RAISE

sakaki

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二話

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――― RAISE 第二話 ―――



■labor at a task


カンカンと照りつける太陽。見渡す限り広がる一面の緑。
自然と流れ落ちてくる汗を拭うため、ミオンはかぶっていた麦わら帽子を脱いだ。
「なんでおれがこんなことを・・・」
誰に当てるともなく、呟く。
腰をかがめて草むしりをしていたせいで、背伸びをした拍子に関節が鳴った。
「あとちょっとで終わるんだから頑張ろーぜ」
一向にペースを落とすことなく働き続けているイールがミオンに笑いかける。いつもの服とは違い、オーバーオールに長靴、首にはタオルを巻いている。ちなみにミオンも同じような格好だ。
(体力バカめ)
こっそりと悪態をつきつつも、たしかにイールの言う通りなので大人しく作業を再開した。

ミオンとイールが黙々と労働している姿を、二人が木陰から見守る。
一人はグレイ、そしてもう一人は上品そうな老婦人だ。
「本当にごめんなさいねぇ、こんなことさせて・・・」
申し訳なさそうに言う。
グレイは、杖を付く彼女をエスコートするように手をとり、どこからともなく出現させた白いウッドチェアに座るよう促した。
椅子と揃いのテーブルも出し、その上にはアンティーク調のティーセットを準備する。
「お気になさらないでください、マダムシンシア。ギルドに依頼をされた以上は、何も遠慮することはありません」
優しい笑みを讃え、グレイがゆっくりと首を振った。
優雅な仕草で紅茶を注ぐその姿は、宛ら執事のように見える。
(いいご身分だな・・・)
汗を拭いながらグレイを睨むミオン。
目が合うとニッコリと微笑みかけられ、慌てて視線を逸らした。

八つ当たりをするように手あたり次第草を引き抜く。
一際太い葉を抜くと、人型の根っこが姿を現した。
「うわっ!!」
驚きながらも即座に腰の銃を抜き、引き金を引く。打ち抜いた根は一瞬で灰になった。
(び、びっくりしたぁ・・・)
突然のことに心臓がドクドクと早鳴りしている。
「うわっ、こっちにもあった!!」
今度はイールが叫び、ミオンと同じく瞬時に根を打ち潰した。

このようにすぐに始末しなければ、人型の根は忽ち動きだし、悍ましい叫び声を上げる。そしてその声を聴いた人間は皆死んでしまう、いわば呪いの植物なのだ。

何度か同じような作業を繰り返し、ただの雑草も全てが刈り終わると、ようやくグレイの左腕から光の文字が放たれた。
―mission clear―

ミオンとイールがジュネラルハンターになるためにこなさなければならない10件の依頼のうち、2件目として選出されたのが今回の『マンドレイクの一掃』である。
広大な土地を所有するシンシアは、高齢になり足が不自由になったこともあって、この大農園の管理をすることが難しくなってしまった。手入れせず放置していたところ、一体どこから種子が飛んできたのか、多数のマンドレイクが自生するようになってしまったのだ。
そしてこの度、シンシアはこの土地をギルドに寄付することを申し出たため、その前に土地の整備がてらマンドレイクを一掃してしまいたい・・・ということらしい。

大昔には、マンドレイクは薬や魔術の材料の一つとして重宝されていたらしいが、現代では政府によりその使用は禁止され、単なる呪いの植物として駆除されている。
そのため実物を見る機会など滅多になく、ミオンとしてはいい勉強になると思っていたのだが・・・
(こんな重労働させられるなんて思わなかった・・・)
顔中に怒りマークを張り付けながら刈り取った雑草を運ぶ。
長時間の草むしりによって体力は限界、フラフラとした足取りになっていた。
ミオンと違って体力自慢のイールは、まだまだ元気という風に走り回って働いているが。

「あっ」
足がもつれてバランスが崩れる。重たい台車は派手な音を立てて倒れてしまった。
その重みにつられてミオンも転びそうになるが、ふわりと後ろから抱き上げられたので免れた。
「大丈夫?」
案の定と言うべきか、振り返るとこれでもかというほどの至近距離に余裕の笑顔を浮かべたグレイがいた。
「だ、大丈夫だよ!」
怒鳴るように言い、慌てて手を振りほどく。
倒れた台車を起こそうと手を伸ばすが、グレイがそれを静止した。
「依頼はもう完了してるし、後片付けなら俺がやるよ」
優しく微笑み、ミオンの髪を撫でる。
言うが早いか、あっという間に凄まじい量の雑草を一か所に集めて焼却処分にした。その場から動くこともなく、いとも簡単に。
(なんか、コイツ見てると自分の努力がすごく無駄なことに思えてくるな・・・)
愕然としながらグレイの仕事ぶりを見つめるミオン。
なんだかどっと疲れが出たような気がして思わずその場にへたり込んだ。
グレイはミオンを覗き込むように腰をかがめ、またもにっこりと微笑んだ。
「マダムシンシアのご厚意で、今日は彼女のお屋敷に泊めていただけることになったよ。イールは先に行ってるから、俺達も早く行こう」
優雅な仕草で手を差し伸べる。シンシアをエスコートしていた時と何ら変わりない振る舞いだ。
(なんでコイツはいっつもこうなんだよ・・・)
絵にかいたようなフェミニスト・・・・とでも言ったところか。
初めの内こそ自分を女性のように扱うグレイに腹が立ったものだが、万人に対してこうなのだと分かってからはあまり苛立つことはなくなっていた。
とはいえ、
「ひ、一人で立てるから!」
素直にそれを受け入れることはいまいち出来ない。
ミオンはグレイの手を取ることなく立ち上がり、すたすたと早足で歩き始めた。
「ミオンはつれないなぁ・・・」
肩をすくめて呟いた後で、グレイもミオンの後に続く。
その左手に付けられたコマンドコールは淡い緑色の光を放っていた。



■perfection


屋敷に戻ってからすぐにシャワーを浴び、シンシアの息子たちが着ていたのだという洋服を借りた。
イールは緑色の半そでシャツに紺色と赤のチェック柄の蝶ネクタイ、ミオンはウイングカラーの白シャツに黒のリボンタイを付けている。先ほどまでの農作業ルックとは打って変わって、二人とも少しばかりかしこまった服装となった。

「うっまそー!!」
食卓に並べられた数々の豪勢な料理に、イールが感激の声を上げた。
その瞳は輝き、口の端からはだらしなく涎が垂れている。
「あらあら、シェフも顔負けのお料理だこと」
着替えてきたらしいシンシアも目を見開いて感心する。
ミオンはてっきりシンシアが拵えたものだと思っていたのだが、彼女の言葉からするとそうではないらしい。
「キッチンをお借りしてしまって申し訳ありません。」
ギャルソンのような恰好をしたグレイが姿を現した。今まで厨房にいたらしい。
シンシアに向かって恭しく一礼すると、その手を取って席へと促す。
「こんなにお料理が得意なら、今後はシェフとして雇いたいくらいね」
「光栄です。お口汚しにならなければ良いのですが」
冗談めかして言うシンシアに、グレイは柔らかく微笑む。
「こ、これ、全部グレイが作ったのか!?」
二人の間に割り込むようにして言ったのはイールだ。
おかげでそれまで漂っていた優雅な雰囲気が一瞬で変わったような気がするが、本人はいたって真面目に、今までで一番というくらいの尊敬の眼差しを向けている。
「そんなに食欲中枢が刺激されてくれてるなら作り甲斐があるよ」
グレイは苦笑しながら滝のように流れ出ているイールの涎をハンカチで拭う。
「貴方たちもお坐りなさい。せっかくのお料理だもの、冷めないうちに頂きましょう」
「はいっ!!」
シンシアに促され、イールは一目散に席に着く。
エプロンを外して一瞬で何処かに仕舞いこんだグレイも同じく。
ついついぼんやりしていたミオンも、少し慌てながら空いていた椅子に座った。

