすぐったいようなもどかしいような心地で、徐々に抵抗する気力が失われていく。
すべてのボタンが外されて胸元が露わになる頃には、ミオンは目をぎゅっと閉じてただ与えられる感覚に身を委ねていた。
「・・・っ・・」
グレイの器用な指先がミオンのへその辺りを擽るようになぞる。
そして言った。
「解呪--break--」
「へっ?」
思いがけない言葉に目を開けるミオン。
見ればグレイに触れられた部分を中心に自分の身体が光に包まれている。
しかも、
「え? も、戻った!? なんで!?」
みるみるうちに胸が萎み、女性の身体から元の身体へと変化していった。
「俺に不可能はないんだよ」
人差し指をかざし、グレイが不適な笑みを浮かべる。
指先でなぞるようにしていたのは魔法陣を描いていたのだ。
本来ならばたった一つの方法でしか解けないはずの呪いを、この男はこんなにもあっさりと解いてしまった。
ミオンは愕然とした。
「こんなんで済むならもっと早く解いてくれればよかったじゃないか!!」
グレイに掴み掛かる。
なにせ解呪方法はたった一つだけだと思っていたのだ。というか、グレイだって確かにそう言った。
おかげでミオンは散々悩んだ挙げ句あんな目にまで遭ったというのに・・・。
だがグレイは悪びれる様子は一切なく、呑気に言ってのけた。
「素直に俺に呪いを解いてほしいって言ってくれれば、すぐにでも解いてあげようと思ってたんだよ? けどなかなか言ってくれないから意地悪をしたくなってね」
悪戯に笑う。
「意地悪で済むかよ!」
当然納得行かずにミオンは怒鳴るが、グレイはまぁまぁと宥めるだけで相変わらず呑気に笑っているだけだ。
「明日になったらイールががっかりするだろうなぁ・・・」
すっかり男に戻ったミオンの胸元をまじまじと見ながらぽつりという。
そして、外れたままだったボタンを慣れた手つきで留めていく。
「女の子のミオンも可愛かったけど、やっぱりいつものミオンの方がいいね」
「・・・え・・」
ごく自然な動作で髪を撫でられ、ミオンは思わず真っ赤になってしまった。
いつもならばすぐさま“気安く触るな”などと言って払いのけてやるのに、なぜか身体が硬直してしまったように動かない。
全身が心臓に変わったみたいに心音が響いている。
「そろそろ定例報告の時間だな」
時計を見やり、グレイが呟く。
ミオンから手を離すと、“おやすみ”と言ってあっさりと部屋を出て行ってしまった。
(・・・なんなんだよ、アイツ・・)
パタンと扉が閉じた途端、ミオンはへなへなと倒れ込んだ。
グレイに触れられた柔らかな感触がまだ髪に残っているような心地がして、ミオンは顔が熱くなるのを感じた。




■I continue a trip

翌朝。
案の定、元に戻ったミオンを見るなり、イールは露骨にがっかりした顔をした。
それどころか、
「クソー、一回くらい触っとくんだったー!!」
頭を抱え込んでそんな事を言っている。
ミオンは頭を抱えながら言い放った。
「だったらお前があの指輪つけて女になればいいだろ? そしたら思う存分触れるぞ」
もちろん冗談だったのだが、イールは目から鱗とでも言うように手を叩いて感心している。
すぐさまグレイにデリラの指輪を貸してほしいと頼んでいるほどだ。
「ごめんね。もうギルドに渡しちゃったよ」
「えぇー!? なんだよぉ・・・」
グレイが困ったように言うと、イールはまたガッカリして肩を落とした。
(あいつは本物の馬鹿だ・・・)
そう確信するミオンだった。

「もうすっかり本調子になったかい?」
「まぁな」
グレイに微笑みかけられ、ミオンはぶっきらぼうに答える。
グレイは“それはなにより”と満足げに頷いて、ポンポンとミオンの頭を撫でた。
「その、頭撫でんの止めろよな。ガキ扱いするな」
スッと後退りしてから不機嫌そうに言い放つ。
瞬時に昨夜の感触が蘇ってしまったことが恥ずかしくて、何とか取り繕うとした。
だがグレイはいつものことながら悪びれる様子はなく、それどころか意地悪い笑みを浮かべて言った
「ミオンだって、俺のこと撫でてくれたじゃないか。膝枕の時に」
ミオンだけに聞こえるような囁き声。
ミオンは目を見開き、たちまちのうちに真っ赤になった。
「お、お前、あの時寝たふりしてたのかよ!?」
「さぁ、どうだったかなぁ」
惚けるグレイ。
「この野郎!!」
大きく振りかぶって拳を振るうが、やはりグレイには軽々と避けられてしまう。
「うん、いつも通りのミオンだね~。元に戻って良かった良かった」
「ふざけるな!!」
呑気に笑うグレイにミオンの怒号が響き渡る。
「なぁなぁ、さっさと次の町行こうぜ~?」
「あぁ、忘れるところだった」
マイペースなイールに急かされると、グレイはどこからともなく白い書類を取り出した。
新しい依頼書だ。
「さて、次の依頼はね」
グレイの説明が始まれば、ミオンもイールも真剣な顔をして聞き入る。

残る依頼は5つ。
ミオン達の旅はまだまだ続くのだった。
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