(ホントにすごい料理だな・・・)
改めてグレイが作ったというご馳走をじっくりと見つめ、呆然とする。
以前は立食パーティで用いられていたという大きなアンティーク調のダイニングテーブルに全く引けを取らないほど豪勢な料理達は、一流レストランで出されたものと言われても全く疑いようがないだろう。
シェフ顔負けなのは見た目だけではなく、味も確かな一級品だ。
(つくづく嫌味な奴・・・)
一口含んだ後で料理とグレイを交互に見やり、ミオンはこっそりため息を付いた。
料理は確かに美味しいし、この豪華な屋敷に一人一部屋で泊まれるなんて心から嬉しいのだが・・・あまりにもそつのないグレイに、何となく面白くない気持ちになっていた。
(なんか・・・・欠点とかないのかな・・・)
荒探しをしてみようとじっと見つめてみる。

ミオン達と同じく、グレイもまたシンシアの息子たちの衣服を借りてきているらしく、いつもとは全く違う恰好だ。
Yシャツこそ見慣れた白だが、ベストとパンツは黒、首に巻かれたシルバーのアスコットタイがまた上品さを掻き立てている。
テーブルマナーもお手の物らしく、一つ一つの所作が実に優雅だ。隣にイールがいるせいで余計にそう見える。

シンシアを楽しませるように会話をしながら、無茶な食べ方をして散らかすイールの周辺が見苦しくならないようにと適宜片付けをしている。
常に周りに気を配る、その余裕が彼にはあるのだ。
「どうかした?」
「えっ?」
不意に目が合い、にっこりと微笑みかけられる。
じっと見つめてしまっていたことに気付かされ、ミオンは慌てて視線を逸らした。
「なんだか難しい顔してるけど、嫌いなものでもあった? 」
「べ、別に、ないよ」
心配そうに尋ねられ、ミオンは俯いたままでポツポツと言葉を発する。
誤魔化すように、少しだけ食べる速度を速めた。
(これじゃあまるで、アイツに見惚れてたみたいじゃないか)
頬が熱くなる。
自分でも納得がいかないその考えを振り切るように一気に料理を詰め込んだ。
「う・・げほっごほごほ」
イールと違いすぐに許容範囲を超えたので、咽返って咳き込むミオン。
「あらあら、大丈夫?」
「いくら美味いからってがっつくなよなー」
シンシアには心配され、イールにはからかい口調で笑われた。
「お前にだけは言われたくないっての!」
ガタンと音を立てて立ち上がり、向かい側に座っているイールにナフキンを投げつける。
「ミオンはすぐ怒る!!」
「うるさいっ!」
不満そうなイールを一喝し、ミオンはグラスの水を飲み干した。
「仲良しねぇ」
二人の一部始終を楽しそうに眺めていたシンシアが声を上げて笑う。
「騒がしい食卓になってしまって申し訳ありません」
グレイは困ったように言いながら、シンシアのグラスにワインを注いだ。
「いいのよ。息子たちが一人立ちしてからは、こんなに楽しい食卓は久しぶりだもの」
白ワインで満たされたグラスを持ち上げ、乾杯をするような仕草をしながらシンシアが微笑む。
「お優しいお言葉、感謝致します」
その言葉にホッとしたようにグレイもまたニッコリと笑った。
かと思えば、未だ言い争いをしているイール、ミオンに向き直り、宥めるように言う。
「ほら、二人とも。いい子だから、お食事中は大人しくしようね~」
まさに幼子に言うようなその口調・・・
「「子ども扱いするな!!」」
ミオンとイールは声を揃えて怒鳴る。その様子にシンシアはまた笑った。



■room choice


食事を終えたミオンとイールの両名は、屋敷の中を歩いていた。
今日泊まる部屋を決めるべく、シンシアの子供たちが使っていたという6部屋を見て回っているのだ。
グレイは早々に長男が使っていたという書斎のような部屋に決めていたため、ミオンとイールは残りの5部屋の内から好きな部屋を選ぶことになった。
とはいえ、絢爛豪華なこの屋敷・・・どの部屋を選んだとしても上質なことに間違いはなく、野宿や安宿が常のミオン達にとっては実に贅沢で至福の夜なのだ。

「しっかし、美味かったなぁ・・・グレイの料理。毎日作ってくれないかなぁ・・・」
未だ食事の味に酔いしれているイールが言った。
うっとりとした表情で、またも涎が垂れてきている。
(汚いな・・・)
イールの顔を横目で見つつ、ミオンは顔を顰めた。
「オレ、もう一生グレイを師と仰ぐことに決めたよ!」
拳を高々と上げ、そんな決意表明までしている。

彼にとって“美味しい食事が作れる”というのはどんな才能よりも評価すべき項目に値するらしい。
これまで様々なグレイの実力を見せつけられる度に甚く感動していたイールだが、今ほど心の根底からグレイに尊敬の念を抱いていることはなかっただろう。

ミオンは益々呆れ顔になった。
「お前はすっかりグレイ信者だな・・・」
げんなりしてぼやく。
“単純バカ”という嫌味を込めての言葉だったのだが、イールは意に介さずしたり顔で笑った。
何か企んでいるような顔だ。
そして案の定ろくでもないことを言った。
「ミオンだってメシの時、グレイのことじぃ~~~っと熱い眼差しで見つめてたくせに」
“うりうり”などと言いながら肘でミオンをつつく。
そんなことを言えばいつもならばすぐに拳が飛んでくるはず・・・だが、ミオンは微動だにしなかった。
怒られないのをいいことに、イールの軽口は尚も続いた。
「もしかして、グレイに惚れちゃってたりしてなー」
豪快に笑う。
ミオンは黙ったまま、ゆっくりと銃を抜いた。
冷たい銃口をイールの額にゴツリと当てて、あくまで冷静な口調で言い放つ。
「そんなバカな考えが浮かぶほど壊れた頭なら、いっそ吹き飛ばしてやろうか?」
「ごめんなさい。ほんの冗談のつもりでした」
イールは青ざめながら引きつった笑みを浮かべた。

「ったく、バカなこと言ってると本当に殺すぞ」
ミオンはやれやれ、という風にため息をつく。イールが両手を上げて降参のポーズを取ったのを確認してから、ようやく銃を腰に仕舞った。
「ホントに銃向けることないだろ・・・もし暴発したらどうすんだよ」
涙目で恨みがましくイールが呟く。
ミオンは冷たく“知るか”と言い返し、未だ怯え気味のイールから顔を背けた。

平静を装ってはいるが、内心はかなり動揺していた。
よもやまさか、グレイを見ていたことを気づかれているとは思わなかったのだ。
てっきり、イールは目の前の食事に夢中で周りなど見えていないと思っていたのに・・・。
それとも、そんな状態のイールにすらばれてしまうほど、自分は熱心にグレイを見ていたのだろうか・・・そう思うと不本意にも頬が熱くなった。
(くだらないこと言いやがって・・・・)
顔の火照りを誤魔化すように、ミオンは速足で歩く。

ようやく寝室に続く扉の並ぶ廊下にたどり着くと、一番目の扉を開けた。
部屋など別に拘らないし、もうここで決めてしまおう・・・・そう思ったのだが、
「・・・うわ・・・・」
扉を開き、電気を付けたその瞬間にミオンは思い切り顔をゆがめた。

視界に飛び込んできたのは眩い花柄の壁紙。ベッドにはピンク色のレースが幾重にも重なった愛らしい天蓋、カバーは壁と同じく花柄だ。床に敷かれたピンクの絨毯がより一層その乙女チックさに拍車をかけている。

「すっげー、お姫様の部屋みた~い!」
呆然と立ち尽くしているミオンをよそに、大はしゃぎで部屋に入ったイールがベッドの上で飛び跳ねる。
「じゃあお前がここの部屋な」
そう言い残し、ミオンはさっさと扉を閉めた。
あの少女趣味の部屋でなぜあんなにも喜べるのか・・・ミオンには全く理解ができない。
正常な感覚を持つ一般男子ならばミオンと同じく拒否反応を示すものではないのだろうか・・・。
(ま、どうでもいいや)
イールの考えが理解できないのは今に始まったことではない・・・そんなことを考えながら、すぐ隣にある扉を開けた。
電気をつけると、ベッドは同じく天蓋付だが、色は青。壁紙は青空柄の部屋だった。
(ここでいっか・・・)
子供っぽい部屋ではあるが、隣よりははるかにマシだと考えた。
色々とえり好みするのも面倒だからと、ミオンの部屋はここに決まった。



■hazardous night


ミオンは窓際に立ち、外の景色を眺めていた。
深い藍色の空には眩い星が輝いている。
時折流れ星も見ることができたが、願い事など思いつくわけでもなく、ただぼんやりと眺めているだけだった。
昼間散々草むしりをした大農場は、今は何もないただの土壌だ。
きっと昔は色とりどりの草花があたり一面に広がっていたことだろう。そう思うと、なんだか少しだけ寂しくもなった。

「何か考え事かな? 」
背後から突然声を掛けられ、内心かなり驚きながらミオンは振り返る。
扉に背を凭れたような姿勢で立つグレイがこちらを見つめていた。
「一応ノックもしたんだけど、聞こえなかったみたいだね」
ドアを叩く仕草をして見せてから、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
「何か用か?」
すぐ隣までやって来たグレイを避けるように一歩後ずさり、ミオンは無愛想に尋ねた。
その様子に苦笑しながら、グレイは窓の外に視線を向ける。
遠くを見つめるその横顔に、ミオンは何だか調子が狂うような心地がした。
「ミオンの顔が見たくなった・・・っていうのは用に入る?」
紫色の瞳がミオンを捉える。
その甘ったるい台詞に、ミオンは思い切り眉を顰めた。
「くだらないこと言いに来ただけならさっさと出てけよ」
勢いよく顔を背け、頬杖を付きながら外を眺める。
大抵はここでヘラヘラとした笑みを浮かべて“つれないなぁ”などと言ってくるのだが・・・・グレイはため息を一つ漏らしただけだった。
(なんだよ・・・調子狂うな・・・)
思いがけない反応に戸惑う。
盗み見るようにグレイに視線をやると、驚くほど真剣な瞳で見つめられていることに気付いた。
「ねぇ、ミオン」
ゆったりと微笑み、名前を呼ぶ声。
「なん・・・だよ・・・・」
伸びてきた手に髪を撫でられ、ミオンはさらに戸惑う。
真っ直ぐに見つめるグレイの瞳に捉えられたかのように、全く体が動かなかった。
グレイの手を振り払うことも、後ずさることもできない。
「可愛いね」
一際甘い声で囁かれ、髪を撫でていた手は頬に添えられる。
(う、嘘・・・)
端正な顔が徐々に目前に迫る。ミオンはギュッと目を瞑った。

―――――ガシャーンッ!!

「うわっ!?」
何かが割れる音がして、ミオンは驚愕と共に体を起こした。
部屋は暗く、窓も閉まり、ミオンはベッドの中にいる。当然ながらグレイもいない。
ともすれば、今までのことは夢だったのだろう。
(なんでこんな夢見なくちゃいけないんだよ・・・)
愕然とするミオン。
(きっとあのバカがあんなこと言ったせいだ!!)
“グレイに惚れちゃった”などと言っていたイールのことを思い出し、枕を殴って八つ当たりした。

―――ドンッ、ガシャン!

また音が鳴り、ハッとしたように周りを見る。
「なんだよ、これ・・」
目の前の光景にミオンは唖然とした。
部屋中の物が宙に浮き、壁にぶつかっては跳ね返ったり壊れたり、ありえないスピードで動き回っているのだ。
「ひっ!?」
耳元で笑い声のようなものが聞こえ、振り返るが当然人の姿はない。
(・・・な、なんなんだよ・・・)
自分の置かれた状況が全く分からず、ミオンはただただ青ざめた。
―――ドンドンドン。
「うわっ!?」
扉を叩く音が聞こえ、今度はなんだと身構える。
「ミオン!」
扉を開けたのは見慣れた顔だ。
「グレイ!!」
ミオンは藁にも縋る思いで駆け寄った。

「やっぱりこっちも同じ状況か・・・」
ミオンの部屋を見つめ、グレイが渋い顔をする。
「こっちもって・・・・」
“どういうことだ?”と聞く前に、グレイの背中に隠れるようにしてしがみついているイールに気付いた。
「ううう・・・怖ぇよー怖ぇよー」
ガタガタと震え、半べそまでかいている。
どうやらイールもミオンと同じ目にあったと考えて間違いないようだ。

部屋の惨状を見つめて戸惑うミオンと怯えるイールに、グレイは驚くべきことを口にした。
「さぁ、これから三つ目の依頼『幽霊退治』に挑戦だよ」
「「はぁっ!!??」」
ニッコリ笑顔の呑気な口調に、二人は一斉に青ざめた。
―――――ガシャーンッ!!
間近に物が飛んできて、先ほどと同じ笑い声が耳元で聞こえた。
「うわっ!!」
「ひぃっ!!」
イールは咄嗟にグレイに抱きつき、ミオンは思わずグレイの腕を掴んだ。
「えーっと、もしかして・・・二人とも、お化け苦手?」
自分の両側で震える二人を見つめ、困ったように微笑むグレイ。
「「・・・・・・」」
ミオンもイールも、この時ばかりは否定の言葉が出てこなかった。



■Ghost Busters


ひとまず三人は、3つ目の依頼について詳しい話を聞くため、グレイの部屋にやって来た。息つく間もないほどに起こり続けるポルターガイスト現象から避難するためでもある。

「なんでお前の部屋だけ無事なんだよ!?」
部屋に入るなり、ミオンは憮然として抗議した。
グレイの部屋では、物が飛翔することもなく、実に静かで平和そのものだったのだ。
「夜が更ける前に結界を張っておいたからね」
グレイはさも当たり前のように言ってのけ、机の上を指差した。
そこには白い紙に魔方陣が書かれ、銀のナイフが突き立てられていた。ミオンも学術院の授業で一度だけ目にしたことのある、魔除けの結界だ。ただし授業で見たものよりはずっと規模が小さい。たったあれだけの魔法陣でも効果を発揮できるのは、きっとグレイの魔力のなせる業なのだろう。
「なんでオレの部屋にもやっててくんなかったんだよ!?」
涙交じりにイールが言う。
まったくだ、とミオンも同意した。

「3つ目の依頼なんて初耳だし」
不機嫌極まりない、という風にグレイを睨む。
グレイはと言えばやはり気にすることもなく、どこからともなく書類を取り出して二人に提示した。
「コマンドコールから依頼が来たのがマンドレイクの一掃が終わった直後、正式な依頼書が届いたのがつい今しがたなんだ」
二人に知らせるのは依頼書が届いてからの方がいいと考えた・・・そんなことを言ってはいるが、
「それに、たまにはスリルを味わってもらうのも楽しくていいかなーと思ってね」
あはは、と呑気に笑う。
「「笑えないっつーの・・・」」
ミオンとイールは揃って肩を落とした。

「けど、幽霊退治ってどうやるんだ?」
すっかり元気のなくなったイールが問う。
ただでさえ夜に弱い彼にとっては、おそらく今回の依頼は最低最悪と言えるだろう。
「確かに、幽霊なんて見えないし触れない。どうしろっていうんだよ?」
依頼書に目を通していたミオンもため息を漏らす。
自由自在に、魔法を使えるグレイとはわけが違うのだ。
端的に言えばイールは殴る蹴る・ミオンは殴る撃つしか能がない。実態のない相手と戦うのはかなりの無謀・・・。
「それはギルドも一応考慮しているみたいだよ。依頼書と一緒に支給品も届いてる」
“支給品”という言葉にミオンもイールも身を乗り出す。
グレイが差し出したのは何の変哲もない銀製の腕輪だ。4つあるということは、ミオンとイールそれぞれ両腕に付けろということなのだろう。
「これを付けてさえいれば幽霊の姿が見えるようになるし、触れられるようになる。拳も当たるし、銃弾も当たるよ」
「へぇ・・・」
「すごいな」
グレイの補足説明に感心しながら、二人は早速腕輪を身に着けた。

「うわあああああ!!」
「ぎゃあああああ!!」

腕輪を付けた途端に悲鳴を上げてグレイにしがみ付く二人。
窓の外に張り付くようにしてこちらを見ている大勢の青白い顔に気付いたからだ。
「あはは、それ付けるとホントに見えるようになるんだね」
両側にしがみ付いている二人の背中をぽんぽんと叩きながら、グレイが楽しそうに笑う。
「お前も付けてみろよ!」
「そうだそうだ!」
ムキになってミオンが言い、イールもそれに乗った。
だがグレイは、余裕の笑みで言い放つ。
「俺は付けなくても見えてるよ」
「「え?」」
驚く二人に、証拠とばかりに窓の外の顔について解説をし始めるグレイ。
一番左端にいるのは顔の半分が痣だらけで紫色になっている女の人で、その上には口から血を垂らした若い男がさかさまになって覗いていて、その隣には・・・と、ペラペラと事細かに伝えてくる。
「「もういい!!」」
声を揃えて怒鳴り、ミオンとイールは耳を塞いだ。

「さて二人とも、タイムリミットは夜が明けるまでだよ。早く行った行った」
グレイは気を取り直したように手を叩いて立ち上がり、またもそんな驚くべきことを言い出した。
「タイムリミット!?」
「なんだよそれ!?」
愕然とする二人。
グレイはあっけらかんとして言い放った。
「だって幽霊は夜にしか出ないし、長々とマダムシンシアに泊めていただく訳にもいかないだろう? 」
そう言われると尤もだという気もするが・・・
「頑張って今夜中にけりをつけてねー」
優しい口調で手を振りながら、有無を言わさず部屋から二人を追い出す。
そう、グレイは『依頼に関することにはノータッチ』・・・・。
「やっぱりアイツ嫌いだ・・・」
「グレイの薄情者―!」
ミオンは苦々しく呟き、イールは涙交じりに叫んだ。



■mistake


グレイに部屋を追い出されたミオンとイールの両名は廊下を歩いていた。
二人ともどことなく腰が引け、おっかなびっくり辺りを見回す。
「グレイって、優しい顔して絶っ対ドSだよな・・・」
壁に張り付くようにして歩いていたイールが嘆くように言った。
「確かに・・・」
怪訝な顔をしながらミオンも頷く。
実に楽しそうにミオン達を駆り立てるあの余裕顔を思い出すと無性に腹が立った。
(3つ目の依頼・・・幽霊退治・・・タイムリミット・・・)
怒りを打ち消すように、ミオンは頭の中に使命を並べて考える。
怖さを紛らわすためだということは言うまでもない。

「ひぃっ!」
目前を白く透けた体が横切り、イールが仰け反る。
それにつられてミオンもビクつき、イールと同じく壁に張り付いた。
「#■○×※▼~~~っ!?」
声にならない声で叫ぶ。
気付けば廊下中にうようよと白い影が飛び交っていた。
目を凝らしてみれば一つ一つが人間の形をしている。
そのうちの一つがゆっくりと二人に近づき、徐々に影からくっきりとした人になる。
そして顔の目前でニヤリと笑った。
「「ぎゃああああああああっ!!」」
堪らず叫び、ミオンとイールは走り出す。
二人が叫んだことで、それまで浮遊するだけだった白い影たちは一斉にこちらに注視したようだった。
長い廊下を全速力で駆け抜ける二人を優に追い越す速さで、無数の青白い顔が並走する。
(に、逃げてる場合じゃないんだ!)
行き止まりが近づいたことで、ミオンはハッと冷静になった。
急ブレーキをかけ、前を走っていたイールを呼び止める。
「このままじゃダメだ! いつまでたっても終わらない!」
覚悟を決めたように腰の銃を手に取った。
「姿も見えて触れるんなら、人間や化け物相手にするのとなんら変わらないだろ!」
両方の腕に付けた銀製の腕輪を見つめながら、大きく息を付く。
そんなミオンの言葉を受け、イールも拳を構えた。
「確かにそうだな。とっとと退治して終わらせようぜ!」
準備運動でもするかのように腕をぶんぶん振り回し、一番近くにいた兵士のような恰好の幽霊に向かう。
拳に魔力を込めると、腕輪もそれに共鳴するように光った。
大きく振りかぶって青白い顔を狙う。

・・・・・が、

「おわっ!?」
全力の拳は思い切り空振り。イールは勢いづいて転んでしまった。
「何やってんだよ、バカ!」
呆れながらも銃をトンファーのように構え、ミオンも同じく近くにいた幽霊に殴りかかる。
(・・・あれ?)
だがこれもまた空振り・・・・というよりは、身体をすり抜けた。
当然幽霊達はダメージを受けているはずもなく、相も変わらず薄気味悪い笑みを浮かべ、白い身体をぐにゃぐにゃと変化させながらミオンの腕にまとわりついている。
「なんだよ、これ!!」
何度も武器を奮うが、やはり全く当たらない。
「全然触れねーぞ!! どうすんだよ!!」
イールも同じようで、何度も繰り出される蹴りや拳は全て無駄な動きに終わっていた。

「グレイの嘘吐き野郎――――!!」
イールが涙交じりに叫ぶ。
(もうこんな依頼ヤダ・・・)
ミオンも心の中で嘆く。
二人はまた身を翻して駆け出した。

(このままじゃヤバい)
隣りを走るイールを横目で見ながら、ミオンは歯を食いしばる。
必死に逃げ続けることで、徐々に息が切れてきたのだ。体力に定評あるイールはまだ余裕のようだが、常人並みのミオンはそろそろ限界、何度も足が縺れそうになっている。
とはいえ疲れ知らずの幽霊達は速度を落とすことなく尚も付きまとい、待ったを許してくれそうもない。
「あぁ~もう、どうすりゃいいんだよっ!!」
イールが突如叫んだ。
「きっとオレ達このまま追い付かれて捕まって取りつかれて廃人になって黄泉の国に引きづりこまれて永久に暗闇に閉じ込められるんだぁぁぁぁ、そんなのいやだぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁん」
走りながらよくもそこまで、というほどに早口でまくしたてる様に言う。
ミオンは呆れつつ、顔中に怒りマークを張り付けて怒鳴った。
「程度の低い想像力働かせてる暇があったらこの状況をどう切り抜けるか考えろよ、バカ!!」
思い切りイールを殴る。
「痛っ! うわぁっ!?」
全速力で走っていたせいで思い切りバランスを崩したらしく、丁度傍らにあったらしい扉に倒れ込んだ。
その勢いによって扉が開き、厨房に続いていることが分かった。
「そうだ!」
ミオンがハッとする。
「なんか思いついたのか!?」
身体を起こしながらイールが期待に満ちた視線を向ける。ミオンは頷き、イールに手を差し伸べた。
「とりあえずこの状況からは逃げられる方法を思いついた」
「流石ミオン!」
イールは満面の笑みでミオンの手を取る。
が、
「おれはここで結界張って避難しとくから、囮役よろしくな」
「へ?」
ミオンはイールを蹴り飛ばし、さっさと扉を閉めた。
イールはまだまだ走って逃げる体力があるのだろうが、ミオンはもう限界なのだ。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
扉を閉めた途端にイールの凄まじい叫び声が木霊したが、ミオンは耳を塞いで聞こえないふりをした。
(思い起こせば・・・結構いいやつだったな、うんうん)
既にイールを亡き人として扱いつつ、ミオンは厨房へと急いだ。



■have a cuddle


テーブルクロスに魔方陣を描き、銀製のナイフを突き立ててミオンは結界を作った。
授業で見た教科書通りの大きなものだが、ミオンの魔力では魔方陣の中でしかその効力を持たなかった。
あんな小さな魔方陣で一室丸ごとの結界を張っていたグレイとはやはり格が違うらしい。
普段ならば実力差など素直に認めはしないが、この時ばかりは意地を張る余裕もなかった。

(・・・クソ、見えるようになった分余計に薄気味悪いだけじゃないか)
テーブルクロスを床に敷き、魔方陣の上に縮こまるようにして膝を抱える。
鍵など閉めたところで実体のない幽霊たちはお構いなしに入り込み、既にミオンのいる厨房は先ほどまでの廊下と同じく白い影がうようよしていた。
気の向くままに辺りを浮遊し、ある者は物を投げ合い、またある者は悪戯に窓ガラスを揺らす。彼らが互いにすれ違う度に、パチンパチンと音がした。
ミオンにとって何よりも耐え難いのは、多くの青白い顔が実に楽しげにこちらを見ていることだ。
まるで見えない壁に張り付くようにしてミオンを取り囲んでいる。
(あ、頭がおかしくなりそうだ・・・)
ミオンは泣きそうな気持ちになりながら、飛んできた食器を避けた。
避けた食器が背後で音を立てて割れると、それまでミオンに興味を示していなかった幽霊たちまでもが一斉にこちらに目を向けた。
「・・・へ?」
無数の目に見つめられ、嫌な予感がミオンの全身を駆け巡る。
そして案の定というべきか、その予感は的中した。
「うわっ!? 」
また皿が飛んできて、ミオンは左に避ける。
「やっ! わぁっ!!」
今度は鍋が飛んできた。そしてまたすぐに皿、また皿、そしてフライパン。
(まさか、的にされてる・・・のか?)
全てを器用に躱しながら、ミオンは最悪の仮説を立てた。
四方八方から絶えず色々なものが飛んでくるため、おそらくその仮説は正しいのだろう。
(あぁもう! 勘弁してくれよ!!)
狭い魔方陣の中で必死に避け続ける。
しわくちゃになるテーブルクロスを直す余裕もなく、結界は益々狭くなっていた。
「・・・・嘘・・だろ・・・?」
不意に前方から光を感じ、ミオンはサーッと青ざめる。
次の瞬間、銀色に輝くスプーンが無数に飛んできた。
辛うじて躱したその食器の正体にホッとするミオン。幾つか掠ったが怪我もせずに済んだ。
しかし、息つく暇もなく、次は大量のフォークが飛んでくる。量が多すぎるせいで避けきれず、銃で必死に叩き落とした。
「うわっ!?」
撓んだテーブルクロスに足を取られ、バランスを崩したミオンの身体は大きく揺らぐ。
それを見計らったように、大量のナイフが襲ってきた。
(ヤパい!!)
体勢を立て直そうにもとてもじゃないが間に合わない。
ミオンは身を竦め、思わずギュッと目を閉じた。

「大丈夫?」
「・・・・え・・・」
聞き慣れた妙に落ち着き払ったその声に、恐る恐る目を開ける。
ミオンに視線を合わせる様にしゃがみ込んだグレイが、にっこり微笑んでこちらを見ていた。
飛んでくるはずだったナイフ達は宙に浮いたままピタリと動きを止めている。
グレイがパチンと指を鳴らせば、ナイフは一斉に力なく地面に落ちて行った。
「これは流石に危ないね。ミオンの串刺しは見たくないなぁ」
冗談めいた口調で言いながら、すっかりくしゃくしゃになっていたテーブルクロスの皺を直す。
「もう大丈夫だよ」
一際優しい声で囁き、ゆっくりとミオンの髪を撫でる。
「・・・・」
おかげでミオンの緊張の糸はすっかり切れてしまった。
これまでの恐怖が一気に押し寄せ、堪らずグレイにしがみ付く。
イールのように泣きこそしないが、身体はガタガタと震えていた。

「よっぽどお化けが苦手なんだなぁ・・・」
少しばかり呆気にとられていたグレイが苦笑し、ミオンの背に手を回す。
再度髪を撫でられ、先ほどよりもずっと近い距離で囁かれて、ミオンはようやく我に返った。
(な、なんだこの体勢は!?)
すっぽりとグレイに抱きすくめられているのだ。
しかも不本意なことに、自らグレイの胸に飛び込んだというこの事実・・・。
「よしよし・・・怖かったね。もう大丈夫だからね」
グレイが宥めるように囁く。
片方の手は尚もミオンの髪に触れ、もう片方の手は背中から腰をゆっくりと撫でている。
ミオンはグレイの服を握りしめていた手を離し、その代わりにグレイの胸元をやんわりと押し戻すような仕草をした。
「も、もう平気だから、離・・・」
“離せ”と言おうとするが、逆にギュッと強く抱きしめられて言葉に詰まった。
(・・な、なんで・・?)
困惑するミオン。
少し身を捩っても、案の定というべきかグレイの腕はビクともしない。
自分から抱きついてしまった、という弱みがあるせいで強く抵抗するのも憚られる。
「心拍数がかなり上がってるみたいだね」
自分でもうるさいほどに感じていた心音を指摘され、ミオンは耳まで真っ赤になった。
「そんなに怖かったってことかな?」
ぽんぽんと頭を撫でられる。
いっそのことそういうことにしておいてくれと思いつつ、ミオンは益々俯いた。
「この分だとイールのことも早く見つけてあげないと、今頃草葉の陰で泣いてるかもしれないなぁ・・・」
あはは、と呑気に笑いながらグレイが言う。
だがその言葉とは裏腹に、一向に動こうとはしていない。
「だ、だったら、さっさと探しに・・・」
「うーん・・・そうだね・・」
再度離れようと試みるミオンだが、グレイはどうにも煮え切らない様子だ。
「こんなに抱き心地が良いと離れがたいなぁ」
「ひゃっ!?」
ミオンの耳に口づける様にして囁き、腰を撫でていた手を裾から服の中に差し入れる。
あまりのことにミオンは目を見開き、全力でグレイを押しのけた。
「なにすんだよ!? ヘンタイ野郎!! 」
ミオン渾身の怒鳴り声。
「元気が出たみたいで良かった」
グレイは全く堪える様子もなくにっこりと微笑んだ。
(やっぱりこいつ大っ嫌いだ・・・)
唇が触れた耳を手で覆い、捲られた服の裾が伸びてしまいそうなほど力一杯下げつつグレイを睨む。
グレイはゆっくりと立ち上がり、結界を取り囲んでいた幽霊に対峙した。
「早くイールを探しに行かなくちゃね」
ため息一つ零し、指をパチンと鳴らす。
すると次の瞬間、幽霊達の白い身体が風船のように膨れ上がり、そのまま大きな音を立てて破裂してしまった。
部屋中の幽霊が次々と同じように消えていく。
(ウソだろ・・・)
唖然とするミオン。
ハッとして立ち上がり、グレイの袖を引いた。
「お、おい! お前が片付けちゃったらこの依頼・・・」
不安げに言う。
評定員であるグレイが手出しした場合は依頼はノーカウント・・・たとえ成功したとしてもクリア件数には入らないのだ。
「ミオンは何も心配しなくていいんだよ」
グレイがにっこりと微笑みながらミオンの手を取る。
咄嗟に手を引っ込めようとするミオンだったが、グレイの目的がミオンの手を握ることではないと気づいたため動きを止めた。
「ノーカウントだなんて言わせない。今回は明らかにギルド側の落ち度だ」
言いながら、ミオンの腕に嵌められていた腕輪を抜き取る。
「高みの見物を気取っているから、このザマなんだよ」
冷たく言い放ち、腕輪を握る手に力を込めた。

「さぁ、行こうか」
「あ、あぁ」
グレイに誘われ、戸惑いながらもミオンは頷く。
ミオンに微笑みかける表情はいつもと変わらないが、その手から捨てられた腕輪だったものは、単なる銀色の塊に姿を変えていた。



■Lost child


腕輪を外したミオンには一切幽霊が見えなくなったが、屋敷の中には変わらずうようよといるらしい。
グレイは何度も先ほどと同じように指を鳴らして幽霊を焼失させていった。いとも簡単に。

「怖かったらさっきみたいに抱きついてくれていいよ」
グレイがウインクしながら両手を広げる。
「二度とするか」
ミオンはグレイを押しのけながら苦々しく言い放った。
(人生最大の汚点だ・・・)
つい先ほどの感触が蘇り、眉を顰めて頭を抱える。
そんなミオンの様子にグレイが実に満足げに微笑んでいるのが、より一層癇に障った。

―――ガチャッ。
「っ!?」
突然ミオンのすぐそばの扉のノブが回り、ミオンは咄嗟にグレイの腕にしがみ付く。
「はっ・・・」
グレイにそれはそれはニッコリと微笑まれ、ミオンはばつの悪そうな顔をして手を離した。
「グレイ君、こっちよ」
ゆっくりと開いた扉から、顔を出したのはシンシアだ。
誘われるままに室内に入ると、隅でクッションを抱いてべそをかいているイールの姿もあった。
(この部屋は無事なのか・・・)
ミオンは注意深くあたりを見回す。
見たところ結界を張っているわけでも無さそうだが、怪奇現象と思わしきことは何も起こっていないようだ。

「グレイ―!!!」
イールがこちらに気付くなり、勢いよくグレイに飛びついた。
「グレイのバカー! うそつき野郎! 全然ダメじゃんかー!!!」
顔をグシャグシャにしながら泣き叫ぶ。
「あはは、ごめんごめん。怖かったねー、よしよし」
グレイは苦笑しながらイールの背中をぽんぽんと叩く。小さい子をあやす様な口調だ。
鼻水と涙に塗れた顔をハンカチで拭う姿も妙に板について、すっかり保護者になっている。
ミオンはそんな二人のやり取りを一歩引いて見つめた。そして心ひそかに安堵する。
(よかった・・・おれ、あれよりは遥かにマシだ)

「彼、廊下で泡を吹いて倒れていたのよ」
ビロード張りの椅子に腰かけながら、シンシアがクスクスと笑う。
(マジで・・・?)
ミオンは顔をひきつらせながらイールを見つめた。
その時の光景を思い浮かべれば、流石に少し責任を感じる。
「ミオンがオレのこと置いてった所為だー!!」
ビシッとこちらを指差し、イールが尚もグレイに泣きついた。
(うわ、チクられた・・・)
思わずギクリとする。
だが、効率的な方法を取っただけで、結局のところミオンも怖い思いは十二分にした。だから窘められる謂れはない・・・そんな風に開き直った。
「まあまあ、そんなに怒らないで」
苦笑しながらイールの頭を撫でるグレイ。
グレイに渡されたハンカチで思い切り鼻をかんだイールはようやく泣き止んだようだ。未だ恨みがましい視線をミオンに送ってはいるが・・・。

「さて、イールも落ち着いたことだし・・・」
仕切りなおすようにグレイが手を叩く。
ミオンとイールを一瞥した後で、シンシアに微笑みかけた。
「そろそろ二人に真相を話してもよろしいですか?」
シンシアは微笑み、ゆっくりと頷いた。




■The truth of the ghost


大農場とこの大きな屋敷を初めとする莫大な財産は、シンシアとその夫が一代で気付いたものだった。
夫を亡くし、自らも年老いたシンシアは農場の管理が難しくなり、手放すことを決めた・・・というのは先だって触れていたことだ。
実のところ、ギルドに寄付することが決まるまでの間、何度か一般に向けて売りに出そうとしたこともある。
そのままの農地と屋敷を欲する者もいれば、単なる土地として欲しがる者もいた。
利潤など気にしないシンシアが格安を提示したということもあり、需要は十分にあった。

だというのに、シンシアはギルドに無償で贈与すると決めた。
その理由こそが、この幽霊騒ぎの真相ともいえることにある。

グレイの話を一通り聞き終えたミオンとイールは、二人して腑に落ちない表情を浮かべていた。
シンシアは椅子の背に凭れ、困ったような顔をしている。
「本当にごめんなさいね。こんなことになって・・・」
申し訳なさそうに言うシンシアに、グレイは優しい笑みを浮かべて首を振った。
「貴女が気に病む必要はありませんよ、マダムシンシア」
手元からブランケットを取り出し、シンシアの膝にふわりと掛けてから恭しく一礼をする。
そして未だ憤然としているイールとミオンに顔を向けた。
「如何なる依頼も難なく熟すのが我々です。全てはギルドの・・・コマンドの命ずるままに、ね?」
何処となく念を押すような言い回しに、二人は渋々ながらに頷く。
だがイールは納得しきれなかったらしく、ポツリと言った。
「けどさ・・・この屋敷の主が望んでないのに、“幽霊退治”をするのかよ?」
“屋敷の主”であるシンシアは、ため息を一つ漏らしてから微笑む。
「ギルドは・・・農場だけでなく屋敷の寄付もご所望ということなんでしょうね」
「彼等は貪欲ですからね」
グレイが嫌味を含めて言葉を続けた。
「大方、幽霊騒ぎさえ片付けば屋敷も寄贈するはずだと踏んだんでしょう。敢えてマンドレイクの件しか依頼なさらなかった貴女のお気持ちなど・・・知る由もないのでしょうね」
左手のコマンドコールに触れながら少しばかり眉を顰める。

ギルドからミオン達に与えられた2つ目の依頼、『マンドレイクの一掃』・・・この元々の依頼主はシンシアだった。
寄付をする前に土地の整備をしたいという望みだ。
だが3つ目の依頼『幽霊退治』は、シンシアの意図するところではなかった。
寧ろ、幽霊騒ぎが知られるのを避けるために農場だけを寄付すると申し出たはずだったというのに・・・。

「きっと、屋敷を明け渡さないのは幽霊騒ぎが原因だと思ったのね。まぁ・・・あながち間違いではないけれど」
シンシアはまた一つ大きなため息を付いた。

売却を視野に入れていた時は、農場も屋敷も一緒に手放すつもりでいた。
だが、買い手が下見にやって来るたびに幽霊騒ぎが起こった。
今夜のミオンとイール宛らに幽霊に襲われれば、誰もが恐怖におののくのは当然。噂はあっという間に広まり、遂にはこの屋敷を買いたいなどと言うものはいなくなった。
さらに加えて農場にはマンドレイクが生息し始め、とても一般に売却ができる状況ではなくなったというわけだ。

「それが全部、息子さん達の仕業だなんて・・・」
今度はミオンがポツリと呟く。
グレイの話を聞いていても、実際にシンシアの口から聞いても、どこか信じられないでいた。
「すっげーリアルな幽霊だったよなぁ・・・」
先ほどまでの光景を思い出しながらイールがぼやく。
“リアルな幽霊”というのも妙な表現ではあるが、それには理由がある。
つまりはイール、ミオンを襲っていたあの幽霊達は、皆偽物だったのだ。

「霊体は魔道士のご子息が作った単なる人工物。だからギルドの用意した幽霊退治の腕輪は効果をなさなかった」
グレイが解説をしながらイールに歩み寄る。
未だにイールの腕に嵌められたままだった銀の腕輪を手に取り、一瞬で消してしまった。

長男の作った人工幽霊を操って動かしていたのがネクロマンサーである次男。
物に触れることのできない人工幽霊が、さも物を投げ合っているかのように見せていたのはサイコキネシスの使い手である三男。
ラップ音や幽霊の声などを演出していたのは音を自在に転送する能力を持つ四男。
ちなみにマンドレイクも自生ではなく長男の仕業だという。

「マンドレイクの栽培は勿論、魔力の悪用は法で禁止されている」
少し冷たいくらいの無機質な声でグレイが言った。
イールとミオンは咄嗟にシンシアを見つめる。彼女はとても落ち着いた表情をしていた。
「処分は、全てギルドにお任せするわ。お望み通り、この屋敷も明け渡しましょう」
深く頷き、微笑みかける。
その言葉を聞くや否や、グレイの左腕が光った。
「依頼変更・・・だ」
浮き出た文字を一瞥し、グレイは苦々しく呟いた。




■seeing through


屋敷から出ていく二人を、シンシアは窓から見送った。
標的を捕えに行くハンター・・・そう呼ぶにはあどけない、可愛らしい後姿だ。

「ご不安ですか? 」
背後からグレイが問いかける。
何処からともなく取り出したストールを羽織らせてくれた。
「彼等はまだまだ見習いですが、対人間なら腕は確かです」
幽霊の前で情けない姿をさらした二人の姿を思い出しているのか、グレイはクスクスと笑う。
かと思えば、真剣な瞳で言った。
「二人には、ご子息を捕える際には手荒な真似は控えるようにと伝えています。」
言い辛そうに“極力、ですが”と付け加える。
その様子に思わず笑みを零しながら、シンシアは首を振った。
「法に違反した者は罰せられるべき・・・それは仕方ないわ」
シンシアの心にあるのは諦めの気持ちだ。
ギルドが幽霊騒ぎに感づいてしまった時点で覚悟を決めた。
だからこそ、幽霊退治をしようとしていたグレイたちに真相を伝えたのだ。

初めて幽霊騒ぎが起こった日からずっと、シンシアは犯人が息子たちであるということに気付いていた。
彼等が行っていることは罪に問われるべきことなのだということも理解して、その上で見て見ぬふりをした。
息子たちを罪人にしたくないという一心だった。単なる親のエゴだと思いながらも。

「ご子息達には情状酌量の余地もあります。何も心配なさることはない」
グレイがシンシアの手を取り、慣れた様子でエスコートする。
杖をついていないと足取りがおぼつかないシンシアを気遣ってのことだろう。
誘導に従い椅子に腰かけながらも、シンシアはグレイの真意を掴めず首を傾げた。

財産が破格で他人の手に渡ることを阻止しようと画策し、私利私欲のために自分達の能力を悪用した・・・ギルドから見ればただそれだけのことだろう。慈悲を向けてもらえるとは到底思えなかった。
だが、グレイは尚も落ち着いた表情で言葉を紡いだ。
「全ては彼等の弟君と妹君への愛情故のことなのだと、貴女もご存じなのでしょう? だからこそ黙認していた。違いますか? 」
確信を持った問いかけに、シンシアは目を見開く。
彼が知るはずもない事実を口にしたことに思わず鳥肌が立った。

言葉を返すことのできずにいるシンシアに微笑みかけ、グレイは語り始めた。
「初めから引っ掛かってはいました。マンドレイクが自生するなんて、このご時世にはまずありえない。ともすれば人為的なもの・・・こちらの様子を伺っている使い魔も2匹ほどいたことですしね」
シンシアはおろか、きっとミオンやイールも全く気が付いていなかったに違いないが、グレイはいつの間にか使い魔達もすぐに始末していたのだという。
使い魔を捕えれば魔力の質、特性が分かる。さらに言えば、その出所を辿ることもできるらしい。
「一番上のご子息の部屋を拝見させていただき、魔力の残り香から使い魔は彼の物だと気づいた」
シンシアの傍らで跪き、恭しく頭を下げてさらに続ける。
「失礼ながら少し部屋を調べさせていただきました。彼が死者蘇生の研究をしていたことはご存知ですね?」
「・・・えぇ。魔道士を志したのもそのため・・・」
シンシアはゆっくりと頷いた。
グレイの真っ直ぐな瞳を見れば、何も隠す必要はない・・・いや、隠すことはできないのだと悟った。

「次に気になったのは、ミオンとイールがお借りした部屋です。貴女は確か、『部屋は全て子供たちが出て行ったままの状態にしている』と言っていました。それにしてはあの二部屋はあまりにも可愛らしかった。まるで子供部屋のようにね」
イールの部屋はピンクを基調にした花柄で、まるでお姫様の部屋のようだった。ミオンの部屋は青空柄の壁紙で、自立するようになる年齢の青年が過ごしていたとはとても思えない。
加えて双方の部屋の片隅には玩具もたくさん仕舞ってあったことにも気づき、確信した。
「4人のご子息の下には、男女の双子がいたんですね。これは長兄の部屋で見つけたものです」
グレイが手元から取り出したのは写真立てと紙切れ。
写真には四人の兄弟に囲まれるようにして笑っている幼い双子が写っている。
「幼くして命を落とした二人を生き返らせたい・・・それが彼の研究の理由ですね?」
グレイの手にした紙切れには、魔方陣のようなものと双子の名前、そして命日が書かれていた。
「随分歳の離れた兄弟だから・・・4人の兄達はそれはそれは可愛がっていたわ」
それこそお姫様と王子様のように大切にしていた嘗ての彼等を思い出し、シンシアは思わず目を伏せる。
当然ながら幼い二人の死にはシンシアも落胆し、一時は後を追うことすら考えたほどだ。
それでも、ショックのあまり壊れていく息子達を目の当たりにすれば、自分がしっかりしなければと奮い立つほかはなかった。
「息子達は、あの子たちの死を受け入れられなかった・・・。それではいけないのに・・・」
グレイのかけてくれたストールをまき直しながら、シンシアは消え去りそうな声で呟いた。

双子の思い出の色濃く残るこの場所を他人の手に渡したくない。・・・それが彼等の真意なのだろう。
単なる思い出にしがみ付いているだけに過ぎない、ひどく子供じみた想いだ。
だが、子供部屋を長きにわたりそのままにしていたシンシアにはその想いが痛いほど沁みた。

「貴女のお気持ちもご子息たちの想いも酌んだ上での判断を求めます。全て俺にお任せください」
未だ跪いたままの体勢でシンシアを見つめ、グレイは柔らかく微笑んだ。
紫色の瞳は揺るぎ無く、絶対的な自信を含んでいるように見える。
シンシアもつられるように微笑み、ため息を一つ漏らした。
「それにしても・・・流石、グレイ君は優秀ね。私が真実を話しに行く前から、事の真相をすべて知っていたということなのでしょう?」
全てを見透かしているようなグレイに、シンシアは思わず苦笑する。
もしかしたらわざわざ自分から打ち明ける必要などなかったのでは・・・そんな気すらしていた。
「俺に不可能はありませんから」
グレイが冗談っぽく言う。だが、すぐに肩をすくめてみせた。
「と言いたいところですが、実際のところは単に話を聞いていただけに過ぎません。『兄様たちを助けてほしい』と、この家におられる実に愛らしい姫君と王子から頼まれまして」
「・・・え・・?」
グレイの言わんとすることが分からず、シンシアは目を見開く。
グレイは手元から銀色の腕輪を二つ取出し、にっこりと微笑んだ。
「これを付けていただくと貴女にも見えるようになりますよ。なにせギルドからの支給品です。効果は本物だ」
未だ呆気にとられているシンシアの手を取り、腕輪を両腕に嵌める。
途端にグレイの背後にいる人影がはっきりと姿を現し、シンシアはより一層驚愕した。
「姿を見ることも、声を聴くこともできますよ。勿論、抱きしめてあげることも」
優しく囁き、グレイがまた微笑む。
シンシアに一礼し、ゆっくりとした足取りで部屋を出た。



■After mission


シンシアの息子達を捕えることは、二人にとっては実にたやすいことだった。
それぞれ能力には長けているが、戦闘に関してはからきしという風で、自分たちのしたことが知られたのだと分かると大した抵抗もせずに捕まってくれた。

「あーあ・・・ろくに寝てないのに、もう出発かぁ・・・」
大あくびをしながらイールがぼやく。そればっかりはミオンも同感だった。
幽霊騒ぎも収まったことだし、この豪華な屋敷にゆっくりもう一泊くらいはしたいところ。
「ま、グレイが忙しそうだから仕方ないか・・・」
イールはため息をついた。許容量を超えているとしか思えないほどはみ出している中身をねじ込み、鞄のチャックを無理やり締める。
ミオンはその様子と顔を顰めて見守った後で、自分の鞄をスムーズに閉じた。
「本来なら、今回みたいなケースだと魔力の剥奪くらいはされるんだろうな・・・」
ミオンがポツリと呟く。
「あの四人のこと?」
イールが振り返って尋ねる。
ミオンは頷き、腑に落ちない表情で“だけど”と続けた。
「実際にはお咎めなしなんだってさ。さっきグレイがシンシアさんに話してるのを聞いた」
「へぇ、良かったじゃん。悪い奴らじゃなさそうだったもんな」
イールは嬉しそうに言う。
シンシアもきっと一安心に違いないと、呑気に鼻歌まで歌い始めた。
「うん・・・良かったとは思うけど・・・」
ミオンは歯切れ悪く呟く。

昨夜ミオン達が4人の息子達を捕えた後・・・てっきりすぐにGATE(※ジュネラルハンターだけが持つ罪人を直接ギルドに送り届ける能力)を使うのだろうと思っていたが、実際にはグレイが直接彼等を送迎した。
子供に留守番を言いつけるかのようにミオンとイールを置き去りにしたため詳細は分からないが・・・4人の処分がないことも、大した働きをしていないにも拘らず3つ目の依頼をクリアしたことになっているのも、グレイが何かしら働きかけたからなのは明らかだ。

(『何も心配しなくていい』か・・・)
グレイの言葉を思い出し、ミオンは眉を顰めた。
何かにつけて感じる力量の差が癇に障って仕方がなかった。

「準備できたかい? 二人とも」
いつもの白い服に身を包んだグレイが顔を出す。
イールは大きく頷いて勢いよく鞄を抱え、ミオンは仏頂面で頷いて荷物を手に取った。
「ちゃんとマダムシンシアに泊めていただいたお礼を言うんだよ~?」
優しい笑みで二人の頭を撫でながらグレイが言う。
「「ガキ扱いするなってば!!」」
もはやわざととしか思えないその振る舞いに、二人は声を揃えて怒鳴った。
そのやり取りに拍手をして笑っているのはシンシアだ。
「お世話になったのは私の方よ。貴方たちのその掛け合いも、もう見られないのかと思うと寂しいわ」
悪戯めかしてそんなことを言っている。

「本当にありがとう。ようやく、この屋敷を手放す決心もできたわ」
シンシアが感謝の言葉を口にしながら、一瞬グレイに目配せをする。
グレイには彼女が言わんとすることが分かったらしく、優しく微笑んでから、また恭しく頭を下げた。
「度々ながら、貴女のご厚意にはギルド一同より感謝いたします」

ミオン、イールもそれぞれシンシアに別れを告げ、屋敷を出るべく扉に向かって歩みを進める。
その瞬間、耳元でとても微かな声がした。
「お前、なんか言ったか?」
怪訝な顔をしてミオンが隣を歩くイールに尋ねる。
「なんも言ってない。ミオンこそ、なんか言った?」
イールは首を振り、同じくミオンに問いかけた。
「おれだって何にも・・・」
“言っていない”そう答える前に、もう一度二人の耳元で声が聞こえた。今度ははっきり、“ありがとう”と。
「なんか子供みたいな声がした!!」
「オレも聞こえた!! 子供の声!!」
互いに顔を見合わせ、意見が一致したところであたりを見回し、サーッと青ざめる。
踵を返し、二人して後ろを歩いていたグレイの腕を掴んだ。
「あはは、ホントに怖がりだなぁ・・・」
グレイは苦笑し、両側の二人の肩を抱いて屋敷を出るのだった。



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